(03)025 『過去と今、裏切りと絆』

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&br() あの日、何があったかなんて思い出したくもない。 でも、あれから数年経った今も記憶から薄れようとしないのは、 あたしの心に、強さも悲しみも植え付けた、そんな日でもあったからかもしれない。 あの日、あたし達に起きた出来事は。 たぶん、お互いに共有し会える日は、あるとすれば遠い遠い未来のこと。 覚えていてほしいとも思う。 でも、思い出してほしくないとも思う。 夢であればと、そう願ったこともあるけれど。 あの日があるから、今のあたしとガキさんがあることも、間違いない事実。 「―――ガキさんっ!?」 悲鳴を聞いて駆けつけた先には、血だらけになって倒れているガキさんの姿があった。 「なっ、誰にっ! どうしてっ!」 ここは、喫茶「リゾナント」。 普段は笑顔の絶えない、コーヒーが売りの喫茶店。 ここに集うメンバーは確かに能力者が多いけれど、 戦いとは離れ疲れた心と体を癒す、憩いの場所だった。 だからこそ。 予想もしなかった襲撃に、あたしは怒りと、焦りと、それから恐怖を覚えていた。 何よりも、すでにみんな帰っていたはずなのだ。1時間以上も前に。 「じゃあね」とお互いに手を振って、それぞれの帰り道をあたしは見送っていたのに。 どうして? どうして、まだガキさんがここにいるの? どうしてガキさんがこんなことに…? 「近寄るな」 どこか聞き覚えのある声に制されて、足が止まった。 「……」 亜麻色に染まった長い髪。 鍛えられた身体。 その場にいるだけで、他を圧倒するオーラ。 「…久しぶり、ですね」 昔の、仲間。今は、敵。 共に戦っていたときは尊敬していた。追いかけていた。 この人のようになりたいと、心から思っていた。 それなのに、突然いなくなってしまった。 1年前に再会したとき、すでに彼女はダークネスの支配下にいた。 ためらいもなくリゾナンターに向けられた刃。 大きなダメージをあたし達に与えて、余裕の表情で引き上げたあの姿… 「……1年前とは、あーしも違いますから」 何も出来なかった1年前。 圧倒的な力に屈することしかできなかったあたしも、経験を積んで強くなっているはず。 あたしは、やはり余裕の表情のままでいる彼女を睨み付けた。 「フッ―――」 「! …何がおかしい!」 だが、そんなあたしに構う様子もなく、彼女は簡単に視線を切った。 「別にお前と戦うつもりはない…」 「なっ…」 「あたしは、コイツの様子を見に来ただけだ。  案の定刃向かって、このザマ、だが」 「このッ……!!!!」 距離、約10メートル。 それを瞬間移動で一気に詰める。 「スキだらけやざ!!!!!!」 こちらの動きなどまるで見ていない相手に、一発食らわせてやるはずだった――― 「…っあっ!」 それなのに、あたしは見えない壁に跳ね返されたように吹き飛ばされた。 ガタン! と大きな音を立ててテーブルやイスに叩き付けられる。 「甘いよ」 彼女は、冷たく言い放った。 「どいつもこいつも……まだ甘いんだよ」 彼女はまだ、あたしの方を見ない。 それでも、もう一度飛びかかってやろうなんて考えは浮かんでこなかった。 たった一撃でこれだけのダメージを負わされ、あたしは、あっさりと負けていたのだ。 1年で詰められる距離では、まだなかったのだ。 …忘れていた。 この人は、昔からどちらかと言えば何を考えているのかわからない人だった。 むしろ、考えるよりも先に動き、一切のムダのない人だった。 「天才」「救世主」。 あらゆる言葉でたたえられる彼女はその言葉通り、思考のスキがなく――― ―――あたしの力では、心を読むことは出来なかった。 「新垣だって…たいした実力もないのに歯向かってきてな」 あたしは必死に、すぐ隣で倒れているガキさんの手を握る。 それなのにガキさんはぴくりとも動かない。 身体が軋み、悲鳴を上げる。 「なんで…!」 身につけた紫のマントを翻して去ろうとするその背中に、あたしは問いかけていた。 「なんで………なんでガキさんが…!」 わからないことは、たくさんある。 なぜここに、ガキさんがいるのか。 なぜあなたの標的が、ガキさんだけなのか。 こんなに血だらけになるまで痛めつけておいて―――とどめを刺していないのか。 「……新垣がこの時間にここにいることは、わかっていたことだ」 「…えっ?」 「あたしたちに反抗するヤツは、こういう目に遭う。ただ、それだけだ」 淡々と事実を述べるその口調に、あたしは戸惑いを隠せない。 歩みを止めることなくこの建物から去っていこうとする彼女を、ただ呆然として見送っていた。 「…くそっ……」 あたしはガキさんの身体を抱え、傷からあふれる血を拭った。 さゆを呼んである。きっともうすぐ到着する。彼女の能力でこの傷も癒えるはずだ。 いったい、なんだったんだろう。 何が目的で、ガキさんがこんな目に…… 「…もっと早く助けてあげられんくて…ごめんな…?」 苦しそうにゆがむ顔をそっと撫でる。 ガキさんが、何か知ってるんだろうか? …いや、それよりも。 「…ガキさん、もうちょっとの辛抱やよ……」 早く、この痛みを取り除いてあげたい。 さゆ、早く、ガキさんを助けに来て…! まだ動けないままでいるガキさんのだらりと垂れ下がった手に手を重ね、指を絡ませる。 ―――その時。     『―――裏切りたく、ない―――』 「……!!!!」 頭の中に、ガキさんの『心』が言葉となって流れ込んできた。 「ど、どういうこと…!?」 あたしは、今は力を使った覚えはない。 まして必要な時以外は、人の心なんて読まないように制限をかけていた。 「なっ……!!!」 触れ合った指先から強制的に送り込まれてくるメッセージ。 猛烈な勢いで頭に鳴り響くメッセージの強さに、あたしは思わず手をふりほどきそうになった。 「……う、裏切…るって……なんや……!?」 あたしは知らないうちに軽いパニック状態になっていた。 自分の能力の暴走を立て直すような余裕もなく、あまりにも衝撃的すぎたその言葉を反芻していた。 出会ってからずっとずっと一緒にいるガキさんの心から聞こえる…、「裏切る」という言葉。 「どういうことや……ガキさん……?」 このままガキさんに触れていたら、あたしは確実に発狂してしまう。 あらゆる言葉が身体中を駆け抜け、肉体を、精神を切り裂いていく。 手が、離れる……! けれど、意識が飛ばされそうになる寸前、ガキさんの別の声が聞こえてきた。      『―――ねぇ、助けて―――』 「…ガキ…さ…?」 その言葉に、意識をなんとか保つ。 ガキさんの潜在意識からかすかに感じ取ることの出来る、助けを呼ぶ声。 つなぐ手に、いっそうの力を込めて。 このまま手を離せば、ガキさんが離れて行ってしまう。なぜか、そう思ったから。 「あーしが……助けてみせるや…よ……」 傷ついた身体を、強く抱き寄せた。 「う、あ、あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」 離さん。離すもんか。 助ける。傷だらけのガキさんを、絶対に助けてみせる…… 全身を駆け巡った衝撃に、今度こそあたしの身体は限界だった――― 「あーよかったぁ、やっと気がついた」 目を開けると、さゆがあたしの顔を覗き込んでいた。 見慣れた天井。身体になじんでいるベッド。 間違いなく、ここはリゾナントの休憩室だった。 「…愛ちゃん、5日くらい眠ったままだったから」 「5日も!? …てっ」 「あー、まだ寝てないとダメですよぅ」 突然起き上がって大きな声を出したせいか、頭の奥がズキリと痛んだ。 「傷は、あっという間に治ったんですけど」 たぶん、精神の方がかなり消耗してたみたいで。 さゆは、申し訳なさそうにあたしに告げた。 「…ううん、ありがとう。  ガキさんは、どうしてる?」 「ガキさんもケガはひどかったんですけど…でも、次の次の日くらいには元気になって」 「そっか」 良かった。 枕にもう一度頭を戻し、一つ大きく息を吐く。 「…愛ちゃん、ガキさんの手、なかなか離してくれないから」 「え?」 「意識はないのに、ずーっと固く手を握ってて……」 さゆは、いたずらっぽく笑いかける。 あたしは顔から火が出そうに真っ赤になっていたに違いない。 あの日あたしは、ガキさんの身体を隠すように覆い被さったままで見つかったらしい。 固く手を握り、傷だらけの身体を抱きしめて。 さゆが駆けつけたとき、あたしも意識は失っていた。 さゆとエリとれいなとで、2人をここまで運んでくれたそうだ。 でも、手だけはなかなか離さずに、苦労したと言っていた。 たぶん…本能のままに、離したくないと思ったからなんだろう。 ガキさんのその手を、ガキさんの、その存在を。 手放してしまったらどこか遠いところへ行ってしまうんじゃないかって、なぜかそう思ったから。 あの事についてガキさんと話をしたことはない。 ただタイミングもないままに日が過ぎてしまったという、ただそれだけのことだけど。 数日経った頃、ガキさんからメールが届いた。  愛ちゃんのカラダ、あったかかったよ。  助けてくれて、ありがとう 「…なんや、そっけないの」 それでもあたしの頬は自然とゆるんでしまう。 言葉を交わさなくても、触れ合うことで通じ合えたのかなって、ちょっと嬉しかった。 あれ以来、リゾナントには襲撃もなければ、あの「彼女」が現れることもない。 数年が経って、リゾナントのメンバーも9人になった。 あたしとガキさんが、最古参のメンバー。 あたしもいつの間にか、リーダーという立場になっていた。 新しい仲間との出会い。今までの仲間との別れ。 敵との戦い。仲間との協調。 いろいろなことを経験し、あたしたちは少しずつ強くなっていった。 あのときの「彼女」に、今戦って勝てるかどうかはわからない。 だけど、今なら何かできる気がする。 今はもう、己の力を過信などしないけれど。 この仲間とだったらどんな相手にだって立ち向かえると、胸を張って言い切ることができる。 ここは、リゾナントの休憩室。 ソファーに腰掛けてくつろぐ空間は、他の誰にも邪魔されない静かな場所。 ここにいると、こうして昔のことを思い出したりもする。 ガキさんとは昔のことを語り合うことなんて滅多にしないし、 まして、あの日の出来事は今までに口にしたことなんてなかった。 だから、ガキさんが発したメッセージが何を意味するのか、聞いてみようとも思わなかった。 「…なぁ、ガキさん」  ガキさんから届いた声、忘れないやよ?  あーし、何があったってガキさん守るって、助けるって、あん時誓ったんやもん。 だからこうして、ずっと一緒にいて、穏やかに笑い合えたらいいよなぁ? 過去なんて、どうでもええ。 「仲間」として一緒にいる今がある、それが、一番大切なことやもん。 あたしの膝の上でのんびりと昼寝をしているガキさんの寝顔に、そっと語りかけていた。 ---- ---- ----
&br() あの日、何があったかなんて思い出したくもない。 でも、あれから数年経った今も記憶から薄れようとしないのは、 あたしの心に、強さも悲しみも植え付けた、そんな日でもあったからかもしれない。 あの日、あたし達に起きた出来事は。 たぶん、お互いに共有し会える日は、あるとすれば遠い遠い未来のこと。 覚えていてほしいとも思う。 でも、思い出してほしくないとも思う。 夢であればと、そう願ったこともあるけれど。 あの日があるから、今のあたしとガキさんがあることも、間違いない事実。 「―――ガキさんっ!?」 悲鳴を聞いて駆けつけた先には、血だらけになって倒れているガキさんの姿があった。 「なっ、誰にっ! どうしてっ!」 ここは、喫茶「リゾナント」。 普段は笑顔の絶えない、コーヒーが売りの喫茶店。 ここに集うメンバーは確かに能力者が多いけれど、 戦いとは離れ疲れた心と体を癒す、憩いの場所だった。 だからこそ。 予想もしなかった襲撃に、あたしは怒りと、焦りと、それから恐怖を覚えていた。 何よりも、すでにみんな帰っていたはずなのだ。1時間以上も前に。 「じゃあね」とお互いに手を振って、それぞれの帰り道をあたしは見送っていたのに。 どうして? どうして、まだガキさんがここにいるの? どうしてガキさんがこんなことに…? 「近寄るな」 どこか聞き覚えのある声に制されて、足が止まった。 「……」 亜麻色に染まった長い髪。 鍛えられた身体。 その場にいるだけで、他を圧倒するオーラ。 「…久しぶり、ですね」 昔の、仲間。今は、敵。 共に戦っていたときは尊敬していた。追いかけていた。 この人のようになりたいと、心から思っていた。 それなのに、突然いなくなってしまった。 1年前に再会したとき、すでに彼女はダークネスの支配下にいた。 ためらいもなくリゾナンターに向けられた刃。 大きなダメージをあたし達に与えて、余裕の表情で引き上げたあの姿… 「……1年前とは、あーしも違いますから」 何も出来なかった1年前。 圧倒的な力に屈することしかできなかったあたしも、経験を積んで強くなっているはず。 あたしは、やはり余裕の表情のままでいる彼女を睨み付けた。 「フッ―――」 「! …何がおかしい!」 だが、そんなあたしに構う様子もなく、彼女は簡単に視線を切った。 「別にお前と戦うつもりはない…」 「なっ…」 「あたしは、コイツの様子を見に来ただけだ。  案の定刃向かって、このザマ、だが」 「このッ……!!!!」 距離、約10メートル。 それを瞬間移動で一気に詰める。 「スキだらけやざ!!!!!!」 こちらの動きなどまるで見ていない相手に、一発食らわせてやるはずだった――― 「…っあっ!」 それなのに、あたしは見えない壁に跳ね返されたように吹き飛ばされた。 ガタン! と大きな音を立ててテーブルやイスに叩き付けられる。 「甘いよ」 彼女は、冷たく言い放った。 「どいつもこいつも……まだ甘いんだよ」 彼女はまだ、あたしの方を見ない。 それでも、もう一度飛びかかってやろうなんて考えは浮かんでこなかった。 たった一撃でこれだけのダメージを負わされ、あたしは、あっさりと負けていたのだ。 1年で詰められる距離では、まだなかったのだ。 …忘れていた。 この人は、昔からどちらかと言えば何を考えているのかわからない人だった。 むしろ、考えるよりも先に動き、一切のムダのない人だった。 「天才」「救世主」。 あらゆる言葉でたたえられる彼女はその言葉通り、思考のスキがなく――― ―――あたしの力では、心を読むことは出来なかった。 「新垣だって…たいした実力もないのに歯向かってきてな」 あたしは必死に、すぐ隣で倒れているガキさんの手を握る。 それなのにガキさんはぴくりとも動かない。 身体が軋み、悲鳴を上げる。 「なんで…!」 身につけた紫のマントを翻して去ろうとするその背中に、あたしは問いかけていた。 「なんで………なんでガキさんが…!」 わからないことは、たくさんある。 なぜここに、ガキさんがいるのか。 なぜあなたの標的が、ガキさんだけなのか。 こんなに血だらけになるまで痛めつけておいて―――とどめを刺していないのか。 「……新垣がこの時間にここにいることは、わかっていたことだ」 「…えっ?」 「あたしたちに反抗するヤツは、こういう目に遭う。ただ、それだけだ」 淡々と事実を述べるその口調に、あたしは戸惑いを隠せない。 歩みを止めることなくこの建物から去っていこうとする彼女を、ただ呆然として見送っていた。 「…くそっ……」 あたしはガキさんの身体を抱え、傷からあふれる血を拭った。 さゆを呼んである。きっともうすぐ到着する。彼女の能力でこの傷も癒えるはずだ。 いったい、なんだったんだろう。 何が目的で、ガキさんがこんな目に…… 「…もっと早く助けてあげられんくて…ごめんな…?」 苦しそうにゆがむ顔をそっと撫でる。 ガキさんが、何か知ってるんだろうか? …いや、それよりも。 「…ガキさん、もうちょっとの辛抱やよ……」 早く、この痛みを取り除いてあげたい。 さゆ、早く、ガキさんを助けに来て…! まだ動けないままでいるガキさんのだらりと垂れ下がった手に手を重ね、指を絡ませる。 ―――その時。     『―――裏切りたく、ない―――』 「……!!!!」 頭の中に、ガキさんの『心』が言葉となって流れ込んできた。 「ど、どういうこと…!?」 あたしは、今は力を使った覚えはない。 まして必要な時以外は、人の心なんて読まないように制限をかけていた。 「なっ……!!!」 触れ合った指先から強制的に送り込まれてくるメッセージ。 猛烈な勢いで頭に鳴り響くメッセージの強さに、あたしは思わず手をふりほどきそうになった。 「……う、裏切…るって……なんや……!?」 あたしは知らないうちに軽いパニック状態になっていた。 自分の能力の暴走を立て直すような余裕もなく、あまりにも衝撃的すぎたその言葉を反芻していた。 出会ってからずっとずっと一緒にいるガキさんの心から聞こえる…、「裏切る」という言葉。 「どういうことや……ガキさん……?」 このままガキさんに触れていたら、あたしは確実に発狂してしまう。 あらゆる言葉が身体中を駆け抜け、肉体を、精神を切り裂いていく。 手が、離れる……! けれど、意識が飛ばされそうになる寸前、ガキさんの別の声が聞こえてきた。      『―――ねぇ、助けて―――』 「…ガキ…さ…?」 その言葉に、意識をなんとか保つ。 ガキさんの潜在意識からかすかに感じ取ることの出来る、助けを呼ぶ声。 つなぐ手に、いっそうの力を込めて。 このまま手を離せば、ガキさんが離れて行ってしまう。なぜか、そう思ったから。 「あーしが……助けてみせるや…よ……」 傷ついた身体を、強く抱き寄せた。 「う、あ、あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」 離さん。離すもんか。 助ける。傷だらけのガキさんを、絶対に助けてみせる…… 全身を駆け巡った衝撃に、今度こそあたしの身体は限界だった――― 「あーよかったぁ、やっと気がついた」 目を開けると、さゆがあたしの顔を覗き込んでいた。 見慣れた天井。身体になじんでいるベッド。 間違いなく、ここはリゾナントの休憩室だった。 「…愛ちゃん、5日くらい眠ったままだったから」 「5日も!? …てっ」 「あー、まだ寝てないとダメですよぅ」 突然起き上がって大きな声を出したせいか、頭の奥がズキリと痛んだ。 「傷は、あっという間に治ったんですけど」 たぶん、精神の方がかなり消耗してたみたいで。 さゆは、申し訳なさそうにあたしに告げた。 「…ううん、ありがとう。  ガキさんは、どうしてる?」 「ガキさんもケガはひどかったんですけど…でも、次の次の日くらいには元気になって」 「そっか」 良かった。 枕にもう一度頭を戻し、一つ大きく息を吐く。 「…愛ちゃん、ガキさんの手、なかなか離してくれないから」 「え?」 「意識はないのに、ずーっと固く手を握ってて……」 さゆは、いたずらっぽく笑いかける。 あたしは顔から火が出そうに真っ赤になっていたに違いない。 あの日あたしは、ガキさんの身体を隠すように覆い被さったままで見つかったらしい。 固く手を握り、傷だらけの身体を抱きしめて。 さゆが駆けつけたとき、あたしも意識は失っていた。 さゆとエリとれいなとで、2人をここまで運んでくれたそうだ。 でも、手だけはなかなか離さずに、苦労したと言っていた。 たぶん…本能のままに、離したくないと思ったからなんだろう。 ガキさんのその手を、ガキさんの、その存在を。 手放してしまったらどこか遠いところへ行ってしまうんじゃないかって、なぜかそう思ったから。 あの事についてガキさんと話をしたことはない。 ただタイミングもないままに日が過ぎてしまったという、ただそれだけのことだけど。 数日経った頃、ガキさんからメールが届いた。  愛ちゃんのカラダ、あったかかったよ。  助けてくれて、ありがとう 「…なんや、そっけないの」 それでもあたしの頬は自然とゆるんでしまう。 言葉を交わさなくても、触れ合うことで通じ合えたのかなって、ちょっと嬉しかった。 あれ以来、リゾナントには襲撃もなければ、あの「彼女」が現れることもない。 数年が経って、リゾナントのメンバーも9人になった。 あたしとガキさんが、最古参のメンバー。 あたしもいつの間にか、リーダーという立場になっていた。 新しい仲間との出会い。今までの仲間との別れ。 敵との戦い。仲間との協調。 いろいろなことを経験し、あたしたちは少しずつ強くなっていった。 あのときの「彼女」に、今戦って勝てるかどうかはわからない。 だけど、今なら何かできる気がする。 今はもう、己の力を過信などしないけれど。 この仲間とだったらどんな相手にだって立ち向かえると、胸を張って言い切ることができる。 ここは、リゾナントの休憩室。 ソファーに腰掛けてくつろぐ空間は、他の誰にも邪魔されない静かな場所。 ここにいると、こうして昔のことを思い出したりもする。 ガキさんとは昔のことを語り合うことなんて滅多にしないし、 まして、あの日の出来事は今までに口にしたことなんてなかった。 だから、ガキさんが発したメッセージが何を意味するのか、聞いてみようとも思わなかった。 「…なぁ、ガキさん」  ガキさんから届いた声、忘れないやよ?  あーし、何があったってガキさん守るって、助けるって、あん時誓ったんやもん。 だからこうして、ずっと一緒にいて、穏やかに笑い合えたらいいよなぁ? 過去なんて、どうでもええ。 「仲間」として一緒にいる今がある、それが、一番大切なことやもん。 あたしの膝の上でのんびりと昼寝をしているガキさんの寝顔に、そっと語りかけていた。 ---- ---- ----

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