あたしの部屋でベッドに座って雑誌を読んでるあ〜ちゃんの、柔らかい髪の間からちらちらのぞく光に、あたしは微笑んだ。
あ〜ちゃんがうるさそうに髪をかき上げる度に、露わになった耳元に小さな輝きが見える。
その見慣れない光景を愛でるように、あたしはあ〜ちゃんの形の良い耳から首筋のラインを何度も視線でなぞる。
さすがにあ〜ちゃんも気になったのか、
「…ゆかちゃん、何ね?」
「あ〜ちゃんのピアス見とった」
「…そんなにガン見するような珍しいもんじゃないじゃろ」
「見慣れとらんもん」
ふうん、と少しはにかんだように笑って、あ〜ちゃんは雑誌に目を落とす。
うつむいたあ〜ちゃんの横顔。耳元に光るゴールドの小さなピアス。
その組み合わせはあたしの目には新鮮で、いらんちょっかいを出したくなる可愛らしさだ。
「ゆかも記念に開けよっかな、ピアス」
「ゆかちゃんもう開けとるじゃろ。それに何の記念なんよ」
「あ〜ちゃん初ピアス記念」
「…バカじゃ」
あ〜ちゃんは眉根を寄せてしかめっ面をしてみせた。
…だって。あ〜ちゃんとおそろいがしたいんじゃもん。
あ〜ちゃんとおそろいのピアス、てわけじゃなくて、おそろいの事をしたいんだ。
あ〜ちゃんの初めてするコトを、ゆかも一緒にやっておきたい。あ〜ちゃんが初めて見る世界は、いつだってゆかも一緒に見たい。
ピアスなんてちっぽけなことでも。
あ〜ちゃんの耳を飾る、新しい輝きを見る度に、あたしは新しい愛おしさをおぼえる。
今まで知らなかったあ〜ちゃんの表情や感情を発見する度に、あたしは切ないほどの焦燥を感じる。
まだゆかの知らないあ〜ちゃんがいる。
ピアスを開けた時あ〜ちゃんが感じた痛みなんて、どうやってもあたしの知る術の無いことだけど。
共有出来ないものがあることに、あたしはどうしようもない寂しさと狂おしさを感じる。
あ〜ちゃんとゆかの距離。
あたしはあ〜ちゃんを飽きる事なくいつまでも見つめ続けたいのか、それともあ〜ちゃんの内に入り込んでその目に映る世界を感じたいのか、どちらが望みなのか時々混乱する。
どちらにしても。クレイジーな感情。マッドな欲望。
きっとあたしはあ〜ちゃんに狂わされてる。
小さなピアスのキラキラで、簡単にあたしの世界は乱される。
はじめにあ〜ちゃんのトリックにかかった日のことを、あたしは今でも覚えてる。あたしの世界がキラキラした日。
あたしはまだ幼くて、そのくせ理屈っぽくて、色んなことを拒絶してた。
簡単に何にも受け入れたくない、って気持ちを表明するみたく、服も靴も靴下も何もかも真っ黒な女の子。それが、あたし。
女の子だから可愛く、って押し付けや、可愛くみせよう、って媚びが何となく居心地が悪くて。
そんな感情をうまく表す言葉が見つからなくて。
あたしはあたしを表すものを選べなくて、だから何ものも描けない黒一色で自信の無さを塗りつぶしていた。
「ゆかちゃんは、髪飾りとかつけんの?」
幼いあ〜ちゃんが、ランドセルを揺らしながら元気良く振り返って言った。
あ〜ちゃんのふわふわの髪には、ラインストーンのついた可愛いらしい髪飾りが当然のごとくついている。
あたしは最近仲良くなったばかりのこの美少女の、自分とはあまりにかけ離れた全てに、正直めまいをおぼえるほどで、言葉少なに、
「…好きじゃないけえ」
とつぶやいた。
あ〜ちゃんはふうん、とこれまた衝撃を受けたみたく、大きな目をぐるりと回した。
「ゆかちゃん似合いそうなのに」
「…似合わんよ」
あたしのむっつりした態度に、あ〜ちゃんは戸惑いながらも懲りずに一生懸命笑顔で話しかけてくるから、あたしもおずおずと、
「あ〜ちゃんは、可愛いもの好きだよね」
「うん、…だって」
あ〜ちゃんははち切れそうな笑顔で髪飾りを手早く取って、
「…ほら、キレイじゃろ?」
と、あたしの目の前で太陽にかざした。
それは、日の光を受けて。
透明なピンクのプラスチックの向こうに、世界が輝いていた。
ラインストーンが光を反射し。
…キラキラが、あたしを撃ち抜いた。
「…キラキラしとる」
「じゃろ!?」
あ〜ちゃんが、無邪気に笑った。
…そっかあ。
あ〜ちゃんにとっては、女の子だからとか可愛く見せたいとかごちゃごちゃしたことじゃなくて、ただキレイだから。ただキラキラしてるから、なんだ。
可愛いものは可愛い。好きなものは好き。
それは突き抜けたみたいに透明で明快で。あ〜ちゃんの見る世界は、どこまでも輝いてるんだ。
あたしがその眩しさに目を細めてると、
「気に入ったん?それ」
「…可愛い」
「じゃあ、あげるよ!うち、いっぱい持っとるけえ」
あ〜ちゃんは、得意そうににひゃって笑って、ランドセルをがんがん揺らしながら嬉しそうに駆け出した。
あたしの手の中に、キラキラの髪飾り。髪飾りの透明な光の向こうに、キラキラのあ〜ちゃん。
あ〜ちゃんの見る世界。あ〜ちゃんのいる世界。
あたしもランドセルを勢いよく揺らしながら、あ〜ちゃんを追いかけた。
その日、あたしの世界に、可愛いものが加わった。あたしが選んだとびきり可愛いもの。あたしは、あ〜ちゃんを選んだ。
あ〜ちゃんという存在。
あたしにとってそれは、世界を新しくするtrick。そして甘くあたしを狂わすtrap。
あたしはベッドの上に座ったあ〜ちゃんの膝の上に乗るように、身を近づけた。
「…えっ、ちょっ、ゆかちゃん!?」
あ〜ちゃんの手から雑誌が落ちた。
あたしの腕の中、あ〜ちゃんが身を固くする。あたしは優しく髪をかき上げる。
あらわになった耳。首筋から甘く、ほのかな香水のかおり。あ〜ちゃんのまつげが震えてるのが見えた。
あたしは、そっとあ〜ちゃんのピアスを外した。
柔らかな耳たぶに、小さなピアスの穴。
あたしの目に今初めてさらされた、その小さな窪み。あたしは舌でそっとなぞった。
「…っ!」
あ〜ちゃんが声にならない声をあげた。
強張る背に、逃げないように腕を回す。制服のシャツの、冷たい感触。その下に息づく、柔らかい温かさ。
あたしの口に含まれた、あ〜ちゃんの耳たぶ。初めての、柔らかさ。
でもその感触は、あたしの制御出来ない熱い舌先を受け止めるには、あまりに頼りない。とろけそうに柔らかくても。貫くことが出来ないもどかしさ。
ピアスの穴を執拗に舐めながら、あたしはその、あ〜ちゃんに痛みを与えたものに、バカバカしい嫉妬すら覚える。
「…かちゃん、ゆかちゃん…っ」
あ〜ちゃんの、細い声。
あたしはゆっくりと唇を離す。唇に残る柔らかな余韻ごと、静かに唾液を飲み込んだ。
伏せていた目を上げると。
あ〜ちゃんの潤んだ目とぶつかった。
その震える感情を映す目。あたしを乱し、あたしに乱された目。あたしを、見つめる、目。
その目に、ゆかはどう映ってる?
あ〜ちゃんの震える手が、あたしのピアスをそっと外した。
ゆっくりと、半開きの唇があたしの耳に近づいて。ためらうような舌先がかすかに触れた後。
軽く、歯を立てられた。
その感触に、あたしは目をつむる。ぎゅっと、固い制服のシャツにしがみつく。
あ〜ちゃんは「カプッカプッ」てふざけて笑いながら、あたしの耳を甘く噛む。
…もっと痛くしていいけえ。
いっそ、その小さな尖った歯で。ゆかを貫いてくれればいいのに。
キラキラと、撃ち抜いてくれたらいいのに。
あ〜ちゃんがくれる新しい痛み。それは死に近いような、甘い快楽。
そしてあたしは新しい世界を手に入れる。何度でも更新される、愛おしさ。狂っちゃいそうに、エンドレスな、あたし達。
あ〜ちゃんの唇が離れて、あたし達の目がまたぶつかった。
初めて見る表情を、お互いの目に映して。
未知のものを探るように、ゆっくりと。
制服のネクタイに、お互いの手をかけた。
Let me see your new world.
…1234。
終わり
最終更新:2009年03月17日 17:54