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あたしの手を引くかたちで歩きながら、ゆかちゃんは無言だった。
さっきまでニコニコおしゃべりしてたのが嘘みたいに。
黙って、あたしの手を握って。規則的にサラサラと揺れる黒髪。制服から伸びた脚は、真っ直ぐに一定の速度で歩いて。…振り返っては、くれない。
ただつないでる手だけが救いな気がして、すがるような気持ちでぎゅ、と力を込めてみたけど。
振り返っては、くれなかった。
…怒っとる。ううん。嫌われとる。
ゆかちゃんの後ろ 姿に声をかけたかったけど、全部言い訳になっちゃいそうで、何て言ったらいいのか分からん。
ただ頭をぐるぐると嫌われた、がっかりされた、裏切った、て言葉が回って。何の言葉も出て来ん。
出て来るのは。
ゆかちゃんの後ろ姿が、にじんで見える。頬を、熱いものが伝う。
…泣いちゃいけん。あ〜ちゃんが悪いんじゃけえ、泣いちゃいけん。
あいてる方の手でぺし、と軽く頬を叩いて涙をぬぐったけど。こらえようもなく、頬は涙で濡れていった。
しゃくり上げそうになったから、いそいで手を唇にあてて、声を殺す。


「…あ〜ちゃん、何で泣くん…?」
ゆかちゃんが、振り返った。
立ち止まったそこは、夜の公園だった。幼なじみのゆかちゃんと、よく遊んだ公園。今でも一緒に帰る時近道して通り抜ける公園。
小さな外灯と頼りない月明かりで、闇に黒髪が溶けて、ゆかちゃんの表情はよく見えない。
マフラーに口元をうずめたゆかちゃんは、笑ってるのか怒ってるのかも、分からない。
「あ〜ちゃん。そんな、声殺して泣かんといて…?」
ゆかちゃんの、少し低めの声。あたしと話す時に、素の、少しぞんざいな話し方になるゆかちゃんの声。
いつもの、ゆかちゃんの声だ。
あたしの中で何かが堰を切ったようにあふれた。
「ゆかちゃん、ごめん、ごめんなさい…っ。ゆ、許してくれんくっていいけえ、…あ〜ちゃんが、悪いんじゃけえ…っ」
あたしは子供みたいにべそべそ泣いた。片手で何度も目をぬぐって、盛大にしゃっくり上げて。
みっともないけえ、止めようと思っても出来ん。
そういえば、ちっちゃい頃ゆかちゃんと一緒に通ってた習い事で一等賞がとれなくて、悔しくてわんわん泣いてゆかちゃんに慰められたのも、この公園だったっけ。
うちの子供っぽさやみっともないとこなんか、とうの昔からゆかちゃんは知っとるけど。
それでも嫌わないで、こうして手を握ってくれとる。
「…許してくれんでいい、って何で…?」
「うちが、自分を許せん。うちは、好きな人一人をすごーく大切にしたい。ゆかちゃんに、誠実でいたい」
「……」
「そんな自分の気持ちを裏切ったけえ、うちは許されんくっていい」


ゆかちゃんは、相変わらず静かな表情をしていたけど。
少しうつむいて、地面を軽く蹴りながら、
「…ゆかは、好きな人がいても違う人と食事に行ったり、友達とのつき合いで合コンに参加しちゃっても、別にいいと思うんよ」
「…ゆかちゃんはそうなんだ…」
…そっかあ、何だそうなんだ。
うち一人が大げさで子供っぽかったんかなあ、と何だか恥ずかしくなったら。
「…と、思ってた」
「…ゆかちゃん?」
「あ〜ちゃんに関しては、例外。あ〜ちゃんは、ダメ」
へ?
あたしがぽかんとしてると、ゆかちゃんはうつむいたまま照れ隠しみたく、つないだ手をぶんぶん振った。
つき合ってる人がいても合コンに行っていいけど、あ〜ちゃんはダメ…って、えーっとぉ??やっぱ怒られとんかな?
うちの日本語翻訳機能が混乱しとるのに気付いて、ゆかちゃんは少し笑いながら、
「…てゆうか、あ〜ちゃんは妬かんかったん?」
「ヤキモチ?え、だってゆかちゃんモテとんの見慣れとるし。そりゃ、ちょっとイヤじゃけど」
「…ふうん」
ゆかちゃんは、いっそうマフラーに顔をうずめながら、ぽつりと、
「…ゆかは、妬いたけど」
「ほへぇ!?だ、だってうち、全然モテとらんかったよお!?」
「あ〜ちゃんの隣に座ってた男の子、あ〜ちゃん狙いじゃった」
「え、そんなん…」
「眼鏡までかけとったし」
「眼鏡かけとる人おった?全然覚えとらん」
「Vネックのセーターなんか着とったし」
「それは学校指定じゃろ(Vネックだったら何でもいいわけじゃないし)」
「食事の時から、綾香ちゃん食べないのとか、綾香ちゃん俺にも取り分けてとか…」
「席近かったけえじゃろ」
「カラオケの時も、あ〜ちゃんの歌すごい誉めるし、あ〜ちゃんにラブソングばっか歌わせようとするし、絶対あ〜ちゃんの次に自分の曲入れるし」
「単にローテーションじゃろ」
「…ムカついたけえ、あ〜ちゃんの使ったマイクは絶対使わせんかった」


…あ然。
ゆかちゃんは、言っちゃった、て顔でマフラーをずるずる引っ張り上げた。
あたしは笑った。
おっかしいの。あんだけ男の子達のかーわーいーいーの大合唱の中にいながら。ゆかちゃんは、そんなどうでもいいとこ(どうでもいくにゃい!byかしゆか)見てたの?
ゆかちゃんにも、子供っぽいとこあるんだ。それとも。誰かを好きな気持ちは、人を幼くさせるのかな。いたいけな、純情に。
クスクス笑っとると、急にゆかちゃんに強く手を引っ張られた。
「…まあ、ゆかの目の前で、あ〜ちゃんをさらっていけるわけないけど」
ゆかちゃんが、少し身をかがめた。ゆかちゃんの髪が、あたしの頬にかかる。強く手を握られた。
ゆかちゃんの、闇に溶ける黒い瞳が近付いて。あたしは、目を閉じた。
唇が、重なった。優しく唇がこじ開けられて、ゆかちゃんが入ってきた。
一瞬、びくっと身構えたら。ゆかちゃんが握る手に力を入れて、指を絡めてきた。あたしは、その手になだめられるように、ゆかちゃんに委ねた。
とろけるように、熱く深く、ゆかちゃんが入ってくる。あたしは合わせるのに精一杯で。めまいをおこして落下しそうで。空いた片手でゆかちゃんの肩にしがみつく。
思わずもれるため息や声に混乱しながら。加速されていく、もどかしさ、切なさ、…愛しさ。
ゆかちゃんが、ゆっくりと唇を離した。手は、つないだまま。目が合うと、あたし達は静かに笑った。
「…キスしたの、2回目じゃね」
あたしが嬉しくなって呟くと、
「数えんくっていいよ」
ゆかちゃんがあたしの目を覗き込むように、額を合わせてくる。
「…多分、数えきれんくらい、すると思うけえ」


ゆかちゃんの手があたしの後頭部に触れて、コツンと額と額を合わせる。
ちっちゃい頃からの、一緒だよとか頑張ろうねの2人の合図。それが、今。大好きだよの意味が加わったんだ。
幼かったあたし達の、今までの共に過ごした数え切れない日々に、また、数えきれないものが加わっていくのかな。
ゆかちゃんの額が離れて、今度はゆっくりと唇が近づいてくる。…ほんとに、何回する気なん?
あたしもゆかちゃんの背に手をまわして。
数えきれないキスのうちの一つを、甘く受けとめた。


後日談。
「ぬわぁんですと!?」
のっちがバン、と机を叩いて立ち上がった。シャーペンとか消しゴムが散らばって、ゆかちゃんが「誰の為に放課後残ってノート写させとんじゃ」って顔をした。
のっちは気にせずバンバン机を叩いて、
「何であ〜ちゃん合コンなんか行っとん!のっちに黙って!!」
「あ、のっち誘えば良かったね。モテたいっていつも言っとるし」
「じゃーなーくーてえ!あ〜ちゃんはのっちの目の届かんとこで合コンなんか絶対ダメ!合コン禁止!!」
「なんかのっち、お父さんみたい」
あたしの一言にのっちは予想外にダメージを受けて(だってお父さんて思いっきし対象外じゃん!byのっち)、いじいじと落ちたシャーペンを拾い出した。
「…ゆかちゃんがついておりながら…」
のっちは無謀にもゆかちゃんに矛先を向けた。
「ゆかちゃんのことじゃけえ、罪作りにメアドの一つや二つ、ゲットしとんじゃろ?」
「…ゲットしたモノがあるけえ、のっちにも分けよっか?」
ポカンとするあたしの前で、ゆかちゃんの手が伸びて。のっちのネクタイをつかんで、引き寄せて。
ゆかちゃんが、のっちにキスした。


うわああ、何なん!?これ何なん!?何が起こっとん!?
ゆかちゃんはふう、と唇を離して。茹でダコみたく真っ赤になったのっちのネクタイを放った。
「のっちにもおすそ分け。あ〜ちゃんと、間接キスじゃけえ」
ゆかちゃんはにっこりと笑って、無邪気にVサインをした。
のっちは固まったまま、真っ赤になってゆるんだ顔で、そっかあ間接キスかあなんて唇を触っとったけど(ちょっとキモい)、突然表情が激変して、
「…ってアンタはあ〜ちゃんにも舌入れたん!?」
「ふふっ、ナイショ♪」
「そ、そんなんダメじゃけえ!あ〜ちゃんはベロチュー禁止!今後一切、絶対らめー!!」
のっちははあはあと息を荒げて泣きわめいたけど。でも。悪いけど。
「…ごめん、のっち。あ〜ちゃん、それ約束出来ん」
あたしがそう言うと。のっちはへなへな、って力が抜けて、あ〜ちゃんはそんな子じゃなかった、でも可愛いよおと世迷い言を呟きながら、教室の隅の掃除用具入れの前でしょぼんとうずくまった。
…もう、すぐいじける。
あたしはおかしくて、笑いながらゆかちゃんの方を見ると。
ゆかちゃんはちょっと薄赤くなって、はにかんだ笑いを誤魔化すように頬杖をついて横を向いた。
…なんか、可愛い。
あたしはゆかちゃんの表情には気付かなかったフリをしてあげて、いじけとるのっちを救出しに向かった。


終わり





最終更新:2009年02月23日 05:37