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午前7時12分。
時計を確認した私はソファーから腰を上げ、すっかり歩き慣れたのっち宅のリビングを横切ってキッチンへ向かった。途中でテレビの電源を切る。
今日は昼前に仕事が入っていて、その時間に合わせて3人それぞれの家へ迎えが来る。私はのっちの家から車に乗り込むのを避けるため、一旦家に帰らなければならない。
ので、そろそろ朝食の準備をしなければ。私と、まだ夢の中にいる人、2人分の。
意外に綺麗なキッチンにある冷蔵庫を開けると、意外に食材が豊富で驚いた。むしろ豊富すぎて何を作るか悩んだ。5秒程度。
…いいや、目玉焼きとソーセージで。

卵2個とウインナーソーセージを1袋取り出す。野菜が視界に入ったが、私の中の何かが拒んだので手を出さずに扉を閉めた。
それらを調理台に置き、のっちから借りた赤いTシャツと紺色のジャージを着た私は、いつか私がプレゼントした黄色のエプロンを身につける。
まるで信号機みたい。いやせめて、光の三原色くらいに思っておくことにしよう。
私は気合いを入れようと、流し台に立って思い切り頭上に腕を伸ばし、背を反らせて体全体を伸ばした。同時に目一杯深く深呼吸をする。
いたって日常的な、朝。
…くぅ、朝はやっぱり気持ちいい〜。ふぃ〜。
 しかも1人で早く起きるのって、朝を独り占めしてるみたいで、いいな。
 んーでも、なんか…体…だるい。頭と気分は久しぶりにすっごくすっきりしてるんだけど。
 ちょっと喉も変だし。腰まわりも重たい、感じ。
 別にあの日が近い訳じゃないし…なんだ、なんかしたっけ…あ。
 そうだ昨日の夜はあり得んくらい激し

私は思わずその場にしゃがみ込んだ。自分の自覚の遅さに驚く。このタイミングで思い出す意味がわからない。
…ていうか、朝から1人で何考えてんの。完全に変態でしょ。のっちじゃないんだから。
 気にしない、気にしない。さっさとご飯作っちゃお。

体が訴える感覚を意識してシャットダウンし、私は他にメニューに加えられるものを検討した。
ご飯は予約しておいたので、もうすぐ炊きあがる。とすれば常識的に考えて、お味噌汁だろう。
早速、味噌を求めてレンジの上下にある収納を探してみるが、なかなか見つからない。
…もしかして普段作んないのかな。カレーばっか食べてたりして。
 そんな食べてたら、いつか顔とか黄色くなっちゃうよ。

とりとめのないことを思いつつ、収納の扉を開けたり閉めたり。
…のっちの顔が黄色くなったら、なんかタイとかインドにいそうな人みたいじゃね。
 ん。むしろカレーまんかね。お?それ結構おいしそ…こらこら。駄目だぞ、ゆか☆


一瞬芽生えた邪念を摘み取った私の目に、インスタントのスープが止まった。
わかめスープ、とある。なるほど、のっちはこういうものを利用しているらしい。
側にあった白いケトルに水を入れ、火にかけた。食事に温かい飲み物があるかないかは、かなり大きい。
…そういえば、のっちって猫舌だっけ。昔言ってたような。
 でも猫舌ってほんとかな。熱いものが熱いのは当たり前なんだし?
 そんなん言ったらみんな猫舌になっちゃうよ。
 大体さ、あんな長くて力強い舌してるくせ

私はまたその場にしゃがみ込んだ。遠くから小鳥のさえずりが聞こえてきて、余計に空しくなる。
…なんでこうなるの。今は朝、朝ですよー。
 しかもなんか、似たようなことが前にもあったような…。
 いやでも、ここからが違うんよ。ゆかだって毎日少しずつ成長しとる、はず。

気を取り直して立ち上がり、もう片方のコンロに大きいフライパンを乗せ、火をつけて油をひく。
お湯が沸くまでの間に、卵とソーセージを焼いてしまおう。
卵を2つ割り入れ、空いたスペースにソーセージを並べて蓋をした。
流し台に寄りかかり、束の間、ぼーっとする。
…いいな、こういうのも。
 毎日好きな人のためにご飯を作って、おいしそうに食べる笑顔を見て、可愛いなぁって思って。
 んー、でもすぐに飽きちゃうのかな。なんていうの、スパイスみたいな?刺激がないと。
 あそっか。それでたまに昨日みたいなことすれば完ぺ

私は思わず立ったまま流し台に前のめりになった。再び小鳥のさえずりが聞こえてきて、何だか叱られている気分になる。
…自爆。こういうのを自爆って言うんだ。もう何も考えないでおこうっ。
 でもすごく幸せなこと考えてたのになんで…
 …うん、のっちが悪い!

このループから抜けるために簡単な結論を出した私は、そのままの姿勢でフライパンの蓋へ手を伸ばした。
正直、これ以上不必要に動いて体を刺激したくない。
蓋を開けると、半分ほど白く固まってきた卵が見え、ソーセージから漂う香ばしい匂いがした。
体勢は変えずに取手を掴んでフライパンを揺すり、ソーセージをひっくり返す。
我ながら、器用だ。
…そういえば昔、のっちの指がソーセージみたいって誰か言ってたような…?
 あの指がソーセージって、そんな大人しいもんじゃな…くないよねー落ち着けーゆかー。
 もう、誰かの陰謀としか思えん。ソーセージ=指とかベタすぎるわ。
 …でも今日はソーセージ食べないでおこ。目玉焼きあるし。
 ん〜卵いい感じに焼けてる。よかった、食べられるものあって。
 白身プルプルしておいしそう。早く食べちゃいたいな。
 あ…そういえば最近、のっちによく胸を噛み付かれ

私は流し台の中に突っ伏した。拍子に、頭が蛇口のレバーにぶつかって勢い良く水が流れ出た。
自慢の前髪が少し濡れる。
…どーして、どーしてこーなるん!?相手は食べ物よ!?
 むしろなに、発想の天才!?ってこんな才能いらんし。
 前より悪化しとるよ。ゆかの頭溶けとるわ。
 ていうか朝から…つ、疲れた…。


気怠い体をのろのろと起こし、今や軽く憎たらしくもあるフライパンに対峙した。
なぜ朝から1人で悶々として、あげく疲労しているのか。
恐らく、“そういえば”と考えるのが原因なのだろう。何かを見て連想し、そしてそれが良くないと思うから葛藤し、疲れる。
いや、そうすると原因は、葛藤にあると考えることもできる。“そういえば”は自然な流れであり、防ぎようがないのだから。
葛藤しなければいい。いっそのこと開き直ればいいのではないか。
だって私は悪くない、と。
…そう、そうだよ。大体そういう発想しちゃうのだって、のっちが悪いんだし。
 のっちが昨日あんなに頑張るから悪い!

私はフライパンの中の罪なきソーセージと目玉焼きを睨んだ。
段々、このメニューにした15分前の自分すら憎らしくなってきた。
 …もーあの指とかなんであんな動きするん!?
取手を掴んで、ひと揺すり。
 …なんだってあんな巧いの?いつの間に憶えたんだか…まったく。
1本しぶとくひっくり返らない。
 …最初の頃はおどおどしてたくせに。最近は特に…もー!
私は箸を取って、
 …ゆかに教えてもらいたいくらいだよ、あの技。
言うことを聞かないソーセージを、
 …そだ。今度教えてもらお。うんうん。
ひっくり返した。
 …そうしよ。それで…ん?

炊飯器からご飯が炊けた知らせが鳴り、私は我に返った。
隣のケトルを見れば、お湯も沸いている。フライパンの中身も出来上がった。
そして開き直ったら気分もすっきりしたので、のっちを起こしに行くことにした。
エプロンを外し、ソファーへ放り投げる。今や小鳥のさえずりは耳に心地よい。
いたって日常的な、朝。
やはり我慢して良心と葛藤するのがいけなかったのだ。すっかり穏やかな気持ちになったではないか。
私はのっちの寝室に入り、ベッドに近づく。規則的で小さな寝息が聞こえてきた。
布団からはみ出ている素足を見ないようにして、同じくはみ出ている黒い頭に声をかける。
「のっち〜、朝だよ。ご飯できとるよ。早く起きんさ〜い」
ここで下手に体に触れてしまうとやぶ蛇になるので、声の音量を上げた。
「のっちってばー。ゆかが遅刻しちゃうよー!」
「…んぅ」
黒い頭が転がって、私の方を向いた。少ししかめた顔が可愛い。
と和んでいたら、布団から白い手が出てきて、大きな瞳を覆う瞼をこすり始めた。
…あ、ソーセージ。じゃなかった、指が動いとる。

しかも白い手は白い腕へ、白い腕は白い肩へ、白い肩は白い鎖骨へ、ひと続きになって私の目の前に晒されている。
…悪い。これはのっちが、悪い。最悪だよ。
 うん、仕方ない。
 今度と言わず、今、教えてもらお。

私は静かにゆっくり、のっちの背後からベッドに入った。
「のっち。早く起きないと…」
「ん…」
日常的な朝を、壊してしまうよ?


ーーーーendーーーー







最終更新:2009年02月12日 15:56