あぁ…、つまんない。
机の上の教科書と格闘するのに飽きたあたしはチラリと後ろを見てみた。
そこには遠慮なくあたしのベッドに腰掛ける彼女の姿。
ぺらぺら教科書をめくりたまにズレた眼鏡を指で直している。
やけに様になるその姿にあたしの中のいたずら心がくすぐられた。
K『……のっちって普段コンタクトしないの?』
そう言ってあたしも彼女の隣に腰掛け顔を覗き込む。
N『……また呼び捨てですか?』
呆れたようにフワリと優しく笑う彼女はあたしより年上。
K『えー、いいじゃん。だってたいして歳変わんないし、先生って感じしないし。』
N『ひどい言われようですねぇ。』
クスリと笑いサラリとかわすその余裕に少し苛立ちを覚える。
K『ねぇ…、なんで?』
これ以上ない程の微笑みで誘ってみても、
N『秘密です。それよりさっきの範囲は終わったんですか?』
あっさりかわされ、より苛立ちがつのる。
K『……まだ。』
N『ほら、駄々こねてないで続きしますよ。』
おもしろくない……。完全に子供扱いしてる。
K『秘密、教えてくれたら勉強して上げてもいいよ。』
こんな事言ってるから子供扱いされるんだろうなぁ…。
N『仕方ないですね…。樫野さんには勉強して貰わないといけませんからね…。』
そう言いながら眼鏡を外しあたしを真剣な眼差しで見つめた。
ドクンッ!
彼女のいつもと違う表情に胸が騒いだ。
え…っ。何これ…。
自分の中に沸き立つ感情に戸惑いを覚え何の反応も返せずにいると、彼女は微笑んだまま再び眼鏡をかけた。
N『見ての通り、童顔を隠すためですよ。』
そしてフワリとまたいつものように笑ってみせた。
K『……あ、コ、コンタクトにした方がいいよ、絶対!だってキレイだもん……。もったいないよっ。』
N『……あ、ありがとうございます。』
彼女が照れて見せるからあたしもつられて照れてしまう。
変な空気が漂って気まずくなってしまったあたしはそれを打ち消すようにおどけてみせた。
K『仕方ない、約束だもんねっ。』
ホントはまだ隣に座っていたかった。
でもこれ以上意識させられたら戻って来れなくなるのを本能が告げていた。
勢いよく立ち上がり机に向かう。
バクバク言ってる心臓をムリヤリ押さえ付けながら教科書をひらく。
ヤバイ…。何も入って来ないっ。
目に飛び込んでくる文字は形を認識する事で精一杯で意味を捕らえる事が出来なかった。
ふと、背後から声がする。
その声が聞こえただけで背筋に何かが走るのがわかった。
N『さっき、どこでつまづいたんですか?』
K『……。』
何も応えられずただ、その感覚を打ち消す事に必死だった。
N『樫野さん…?』
彼女が立ち上がるのがわかる。
振り向かなくても感覚でわかる。
N『どうかしました?』
彼女の顔が肩ごしにあたしの顔を覗き込んだ。
ビクッ!
と体が反応し反射的に大きく距離をあけてしまった。
K『あ、いや、な、なんでもないですっ。』
N『……顔赤いですけど大丈夫ですか?熱でもあるんじゃ…。』
K『だ、大丈夫っ!』
N『樫野さんこっちむいて下さい。』
心配した口調に逆らえなくてゆっくり顔を向けてみた。
目を反らしたままのあたしのおでこに彼女の手がかかる。
そのせいでますます体温の上昇を感じた。
なんでこんなになってんのよ、あたし…っ。
N『うーん、少し熱っぽい気もしますけど…。』
そう言いながら彼女の空いている方の腕が動くのがわかった。
反射的にその腕の動きを目で追ってしまう。
その腕は彼女の顔の方に持って行かれ、
ぼんやり自分の額にあてるのだろうと想像がついた。
えっ!?
そんなあたしの想像は簡単に打ち砕かれた。
彼女の手は迷いなく眼鏡のフレームへとのびていた。
あたしのおでこに置かれた手は簡単にあたしの前髪を持ち上げた。
ま、まさかっ!?
案の定、眼鏡を外し躊躇なく近づいてくる彼女の顔。
だ、だめっだってばっ!それ反則……っ!!
おでことおでこがくっつきますます顔が赤くなる。
たまらず目をぎゅっとつむり、間近にある彼女の顔を見ないようにした。。
息のかかる距離で彼女の言葉が聞こえる。
N『うーん、熱がある気もしますし…。すみません、よくわかりません。』
その言葉であたしは立ち上がり後ろへ距離をとった。
K『あ、当たり前じゃないっ。い、今、今どきそんな古典的な事する奴いる訳ないじゃん、ばっかじゃないの?!』
N『…それだけ元気なら大丈夫ですね。』
眼鏡をかけながら彼女はまたいつもの顔で笑ってみせた。
ツキンッ。
胸に軽い痛みが走る。
N『多分大丈夫でしょうけど、今日は大事をとってこれで帰りますね。』
ツキンッ。
まただ…。何これ……?
N『あったかくして、ゆっくり休むんですよ?わかりましたか?』
K『こ、子供じゃないんだからそれくらいわかってるわよっ。』
N『ふふふ、そうですね。子供じゃないですね。』
ツキンッ。
彼女に子供扱いされる度に胸に走る痛み。
K『と、とにかく早く帰んなさいよ。』
N『……樫野さん、一応私は年上なんですけどね。しかもきみの先生なのに。』
苦笑いしてあたしを見つめ、また優しく笑う彼女。
ツキンッ。
N『じゃあ、また…、今度は明後日ですね。それまでに体調整えていつもみたいな元気な樫野さんになってて下さいね。』
また、フワリと笑いドアを開け出て行った。
あたしは一気に力が抜けその場にしゃがみ込んだ。
K『……どうしよ。』
膝を抱えてしばらく動けなかった。
(続く)
最終更新:2009年02月23日 04:49