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「もう!遅い、2人とも!チョコいらんの!?」
「いやいやいや、いるいる!!」
あたしとのっちが声をそろえて言うと、あ〜ちゃんは満足気におっきな笑顔を見せた。
あ〜ちゃんはのっちの大きな紙袋と、あたしの手提げバッグの中味をじろっと見て、
「2人とも、すっごいねえ…」
「のっちは異常じゃろ。アホのくせに」
「タラシのゆかちゃんに言われたくないわ!」
「ゆかのは義理チョコだけだもん。…あ〜ちゃんは?」
あたしはさりげなく探りを入れる。
「うちのは友チョコと、先輩達から妹チョコもらったけど。2人みたくモテとらんよ」
ぷくーっとふくれるあ〜ちゃんに気付かれないように、あたしはのっちと目配せした。
あ〜ちゃんの場合、相手方の本気度が違う。あ〜ちゃんを嫁にせんばかりの息込みでかかってくるから、妊娠でもさせられてあたし達のあ〜ちゃんを奪われかねない、とあたしとのっちとで背後から色々牽制したり防御してたりする。
今回も功を奏したらしく、あたしはホッとした。


「じゃ、チョコ交換といたしましょうか」
あたし達はいそいそとチョコを取り出す。
あたしは口コミ情報で調べた、知る人ぞ知る名店ってとこの、大人っぽいシックな包みのチョコ。
のっちはとにかく量で勝負!わっかりやすいベタな感じのでっかいハート型チョコ。
で、あ〜ちゃんは。
「今回は自信作じゃけえ…。チャラーン♪」
あ〜ちゃんははにかんだような笑顔で、嬉しそうにあたし達に小さな紙袋を渡す。
中には両手に乗るサイズの、ピンクのラッピングに包まれた箱が見える。
「おおっ!この大きさはケーキじゃね!」
のっちは目をキラキラ輝かせて、漢らしくばりばりと包みをといていく(食い意地のはった犬が、浅ましく土を掘る姿にも似ている)。
あたしはその、たった一つ手に入れたかったものを両手で抱えて、
「あ〜ちゃん、アリガト」
と、その言葉に込められたあたしの切実な気持ちなんて知るはずもないあ〜ちゃんに、にっこり笑いかけた。
あ〜ちゃんは何だか落ち着きが無い様子で、
「うち、音楽室に忘れ物したけえ、取って来る!」
と慌ただしく教室を飛び出していった。
…変なの。いつもだったら、がっつくのっちを満足そうにどや顔で見てるのに。
まあ、今日のあたしにはあ〜ちゃんがいない方がありがたい。


「おおおっ、すっごい!」
のっちが歓声を上げた。
ハート型のガトーショコラは完璧な造形で、上にかかる粉砂糖がおすまし顔の、お店で売っててもおかしくない逸品。
さらにケーキのまわりにも、小さな丸いトリュフやハート型のクッキーが敷き詰められてて、サービス満点。
…なんか、参っちゃうよね。
こんなにしてもらって、義理なんだもん。
まああたし達3人の「義理」なんて、表面的なお付き合いなんかはるかに超えた意味の、義理人情って言葉のほんとに深いところの、もはや任侠レベルなくらいのディープな絆で。
その絆がある限り、あたしは生きてゆけるって思える。まさに生死をともにする、…って大げさだけど。
でもこんなチョコを前にすると。あたしは一瞬、目が眩みそうになる。
太い絆の命綱なんて振り切って、底の見えない恋の淵に身を投じてしまおうか。
そんな血迷った考えがあたしの足元をさらっていきそうな、断崖絶壁に立たされた気分。
「…ふごっ。手紙も入っとる!」
早くももしゃもしゃとトリュフをほうばっていたのっちが、紙袋の底から手紙を発見し、目を輝かせた。
あたしも紙袋の中に手を入れて、そっと手紙を引き出した。
綺麗な花柄の便せんに。見るだけでホッとする、あ〜ちゃんの丁寧な文字。


『ゆかちゃんへ。
いつもいつもありがとう。
そばにおってくれてありがとう。
ゆかちゃんとはもうずーっと一緒にいるね(笑)
これからもずっとずっと一緒におってね。
いつまでも変わらずに、あ〜ちゃんの味方でいてね』
あたしはその短い手紙を、何回も何回も読んだ。
…あ〜ちゃん。
あ〜ちゃんがそばにおってと願うなら。あたしはそばにいる。
それだけでいい。
あ〜ちゃんの絶対的な信頼があるから。あたしはあ〜ちゃんの味方でいられる。
あ〜ちゃんが望むことに、あたしが否と言えるわけがない。
…もう、それだけでいい。
あたしは深い息をついて、もう一回手紙に目を通す。
手紙の右下の端っこがちょっと三角に折れてて、あたしはそれがなんか気になったから、丁寧にたたみ直そうとして。
…息が、止まった。
折れた端っこで隠すように。小さなあ〜ちゃんの字。
目が、眩んだ。
あたしはもう迷うことなく。
…飛び込む覚悟がついた。


「のっち!あ〜ちゃん、どこ行くって言ってた!?」
「…むぐっ!?ど、どしたん…げほっ、いきなり…。お、音楽室じゃろ?」
「ありがと!」
ガトーショコラを喉につまらせ(甘い物が喉につまると結構しんどいんよ)目を白黒させてるのっちをほっといて。
あたしは教室を飛び出した。
息が弾む。足元がフワフワする。どうかしたんじゃないか、ってくらい。体が、軽い。
…どうして断崖絶壁に堕ちていくなんて思ったんだろ?
あたしの足は、宙を駆けるようじゃないか。
天にも昇りそうに、軽やかで。くらくらとめまいがするくらい。
至高の、七番目の天国に駆け上がって行きそう。
あたしは目が眩むようなキラキラの世界を、あ〜ちゃんめがけて走った。


㈫へ続く





最終更新:2009年02月12日 16:40