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私の家のテーブルに、真っ赤な苺が、どっさり。
どっさり、は言い過ぎかもしれない。小粒の苺が目一杯詰まったパックが2つ。
真っ青な空から窓を通して入ってきた光に照らされて、キラキラ輝いている。
そして私の目の前でそれを見つめる2つのまん丸い瞳も、キラキラ輝いている。
「おいしそ〜じゃね〜!」
瞳から光が落ちてくるんじゃないか、と思うくらい、キラキラな笑顔。
可愛いというよりも、すごく、すごく綺麗。私はあ〜ちゃんの視線が他に向いているのをいいことに、目に焼き付けるように見つめた。
今日は丸一日の休日。特に約束していた訳ではないが、あ〜ちゃんは当たり前のように私の家へ遊びに来た。
この苺と一緒に。
親戚の人が旬の苺を大量に送ってくれたらしい。家族だけではとても食べきれないので、おすそわけとのこと。
お昼まではまだ時間があり、小腹が空いた私としては大歓迎だった。それ以上にあ〜ちゃんを歓迎したのは、もちろんのこと。
私の目線に気づかないあ〜ちゃんはテーブルへ前のめりに寄りかかり、早く食べたくてうずうずしている。組んだ腕の上で、指がひっきりなしに踊っている。
「ね。はよ食べよ?」
その言葉で私は我に返り、普段の友達に返った。苺に目を転じ、意識して明るい声を出す。
「そだね。じゃあ、いっただっきまーす!」
私たちは同時に赤い実を手に取り、同時に一口で頬張った。
ん?おぉ…?
「「酸っぱーっ」」
そして同時に、叫んだ。
すごく、すごく酸っぱい。
外見に基づいて頭の中でシミュレーションしていた甘味とは程遠い、強烈な酸味。あまりの酸っぱさに、2人でテーブルに突っ伏した。
予想外すぎる。
「な、なんじゃこれ」
「すんごいね。初めてこんなん食べたよ…」
素早く飲み込んだため口の中で暴れ狂う味は消え去ったが、とても次の一個に進もうとは思えない。
衝撃から立ち直り、頭をテーブルから剥がすと、あ〜ちゃんが渋い顔で苺を睨んでいる。さっきの表情とのギャップが、少し可笑しい。
私はふと浮かんだ疑問を口にしてみた。
「ていうかさ、あ〜ちゃん家でこれ食べたんじゃないの?」
何の気なしに言った言葉が、あ〜ちゃんの瞳をゆらりと動かした。
「食べとらんよ。…のっちと一緒に食べよう、と思って」
今日は私から、“普段”を外すきっかけを作ってしまったらしい。
私のレーダーがたちまちそれを感知して、全身にさざ波のように伝える。体が蝋で覆われているみたいに固まりそうになる。
ほんの一瞬真剣な眼差しで私を見たあ〜ちゃんは、すぐに花を綻ばせて笑った。
私が大好きで、未だに少し苦手な、笑顔。
「もう、そんな驚かんでよ。それよりどうしよっかね、この苺」
「あ…うん」
いけない。また身動きが取れなくなるところだった。しかもそれをあ〜ちゃんに悟らせるなんて。
私は会話に集中しようと、相変わらず外見だけは輝いている、裏切り者の果物たちを見つめた。が、何も頭に浮かんでこない。
「そだ、ジャムにしよ!苺ジャム作ろう、のっち!」
私より先に、あ〜ちゃんが普段通りの元気いっぱいな女の子に戻った。
いつもこうして先手を打たれてばかり。私は何もかも、あ〜ちゃんに追いついていない。


苺ジャム化計画を採用し、私は携帯でレシピを探す。
キッチンに立ったあ〜ちゃんは、すぐに手早く準備をし始める。
「大体わかっとるけぇ、お砂糖の量だけ調べてくれん?」
「ん」
2人で料理をしたのは数える程なのに、あ〜ちゃんは我が家のキッチン事情をすっかり把握してしまっていた。
黒地に無数の花柄のワンピースが、床に座る私の視界の片隅でちょこちょこ動いている。
つい注意がそちらへ向いてしまうのを堪え、携帯のディスプレイを睨んだ。
「たしか苺の重さの半分くらいだったと思うんじゃけど」
「あ。あ〜ちゃん正解。すごっ」
もう必要のない携帯をソファーに放り投げ、私は床から立ち上がりキッチンへ移動した。
あ〜ちゃんは鼻歌を歌いながら、用意した砂糖を量り、用意した鍋に苺とともに入れ、用意した木ベラで苺を潰し始めた。
…早い。すでに私の役目は終了したらしい。
完全に、手持ち無沙汰。なのにキッチンから離れようとは思わなかった。
突っ立っている私の前で機嫌良く揺れる、柔らかな長い髪と柔らかな背中。
私との距離は、手を伸ばしてもようやく触れられるか触れられないか、という微妙なもの。
これが今の私には、自分から縮められる、精一杯の距離だ。
より一層特別な関係になって2ヶ月の成果。しかしそれ以前と比べると、むしろ退化している。
そんな思考と周りの沈黙が痛くなって、適当に話題を探す。とりあえず後ろから作業を覗き込んだ。
鍋の中の潰され苺たちは、砂糖がかかっているというよりも、砂糖に埋もれている様子。
結構豪快な景色。
「うわ、ジャムってそんなに砂糖入れるの?」
「ほうよ〜。思い切ってたくさん入れんと、甘くならんけぇ」
あ〜ちゃんが鍋を火にかけると、たちまち甘い香りが部屋に立ち込めた。
「それにたくさん入れた方が、長持ちするんよ」
「ふ〜ん」
昔、家で作ったことがあるらしい。あ〜ちゃんは時々木ベラで砂糖漬け苺を混ぜながら、その時のことを楽しそうに話し始めた。
覗き込むために詰めた距離にばかり意識がいってしまう私は、またいつものように上の空で話の内容を聞き流し、それでいて愛しい声だけ耳に入れる。
視線の先にある真っ赤な苺から、水分が出てきた。
パックに収まっていた果実の頃とは、すっかり面影が変わってしまっている。

いい加減に変わらないといけない。わかってる。
わかってはいるが、怖い。馬鹿な私。
馬鹿な私はあ〜ちゃんとの関係が、始まる前、そして始まった直後は、それがすごく甘いものだと想像していたのに。
実際始まってしまうと、想像とはまるで違っていた。主に、私の臆病が原因で。
好意を表されればされる程、自信がなくなっていく臆病な私。
鍋の苺は火にかけられて、どろどろに溶けていく。
似ている、と思った。
苺に自分を重ねるとは、なんてベタで陳腐な発想。思いついた瞬間に、自分で苦笑してしまう。
でも今の私には、ちょうどいい。こんな身近なものにまで影響されるくらい、追いつめられている。
開き直った私は、さらに発想を拡げた。
そういえばこの苺、甘いふりして酸っぱかったっけ。
そんなところまで、似ている。今度は私たちの関係と、だが。
再び自分で苦笑してしまう。私らしくて、私らしくない陳腐な発想。重症だ。


「こ〜ら、のっち。またあ〜ちゃんの話聞いとらんね」
「あいたた」
突然あ〜ちゃんに頬をつねられた。ジャムになりかけ苺のせいで真っ赤だった私の視界に、ふてくされた可愛い顔が入ってくる。
「もう、お腹空いとるん?ぼけーっとしよってからに」
「…ごめん」
「ま、いつものことで慣れとるけどね」
スイッチを押したみたいに、あ〜ちゃんの顔に花が咲いた。
私が大好きで、未だに少し苦手な、笑顔。
すでに私の臆病があ〜ちゃんに悟られているのは知っている。
『怖がらないで?』 2週間前のあ〜ちゃんの言葉。恐らくずっと前からバレていたのだろう。
これでも前よりは良くなったと思うが、やはり私は何もかも、あ〜ちゃんに追いついていない。
あ〜ちゃんは花を咲かせたまま、鼻歌まじりで鍋の中のアクを取り始めた。
つねられた頬は熱を発し、私の全身を温めていく。あ〜ちゃんがくれた熱で温かくなっていく。
もっと欲しくなって、私は斜め前にある花柄の背中へ手を伸ばした。
が、指先がワンピースの生地を掠めた途端、慌てて引っ込めた。
ただ触れるのも、キスするのも、あ〜ちゃんが作るきっかけがないと、私は上手くできない。
情けなさすぎる。
それも混ざり合い持て余した感情を、深呼吸で吐き出した。

「はい、これ」
また突然あ〜ちゃんが振り向いて、私の目の前に小さいスプーンを差し出した。
スプーンの上には真っ赤な液体と、元・苺らしき塊。
「ほんとは出来上がるまで食べさせんと思っとったけど、そんな切ないため息聞いたらどうでもようなったわ」
まったく、という言葉があ〜ちゃんの顔に書いてある。
「お腹空いとるんじゃろ?味見してみんさい」
見事に勘違いされたが、その方が都合がいい。私は大人しくあ〜ちゃんが持つスプーンを口に含んだ。
すごく、すごく甘い。
濃厚な甘味が舌の上を超え、瞬く間に口の中に拡がる。
あの裏切り者が生まれ変わった姿とは、到底思えない。
まあ、あれだけたくさんの砂糖を入れたのだから、当然といえば当然か。
納得しかけた私の脳裏に、あ〜ちゃんの言葉が響いた。

『思い切ってたくさん入れんと、甘くならんけぇ』
たくさん入れたから、甘くなった。
思い切って、たくさん入れたから。思い切って、たくさん。
再びベタで陳腐な発想が思いついたが、私はもう苦笑しない。
思い切って、たくさん。
思い切って、たくさん言葉にしないと。
思い切って、たくさん触れないと。
そして思い切って、たくさん傷つかないと。
この感情は、関係は、成長しない。甘くならない、酸っぱいまま。
そんなことは頭ではわかりきっていて。でも今、体で実感した。
あ〜ちゃんが私のことを、すごく、すごく好きだから。
私があ〜ちゃんのことを、すごく、すごく好きだから。
頑張って思い切って、すごく、すごく甘くしよう。
『たくさん入れた方が、長持ちするんよ』
…これは、当てはまるかわからないけれど。
やってみないと、わからない。

「こ〜ら、のっち。感想は?」
「あいたた」
また突然あ〜ちゃんに頬をつねられた。温かい手で、ちょっと怒った可愛い顔で。
「すごく…すごく甘いよ」
「そらそうじゃ。たくさん砂糖入れたんだから…って、なんであんたはそんなに笑っとるん?」
当然のことを当然のように言うあ〜ちゃんが可笑しくて、嬉しくて、気づいたら私は笑い出していた。
うん、当然だ。
「あ〜ちゃんのことが、すごく、すごく好きだから」
思い切って言葉にしたら、あ〜ちゃんの頬が苺ジャムの色に染まった。


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最終更新:2009年02月12日 15:05