今日は久々に地方でお泊り。
髪を乾かして、新しく買ったパジャマを着て、明日に備えてあとは寝るだけ!
ちらっとベッドにはめ込まれたデジタル時計に目をやる。
にじゅーさんじはん、か。そろそろ行こう。
ホテルの部屋をこっそり抜け出し、ひとつ隣のドアを静かに叩く。
まだ、寝てないよね?
遠くでとたとたと音が聞こえる。
でも、こちらに音が寄ってくる気配がない。
もう一度ノックしてみた。
—はーい!
あ、さっきので気付いてたのかな。
部屋の片付けでもしてたん?それとも…
しばらく待っているとゆっくりとドアが開いた。
「あ〜ちゃ〜ん!どしたん?」
目の上で揃えた前髪を撫でながら、首を傾げてゆかちゃんが現れた。
クセがつくから、と普段はしない、黒いストレートヘアを緩くふたつに結んでいる。
かわい…あ〜ちゃん、いきなり殺されかけました…。
はっ、いけんいけん。
「眠れないけぇ、ちょっとお邪魔していい?」
両手を合わせて、上目遣いでおねだり。
これ、ゆかちゃんの真似。
「ふふっ、ゆかもじゃよー。入って入って。」
ちょいちょいと手招きされて、セミダブルのベッドに2人で座る。
ゆかちゃんは、寝付けなくてテレビを見ていたらしい。
私達はお笑い番組を見ながらたくさんおしゃべりした。
ゆかちゃんと話していると、楽屋でも、お茶してても、電話でも、ついつい話が止まらなくなっちゃう。
一緒に共感したり、漫才みたいなボケとツッコミで笑いあったり。
私が話に夢中になって擬音語を連発しても、すぐに理解できるみたいで、それがまた嬉しいんよ。
ふと気付いたら、いつのまにか時計は1時を指そうとしていた。
楽しい時間はあっという間だね。
あ〜ちゃん的には、まだまだ話し足りんのじゃけど…
でも今日は、その為に来たわけじゃないし。
ゆかちゃんも時計に気付いたみたい。
「もう、こんな時間になっちゃったね」
「あ、ほんまじゃ。
はぁ〜明日は本番じゃけぇ、そろそろ寝んとね。」
私はわざと溜め息をついて、言った。
「うん…」
ゆかちゃんは俯いて、寂しそうに微笑う。
テレビを消して、私はしばらく黙っていた。
俯いたままのゆかちゃんは、ピンクベージュのフレンチネイルを弄りながら、消えそうな声でぽつりと呟いた。
「ごめんねあ〜ちゃん。ゆか、明日も迷惑かけるかもしれん…」
やっぱり、気にしとったんじゃね。
昨日と一昨日は、新曲の宣伝でテレビ収録のお仕事だった。
今回の曲はテンポが速い上に、結構移動があって難しい。
それでも、3人ならなんとかなる、と思ってた。
練習の時は順調だったんよ。
だけど本番を迎えて、ゆかちゃんだけ、どうしても合わせられないところがあって。
何回もリテイクしたけど、一度もうまくいかないまま撮影を終えた。
実際TVカメラマンさんとかは、あんまり気付いてなかったのかも。
でも、チームPerfumeの誰もが納得のいく出来じゃなかった。
最悪録画ならスタッフさんがちゃちゃ〜っと上手い具合に編集してくれるけぇ、何とかなるかもしれん。
明日の仕事は…特別にライブ会場での収録。
お客さんがいっぱいいる。失敗できん。
ゆかちゃんはすっかり自信をなくしてしまっていた。
たぶん、それが余計に悪い方向へ向かっていることにも気付いてる。
でも、表には決して出そうとはしなかった。
笑顔で、スタッフさんや私達に心配かけまいとしてた。
けど、あ〜ちゃんはわかってしまうんよね。
今だって、テレビの下のDVDプレイヤーの電源が入ったままになってるの、気付いちゃった。
ずっと振りの確認しとったんじゃろ?
あ〜ちゃんが来たから、あわててテレビの画面変えたんじゃろ?
こういうとこ、似とる気がする。
周りに心配かけたくないから、大丈夫だよって、無理して笑うとこ。
あ〜ちゃんにはわかるんよ。
そう、わかるの。知ってるの。いつも、ずっと、見てるもん。
ゆかちゃんのこと。
だから、あ〜ちゃんここへ来たんだよ?
「っ…なーんてね、言ってみただけ。もう寝よ寝よ!」
「…ってか、さっきから気になってたんだけどさー、あ〜ちゃんパジャマまた新しいの買ったでしょー?」
私がずっと黙っているのに耐えられなくなったのか、ゆかちゃんが早口に話題を変えようとしていた。
「あ〜ちゃんはパジャマほんと似合うねぇ。ゆかなんていつもこんなん着とるよ。」
グレーのスウェットのお腹あたりを摘みながら、俯く。
「ゆかちゃんも着てみなよ。きっと似合うから。」
—ゆかちゃん、無理しなくていいんだよ。あ〜ちゃんの前では。
思いが伝わるように、俯く頬にそっと触れる。
「ゆ、ゆかが着たらおかしいよぉ。」
ゆかちゃんはピクッとして、私から目を逸らした。
黒目がちな瞳が揺れている。
私は頬に当てた手に引き寄せられるように、ゆっくりと近づいた。
頬から左耳をなぞって、その下でゆるく結ばれている髪を解く。
「な、なんか想像できんしさぁ、気持ちわりゅい。」
「そんなことない…」
さらさらと黒髪が落ちた肩に手を乗せて、ゆかちゃんの目を捉えた。
ちょっと眉が八の字になってる。ふふ、何かのっちみたいじゃね。
ゆかちゃんの不安を知りながら、そんなゆかちゃんですら可愛いと思ってしまうあ〜ちゃんを許して。
私に出来る最高の甘い笑顔で、もう片方の髪を束ねているシュシュに手をかける。
解きながら、そのまま口付けた。
—大丈夫。あ〜ちゃんがついとるから。いつも一緒だから。
ゆかちゃんは何も不安になる事はないけぇ。
そんな顔する必要もないけぇ。
「あ〜ちゃ…」
唇を離すと、ゆかちゃんの瞳が潤んでいった。
小さく震える腕が、私の首に回される。
届いた、かな?
それを返事と受け取って、華奢な身体を支えながらゆっくりと倒していく。
再び唇に触れる瞬間、耳元で囁いた。
「ねぇ…あ〜ちゃんの、着てみる?」
「ん…」
薄暗い朝、携帯のアラームが鳴る一時間前に目を覚ました。
今日は講義ある日じゃないのになぁ。
習慣って恐ろしい。
まだ眠気が残っている。
身体がポカポカしていて、暖かい布団の中から出る事が出来ない。
あ、服着ないまま寝ちゃってたんだ。
お布団気持ちぃ…ってあれ?
腕の中に、ゆかちゃんがいない。
離れないように、ぎゅってして眠りについたはずなのに。
寝増悪くて、ベッドから落ちちゃったとか?
ボーっとする頭で考え、もぞもぞとベッドの端っこに移動した。
布団から顔を出して覗いてみたけど、やっぱり居なかった。
だよね。ごめんゆかちゃん。
キィ…
目の先にある洗面所のドアが僅かな音を立てて開いた。
一瞬だけ光が零れ、目を細めていると、また薄暗くなった。
光を浴びた目は、その先にある影を上手く捉えられない。
見えなくても誰かはわかってるけど。
私は目を瞬かせて、影を追う。
彼女は手に何か持っていた。
「紅茶、紅茶っと。あれ、どこだっけ。」
なにやら呟いてしゃがみこみ、棚らしき中を探っている。
ははぁ〜あの物体はポットで、紅茶入れようとしとんじゃね。
ゆかちゃんは私に気付かないまま紅茶の在り処を探している。
「あった。ん?コレは緑茶かぁ。」
ふふ、独り言の多いゆかちゃん。そんな事自分で言ってたっけ。
なんだか安心しちゃって、瞼が半分降りてきた。
でも、このまま寝たフリして、彼女の行動を見てみたいと思った。
カーテンの奥が明るくなってきた。
照明の光にやられた目も、ぼんやりしていた影を捉え始めた。
ん?なんか、あの、ピンクと白 見た こと ある。
あ〜ちゃんの…
新しいパジャマ を、ゆかちゃんが着ていた。
超カワイイ!!!
思わず絶叫しそうになっちゃった。いや、頭の中ではしてました。ハイ。
嬉しいよぅ。
自分からあ〜ちゃんの着てくれるなんて。
先に起きてたら勝手に着させるつも…じゃなくて。
元々、話の流れで、冗談半分で言ったことなのに。
嬉しすぎて、もっと近くで見たくて、
そばに備えてあったホテルのローブに身を包み、音を立てずベッドを出た。
「砂糖は2個でいいかな〜。あ〜ちゃんはいくつだろ。」
「あ〜ちゃんは、一個でいいよ。」
顎に指を立てるゆかちゃんを背後から抱きしめた。
「!!!」
面白いくらい、ビクッっとなる。
ごめんね。わかっててやったよ。
「ああああ〜ちゃん!び、びっくりした〜」
「おはよぉ♪ゆかちゃん」
「お、おはよ」
「紅茶入れてたん?」
「うん」
「あ〜ちゃんのパジャマ、着てみてくれたんね。」
「う…ん」
ゆかちゃん、顔真っ赤だ。よっぽど恥ずかしかったのかな。
隠すように俯いて、ティーバッグを開けている。
「あ〜ちゃんの言う通りじゃね。めっちゃ似合っとるよ。」
「そう、かな?」
「うん!」
お湯を入れたカップに、ティーバッグを沈める。
薄暗い中でもカップの中で色が広がっていくのがわかった。
「あ〜ちゃん、ありがとう」
「え?」
「ゆか、元気でた…よ」
私の腕を優しく解いて、今度はゆかちゃんからぎゅっと抱きついてきた。
よしよし…もう、大丈夫じゃね。
目の前に輝く天使の輪を撫でる。
たぶん、今日の収録は上手くいくだろう。
ほっとした瞬間に、くだらない事を思いついた。
「ねぇ、ゆかちゃん」
「何?」
「今日の収録でさぁ、けっこう向き合う振り多いじゃない?サビ入る前とか。
そん時、絶対あ〜ちゃんのこと見とってね。」
「え、なんで?」
「へへwそれは本番でのお楽しみ〜」
はてなマークを浮かべるゆかちゃん。
あ〜ちゃん、ゆかちゃんが噴出すくらい、とびきりの変顔します!
い〜〜〜っしゅんだけね。
覚悟しとってね♪
おしまい。
最終更新:2009年03月17日 18:22