(17)324 『女神からのプレゼント』

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&br() 「愛ちゃん」 あたしが続けた言葉に呆気にとられた愛ちゃんの顔、 今思い出しても笑っちゃう。 「月を、見たいな」 「え?」   ―――月を一緒に見上げたら。     ―――どんなに素敵だろうって、時々考えるの。 「…今から?」 あたしの突然の提案に愛ちゃんは驚いて空を見渡す。 それは街のネオンでぼんやりと淡く見える、黒。 つまり、今は夜。 あたしたちは今、突然わいて出てきた夜間の任務を終えたところ。 「つーか、月、出とらんやん」 愛ちゃんはぶっきらぼうに吐き捨てて、足元にあった小石を思いっきり蹴っ飛ばした。 今日の愛ちゃんは、不機嫌だ。 正確には、任務が入ってきてから、だけど。 今日はあたしの誕生日。 二十歳を迎えた記念すべき日。 他のメンバーのその日もそうであったように、夕方からの喫茶リゾナントは特別休業。 そして、盛大に開いてくれていた誕生日パーティ。 それがこの任務のせいで中断されたから、愛ちゃんはご立腹。 愛ちゃんのためのパーティじゃない。あたしのためのパーティなのに。 本人よりも機嫌損ねてるのはどういうことだろう。 今、月が見えないことなんてわかってる。 ほのかに夜の色が淡くて星が見えないのとは理由が違う。 月が見える時間ではないから。 まだ、月が昇っていないのだから。 わかってて、あたしは愛ちゃんにそんなことを言ってみた。 もちろん、ムチャクチャ言ってるわかってる。何も、今日、と言いたいワケじゃない。 人のことなのになぜか不機嫌になってくれる、マジメで真っ直ぐで仲間想いの、 そんなリーダーである愛ちゃんを、ちょっと困らせたくて言ってみただけだった。 それは、あたしの特別な日、誕生日だからこそ言ってみたワガママ。 愛ちゃんはポケットに手を突っ込んだまま、無言で空を眺めている。 ときどき眉間にしわを寄せて、目を閉じて、また空を睨んで。 そんな愛ちゃんの姿を見ることができただけでも十分だった。 ううん、それ以前に、パーティだって開いてもらってたんだから。 あたしは愛ちゃんの手を取って、もう戻ろう、そう告げようとした。 「なぁ、ガキさん」 その手を逆につかみ返され、まじまじと見つめられた。 「覚えとる?  いつか見せてあげるって言った、あーしの育った村のこと」 次の瞬間、あたしは愛ちゃんと一緒に光になっていた。   * * * * * 「うわ、うわっ」 真っ暗な闇の中に放り出されてあたしは思わず声を上げた。 その声が周りに反響するように響いていく。 「ほんま真っ暗やなぁ」 「わぁっ!」 きゅっ、と右手に力を感じて、ようやく愛ちゃんと手をつないでいたことを思い出す。 闇に目が慣れてきて、やっと状況を理解した。 見渡す限りの木、木、木。そして、崩れかかった壁の数々。 「ここって…、もしかして」 「そうやぁ。  ここが、あーしが育った…、今はもう誰もいなくなった、村や」 村。 愛ちゃんから話は聞いていたけど、想像をはるかに超えて荒れた土地。 よく見れば、そこに道があって、家だったと思われるボロボロの建物があって、 数年前には確かに人が住んでいたのだろうという気配が微かに感じられた。 「暗いから、足もと気ぃつけてな?」 そう言って愛ちゃんはあたしの手を軽く引っ張った。 勝手知ったる足取りで荒れた道をどんどん進んでいく。 数分歩いたところで足を止めて、愛ちゃんは崩れかかった一件の家の壁に手を当てた。 「ここが、あーしのいた家」 泥をその手で払うと、壁に貼られていたボロボロの紙を剥がしてあたしに見せた。 暗闇でよく見えなかったけど、愛ちゃんが指先に小さな光を作り出して明かりにしてくれた。 時間も経ってかなり色あせているけど、そこにはうっすらと『死ね』と書かれていて… 驚いて愛ちゃんの顔を見ると、それでも微笑んでいるように見えた。 「こんな仕打ちに遭っても、それでもここってあーしの育ったとこなんや」 あたしから紙を奪い取ってクシャッと丸めて投げ捨てると、 愛ちゃんはまたあたしの手を引いて歩き始めた。 あたしと愛ちゃんの足音しか聞こえない、静まりかえった夜。 聞こえてくる虫の音も、このときばかりは不気味だと思う。 こんな場所であたし一人になったら、心細すぎてたぶん死んじゃう。 つないだ手から感じるのはぬくもりと安心と、やさしさと、その中にほんの少しだけある寂しさと。 愛ちゃんは、逃げるようにしてこの村を離れたと言っていた。 度重なる嫌がらせに、おばあちゃんが愛ちゃんだけを逃がしたと。 忌まわしき能力の中にある、希望の光を絶やさぬように。 その、割とすぐ後に、おばあちゃんは亡くなったんだと聞いた。 そして村からも人がいなくなって、あっという間に荒廃していったと。 悲しい思い出ばかりのはずこの村に、愛ちゃんは「それでも」と言った。 「それでも」この村に、いったい何が残っているんだろう? 「…着いた」 「え?」 考え事をしていたあたしはその声にふと前を見ると、目の前には大きな壁。 …いや、よく見れば違った。 それは、本当に大きな大きな木の幹。 見上げればその枝はとても強そうにたくましくて、広げた葉は空を覆うようで、 まるで、そう、あの公園の大木のようで… 「これが、あーしのお気に入りの木でなぁ」 よくこうやって登って遊んだんや、そう言って愛ちゃんは両手を木に付ける。 軽々と木を登って行く愛ちゃんを下からぼけっと見上げていると、 「はよ登ってや~」 と声を掛けられる。 そうは言っても、あたし木登りなんてあんまりしたことないんですけどー。 能力があるとはいっても、基本的にあたしたちは生身の人間。 超人的な身体能力が身についているわけではないから、 あたしだってこうして木登りはできないし、さゆはいつまで経っても足が遅いままだし。 それを補うために田中っちは過酷な鍛錬を自分に義務づけていて、 他に右に出るメンバーがいないくらい、格闘に秀でている。 それは、努力を重ねて身につけた能力。 ただ一人、この、目の前の彼女だけは… 「なぁに、何で泣いとるんよ」 木の上から降ってきた声に慌てて見上げると、 愛ちゃんは驚くほどに穏やかな笑みを浮かべながら、あたしに向けて手を差し出していた。 「…ずるいよ」  どうしてこういう時だけ、心を読むの? 「違うよ、ガキさんの声が流れ込んできただけや」 必死で幹にしがみついていたあたしの手を取って、 愛ちゃんは簡単にあたしの身体を引っ張り上げてくれた。 「わ、おっと」 勢いがつきすぎてよろけそうになった身体を、愛ちゃんはしっかりと抱き止めてくれた。 あたしはそのまま、愛ちゃんの肩に自分の顔を埋めていた。 「何でガキさんが泣くん?」 「だって…」  愛ちゃんは、やっぱずるい。 その心の声は、彼女に届いたのかどうか。 愛ちゃんの身体が揺れる。ちょっと笑ったようだった。 背中をぽんぽんと叩かれ、そのままゆっくり枝に座るように促されて従う。 座った枝は幹から分かれた形になっていてかなり太いけど、それでも慣れてないからちょっと怖い。 それに気づいてくれたのか、愛ちゃんは手を背中に回して支えてくれた。 「この木にこうやって座ってな、いろんなこと考えとったんや」  自分が持ってしまった能力のこととか、  そのせいでいじめられたりすることとか、  学校のことや、友達のことや、  それから、自分の運命のことまで。 運命。 それは、物心ついた愛ちゃんがおばあちゃんから聞かされた、自分のこと。 愛ちゃんは自分を、「造られた兵器」だと言った。 光の力を暴走させて、何もかもを消滅させる兵器なのだと。 でも、愛ちゃんはこんなにもあったかい。 触れた手から感じる体温も。 寄せ合う身体から伝わる鼓動も。 お互いを、そしてメンバーを支え合っている、響き合う心も。 何もかも、何もかもが「人間」のそれなのに。 愛ちゃんの手が、あたしの手に重なる。 伝わるぬくもりが愛しくて、胸が震えて、視界が歪む。 「…心配せんでも、あーしは人間やよ?」 そう言いながら笑って、手のひらに小さな光の玉を創り出した。 「…たとえ、暴走させられそうになるようなことがあったとしても」 愛ちゃんは、その光を頭上へ放り投げた。 その先を追うと、光は木の葉をやさしく照らして、そして、消えていった。 「それを、破滅の道へは絶対に使わん。自分で自分を、止めてみせる」 愛ちゃんの持つ光は、破滅の光なんかじゃない。 希望の光。あたしたちを正しき道へと導いてくれる光。 「だから、泣かんで?  今日は、せっかくのガキさんの誕生日なんやし」 目元を、頬を、そっと手のひらで撫でられた。 そのやさしさをもう何年も感じていたのに、あたしは何を不安になっていたんだろう。 愛ちゃんは、愛ちゃんであって、他の誰でも、何物でもない。 「…あーしがこんな話するから不安にさせちゃったんやな」  でも、ガキさんの新しい出発の日に、あーしのことをもっと知ってほしかった。  ガキさんとずーっと一緒にいたい。だから、ちゃんとあーしの「昔」、知ってほしかった。 「それに、な?」 得意げに笑って、愛ちゃんはあたしの顔をのぞいた。 「ちゃんと、それ以外の理由だってあるんやけど」 え? 愛ちゃんの言葉の意味するところがわからず、首をひねる。 「…ホントはちょっと迷っとった」  いつか、村へ案内したいって言ったけど、  それを今日にする必要があるのかどうなのか、って考えてた。 「過去を話すことはちょっと重たくなるし、  別に誕生日にすることでもないんかなーって思ってたけど、  でも、それでも今日にしたんは、今日だからこそ見せたいモンがあったからで」 愛ちゃんは、自分の腰掛けている枝を静かに撫でた。 「こんな寂れた村の、こんな奥にある木だから、他の誰もこんな木があることは知らん」  いっつもこの木が、あーしの話し相手。  誰にも邪魔されずに話せたし、どんな話だって、この木は優しく聞いてくれた。 「この木が、ごく普通の“木”であることは間違いないんやけど、  でもなんか、あーしにとってはすっごいあったかいって感じがしてた」 その言葉に、あたしも手を枝に当ててみた。 ざらっとした表面。でも、気のせいじゃなければ、そっと手に吸い付くような感覚もある。 「…あ、なんか、わかるかも」 「ほんと?」 それはきっと、愛ちゃんの言う“あったかさ”なのかもしれない。 「じゃあ、この木もガキさんのこと気に入ってくれたんやなぁ」 愛ちゃんは満足そうにそう言うと、枝の上に立ち上がった。 「いろんなことがあったよ。  楽しいことも、でも悲しいことの方が多かったかもしれないけど、  けど、この村、それだけやないんやよ?」 手を引かれて、あたしも立ち上がる。 さっきまではどこか神妙だった愛ちゃんの口ぶりが、心なしか弾んできているように思えた。 愛ちゃん? いったい、どんなことを考えているの? 「ガキさん、目ぇつぶって」 「え?」 「いいよ、って言うまで開けたらアカンよ?」 こんな不安定な場所で? そう思っていると、身体全体にぬくもりを感じて、抱きしめられたんだと気づいた。 あたしは愛ちゃんに身を預けるように、言われたとおりに目を閉じる。 そして。 「まだ目ぇつぶったまま、顔だけ上向いて」 また、言われたとおりに。 「3、2、1で目ぇ開けてな、…さん、…にぃ、…いち」 ゆっくりとまぶたを開いて、あたしは声を失った。 それは、都会育ちのあたしには想像もつかなかった光景。 真っ黒な空の中を光り輝く、数え切れないほどの星の数々。 どんなに小さな星だって、都会で見えるような星よりもキレイ。 思わず、あたしは空に向かって手を伸ばした。 手を差し出せばつかめそうなくらい、近くに星があった。 「…これもな、あーしだけの秘密の場所やったけど」 耳元で愛ちゃんがささやく。 そういえば、まだ後ろから抱きしめられたままだった。 「ガキさんにもこの場所教えてあげよって思って」 言われて足元を見ると、そこはさっきまでの木の枝ではなくて。 愛ちゃんの村を見渡すことのできる、崖の上だった。 愛ちゃんはあたしが目を閉じている間に、あたしの身体ごと瞬間移動させていたんだ。 「他のみんなにはナイショやで?」 「うん…」 「あひゃ、ガキさんまた泣かんでもええやん」 そんなこと言われたって、無理だよ。 愛ちゃんが、ただ一人あたしのためだけに見せてくれた大切なものたち。 そのどれもこれもが、こんなにも美しいんだから。 「ガキさんのリクエストの“月”には、お応えできんかったけど」 続けて、何かを思い出したように「あ」と短くつぶやいて、 「まだ、時間間に合うんかな。  …改めて、誕生日、ハタチ、おめでと」 今日、何度目かのお祝いの言葉。 「ありがと」 嬉しくて、でも照れくさくて、もう一度星空を眺めた。 「こんなに素敵なもの見せてもらえたんだもん、あたし、幸せだよ」 本当は、月を見ることなんてどうでもよかった。 ただ、いつか見た、満月を背に戦うあなたの姿を、ふと思い出しただけだったから。 その姿は、まるで神話の世界の戦士ようで。 月の光を操り、夜空を照らす女神のようで。 本人には絶対に言えないけど、めっちゃくちゃ格好良かった。 あたしはなぜか、今日の愛ちゃんにその記憶を重ねていた。 その顔を見ようと振り返って、あたしは驚いた。 「…愛ちゃん、ほら、出てきた」 「え?」 愛ちゃんも振り返った先には、いつの間にか顔を出していた月。 それはあたしの記憶にあった満月ではなく、半分が欠けた下弦の月だけど。 「…愛ちゃんってば、すごいなぁ」 「へ?」 「あの素敵なプレゼントだけじゃなくって、  あたしの些細なワガママまで、叶えてくれた」 愛ちゃんはまたポカンとした顔をしてる。 この人は、こんな奇跡は起こしてくれるくせに、そういう機転は利かない。 不器用すぎる、真っ直ぐな人。 あたしは愛ちゃんに向かって「バカ」と小さく文句を言って、 「もう、わかってよ」 そう言いながら抱きついた。 二人並んで座り、数え切れない星を数える。 指でなぞって星座を見つけて、時々はデタラメな星座を創り出して。 どれだけ眺めていても飽きない空に、少しずつ月が昇ってくる。 この星空の中でも強く輝く半分の月。 記憶の中の愛ちゃんも、どんな光にも負けずに輝いていた。 「せっかくやし、もういっこプレゼント」 そんな女神は、まだ贈り物をくれると言う。 「ここから見る日の出、すげぇキレイなんやで?」  たぶん、あと何時間かやろ? 愛ちゃんは適当にそれだけ言って、また空を見上げた。 よく見ると、少しだけ東の空が白くなってきていた。 時間も忘れてずーっとここにいたけど、そういえば、誰にも連絡していない。 みんな、心配してるかな。 あたしたち二人だけ戻ってないとしたら、探しちゃうのかな? 戻ったら謝らないとね。二人して、きっと何度も頭を下げて。 やがて、オレンジ色の強い光が星空を消し去っていく。 それもまた、言葉には表せない幻想的な光景。 広がる朝焼けが今日もまた、すがすがしい青空を届けてくれる。 「愛ちゃん、キレイだね…、…?」 愛ちゃんからの返事はない。 隣を見ると、いつの間にかあたしの肩にもたれて微睡んでいた。 「…ごめんね、愛ちゃん」 当たり前だった。 夜の突然の出動。 そう手のかかる相手じゃなかったけど、少なくとも何度かは能力を使ったし… その上で、愛ちゃんの通常能力を超えた「同時瞬間移動」を、二度も。 極限まで精神を集中させればできるようになった、上位能力。 それでもなお、あたしを喜ばせてくれようとして、こんなに。 あたしが何気なく口にしただけのワガママを、 あなたはこうして全力で叶えてくれようとする。 自分のことなんて顧みずに、ただ、人のために。 「…でも、ありがとう」 日が昇る。 誕生日は、もう、昨日のこと。 だけど愛ちゃんが聞かせてくれた愛ちゃんのこと、 見せてくれた大切な場所、大切なやさしい木のこと、 一緒に見上げた、今にも降り出しそうな星の数々と、半分の月、そして、この朝陽。 一生忘れない、記念すべき二十歳の日。 日の光を浴びながら、愛ちゃんが起きるまで、あたしも少し眠ろう。 夢で、振り返りながら。 ---- ---- ----

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