ことの始まりは、あ~ちゃんの一言だった。
あ~ちゃんは頬杖をついてあたしとのっちをじっと見つめた後、しみじみと言った。
「ゆかちゃんとのっちって、絵になる組み合わせじゃね」
突然の思いがけない言葉にあたし達はぽかんとした。
あ~ちゃんはいつもの甘い声で笑いながら、
「うん、うちの理想のカップルに近いわ」
のっちは鳩が豆鉄砲くらったような一時停止状態。あたしは何となく微妙な空気を感じて、
「何でよ!?うちにも理想があるんじゃけえ」
と笑って流そうとしたけど。
いじられ役ののっちが、ゆかちゃんそれひどい、とか受けてくれればいいのに。のっちは呆然としたままで。
もう、使えん子じゃね、って思ったけど。…無理ないか。アナタハ対象外デス、って好きな子に言われたようなもんだから。
あたしはあ~ちゃんに目で語りかけようとしても、あ~ちゃんは目を合わそうとしない。
「西脇~!ちょっと手伝ってくれ!」
折り悪く、担任の山本先生の呼び出しで、あ~ちゃんはあたし達を残して席を立った。
後に残されたあたし達は、言葉が見つからなくて。
葬式帰りのような顔ののっちを見るに見かねて、
「…あ~ちゃんと…ケンカしたん?」
のっちは無言で首を振った。捨てられた子犬みたい。
「じゃあ、何ね?あ~ちゃんの気まぐれ?」
「…知らん」
「何か怒らせるようなこと、せんかった?」
のっちの肩がぴくりと動いた。あたしはピンときて、
「…まさか…、あ~ちゃんに何かしたんじゃ…」
「ななな何も、何もしとらんよ!?」
この噛み具合。あやしい。のっちの顔色が青くなったり、赤くなったり。…もう。何か、したな。ちょっと目を離すとこれだ。
「あ~ちゃんは純な子なんじゃけえ、強引なことされると困るんよ」
あたしはのっちを見据えて、
「…大事に出来んなら、のっちには任せれん」
どんより度を増したのっちを残して、あたしは教室を出た。
あ~ちゃんを見つけ出したのは、屋上だった。
土曜日のあたたかい午後の、明るい空の下であ~ちゃんはぽつんとうずくまっていた。
あたしが近づくと、嬉しそうに笑って、手を振った。
「ゆかちゃん、花火しようや。先生のロッカーにあったんよ。生徒からの没収品だって」
「…線香花火?」
こんな真っ昼間に?あたしの不思議そうな視線を気にしない様子で、あ~ちゃんはロウソクを立て準備を整えて、あたしに笑顔で花火を1本渡してきた。
こういう突拍子もないことをする時は、あ~ちゃんが不安定になってる時。
あたしはあ~ちゃんの隣に座った。そっと、線香花火に火をつける。
じじっと弱い火花が散る。かすかな光は、夜の闇では刹那的な美しさがあるけど、真昼日のもとでは間が抜けてる。
あたし達は静かに花火を見つめた。
「…あ~ちゃん。さっきの、何ね?」
「…さっきの、って?」
「うちとのっちが…ってやつ」
「ああ」あ~ちゃんは髪をおさえながら新しい花火に火をつけた。「なんか、ゆかちゃんはお人形みたいで、のっちは、まああれで見た目は悪くないけえ、美少年と美少女のカップルって感じでいいじゃろ」
「何なんよ、それ」
…次に続く言葉を口に出す為に、あたしは息を整える。
「あ~ちゃんは、のっちが好きなんじゃろ?」
自分で言っておきながら、その言葉はやっぱり痛い。あ~ちゃんは花火を見つめたまま、
「大好きなものと大好きなものの組み合わせって、いいなあって思ったんよ」
「…ウソばっか。あ~ちゃん、自分大好きなくせに」
あ~ちゃんはあたしの言葉にははって笑った。でもその笑いは線香花火よりも早く消えて、
「何かを好きになったら、自分なんか一番下になるんよ」
あ~ちゃんはもう少しで終わりそうな花火を守るように、静かに続けた。
「好きな人には、自分が一番素敵だと思えるものをあげたいと思うんよ」
…それって。ゆかのこと?
そんなの。嬉しいけど、…嬉しくないよ。
一番素敵なんて思ってくれなくていい。ゆかは、あ~ちゃんの誰にも譲れないものになりたい。
あ~ちゃんの一番好きな存在になれなくても、あ~ちゃんが一番好きな人の一番になって、お姫様みたく大事にされてたら、あたしはそれでいい。
…そう思ってたのに。
あ~ちゃんは。自分が一番下になるほど、自信を無くして不安定になるほど、…のっちが、好きなんだ。
そんなに、好きになってたんだ。
線香花火の最後の丸い火の玉みたく。ほんの少しの揺れで落ちてしまいそうな。そんなところまで、気持ちが進んでたんだ。
あたしの心の中で、火花が散る。でもそれは。線香花火みたく、かすかで弱い光だから。
…あ~ちゃんには、見えない。
きっと。片思いの方がシンプルで迷いが無い。あるのは希望に似た絶望か、絶望に近い希望。混じり気の無い、100%自分だけの感情。
誰かの気持ちを受け止めるってことは。自分を乱し、分け与え、受け入れること。
もう、100%のあ~ちゃんは手に入らない。
…出来るなら。あ~ちゃんを連れて逃げて行きたい。
あ~ちゃんを大事にしまっておけるように。あ~ちゃんが100%純粋な黄金でいられるように。
でもそんなとこどこにある?あたしの気持ちはどこに向かえばいい?
あたしの、気持ちは…。
「行き場が無いねえ…」
あたしの心の声を読んだかのように、あ~ちゃんはぽつんと言った。
あ~ちゃんは、迷ってる。自分の感情をもて余してる。誰かの感情を受け入れることに、おびえてる。
…ああ、どうか。
もう少しそのままでいて。
Stay gold。100%のままでいてほしいのに。
ゆかの気持ちなんて、気付かなくていい。
真昼の花火みたく、明るい日の下では見えないかすかな火花でいい。見えなくていい、あたしの気持ちなんか。
…だから、どうか。
もう少し、このままで。
終わり
最終更新:2008年10月10日 15:51