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「のっち」
「…」

雑誌の取材が終わって楽屋に戻ると、おにぎりはすっかりおかんむりだった。
隅っこであぐらをかいて小さくなって、壁に頭をぐりぐり押しつけている。

「のっちってば」
「…」
「何すねとんの」

ずいぶんと周りから好奇の目を向けられるようになったからか、
私も二十歳になったからか、最近ののっちはちょっと嫉妬深くなった。

今日も思い当たるふしはあった。きっとさっきの取材なんだよね。
そんな怒んないでもいいんよ、のっち。
まあ、あ〜ちゃんも正直調子に乗りすぎた感はある。

でもなんかこういうの嫌な気はしない。
すねたのっちは、普段の百倍かわいい。うん。なんかほんと悪くないよ。

「のっち」

小さな声で名前を呼んで、私はのっちの横に正座した。
近づくと肩がぴくっと動いたけど、
相変わらず壁に頭を押しつけたままこっちを見ようとしない。

のっち。おにぎりつぶれちゃうよ。早くこっちにきんさい。
あ〜ちゃんがよしよししてあげる。
心の中でそう言いながら、のっちの頭をぐいっと引き寄せた。
バランスが崩れて、形のいいおにぎりが膝の上に乗る。

「むぅ…」

あっさり倒れたのっちの頭は、
最初からここに収まるべきものだったみたいに私の膝によく馴染んだ。
まだ顔をこっちに向けてくれないから、後頭部を見守るしかないんだけど。
なんだか小さくていとおしくなるなあ。

いつまで拗ねとるん、やきもちばっかり焼いて。
頭に触れてみる。こうされるのが好きなこと、あ〜ちゃん知ってるよ。
無言のまましばらく髪をなで続けていると、
聞き取れないくらいのおずおずとした声が聞こえた。

「…なんであんなおっさんにウインクしたん」

低くてくぐもった声。
私に嫌われたくないしめんどくさいこと言いたくないしという葛藤の末に、
それでも言わずにいられなかったかんじが伝わってくる。

のっちは、こんなのかっこわるいからほんとは言いたくないんでしょ。
ねー、のっち。


「仕事よ」
「PVだけの約束じゃん」

足をばたばたさせて膝に頬を何度も擦り寄せる。
顔を拭くように擦り寄せるのは、甘えたときののっちの癖だ。
今まで私の胸に、首に、言葉でうまく言えない気持ちを何度も表現してきてくれた。

「のっち」
「…」
「あ〜ちゃんの膝枕すき?」
「…」

手で膝頭をいじいじしながら、首をぶんと縦に振った。
その様子がほんとにいじけた子供みたいでかわいい。
少しは機嫌直してくれたかな。

『のっちのこと好き?』

のっちは最近よくそう聞くようになった。
何を今さらって思ってたけど、ちゃんと言ってなかったかもしれない。

「のっち、あ〜ちゃんね」

のっちの前髪をいじりながら顔をこちらに向けようとして、手を止めた。
伏せられた目があまりにあどけなかったからだ。穏やかな寝息が耳に心地よい。
いじけながらいつの間にかうたた寝をし始めた髪をなでる。

のっち、あ〜ちゃんはのっちのことちゃんと好きよ。
こんなかわいくてすぐいじけるのっちを、誰にも触らせたくないよ。
だから早くかわいい顔見せて。

自分でもわかる。たぶん私は今世界で一番やさしい顔をしてる。
ふふっと笑ったとき、膝に冷たい感触がした。とろっとした液体。

「…もう」

のっちを起こさないように、楽屋に置いてあったティッシュにそっと手を伸ばす。
その瞬間、膝に生暖かいざらっとした感覚が走った。

「…んー、ごめん、よだれ」

そう寝ぼけ気味に言って、のっちがへへーと笑った。
眠そうなまぶたの奥がキラリと光ったのはさすがに見逃さなかった。
寝ぼけたふりして私の膝舐めたよ、この子。まったく。もう。
そう気づくと、すこし胸が高鳴った。



「あ〜ちゃん」
「ん」
「顔さわって」

いつの間にか身体を私のお腹側に向けて、のっちが甘えた声を出した。
わかって甘えてるんだもんね。かわいいよ、のっち。
頬に手をやって手のひらで包むとゆっくり目を閉じた。

おでこをなでて、眉をなぞって目の下を親指でたどる。
人差し指で耳の周りをなぞると首をすくめた。
手を髪に沈めて耳の裏側から首のあたりまで、手の平をあてた。
最後にまた頬を包むと目をつむってしあわせそうな顔をする。

「あ〜ちゃん、のっちかわい?」

ばか。かわいいに決まっとるじゃろ。
こんなかわいいとこ、他の子に見せちゃやだからね。
ゆかちゃんにもだよ、のっち。

何も言わずに笑顔でほっぺをむにむにすると、
そこから答えを見つけたみたいで嬉しそうに笑った。

のっちは私に膝枕をされるのがすき。顔を触られるのがすき。
お風呂でシャンプーされるのがすき。髪を乾かしてもらうのもすき。
のっちの中では苦い決断だったみたいだけど、
私にかっこつけてもしょうがないとあきらめた日から、
たまにこうやって甘えてくれるようになった。

「あ〜ちゃん、ちゅー」
「あほ」

調子に乗って両手を上げてのっちが唇を突き出した。
その顔があまりにも無邪気で、頭を両腕で持ち上げておでこにキスをすると、
ちぇっと言いながら少し残念そうなふりをしてみせた。

「あ〜ちゃん」
「ん?」
「…っぱい」
「え?」
「おっぱい」

あのね、さすがのあ〜ちゃんでもこのままのっちの頭をつかまえて、
自分の胸を押し付けるほどあほなことはせんよ。
あほ、と言うと、王子様を放棄してただの甘いおにぎりに成り下がったのっちが、
おっぱいーとだだをこねながら胸に顔をうずめてきた。


…私は知ってる。
さんざん甘えて私からの愛情に満たされた後、
のっちは驚くほど勇敢になる。有無を言わさず一気に奪いにくる。

とろんとした目は何かを訴えかけるような強い目になって、私を射抜く。
だらしなく開いていた口はきれいに閉じ合わされて、真っ直ぐに向かってくる。


今度はあ〜ちゃんが甘える番でいいよね?

畳の上に押し倒されながら、そんなことを考えた。

(おわり)





最終更新:2009年03月29日 22:34