SIDE-N
『たぶん今日、いいことあるよ。』
彼女はそう言った。
いいことって何?
それは彼女にとって?
私にとって?
さっきから同じ疑問が頭の中を支配している。
「のっち…?」
彼女に声をかけられ、我にかえる。
そうだ。
私は今、家に来た彼女のために紅茶を入れているんだ。
気づいた時には既にティーカップの縁ギリギリまで入っていた。
「ごめん。入れすぎた。」
「相変わらずじゃね。」
彼女はカップを持たずに、口を直接持っていく。
少しだけ啜って、今度は手に持って飲んだ。
「話って?」
「…うん。あのね。」
彼女はゆっくりとした口調で話し出す。
「のっち、昨日楽屋でメールしとったじゃろ?」
「んー…してたかな。」
設定上では。
「あの相手ってさ、ほんまにあ〜ちゃんの知らん人なん?」
「…うん。」
これもそう。
「ゆかちゃんに聞いたんじゃけど、ほんまはあの時の芸人さんじゃないん?」
初耳の情報。
彼女の追加設定なんだろう。
真剣に聞く気が失せて、私は彼女のカップに付いた口紅の跡を観察する。
「なんで何も言ってくれんの?」
彼女はもうキスしたのかな。
「やっぱり…芸人さんなん?」
そんなので済む訳無いか。
今日の様子を考えると。
「Perfumeの中で秘密は無しにしようって決めたのに…」
秘密と言う言葉が引っ掛かり、顔を上げる。
泣きそうになっている彼女を見ると胸が苦しい。
今まで彼女に秘密にしてきたことなんて、
彼女との関係と自分の気持ちだけだ。
「のっちは…あ〜ちゃんのこと、嫌いなん?」
「そ、そんな訳ないじゃろ!」
思わず声を荒げる。
有り得ない。
彼女のことが嫌いだなんて。
「じゃあ何で言ってくれんかったん」
「それは…」
正直に言おうか答えに迷っていると、
彼女は私の服の袖を少しだけ掴んできた。
「あ〜ちゃんは、のっちに嫌われたくない。」
待って。
これって。
彼女から漂うのは、息苦しいまでのあの芳香。
久しぶりに感じて、頭がクラクラする。
すぐにでも理性を奪われてしまいそうになる。
駄目だ。
だって彼女は。
「ゆかちゃんは…?あ〜ちゃん、ゆかちゃんがおるんじゃろ?」
必死に絞りだした声。
それでも彼女は私に近づく。
「ゆかちゃんはあ〜ちゃんのものじゃよ」
「だ、だったら」
「あ〜ちゃんの『もの』じゃけぇ…」
「『も…の』?」
「そう。あ〜ちゃんの『もの』。」
金縛りにあったように身体が動かない。
微笑みながら彼女はそんな私を抱きしめた。
「だからのっちも、あ〜ちゃんをね」
もう駄目。
こんな近くであの芳香を感じたら。
「のっちの『もの』にしてええんよ。」
耳元で囁かれて全身が震える。
もう私を止めるものはなかった。
つづく
最終更新:2009年03月17日 18:06