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…どうしてこんなことになったんじゃろ。
あたしは思わずはああ、と大きくため息をついた。
「綾香ちゃん、ほんっとゴメン!」
「…あ、ううん」
いけんいけん。友達に気を使わせとる。この子のせいじゃないんじゃけえ。
あたしは笑顔を作って、
「うちとしては、合コンと言うより、直ちゃんの彼氏さんを見に行く、ってつもりじゃけえ」
「ほんと無理言ってゴメン!ドタキャンが2人もあって…。さすがに5対3だと、彼氏に怒られちゃいそうで…」
「そりゃそうじゃろ。今も一人足りんけど大丈夫なん?」
「うん、まあしょうがないよ。彼氏の友達、みんなすっごくいい人らしいから、とりあえず楽しんでね?」
「…うん」
「あー、でもやっぱこういう時助けてくれるのってあ〜ちゃんだよね〜。ほんとありがと!合コン嫌がってたのに、ゴメン!」
目の前で何度も手を合わせて謝る直ちゃんに、あたしは曖昧に笑ってみせた。
落ち着かない気分で、制服のネクタイをいじったり、スカートのひだを整えたりする。
あたしの足取りは自然と重くなり、一緒に歩いてる直ちゃん達から遅れがちになる。
直ちゃんの彼氏さんの友達と、顔合わせして軽く食べて、カラオケに行く、ってこの後の流れを思うと、ドコドコ子泣きじじいを背負わされてく感じ。


友達に心配させちゃうのが嫌だからああ言ったものの。…合コンは、合コンだよね…。
つき合ってる人がいるのに合コンなんて、あ〜ちゃん的には絶対しちゃいけんことなのに。
そういうのって、嫌じゃ。
好きな人も、好きな気持ちも、大事にしたい。嘘をつきたくない。裏切りたくない。
…それが最近になってやっとつき合えることになったゆかちゃんなら、なおさら。
ゆかちゃんの見守ってくれるような眼差しとか、あたしを甘やかすように優しく触れる指先を思い浮かべて、あたしの胸が痛む。
うう、気が重いよう。あ〜ちゃん帰りたいよう。
帰って速攻でゆかちゃんにメール打って。そしたら多分ゆかちゃんからすぐ電話がかかってくる。携帯越しに聞こえる、ゆかちゃんの「あ〜ちゃん」って呼びかけ。
あの、くすぐるような響きがあたしは大好きで。
「もう、あ〜ちゃんは〜」とか「あ〜ちゃん、それいけんじゃろ」とか、笑いを含んだ声で言われると、あたしは自分がすごくすごく大丈夫な感じがする。
どんなことをしても自分を笑って許してくれる、絶対的な味方がいるような。
…だからこそ。
許してくれるからこそ。
あ〜ちゃんはゆかちゃんに誠実でいたい。


そう思うと、めちゃくちゃに落ち着かない気分になって、
「…直ちゃん、うちやっぱり…!」
と口にした時。
「…あ〜ちゃん?」
…耳をくすぐる、甘い声。聞き慣れた、独特のイントネーション。
振り返ると。聞き間違えようもなく。
「…ゆかちゃん」
「何しよん?」
きょとんとしてるゆかちゃんに、絶好の人材到来、と直ちゃんが嬉々として合コンに誘いかける姿が見えたけど。
全ては無音で。あたしの心臓の音さえ止まっとる。
凍りついたような時間。
あたしは恥ずかしくていたたまれなくて。指先まで冷え切って、小刻みに震えた。
直ちゃんと話してたゆかちゃんが、真っ直ぐにあたしを見た。
長い黒髪がサラリと肩をすべり。ゆっくりと、静かな視線があたしをとらえる。
その、いつもどおりの、優しい微笑みを含んだ眼差し。
あたしは、泣きたくなった。
…誰か、あたしを罰して。


「有香ちゃん、あんま歌わないねー」
「ゆか、歌下手なんよ。聴いとる方が好き」
「ええ〜っ、有香ちゃんの下手な歌、聴きたいよなあ」
「…もぉ。いぢわりゅっ」
かーわーいーいーって、ゆかちゃんの周りの男の子達が悶えて騒いでる。
他の女の子達は、ちょっとつまんなさそうにペラペラとカラオケの本をめくってる。
あたしは。最高に居心地の悪い気分で、さっきから全然、何もかんも素通りしていく感じで。
長時間ノイズにさらされてたみたく、耳の奥から頭がガンガンする。
暗い顔してたら直ちゃんが気を使うから、笑顔だけは作っとったけど、もう限界じゃ。
…もう、笑顔なんか作れん。


「あ〜ちゃん、aikoさん歌わんのん?」
ゆかちゃんがあたしを見て、ニコって笑う。
あたしは、泣きそうになった。
だって。合コンの間中、ゆかちゃんは普通にいつもどおりニコニコしてて。あたしにも普通に話しかけてくれるけど。
でも、違う。
いつもはあたしの瞳の奥から心まで覗き込むように笑いかけてくれるのに。
さっきからゆかちゃんが見せる笑顔は、あたしの顔の数センチ手前の空気に向けられてる感じ。
ううん、そうじゃなくて。
うちが、ゆかちゃんにとって空気になっとんかもしれん。
「有香ちゃん、メアド教えてー」
「あ、俺も俺も」
「えー、ゆか携帯持っとらん」
「まったまたー、ウソでしょ」
「うん、嘘」
ゆかちゃんはぺろ、と小さく舌を出して澄ました表情。
男の子達がまた、かーわーいーいーの大合唱。
…別に、ゆかちゃんがモテるのは知っとるけえ、こういうのは気にならん。
今までだって、ゆかちゃんはうちには何でかあんまり教えてくれんかったけど、たくさんの人とつき合ってたし。
でも。
あたしが、その「過去にゆかちゃんとつき合った人」のリストに載るなんて、想像もしなかった。
つき合えただけで夢みたいで。そんなこと、考えもせんかった。
うちが、ゆかちゃんの「過去」になるかもしれないなんて。
…そんなん、嫌じゃ。
何でうちは「つき合えた」って奇跡を大切にせんかったんじゃろ。何で裏切ったんじゃろ。
目の前で男の子達にサラサラの髪をいじられてるゆかちゃんに、胸をきゅ、と締めつけられる痛みを感じたけど。
あたしが泣きそうになるのは間違っとる。あたしが、悪いんじゃけえ。


「…ちゃん、綾香ちゃん!」
ハッと顔を上げると、隣に座った男の子があたしに本を渡そうとしてた。
「…あー、ぼうっとしとった。ごめんなさい」
「次の曲、入れないの?てゆうか歌上手いよね、アヤカつながりで絢香歌ってよ」
「へ?…あ、えっと、…あ、そっかぁ、絢香さんかあ」
「またぼうっとしてた?緊張してる?」
「え、なに綾香ちゃん緊張してんの?カワイイじゃん」
「こういうの初めてとかあ?」
男の子達が無遠慮にあたしを覗き込んでくる。
あたしが思わず身を固くすると、
「あ〜ちゃんは」
とゆかちゃんのプラスチックな声がした。
「あ〜ちゃんはちゃんとした、真面目な家庭で大事に育てられとるいい子じゃけえ、からかっちゃいけんよ」
ニコって小首を傾げて、うちの方に身を乗り出してる男の子の二の腕をつんつんと人差し指でつつく。
またかーわーいーいーと男の子達は騒ぎ出して。
ゆかちゃんが、あたしを気遣ってくれたのは感じたけど。
…でもなんか違う。
つき合い出す前にもゆかちゃんやのっちと一緒に合コンに行ったことあって、その時もゆかちゃんはあたしを変な人からかばってくれたけど、その時と何か違う。
あの時の、うちのことをすごく大事にしてる保護者的な感じじゃなくて。
そんなつまんないいい子ちゃん、やめとけば?って突き放された感じがした。
…もう、駄目じゃ。多分、見捨てられたんじゃ。
ああ何か、あ〜ちゃん泣きそう。


あたしはもうその場におられんくなって、
「…ごめんなさい、うち帰る」
「えええー!そりゃないよ綾香ちゃーん!!」
「門限あるけえ、ごめんなさい」
「…じゃ、ゆかも帰るー」
…え。
ゆかちゃんは手早く制服の上にマフラーを巻いて、
「あ〜ちゃん帰るなら、ゆかも帰る」
「えっ、ちょっ、有香ちゃーん!!」
「有香ちゃん、ほんとそりゃないっすよ!!」
ゆかちゃんはマフラーに巻きこまれた髪をサラ、と直しながら、
「今日は楽しかった〜。またね♪」
と、にゃは、とイタズラな微笑みを浮かべて、手をグーパーさせてサヨナラの挨拶をすると、
「あ〜ちゃん、行こっ」
とあたしの手を握って歩き出した。
あたしはゆかちゃんに手を引かれるかたちで。
目の前の長い黒髪が揺れる後ろ姿と、つないだ手が信じられなかった。
…でも。
ゆかちゃんのつないだ手は、冷たくて。どこか、よそよそしくて。
いつものように優しく指を絡めてはこなかった。


㈪へ続く




最終更新:2009年02月23日 05:25