「お嬢様…」
部屋に入ってきたのっちは今にも泣きそうな顔だった。
「…」
机に向かったまま、何も言わず視線だけをのっちに送る。
「歩いて帰ってらしたのですか…」
ハの字眉が益々急になった。
「だって、今日歩いて帰る日だよ」
声は震えたけど、平気なフリをして、机の上の参考書に視線を戻した。
「正門で、ずっと、待ってましたよ…」
「…知ってる」
「っ!じゃあ!…なんで、声掛けて下さらないのですか、、、私は一体…」
チラリとのっちを見ると、俯いてズボンの脇を力強く握りしめていた。
「はぁ…」
そして、ため息…
何?そのため息…
ウンザリしてるの?
ゆかに…
ウンザリしてるの?
バンッ!
「ゆかは!歩いて帰りたかったの」
勢い良く立ち上がった私にのっちは顔を上げた。その大きな瞳に一杯の涙を貯めて、それでも泣くまいと唇を噛み締めていた。
「…出てってよ…」
荒々しく、のっちに近づいて、体を扉の外へ押し出そうとした。
「…ヤ、です。」
「!」
初めてだった。
どんな我が儘も、聞いてくれたのっちが、
ハイハイって苦笑しながらも聞いてくれたのっちが、、、
初めて逆らった。
—…ダメ執事
「執事のくせに…」
苛立ちを露わにして、のっちの腕を掴み、今後は部屋の奥、、、ベッドへ引いていく。
—…ボフッ
「何なんよ!執事のくせに!生意気言って…」
私はのっちに跨り、顔をギリギリまで近づけた。
そして
「お仕置きじゃ…」
「お嬢様…」
キスをした。
乱暴で、深い、深い、、、
キスをした…
のっちは嫌がるでもなく、ジッとされるがままだった。
「…何なんよ、、、本当」
唇を離すとのっちは悲しそうな表情で私を見つめていた。
そんな顔せんでよ…
「ゆかがお嬢様だから…我が儘聞いてくれるんでしょ…?」
「お嬢様?」
「ゆかがお嬢様だから…こうやって嫌なことされても黙ってるんでしょ?」
ゆかの執事だから…
それが、仕事、だから…
「…」
ほら…
解ってる…
解ってるよ…
「出てって」
頭が真っ白になる
それから、のっちとは口をきかなくなった。
原因は私にあるのに謝ることも出来ず、ただ時間だけが過ぎていった。
今日で3日、、、
近くにいるのに、遠い…
そんな距離に限界を感じていた。
多分、のっちもそうだったのかもしれない。
コンコン
ノックの音がして、了解の返事もしないまま扉が開いた。
「お嬢様」
「のっち…」
ほんの少しの間だったと思う。
私はただのっちを見つめ、のっちもまたソファーに座る私を見つめていた。
ほんの少し、でも、時間が止まったような…
バタンと力無く閉まった扉の音で私の時間はまた流れ始めた。
「まだ、返事しとらん」
「すみません」
謝ってはいるけれど、その目は揺らがず私を見ていた。
「何?」
たまらず目を逸らす私。
「今日は少しお話がありまして」
「座れば?」
「いえ…ここで」
どこか、よそよそしい会話に泣きそうになった。
ねぇ…何を言おうとしてるの?
怯える私に届いた声は、微かに震えているようだった。
「執事を辞めようと思うんです」
そして、その声に私は震えた。
「なんで、よ、、、」
ゆかのせい?
ゆかにウンザリしたの?
「…お嬢様にはもう必要ないのでしょ」
何言ってんの?
のっちを苛立ちを覚えて、一発叩いてやろうかと思った。
思ったのに…
私は泣いていて、
のっちにしがみついていた。
「ヤダ…」
居なくならんでよ
「そばにおって」
「お嬢様…」
「ゆかには必要だよ!のっちが必要だよ」
我が儘言わんから…
ウンザリさせんから…。
私がどんなに強くしがみついても、
「私より優秀な執事がいますから、」
優しい声で私を引き離そうとする。
違うよ…
「のっちじゃなきゃ、ダメなの」
「執事にそばにいて欲しいんじゃない!のっちに、のっちにそばにおって欲しいのよ!」
力を込めて抱きしめた体からのっちの心臓の音が聞こえて
「お嬢様…」
その声は泣きそうに震えていた。たまらず顔を上げる。
「のっちぃ…」
「私は、、、」
「ええよ、のっちは何もせんでも、ゆかのそばにいてくれるなら」
それで十分…
「っ…お嬢様!」
初めて抱きしめられた。
「私は、、私はもう執事としてではなく大本彩乃としてお嬢様を守りたいと思っているんですよ」
「のっち、それって」
「どんな我が儘も聞くのは、お嬢様…いえ、ゆか様だからです」
「のっち」
「私がお嬢様のそばに居るのは、ゆか様だからですよ」
「のっちぃ」
「ゆか様を守らせて下さい」
「うん」
「ゆか様のひつじで居ても良いですか?」
「ふふっWもちろんよ」
私は今まで以上に彼女を愛しく思った。
「これからも、そばにおってね」
約束だよ?
◆◇◆◇◆◇◆
《おまけ》
「のっちぃ」
「はい?」
「今日は一緒に寝よ?」
「え?なんでですか?」
「ちょっと昔の事思い出して、センチメンタルな気分なの」
「いや!関係なくないれすか?」
「ブー…ずっとそばにおるって言ったのに」
「いやいや!そのずっとって意味違うでしょ!」
「今日はのっちの言うこと聞くから…ダメ?」
「んな!…」
「ゆか良い子にしてるから」
ボンッ!プシュー…
「し、知りませんよ…どーなっても…」
「あれ?狼さんになっちゃった?」
「もう…」
ドサッ
「ふふ、のっち顔真っ赤W」
「黙って下さい」
夜は更けていく…
小さな愛を包み込んで。
おしまい。
続くのかなぁ…
最終更新:2009年03月17日 18:54