突然のゆかちゃんの訪問に、あたしは少し難しい表情をしたんだと思う。
ちゃあぽんがおそるおそる、
「お姉ちゃん…?どうする…?」
と不思議そうにきいてきた。
あたしはちょっと考えて、
「ちゃあぽん、悪いけど居間でテレビでも見といて。ゆかちゃんと二人にさせて」
「うん、分かった。じゃあかしゆか部屋に通すね」
ちゃあぽんがぱたぱたとあたし達の部屋から出て行った。
あたしはちらりと時計を見た。
夜9時を回ってる。
冷静で常識的なゆかちゃんは、約束や連絡も無しに、晩ご飯も終わったような時間にふらりと友達の家に来るような事はしない。
…何か、あったんじゃ。
その何か、はだいたい察しがついた。
コンコン、と控えめなノックの音がして、
「あ〜ちゃん?入っていい?」
「…うん」
ドアが少し開いて、ゆかちゃんがちょこっと顔を覗かせて、「ばあ♪」と笑った。
「どしたん、こんな遅くにいきなり」
「あ〜ちゃんに会いたくなったけえ、来ちゃった」
ゆかちゃんはぺろ、と舌を出して上目使いで笑った。
あ〜ちゃんの部屋初めて入った、とゆかちゃんはご機嫌な様子で、あたしのクッションとか鏡とかCDとか一個一個手に取ってはカワイイと声を上げた。
「やっぱあ〜ちゃんの部屋って感じ。なんか落ち着く〜」
ゆかちゃんは楽しげにくるくる回りながら部屋を一周して、あたしのベッドに座った。
あ〜ちゃんのベッドだあ、って嬉しそうにベッドカバーを撫でてる笑顔は、一見無邪気そのものだけど。
不自然にはしゃぎ過ぎじゃろ。一番ゆかちゃんの近くにおるうちには、そういうのすぐ分かるんよ。
あたしは小さくため息をついて、
「ゆかちゃん、お母さんと何かあったん…?」
あたしの問いかけにゆかちゃんは答えずに、あたしのベッドにごろんとうつ伏せになって、
「あ〜ちゃんのいい匂いがするぅ」
と目をつぶった。
こりゃごまかそうとしとるな。
ゆかちゃんは結構頑固なとこもあるから、自分が言いたくないと決めたら心にしまってしまう。
「ねえ、ゆかちゃん…?」
あたしはベッドの横に座りこんで、ゆかちゃんの腕をつんつんとつついた。
「ふふっ、くしゅぐったいよあ〜ちゃん」
「…じゃなくてえ、何かあったん?」
「別にぃ?あ〜ちゃんに会いたくなったけえ来たんよ」
ゆかちゃんはベッドに肘をついて身を起こして、クスクス笑いながらあたしの頬に素早くキスをした。
あたしはこういうごまかされ方は好きじゃないから、座り込んだままゆかちゃんをじっと見た。
目の奥から笑ってくれないゆかちゃんは、嫌いじゃ。
そんなあたしの抗議なんか知らんぷりして、ゆかちゃんはクスクス笑ったまま。
…多分、お母さんとちょっと言い争ったりしたのかな。
ゆかちゃんとお母さんは格別に仲が悪いとかそんなんじゃないけど。
ゆかちゃんは、他人から何を期待されてるかすごく読んじゃうところがあって、でも自分は自分でいたいっていう気持ちも強くて。
お母さんから望まれてることが分かり過ぎるくらい分かるけど、本当の自分でいたい、でも応えられない自分がつらい、だけどやっぱり正直でいたい、っていう葛藤が時々爆発するんだと思う。
しなやかな自分勝手と人の顔色を読む要領の良さと、嫌われたくない弱さと甘えられない強さと。
ゆかちゃんは考え過ぎってくらい自分を分析しちゃうから。
自分らしくありたいという強い気持ちは、ゆかちゃんの場合ワガママというより、うちの目には自分と他人への生真面目な誠意から出てるように思える。
あたしはもう一回ため息をついて、
「あ〜ちゃんが、ゆかちゃんのお母さんに電話しよっか?うちに来とるって」
「…そんなんせんでええよ」
「だって、どうせ何も言わずに来たんじゃろ?心配しとるよ」
「まだ9時半じゃん。子供じゃないけえ、大丈夫じゃろ」
「心配するじゃろ、ゆかちゃん女の子なんじゃけえ」
「あー、もう、あ〜ちゃんお母さんみたいなことばっか言う」
ゆかちゃんは苛立った様子で、口調がとがってきた。
クスクス笑いをやめて、綺麗な長い髪を鬱陶しそうにかきやった。
「…あ〜ちゃんが迷惑なら、ゆか別の友達んとこ行く」
「そういうふうに言っとらんじゃろ。うちは心配して言っとんよ」
「じゃけえ、心配いらんけえ。あ〜ちゃん家みたく、門限厳しかったりせんし。あ〜ちゃん、いい子ちゃん過ぎ」
ゆかちゃんはうちのベッドの上で体育座りして、そっぽを向いたままぼそっと言った。
勢いで言っちゃったのは分かるけど、あたしも何かムッとして、
「ゆかちゃんに子供扱いされたくないけえ。お母さんとケンカして来たくせに」
「…何も無いって言っとるじゃろ。あ〜ちゃんのおせっかい」
「うちは心配しとんよ。何かあったくらい言ってくれたってええじゃろ」
「じゃけえ、それがおせっかいって言っとる」
ゆかちゃんのきつい言い方に何かカチンときて、
「…もういい。うちは知らん」
あたしは立ち上がって、ゆかちゃんに背を向けて部屋から出ようとした。
その時、背後から「…あ〜ちゃん…っ!」て悲鳴のような声を上げて。
ゆかちゃんがしがみついて来た。
ぎゅう、とあたしの腰に手を回して、
「あ〜ちゃんゴメン、嘘じゃけえ、さっき言ったん全部嘘じゃけえ…っ、あんなことゆかは思っとらんけえ…!」
「…ゆかちゃん」
「ゴメン、あ〜ちゃん、本気で言ったんじゃないけえ…!」
ゆかちゃんは細い声で何度もゴメン、ゴメンと繰り返した。
あたしにしがみつく腕が震えてる。ゆかちゃんの額が、あたしのうなじに押しつけられて。
ゆかちゃんがゴメンと言う度に、荒く乱れた息を背中に感じた。
あたしはわざとすねたみたいな声を作って、
「ほんまはちょっと本音入っとったんじゃないん?」
「…あ〜ちゃん?」
「うちのこと、おせっかいじゃー、って普段から思っとんじゃろ?」
腰に回された腕に、あたしの手を重ねてそっとゆかちゃんの手を握った。
あやすように軽く体を揺らす。
あたしにくっついてるゆかちゃんも、あたしに合わせてゆらゆら揺れた。
そのうち、二人ともふふって笑いがもれて。
身を固くしてしがみついてたゆかちゃんが、包み込むような柔らかな気配に変わった。
うなじに額をぐりぐりと謝るように押しつけられていたのが、今度は柔らかな唇が優しく這っている。
小さく笑いながら肩越しに振り返ると。
ゆかちゃんの、泣きそうな瞳で笑う顔があった。
あたしの何かが激しく揺さぶられた。
そのまま、乞われるようにゆかちゃんと唇を重ねた。
「…あ〜ちゃん、…あ〜ちゃん」
唇が離れる度に、ゆかちゃんがあたしの名前を繰り返す。
その声は震えて、弱々しくて。あたしは自分の名前を、何かのお守りのように繰り返すゆかちゃんに泣きそうになった。
…泣いちゃえばいいのに。うちの名前を呼んで泣くのをこらえるくらいなら。声を上げて泣いてくれたらいいのに。
でもゆかちゃんは泣かない。
ゆかちゃんは本当は涙もろい。でもいつもうちが先に泣いてしまうから、ゆかちゃんは泣けなくなるのかもしれない。
何かあった時、ゆかちゃんはあたしのとこにやって来るけど。
ゆかちゃんは何も言わなくて、あたしもうまく聞き出せなくて。
額を寄せて笑い合ったり、一緒にふざけ合ったりしながら、言葉を探しあぐねてるのは、うちが子供でゆかちゃんが大人にならざるをえないから?
ゆかちゃんのキスが深くなった。
強く、懇願されるように。ゆかちゃんのしなやかな手があたしの髪を荒くかき乱す。
早いリズムに息が上がって、あたしは懸命に合わせながらゆかちゃんにしがみつく。
制御できない熱と、体の中心を突き抜ける切なさと。崩れ落ちそうな、愛しさ。
うちらはまだ子供で。
謝ったり許したり、救ったり支えたりが上手く出来るほど大人じゃないから。
それらはいつも、ただ求め合うかたちになるのかもしれない。
コンコン、とドアがノックされて、あたし達は文字通り飛び上がるように身を離した。
「…お姉ちゃん、ちょっといい?」
「どしたん、ちゃあぽん?」
ちゃあぽんがドアを開けて顔をのぞかせて、
「さっき、かしゆかのお母さんから電話があった。でもその時…何か、ケンカしとるみたいじゃったけえ…」
ごにょごにょ言うちゃあぽんに、あたし達はばつが悪くて苦笑する。
「どうしよっか、て思ってたらお母さんが勝手に出て、今日かしゆかうちに泊める、って言ってた」
…もう、お母さんは何でも勝手に決めちゃうんじゃけえ。
あたしは「どうする?」ってゆかちゃんを見ると、嬉しそうに飛びはねて、
「わーい、あ〜ちゃん家でフルーツパーティーだあ♪」
なんて言いながら、あたしのベッドにダイブしてはしゃいでる。
…元気になるなら、いっか。
「ちゃあぽん、じゃあ今日たかしげの部屋で寝てもらっていい?」
「ええ〜、ちゃあぽんも混ぜてよう」
「ごめんごめん」
ちゃあぽんはちぇって拗ねながら部屋を出て行った。
あたしはゆかちゃんを振り返って、
「ねえ、どうせだからのっちも呼ぼう」
「おっ、いいね!」
「でものっち来るかなあ…?」
「あ、あ〜ちゃんこっち来て!」
ゆかちゃんに手招きされて、隣に座ると、肩をぐいっと抱き寄せられて、そのままカシャ、とゆかちゃんが写メを撮った。
「今あ〜ちゃん家にいます、これから二人でフルーツパーティー♪…で、送信、と」
ピロリン、とメールを送信させてゆかちゃんは悪戯っぽく笑いながら、
「これで速攻で飛んで来るよ」
とか言ってるうちに、ゆかちゃんの携帯が激しく鳴った。
ええー!?いつもはメール送った次の日に返信が来るような亀さんなのに!?
あたしがポカンとしてると、ゆかちゃんが笑いながら携帯に出る。
携帯越しに、地獄の底から泣きわめくような声。
『何でなん!?何でゆかちゃんだけあ〜ちゃんの部屋に入っとん!?お泊まりって何ー!?』
ゆかちゃんが大爆笑しながらあたしに携帯を渡す。
『憧れのあ〜ちゃんの部屋にぃ!ひどいよ、のっちだけ〜!!ゆかちゃんの悪魔!!』
「…のっち?」
『あ、あ〜ちゃあん…!?』
「のっちも、おいで?ゆかちゃんと待っとるけえ」
ガタガタゴシャっと何やら激しい物音とともに『15分で行く!』とわめいたと思ったら、ブツっと一方的に電話が切られた。
…まったく、騒々しい奴じゃ。
あたしがしかめっ面でゆかちゃんに携帯を返すと、ゆかちゃんはあたしのクッションを抱いて笑い転げた。
あたしも、のっちが全速力で自転車こぐ姿を想像するとおかしくなって。
クスクス笑いながら、ゆかちゃんの横に寝っ転がった。
ベッドの上で、あたしもゆかちゃんも笑いが止まらなくて。
お互いの髪をくしゃくしゃにしたり、脇腹をくすぐり合ったり、クッションをぶつけ合ったり。
他愛もないことで笑い合った。
…きっと。あたし達はまだまだ子供で。
お互いがお互いを完全に理解出来ない。一人では相手を支えきれない、救えないから。
でも3人なら。
あたしとのっちでゆかちゃんを支えて。あたしとゆかちゃんでのっちを引っ張って。
そしてあたしを、のっちとゆかちゃんが守ってくれる。
それでいいんだ。
きっとあたし達3人は、神様がくれた最高のプレゼント。
永遠に終わらないパーティーに招待されたみたいな、そんな奇跡。
とりあえず今夜は。あ〜ちゃんとっておきのピンクパジャマコレクションを二人に貸してあげて。山盛りのフルーツと、ぐだぐだの語リンピック。
そんな夜通しのパーティーの幕開けに。
あたしとゆかちゃんは、ベッドに寝っ転がってクスクス笑いながらキスをかわした。
終わり
最終更新:2009年03月30日 00:07