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「すごい人じゃね…」
あ~ちゃんはそう愚痴った。のっちは苦笑い。あ~ちゃん、朝からご機嫌ななめ。
今日は学校の遠足。現地集合で現地までの移動手段は電車。しかも、朝の通勤ラッシュの時間帯。苦しいくらい満員で、息苦しいし、狭くて窮屈。
「バスとか、出してくれんのか学校は」
そう言いながらものっちは、実は喜んでたりするんだ。あ~ちゃんと密着していられる、そんな邪な想いは、優しいあ~ちゃんは仕方なく見逃す。
のっちはあ~ちゃんを扉側に押しやり、あ~ちゃんとサラリーマンのおじ様達がくっつかない様に、壁になっていた。そんなさり気ない優しさが、妙に嬉しかったりする。
しばらくして、のっちが険しい表情で「暑い」と呟いた。これだけ人口密度が濃いんだ、酸素も薄いし人の熱気が半端ない。
あ~ちゃんは、のっちの首筋に流れる一筋の汗を眺めた。なんだか色っぽい。最近妙に大人びてきた王子様に、少なからずときめいてしまうのは事実だ。
「ゆかちゃんは今頃、車で快適じゃね。どうせなら乗せてってくれても良ぇんに」
かっしーに【のっちと電車で行くから良ぇよ】ってメールを送ったのは、本人には内緒。


しばらくして。
ガタン、と大きく車内が揺れた。
「うわっ」
バランスを崩したのっちが、あ~ちゃんに抱き付いてきた。あ~ちゃんはしっかりと受け止めた。ううん、抱き締めたんだ。
「ご、ごめん…」
耳元でそう囁かれた。どうしよう。なんだか、変な気分になってきた。のっちの香水の香りとか、体温とか、吐息とか。その全てがあ~ちゃんの神経を蝕んでいく。
「良いよ。」
「苦しくない?」
「うん、」
このままが良ぇ。
そう言うと、のっちの心臓がドクンと跳ねた気がした。たまには甘えたって良ぇじゃろ?
「…あ~ちゃん」
ガタンゴトンと電車が揺れる。二人も揺れる。ずっとこのままが良いのに。のっちの腕の中は落ち着く。優しくて、あったかい。
「あ~ちゃん、ヤバいんじゃけど…」
「え?」
「…キスしたい、」
そう言って、のっちは、体を少し離してあ~ちゃんを見つめた。頬がほんのり桃色に染まっていた。その優しい目に、あ~ちゃんは弱い。
あ~ちゃんは目を閉じた。

そっと触れる唇。
車内のアナウンス。
繰り返す緩やかな振動。
今は、君と二人だけの空間。

ガタン、ゴトン。
ガタン、ゴトン。


キスを繰り返す。
何度も何度も唇を重ねる。
愛しさと、優しさを重ねる。
のっちはズルイ。
たまにこうやって、全てをさらって行くんだ。
朝っぱらから、夢みたい。
ガタン、ゴトン。
夢なら、
醒めないで。

『次は、〇〇駅~。〇〇駅~。』
「あ、」
アナウンスが流れ、のっちが唇を離した。もう、終わりだ。夢の時間はもう終わり。
「もう次、降りんと」
そんな事を言うくせに、腰に回された手はまだあ~ちゃんを抱いたまま。名残惜しいのは、二人共同じ。
「…うん」
あ~ちゃんの手も、のっちの体を離さない。離したくない。だって、電車を降りたら全て終わりなんだ。現実の世界に連れ戻されるんだ。
ゆっくりとブレーキがかかる。さようなら。二人だけの空間に別れを告げる。
現実への扉が開いた。
二人の体が離れる。
のっちの体温が消え去る。
でも、
その手は繋がっていた。
離れはしなかった。
「のっち…?」
その手の温もりは、夢じゃない。二人の世界だ。
「離したくないけぇ」
顔を真っ赤にする王子様は、なんだか変にカッコ良かった。
ごめん。
あ~ちゃんも
離したくないんよ。

―End―









最終更新:2008年10月10日 14:35