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自宅のマンションの、エレベーターに乗り込む。
一緒に乗ってきた女性の香水の香りが一気に充満し、私は軽く息をとめた。
…私が好きな匂いは、これじゃない。

帰宅してすぐ、事務所に携帯を忘れてきたことに気づいた私は、ひとり事務所に戻った。

私をとりまく不快な匂いから解放され、私は家のインターホンを押す。
鍵は持っている。
だけど、もう使わなくなった。

『おかえりなさい。』

そう、迎えてくれる人が出来たから。

「ただい…、んんっ…!」

彼女は私の唇を奪う。
深く、深く。
離れていた時間を、埋めるかのように、深く。
家に着くと、何か言葉を発する前に、玄関でこうして必ず深く口づけをされる。
毎日、これがなかったことはない。

「っ…ただい、ま…。」

彼女はクスッと笑い、ぎゅっと抱きついてくる。
これが、私の好きな匂い。

あの日から、お互いを求め合う想いがより強くなった私たち。
私の家での同棲生活が始まり二週間。
お休みがない今、まだまだダンボールは片付かない。
同じ仕事、同じ家。
彼女とは、ずっとずっと、一緒にいる。

「遅くなって、ごめんね。」
『んーん、ご飯作っとったけぇ。』

彼女は、私の首に頬をすり寄せ、そのままそこに吸いついた。
ただ、吸う力がいつもより強い気がした。
跡…、ついた?
私は少し固まった。

「…つけちゃった。」
『えっ…』
「嘘、だよ。」

そう言う彼女の顔は、これっぽっちも笑ってはいない。
どう反応するのが正解なのか分からず、突っ立ったままの私の腕を、彼女は引っ張った。

「ご飯、食べよっか。」

彼女はまた、クスッと笑った。


リビングに足を踏み入れると、私はまた固まった。
いや、家に入った時点で、本当は気づいていた。
でも、まさかと思った。

「早く、座んなよ。」

立ち止まる私を、彼女は不思議そうに見る。
いや…でも、私の反応は、きっと間違ってはいない。

『ゆか、ちゃん。』
「何?」

彼女は、鍋に向かい私に背を向け返事をする。

「美味しそうでしょ?」

鍋からよそわれたカレーを、テーブルに運びながら、彼女は笑った。
部屋に充満する、カレーの匂い。
まさか、が、本当、になった。

『いや、あのっ…、』
「美味しそう、でしょ?」

今日のお昼、いや、実際には、夕方。
ほんの五時間ほど前、取材の間にできた空き時間。
スタッフさんに連れられ、私たちはカレー屋さんに行った。
本格的なカレーを食べるのが初めてだった私たちは、あまりの美味しさに、一生分と言ってもいいほどのカレーを、たらふく食べた。

「…食べようよ。」
『う、うん。』

私は、用意された自分の席に座り、カレーを口に運ぶ。
正直、やっぱりお店のものにはかなわないが、これはこれで、美味しい。
ただ…さすがの私でも、もうカレーはあまり手がすすまない。
それと、さっきから思っている疑問。

『ゆかちゃんは、食べないの?』

彼女は、テーブルの向こう側に頬杖をついて座り、
食べている私のことを、ただじっと見ているだけだった。

「ゆかは、いいの。」

そりゃ…、ね。
正直、私もお腹いっぱい。
彼女のニコニコとした視線に耐えられず、私は再びカレーを食べ始める。

「…美味しい?」
『うん、お、美味しいよ。』

ふ〜ん、と少し不満そうな彼女。
この答え方では、彼女をご機嫌にさせることはできないようだ。
視線が気になり、私は再びカレーを口に運ぶ。

「残った分は、冷凍、しとくね。」

彼女は立ち上がり、キッチンに向かった。
その背中を見て、私はスプーンの動きを止めた。
…なぜ、彼女はカレーを作ったのだろう。
私に、何を求めているのだろう。
私は、一瞬でいろんな考えを巡らせた。

「きゃっ!」

!!
彼女の悲鳴が聞こえ、私は慌ててキッチンへ向かった。


『ゆかちゃん?』

鍋の前でうつむき、自分の指を見ている彼女の姿があった。

『どしたん?』
「…鍋、熱いとこ、触っちゃった。」

彼女の指を手にとり、見てみると、中指の腹の部分が真っ赤になっていた。
私はそのまま彼女の手を引っ張り、水道の蛇口をひねり、赤い部分に水をかけた。

『氷で、冷やそうね。』

うつむく彼女が急に愛しくなり、私は彼女を軽く抱きしめた。

『冷凍は、あとでのっちがやるから。』

彼女を解放しようとしたその時、ぐっと体を引き寄せられ、そのまま唇を奪われる。
スルスルと、私の口の中に侵入してくる柔らかい感触。

『はぁっ…。』

深い。
やっぱり彼女のキスは、深い。
私は彼女の勢いに押され、そのまま後ろに手をついた。
ひじの部分に、流れているままの水がかかる。

『んっ、んん…。』

キスをしたまま、彼女の手は荒々しく私の体を駆け回る。
もう、私の体の造りを知り尽くした、その動き。
こんな場所でも、こんないきなりでも、愛しい人の愛撫に、感じずにはいられなかった。

『あっ…!だめぇ…っ、』

スカート、パンツをすり抜け、彼女の指が私の中に入ってくる。
短い時間、だけど的確に私の体中、ピンポイントを責めてくる刺激。
私のソコは、もう彼女を受け入れるには充分すぎるほど濡れていた。

『……っ…!』

何度か指を動かされた後、彼女のその指が、私の中で止められた。

「…美味しかった?」

ぐっと、彼女は私の顔を覗き込む。
途切れた快感に、私の思考は全く機能を果たさない。
だけど、彼女の目の色の変化に気づき、一生懸命、私は頭を動かし始める。
彼女は、私に何を問いかけているのか。
何と答えるのが、正解なのか。

『う、うん、美味しかったよ…?』

彼女は表情を変えない。
どうやら、私は間違えた選択をしてしまったようだ。
もちろん、私の中の指も止まったまま。
彼女は、何を言いたいんだ。
私に、何を言わせたいんだ。

「…美味しかった?」

再び、問いかけられる。
…美味しい、美味しい、
何が、美味しい?
彼女が…、美味しい?
…カレー…、
カレー…?
…あっ。

『…美味し、かったよ…』
『ゆかちゃん、の、カレー…。』

彼女はニッコリ笑った。
そして指の動きを再開させ、私を絶頂へと昇らせた。


力が抜けた私は、その場に崩れ落ちた。
集中力が途切れ、流れたままの水の音が大きくなった気がした。

「…のっち。」
『んっ…。』

顔を上げると同時に、彼女の指を口に入れられる。
口いっぱいに広がる、カレーの味。

「カレー、美味しいね…。」

彼女は微笑んだ。
狂ってる…、彼女は狂っている、
ぼんやりする頭の中、私はそう感じた。
再び降りてきた彼女の唇は、私の意識を奪った。

「……っ…。」

彼女が何か囁いた気がした。
彼女がそばにいることが、私の幸せ、なんだ。
これで、いいんだ。

「クスッ…。」

ほら、だって彼女は、私を見て笑ってる。
これでいい、これが私の幸せ、なんだ。
私たちの同棲生活は、まだ始まったばかりだった。

  • のっちの場合 END-






最終更新:2009年03月17日 17:48