(21)954 『genki plus ―I hear your tender voice―』

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&br() 店の後片付けも終わり、今夜はダークネスの襲撃も無さそうだと見てとった愛は、他のみんなをそれぞれの家へと帰した。 静まり返った2階の自室で愛は一人窓辺に立ち、夜空を見上げる。 雲一つ無い上空に小さな月がぽつりと浮かんでいるのを眺めつつ、愛は数日前の晩のことを思い出していた。 ――夜も更けて床に就いてまどろみ始めた頃、高橋、と自分を呼ぶ声を聞いた気がした。 寝ぼけ眼で体を起こし、辺りを見回す。 ベッドの脇に立っていたのは、リゾナンダーの前リーダー、吉澤ひとみの姿だった。 元気にしてっか?と笑うその声に、愛の目はたちまち潤み、涙が溢れ出る。 即座に飛び起き、かつてよくそうしていたように駆け寄って抱きつこうとした。 ……だが愛の体は吉澤をすり抜け、勢い余ってその向こうの壁に危うく激突しそうになる。 たたらを踏んで、直前でどうにかとどまった。 『ごめんな、胸は貸してやれないけど』 愛が振り返ると、吉澤はばつが悪そうに苦笑いしていた。 『吉澤さん、あーし、あーしなぁ……』 その場に立ちつくしたまま、愛は子供のように泣きじゃくる。 『……まったく、リーダーになっても相変わらず泣き虫なんだから』 うまく言葉を続けられない愛に吉澤は近寄り、自分よりいくらか低いところにあるその頭をぽんぽんと軽くたたく仕草をする。 その手が実際に触れることはなくても、何か温かさのようなものが伝わってきたような気がして、それが一層愛を涙させた。 ――今になって思い返すといくら何でも泣き過ぎな気がして、恥ずかしさのあまり愛の頬は思わず赤くなるくらいに。 もっとも、それも無理のない話ではあった。 愛が最後に見た吉澤の姿は、戦いのさなかに裏切りの氷刃によってその身を貫かれ、自らの血で真っ赤に染まった無惨な姿で倒れ伏し既に事切れたものだったから。 リーダーであった吉澤は命を落とし、サブリーダーであった藤本美貴は闇に下った。 残されたリゾナンダー達の中で一番年上であり古株でもあるということで引き受けた、リーダーという役目。 決して自分の性に合っているとは思えないし、自分がいかに無力で至らない存在であるかを日々痛感させられもする。 そして“造られた存在”であるという自らの出自のことも、不安がないといえば嘘になる。 けれども自分を慕ってくれる仲間達の前で、弱気な顔は見せられない。 必死に自分を奮い立たせ気丈に振る舞い続けて、戦いの疲れと心労とでろくに寝られないような日々を過ごし。 けれど生前と変わらぬ吉澤の笑顔を見た瞬間、堰を切ったように後から後から涙があふれ出てきた。 ……ありがとな、リーダーを引き継いでくれて。 しゃくり上げる愛に、吉澤は優しく語りかけてきた。 高橋は高橋のままでいいんだよ。みんなあたしに付いて来いっ!ってでっかく構えてれば、それでいいんだからさ。 ――我ながら都合の良い夢を見たものだ、と愛は思う。 けれど翌朝その話を聞いた里沙は最初ちょっと驚いたような顔をし、けれども穏やかに微笑んで、強い確信をこめて言ったのだった。 『吉澤さんは、きっと愛ちゃんのことを見守ってくれてるよ』と。 例え夢だったとしても構わない。 あるいは自分の持つ感応の力が見せた幻だったに過ぎないとしても、日頃苦労させられることの多いこの力にも逆に感謝しないといけないなと、愛は思った。 お風呂あいたよー、というれいなの声が奥から聞こえ、愛は我に返り返事をした。 入れ替わりで浴室に向かおうとしてふと立ち止まり、再度窓を振り返った。 中天には相変わらず、下界に暮らす者達を見守るかのように月が淡く輝いている。 愛が守りたいものは仲間達の笑顔であったり、ぐっすり寝ていられるような平和な暮らしだったり、そんな何てことの無いようなものだ。 けれどかつて吉澤がそうしてきたように、その取るに足りないものたちのために戦おうと、愛は心の中で小さく誓った。 吉澤の声は今も愛の胸の中で鳴り響き、明日を生きるための元気を分け与え続けてくれている。    ――優しい声が聞こえる        優しいその声が ---- ---- ----

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