(05)116 『孤独の死闘』

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&br() この作品のURL コメント(0) 「あたしがここに立ってることの意味は分かるよね?里沙」 ひと気のない夜の路地に立つ一人の女。 薄暗い街灯に照らされたその顔には冷酷な笑みが浮かんでいる。 里沙にはもちろん分かっていた。 女の言う「意味」だけではなく、このような事態が遠からず訪れることも。 だからこそ、敢えて一人で行動していたのだ。 「“粛清人”のあなたが目の前に立ってて、その意味が分からない方がどうかしてる」 だから里沙は静かにそう返した。 目の前に立つ女のコードネームを組織内で知らないものはいない。 裏切った者を容赦なく抹殺する役割を担ったその名は、ある種景仰され、それ以上に畏怖されていた。 「あれ?もっと怯えるかと思ったのにな。死ぬ覚悟を決めてたの?…それとも」 瞬間、耳障りな金属音と共に、里沙の傍らの交通標識が真ん中からへし折れる。 「まさかあたしと闘って勝とうなんてバカなこと考えてる?」 その端整な顔に浮かぶ残忍な笑みと、今しがた改めて見せつけられた圧倒的なサイコキネシスに、里沙は胃の底が冷え冷えとするのを禁じえなかった。 やはり無謀だったかもしれない。 だけど… 「勝てるかどうかは分からない。でも私は闘わなくちゃならない。あなたと」 …そしてひいては自分の“過去”と。 女の目が細められる。 「本気なの?…冗談で言っているんじゃなさそうね。でも結局はくだらなすぎる冗談。 あんたの薄汚いマインドコントロールが通じるとでも思ってんの?このあたしに」 ギギギギギギ・・・ 先ほど折れた標識が捻じ曲げられてゆくのが里沙の視界の端に映る。 あの力が里沙に向けられれば、ひとたまりもなく手足を引きちぎられバラバラにされるだろう。 だが、不思議ともう恐怖はなかった。 ―私は“過去”と対決し、向かうべき“未来”を切り開く。 自分を抱きしめてくれた愛の力強さとぬくもり。 自分のために命を賭してくれた愛佳の勇気と信頼。 「何処にも行ったりしないですよね?」そう言った小春の不安そうなそれでいて真摯な声。 絵里、さゆみ、れいな、ジュンジュン、リンリン…かけがえのない仲間たちとの共鳴が、里沙にこれ以上ない心強さを与えていた。 自分の居場所はもうあそこしかない。 「やってみなければ…分からない!」 里沙はチカラを解き放った。 自らの手で未来を掴み取るために。 忌むべきものでしかなかったその能力を、誇りとして未来に持ってゆくために。    *   *   * ―本当にバカな子ね。 冷たい笑みを浮かべたまま、女は里沙の攻撃を遮断するべく「精神のロック」の体勢に入った。 里沙の意識が入り込まぬよう、意識の全ての入り口に鍵をかけてゆく。 精神系能力者と対峙する際に最も有効で確実な手段。 そしてそれは女が得意とする技術であり、組織の中でも一人を除いては誰にも負けない自信があった。 隙間なくシャットアウトされた意識の内側で、女は里沙の意識の触手が入ってこられずに右往左往するのを感じていた。 目の前の里沙の表情にも明らかな動揺が見られる。 その顔は、早くも後悔と恐怖に彩られ始めていた。 「威勢のいいこと言ってたのにもうおしまいなの?残念」 大げさにため息をついて見せた女の顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。 もっと怯えなさい。もっと絶望しなさい。そして助けを請いなさい。 それがあたしの快感に変わるのだから。 「どうする里沙。土下座でもしてみる?犬の格好してワンワン言いながらついて来る? そこまでするなら助けてあげてもいいわよ?あたしは優しいから」 もはや仔犬のように震えるだけの里沙に向かい、女は小馬鹿にするように言った。 もちろん、それをしたところで赦す気などない。 ただ、無様に命乞いをする姿が見たいだけ。 期待を持たせておいて、やっぱり殺されると知ったときの獲物の恐怖の表情が見たいだけ。 里沙はどんな顔をしながら死んでゆくかしら。 だが、里沙は女の期待通りの答えを返さなかった。 「あなたには誰一人ひれ伏さない。誰一人ついてはこない」 「………なに?」 真っ直ぐに女を見据え、里沙は続ける。 「私には未来予知の力はないけれど、それでもあなたの未来は見える。あなたは独り。これからもずっと」 「…テメェェェッッ!!」 女の怒声と同時に空間が歪み、鈍い音とともに里沙の体が跳ね上がる。 地面に叩きつけられたその体は、そこら中の関節がありえない方向に折れ曲がっていた。 ―あたしとしたことがロクに楽しみもしないうちに… 女は我に返り舌打ちをした。 つい冷静さを失い、せっかくの獲物を楽に殺してしまった。 いたぶって苦しめてから殺すのが気持ちいいのに。 「独り。あなたはずっと独り。独り。独り。独り。独り…」 「な……っ!?」 そのとき、愉しみの時間を早々に終わらせてしまったことを悔やんでいた女の耳に、里沙の声が再び届いた。 地面に横たわった里沙の、そのねじれた首の上にある顔が笑っている。 「あなたは独り。独り。独り。独り。独り。独り。独り。独り。独り…」 薄笑みを浮かべた口元から繰り返される言葉。 「うあああぁぁっっ!死ね!死ねェッッッ!!」 不快な音とともに、里沙の額が割れて鮮血が飛び散る。 「痛いよぉ…痛いよぉぉぉお姉ちゃぁぁぁんん…」 ヒュッ… 女は自分が息を飲む音を聞いた。 いつの間にか、倒れていた里沙の姿が自分の妹の姿に変わっている。 幼い頃の。あのときの姿の。 「いやぁぁぁぁぁっっ!」 「どうしたんだ!何があったんだ!」 両親の声が聞こえる。 血まみれでグッタリする妹を抱きかかえて泣き叫ぶ母の声。 その姿と、立ち尽くすあたしの姿を呆然と行き来する父の視線。 そう。やったのはあたし。 でもそんなつもりじゃなかった。 ちょっと腹を立てただけ。それだけ。 あたしは悪くない。あたしは… サイレン。ざわめき。明滅する赤いランプ。 妹は幸い命を取り留めた。 犯人は通りすがりの変質者らしいと皆が噂していた。 警察もそう言っていた。 でもあたしの家族はそれが間違いであることを知っていた。 それまでのように知らないふりをすることはもうできなかった。 そしてあたしは独りになった。 独りきりに。 「痛いよぉぉぉぉぉぉぉお姉ちゃんがやったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 また声が聞こえる。 血まみれの妹があたしを指差している。 父が、母が、憎しみと怖れの入り雑じった目であたしを見ている。 「ちがうの!あたしは悪くないの!」 思わず両親に向かって叫ぶ。 「うわぁっ!」 「きゃあっ!」 両親の額が裂け、血が流れ出す。 「あたしじゃない!あたしのせいじゃない!あたしが悪いんじゃない!パパ!ママ!」 言葉を発するたび、両親の体が切り裂かれていく。 「やめろ!お前なんて俺たちの子じゃない!」 「悪魔!あなたは悪魔よ!来ないで!こっちに来ないで!」 「いやあああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!」 あたしの絶叫とともに視界が真っ赤になる。。。。。。。。    *   *   * 女の「ロック」は確かに堅固だった。 以前の里沙ならば付け入る隙さえ見つけられずに敗北していただろう。 だが、里沙は見つけた。 僅かに開いた意識の入り口を。 自己の能力への過剰な自信から来る驕り。 それが意識の防御に隙間を作っていた。 そこから潜り込んだ里沙の意識が感じたのは、深く、深く、どこまでも深い孤独。 後はそれをほんの少し押してやるだけだった。 そこから引き出された残酷な過去。 その後勝手に深層から溢れ出した悪夢。 きっとそのままにしておけば、それらは女の精神を破壊しただろう。 だが、里沙はそうなる前にマインドコントロールを解いた。 女の精神に取り返しがつかないダメージを与えてしまう前に。 どうしてかは自分でも分からない。 いや…本当は… 似ていた。 自分が歩んできた道とあまりにも。 自分のこの忌まわしい力を肯定し、受け入れてくれたのはあの組織だけだった。 今の仲間たちに出逢わなければ、きっと自分もこの人と同じだったに違いない。 だから・・・ そこまで考えたとき、里沙の体を衝撃が突き抜けた。 この戦いにおいてのみ言えば、女の弱点が驕った心であったように、里沙の弱点は優しさだったと言えるかもしれない。 マインドコントロールから解放された女は、まだ半分悪夢の余韻に浸りながらも里沙にチカラを放った。 弱まりながらも、昏倒させるのには十分な威力の。 「殺す。殺してやる・・・」 血走った目で倒れた里沙を睨みながら、女はさらにチカラを放とうとした。 そのとき… 「待ちなさい」 「!?」 一瞬にして世界がモノクロームに染められる。 「…あんたか。何よ。何しに来たのよ」 闇色の細身のスーツ、同色のパンプス、落ち着いた物腰、静かな威圧感。 一切の音の停止した空間をゆっくり歩いてくるのは、女が唯一敵わないと思っている相手だった。 「その子を連れにきたのよ」 「何でよ。裏切者でしょ?殺すんじゃないの?」 わずかに目をそらしながら、勢いのない声で女は訊いた。 今日はなんて屈辱的な日だろうと唇を噛みながら。 「今はまだ…ね。まだ利用価値があるから」 「つまんない。あーほんっとつまんない!」 「さあ、帰るわよ。そんなに時間もないから」 闇色のスーツの女は、青白い顔で目を閉じる里沙を肩に担ぎ上げるとゆっくりと歩き出した。 「里沙…バカねほんと。“組織が許してもあたしが許さない” そう言ったのに」 聞こえないくらいの声でどこか淋しげにそう呟きながら。 ---- ---- ----
&br() #image(risa4.jpg) 「あたしがここに立ってることの意味は分かるよね?里沙」 ひと気のない夜の路地に立つ一人の女。 薄暗い街灯に照らされたその顔には冷酷な笑みが浮かんでいる。 里沙にはもちろん分かっていた。 女の言う「意味」だけではなく、このような事態が遠からず訪れることも。 だからこそ、敢えて一人で行動していたのだ。 「“粛清人”のあなたが目の前に立ってて、その意味が分からない方がどうかしてる」 だから里沙は静かにそう返した。 目の前に立つ女のコードネームを組織内で知らないものはいない。 裏切った者を容赦なく抹殺する役割を担ったその名は、ある種景仰され、それ以上に畏怖されていた。 「あれ?もっと怯えるかと思ったのにな。死ぬ覚悟を決めてたの?…それとも」 瞬間、耳障りな金属音と共に、里沙の傍らの交通標識が真ん中からへし折れる。 「まさかあたしと闘って勝とうなんてバカなこと考えてる?」 その端整な顔に浮かぶ残忍な笑みと、今しがた改めて見せつけられた圧倒的なサイコキネシスに、里沙は胃の底が冷え冷えとするのを禁じえなかった。 やはり無謀だったかもしれない。 だけど… 「勝てるかどうかは分からない。でも私は闘わなくちゃならない。あなたと」 …そしてひいては自分の“過去”と。 女の目が細められる。 「本気なの?…冗談で言っているんじゃなさそうね。でも結局はくだらなすぎる冗談。 あんたの薄汚いマインドコントロールが通じるとでも思ってんの?このあたしに」 ギギギギギギ・・・ 先ほど折れた標識が捻じ曲げられてゆくのが里沙の視界の端に映る。 あの力が里沙に向けられれば、ひとたまりもなく手足を引きちぎられバラバラにされるだろう。 だが、不思議ともう恐怖はなかった。 ―私は“過去”と対決し、向かうべき“未来”を切り開く。 自分を抱きしめてくれた愛の力強さとぬくもり。 自分のために命を賭してくれた愛佳の勇気と信頼。 「何処にも行ったりしないですよね?」そう言った小春の不安そうなそれでいて真摯な声。 絵里、さゆみ、れいな、ジュンジュン、リンリン…かけがえのない仲間たちとの共鳴が、里沙にこれ以上ない心強さを与えていた。 自分の居場所はもうあそこしかない。 「やってみなければ…分からない!」 里沙はチカラを解き放った。 自らの手で未来を掴み取るために。 忌むべきものでしかなかったその能力を、誇りとして未来に持ってゆくために。    *   *   * ―本当にバカな子ね。 冷たい笑みを浮かべたまま、女は里沙の攻撃を遮断するべく「精神のロック」の体勢に入った。 里沙の意識が入り込まぬよう、意識の全ての入り口に鍵をかけてゆく。 精神系能力者と対峙する際に最も有効で確実な手段。 そしてそれは女が得意とする技術であり、組織の中でも一人を除いては誰にも負けない自信があった。 隙間なくシャットアウトされた意識の内側で、女は里沙の意識の触手が入ってこられずに右往左往するのを感じていた。 目の前の里沙の表情にも明らかな動揺が見られる。 その顔は、早くも後悔と恐怖に彩られ始めていた。 「威勢のいいこと言ってたのにもうおしまいなの?残念」 大げさにため息をついて見せた女の顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。 もっと怯えなさい。もっと絶望しなさい。そして助けを請いなさい。 それがあたしの快感に変わるのだから。 「どうする里沙。土下座でもしてみる?犬の格好してワンワン言いながらついて来る? そこまでするなら助けてあげてもいいわよ?あたしは優しいから」 もはや仔犬のように震えるだけの里沙に向かい、女は小馬鹿にするように言った。 もちろん、それをしたところで赦す気などない。 ただ、無様に命乞いをする姿が見たいだけ。 期待を持たせておいて、やっぱり殺されると知ったときの獲物の恐怖の表情が見たいだけ。 里沙はどんな顔をしながら死んでゆくかしら。 だが、里沙は女の期待通りの答えを返さなかった。 「あなたには誰一人ひれ伏さない。誰一人ついてはこない」 「………なに?」 真っ直ぐに女を見据え、里沙は続ける。 「私には未来予知の力はないけれど、それでもあなたの未来は見える。あなたは独り。これからもずっと」 「…テメェェェッッ!!」 女の怒声と同時に空間が歪み、鈍い音とともに里沙の体が跳ね上がる。 地面に叩きつけられたその体は、そこら中の関節がありえない方向に折れ曲がっていた。 ―あたしとしたことがロクに楽しみもしないうちに… 女は我に返り舌打ちをした。 つい冷静さを失い、せっかくの獲物を楽に殺してしまった。 いたぶって苦しめてから殺すのが気持ちいいのに。 「独り。あなたはずっと独り。独り。独り。独り。独り…」 「な……っ!?」 そのとき、愉しみの時間を早々に終わらせてしまったことを悔やんでいた女の耳に、里沙の声が再び届いた。 地面に横たわった里沙の、そのねじれた首の上にある顔が笑っている。 「あなたは独り。独り。独り。独り。独り。独り。独り。独り。独り…」 薄笑みを浮かべた口元から繰り返される言葉。 「うあああぁぁっっ!死ね!死ねェッッッ!!」 不快な音とともに、里沙の額が割れて鮮血が飛び散る。 「痛いよぉ…痛いよぉぉぉお姉ちゃぁぁぁんん…」 ヒュッ… 女は自分が息を飲む音を聞いた。 いつの間にか、倒れていた里沙の姿が自分の妹の姿に変わっている。 幼い頃の。あのときの姿の。 「いやぁぁぁぁぁっっ!」 「どうしたんだ!何があったんだ!」 両親の声が聞こえる。 血まみれでグッタリする妹を抱きかかえて泣き叫ぶ母の声。 その姿と、立ち尽くすあたしの姿を呆然と行き来する父の視線。 そう。やったのはあたし。 でもそんなつもりじゃなかった。 ちょっと腹を立てただけ。それだけ。 あたしは悪くない。あたしは… サイレン。ざわめき。明滅する赤いランプ。 妹は幸い命を取り留めた。 犯人は通りすがりの変質者らしいと皆が噂していた。 警察もそう言っていた。 でもあたしの家族はそれが間違いであることを知っていた。 それまでのように知らないふりをすることはもうできなかった。 そしてあたしは独りになった。 独りきりに。 「痛いよぉぉぉぉぉぉぉお姉ちゃんがやったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 また声が聞こえる。 血まみれの妹があたしを指差している。 父が、母が、憎しみと怖れの入り雑じった目であたしを見ている。 「ちがうの!あたしは悪くないの!」 思わず両親に向かって叫ぶ。 「うわぁっ!」 「きゃあっ!」 両親の額が裂け、血が流れ出す。 「あたしじゃない!あたしのせいじゃない!あたしが悪いんじゃない!パパ!ママ!」 言葉を発するたび、両親の体が切り裂かれていく。 「やめろ!お前なんて俺たちの子じゃない!」 「悪魔!あなたは悪魔よ!来ないで!こっちに来ないで!」 「いやあああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!」 あたしの絶叫とともに視界が真っ赤になる。。。。。。。。    *   *   * 女の「ロック」は確かに堅固だった。 以前の里沙ならば付け入る隙さえ見つけられずに敗北していただろう。 だが、里沙は見つけた。 僅かに開いた意識の入り口を。 自己の能力への過剰な自信から来る驕り。 それが意識の防御に隙間を作っていた。 そこから潜り込んだ里沙の意識が感じたのは、深く、深く、どこまでも深い孤独。 後はそれをほんの少し押してやるだけだった。 そこから引き出された残酷な過去。 その後勝手に深層から溢れ出した悪夢。 きっとそのままにしておけば、それらは女の精神を破壊しただろう。 だが、里沙はそうなる前にマインドコントロールを解いた。 女の精神に取り返しがつかないダメージを与えてしまう前に。 どうしてかは自分でも分からない。 いや…本当は… 似ていた。 自分が歩んできた道とあまりにも。 自分のこの忌まわしい力を肯定し、受け入れてくれたのはあの組織だけだった。 今の仲間たちに出逢わなければ、きっと自分もこの人と同じだったに違いない。 だから・・・ そこまで考えたとき、里沙の体を衝撃が突き抜けた。 この戦いにおいてのみ言えば、女の弱点が驕った心であったように、里沙の弱点は優しさだったと言えるかもしれない。 マインドコントロールから解放された女は、まだ半分悪夢の余韻に浸りながらも里沙にチカラを放った。 弱まりながらも、昏倒させるのには十分な威力の。 「殺す。殺してやる・・・」 血走った目で倒れた里沙を睨みながら、女はさらにチカラを放とうとした。 そのとき… 「待ちなさい」 「!?」 一瞬にして世界がモノクロームに染められる。 「…あんたか。何よ。何しに来たのよ」 闇色の細身のスーツ、同色のパンプス、落ち着いた物腰、静かな威圧感。 一切の音の停止した空間をゆっくり歩いてくるのは、女が唯一敵わないと思っている相手だった。 「その子を連れにきたのよ」 「何でよ。裏切者でしょ?殺すんじゃないの?」 わずかに目をそらしながら、勢いのない声で女は訊いた。 今日はなんて屈辱的な日だろうと唇を噛みながら。 「今はまだ…ね。まだ利用価値があるから」 「つまんない。あーほんっとつまんない!」 「さあ、帰るわよ。そんなに時間もないから」 闇色のスーツの女は、青白い顔で目を閉じる里沙を肩に担ぎ上げるとゆっくりと歩き出した。 「里沙…バカねほんと。“組織が許してもあたしが許さない” そう言ったのに」 聞こえないくらいの声でどこか淋しげにそう呟きながら。 ---- ---- ----

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