(04)805 『見守る者たち -夢爆弾に託して-』

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&br() 「吉澤さん」 「ん?」 「いいんですかこんなことして」 「良くねぇだろうなぁ」 「謀反モノですよ、これ」 「そんなこと言っちゃうこんこんこそどーなのよ」 「え?」 「アレ。催眠ガス。ちゃっかりやっちゃってくれるよなぁ」  * * * * * ガキさんがダークネスに戻ってきた、いや、戻されたのは噂で聞いていた。 新垣里沙によるリゾナンターの監視活動をいったん終了すると。 今まで得た情報を元に、解析作業に入るらしいということもどこかで聞いた。 「待機」、別の言い方をすれば「軟禁」。 ガキさんには組織内部での自由は与えられず、ただこの空間で過ごすだけの日々となる。 建物の窓から遠くを見やる彼女の姿は、何度も見ていた。 ダークネスの下級幹部達が、その後ろで不敵な笑いを浮かべながら通り過ぎる姿も。 数日後のガキさんを待っているのは、解析作業なんていう生易しいものではない。 脅迫と暴力とで圧力をかけられて過去を全て吐き出させられ…、 きっと、最後には機械を通した脳内解析にかけられる。 その時点で、ガキさんが持っている感情や思い出も、明らかにされてしまう。 もちろん、知っていた。 ガキさんがどんな想いで他のメンバーと過ごしてきていたのかを。 「リゾナント」という仲間を、空間を、大切に守り愛してきたことも。 でも、ガキさんがダークネスのスパイだと知ったのは、私がこっちに来てからだった。 信じられないと、ただ呆然とした。 あれほどメンバーに愛し愛されるガキさんが、スパイ? いろんな人に聞いた。 いろんな資料も探した。 7年前、確かにダークネスのスパイとしてリゾナンターの中に送り込まれたのだと。 上層幹部へとリゾナンターの情報は逐一報告されていると。 当然、その中には私の在籍時の情報も含まれていたことになる。 ある日、私は研究と称して資料室に閉じこもった。 スパイの報告書類を探すために。 ガキさんはいったい、どんな情報とデータを報告していたのだろう? 書類は、カギのかかった倉庫の中に保管されていた。 ただしそのカギは、普段から手渡されているマスターキーで難なく開けることが出来た。 ダークネスは、意外とこういうところがずさんだ。 報告書の1ページ目は、リゾナンターに「加入」した日のことが書かれていた。 高橋愛、紺野あさ美、小川麻琴と一緒に、「新垣里沙」が加入した、と。 ページをめくると、いわゆる先輩メンバーの能力の情報や、 私たち新規加入のメンバーの、少しずつ発現してきた能力の詳細が書かれていた。 そして、あとから加入したメンバーについてもレポートされている。 「…?」 しかし、少しずつ報告書に違和感を感じるようになった。 初めの頃と、何かが違っているのだ。 私はページを数枚戻し、読み進めて、を繰り返した。 軽く読み進めるだけではおそらく気づかないであろう、小さな差違。 やがて、私は気づく。 この報告書からは、徐々に「感情」が消えているのだと。 事務的な内容に終始することが多くなっているのだと。 最初の頃こそ、いかに事細かに情報を伝えようかと、 見たもの、感じたものの全てを報告していたような形跡がある。 年齢でいえばまだ中学に入りたての頃だから、まとまりがないのも仕方がない。 けれど、時を経てまとめ方が上手くなっているというだけではなく、 報告を形式的に済ませることが多くなっているように思えた。 それでいて、虚偽の報告はない。 実際に私も体験している事項が多いから、間違いない。 例えば、ガキさんが尊敬する安倍さんがリゾナントを去った日のことは、 ただ、その事実と、安倍さんが去ったことによる影響が客観的に記されていた。 その日、ガキさんは人目もはばからずに泣いていたことは、私もハッキリと覚えている。 普段から安倍さんを慕っていたガキさんにとって、つらい出来事だったはず。 じゃあ、それがスパイであることによる「演技」である確率は…限りなく、ゼロだと思う。 あれだけ落ち込んでいたガキさんのことを「演技」だなんて、とても思えない。 もう少しページをめくって、私が去った日のことも読んでみた。 そこにはやはり事実だけが淡々と述べられていて、感情には一切触れていない。 それでも、ガキさんが愛ちゃんと昔を懐かしむようにして、 私とか、マコトの名前をよく話に出してくれているのは知っていた。 独断で「リゾナント」を偵察に行ったのに、そんな会話を耳にしてしまったおかげで、 私は、なんの収穫もなく戻ってきてしまった。 ただ、昔の絆の強さを嬉しいと思いながら。 私も、スパイとしてはまったく役に立たないだろうな。  * * * * * 吉澤さんが、やっぱりいつものように窓の外を眺めていたガキさんに声をかけていた。 私は遠目からその様子をうかがう。 そう、いつもこうして遠くからガキさんを見ているだけで、声なんてかけられなかった。 ガキさんの苦悩なんて、聞くまでもなくわかっているのに。 ガキさんがこっちに戻ってきてから、一度も顔を合わせていない。 私が、意図的に避けているからなのだけど。 過去に一度でもダークネスの刺客としてリゾナンターの前に立ってしまっている以上、 今さら…、いくら今、同じ組織の人間であるからといっても、顔なんて合わせづらい。 ダークネス側に私がいると知って、彼女はどう思ったのだろう。 彼女たちに向けて科学兵器を使おうとする私を見て、何を感じたのだろう。 きっと、もう、軽蔑されている。 そう思ったら、昔の絆なんて、もう。 吉澤さんが立ち上がって、ガキさんは不安そうな目でその姿を追っていた。 『任せとけって』 吉澤さんの声が聞こえた。 その声に、その言葉に、私は胸騒ぎを覚えた。 必ず、何かが起こると。 吉澤さんが入口へと駆け出した。 ガキさんがその後ろから続く。 吉澤さんの両手には、すでに大きなエネルギー弾の準備。 私はそれを見て研究室に駆け込んだ。   ≪緊急警報、構内入口付近で異常発生≫   ≪脱走者、および反抗者、1名ずつの模様≫   ≪直ちに現場へ急行せよ、繰り返す―――≫ アラームが響き渡る混乱の中、私はとある兵器の準備をする。 本来ならば、対リゾナンター向けに作られたものだった。 過去に使う機会がなかったわけではない。 ただ、使うことが出来なかったのだ。 ―――あなたもだけど、私もダークネス失格だと思うよ、吉澤さん――― リゾナンターという場所。 どうしてこうまでして、守りたくなってしまう場所なんだろう。 そんな彼女たちに向けてなんて、牙をむくことはできないよね。 ガキさん、本当に行きたい場所に、ちゃんと戻るんだよ? 私は狙いをダークネスの戦闘員に定め、スイッチを押した。  * * * * * 兵器の効果で戦闘員達はバタバタと倒れていった。 催眠ガス。毒性も何もない。普通に、眠気を引き起こすだけのもの。 ただし、ほんの少しだけ、幻覚を見るようになっている。 本来はもっと凶悪なレベルの幻覚誘発を指示されていたけれど、 失敗したことにして、わざとレベルを下げた薬品に仕上げていた。 彼女たちに幻覚なんて見せたくないから。 そんなやり方で苦しめたくはなかったから。 そんな故意の失敗を追及できるレベルの科学者もいないことが幸いだった。 正直、このレベル操作は難しいことではない。ただ、誰にもバレないけど。 今ごろ戦闘員達は、夢の中でお化けとかに追いかけられている頃かもしれない。 あるいは、巨大化したオムライスとか。ん、そんな夢ならちょっと見てみたいかも。 「吉澤さん」 眠っている戦闘員の顔をつついて遊んでいる吉澤さんの隣に立つ。 「いいんですかこんなことして」 私は、努めて冷静に吉澤さんに責任を問う。 「良くねぇだろうなぁ」 まるで何とも思っていないかのような軽い返事。 自分のことなのに、人ごとのような口調で。 「謀反モノですよ、これ」 ダークネスの計画を完全に壊したことになりますからね。 「そんなこと言っちゃうこんこんこそどーなのよ」 え? 「アレ。催眠ガス。ちゃっかりやっちゃってくれるよなぁ」 え? え? え? 「いやーまさかね。こんこんが助けてくれるなんて思ってもなかったからね」 「いやっ、あれはっ、吉澤さんめがけてっ…」 「あー、兵器使ったのは認めるんだね」 「そ、それは…」 「こんこん、顔真っ赤」 吉澤さんはそう言って大笑いした。 「相変わらず嘘とかつけねーんだな」 …完全に吉澤さんに遊ばれてる。 もうお手上げだった。 「ガキさんもここ抜け出したし、あとは自分で何とかしてくれるだろうし」 ガキさんの背中は、もう見えない。 追っ手は全てここで引き留めているはずだから、もう安心だろう。 「さすがのDr.マルシェも、同期には勝てないってか」 「…同期に勝てない、とかじゃなくて…なんて言ったらいいかわかんないけど」 普通は、同期だったらそばにいてほしかったりするのにね。 何でも心置きなく話せたり、泣いたり笑ったりして成長してきた関係だから。 「でも、ガキさんはここにいちゃいけない気がした」 「…だよな、なんでだろうな。  元はといえばダークネスの人間なのに、どうしてあそこまで『リゾナンター』なんだろうな」 「ね、誰よりもリゾナンターを愛してる、そんな気がする」 「冷徹非道でならすDr.マルシェさんも、見てるとこ見てるんだなぁ」 「やめてくださいよ、一応、私も人間ですから」 ダークネスの指示に忠実な科学者、Dr.マルシェ。 たぶん誰もが私のことをそう思っている。 そんな私が、リゾナンターに「情」を持ってるなんてダークネスに知れたら、 いくら組織内トップの科学者であるとはいえ、きっと厳罰が下るんだろう。 って、厳罰、といえば… 「…吉澤さん、どうするんですか? 間違いなく、また…」 「あー、そうだろうなぁ。ミティ様のお仕置きだろうなぁ。  あいつ手加減しねーからなぁー。また死ぬかもしれないなぁ」 吉澤さんは、なぜ自分を犠牲にしてまでガキさんを逃すことが出来たんだろう。 私なんて、自分の都合ばっかり考えてガキさんの顔すら見ることが出来なかったのに。 さすがは、リゾナンターの元・リーダー。 「たぶん、私も罰せられますね」 その時は、牢の向こうで思い出話でもしましょうよ。 「いや、こんこんは、捕まらないよ」 「え?」 「捕まっちゃいけないだろー。ダークネスの優秀科学者だもん」 それだけじゃなくて、と、吉澤さんは付け加えた。 「捕まらないで、今まで通りに陰からリゾナンターを見ててくれよ、な?」 ―――この人は、きっと私の「失敗作」の実態を知っているのだと、その時思った。 たぶんそれは、理論に基づく何かとかではなくて、単なる「直感」だと思うけど。 「こんこんには、今のガキさんみたいに帰るべき場所はもうなくなっちゃったけど…、  それならせめて、なんとか上手いことやって、あいつらを見ててくれよ」 吉澤さんは、ガキさんが去っていった方角を見ながらつぶやいた。 「ガキさん、初めて自由になったんだからさ。  ムダにしたくないじゃん、そういうことって」 …そうか、7年も経って初めて、報告義務から解放された生活を送れるのか。 自分に置き換えたとしたら、きっと気の遠くなるようなこと。 きっとこの数年は、いかに必要最小限の報告で済ませるか、悩んだと思う… ……いつか、資料室で見た書類が頭に浮かぶ。 「それこそ、吉澤に向けて打ったのに暴発したとか報告しておきなよ。  あいつら、Dr.マルシェ重用してるから簡単に信じるって」 吉澤さんはそう言って、私の肩を押した。 「よ、吉澤さんッ…!?」 「…早く研究室、戻りな」 「でも、でも…!」 「もうすぐこいつら起きるんだろ? 罪かぶるのは、あたし一人で十分だし」 「よしざ…」 「言っただろ? こんこんは、あいつらを守ってくれって」 吉澤さんの言うとおり、催眠ガスの効果が切れるまではあと数分だった。 おそらく、逃げ出したとしても吉澤さんはあっという間に捜索網にかけられる。 今倒れている戦闘員のほとんどが吉澤さんの顔を見ている。 まず、逃げられないとは思う。でも… 「大丈夫、あたしは何とかなるって。  死んだって生き返ってみせるよ、絶対」 だから、早く。 吉澤さんの表情が、目つきが、そう言っていた。  * * * * * 予想通り、吉澤さんは逃亡ほう助で捕まってしまった。 きっと、ミキちゃ…ミティの前に出されて、拷問ともいえる仕打ちを受けているんだと思う。 本当ならば、私もそこにいるはずなんだけど。 私の使命は、もっと別のところにあるのだとすれば。 吉澤さんの言うとおり、私にしかできないことでリゾナンターを助けたい。 表だって何かをすることなんてできない。 彼女たちが気づくはずもないところで、小さな手助けとなれば。 愛ちゃんやガキさんと、また笑って話が出来る日なんて来るのかな。 遠い未来でもいい、いつか、そんなささいな願いが実現するのならば。 「『夢爆弾』…、ばきゅーん」 喫茶「リゾナント」のある方角に向けて、届かぬ指鉄砲を打ち鳴らした。 ---- ---- ----
&br() 「吉澤さん」 「ん?」 「いいんですかこんなことして」 「良くねぇだろうなぁ」 「謀反モノですよ、これ」 「そんなこと言っちゃうこんこんこそどーなのよ」 「え?」 「アレ。催眠ガス。ちゃっかりやっちゃってくれるよなぁ」  * * * * * ガキさんがダークネスに戻ってきた、いや、戻されたのは噂で聞いていた。 新垣里沙によるリゾナンターの監視活動をいったん終了すると。 今まで得た情報を元に、解析作業に入るらしいということもどこかで聞いた。 「待機」、別の言い方をすれば「軟禁」。 ガキさんには組織内部での自由は与えられず、ただこの空間で過ごすだけの日々となる。 建物の窓から遠くを見やる彼女の姿は、何度も見ていた。 ダークネスの下級幹部達が、その後ろで不敵な笑いを浮かべながら通り過ぎる姿も。 数日後のガキさんを待っているのは、解析作業なんていう生易しいものではない。 脅迫と暴力とで圧力をかけられて過去を全て吐き出させられ…、 きっと、最後には機械を通した脳内解析にかけられる。 その時点で、ガキさんが持っている感情や思い出も、明らかにされてしまう。 もちろん、知っていた。 ガキさんがどんな想いで他のメンバーと過ごしてきていたのかを。 「リゾナント」という仲間を、空間を、大切に守り愛してきたことも。 でも、ガキさんがダークネスのスパイだと知ったのは、私がこっちに来てからだった。 信じられないと、ただ呆然とした。 あれほどメンバーに愛し愛されるガキさんが、スパイ? いろんな人に聞いた。 いろんな資料も探した。 7年前、確かにダークネスのスパイとしてリゾナンターの中に送り込まれたのだと。 上層幹部へとリゾナンターの情報は逐一報告されていると。 当然、その中には私の在籍時の情報も含まれていたことになる。 ある日、私は研究と称して資料室に閉じこもった。 スパイの報告書類を探すために。 ガキさんはいったい、どんな情報とデータを報告していたのだろう? 書類は、カギのかかった倉庫の中に保管されていた。 ただしそのカギは、普段から手渡されているマスターキーで難なく開けることが出来た。 ダークネスは、意外とこういうところがずさんだ。 報告書の1ページ目は、リゾナンターに「加入」した日のことが書かれていた。 高橋愛、紺野あさ美、小川麻琴と一緒に、「新垣里沙」が加入した、と。 ページをめくると、いわゆる先輩メンバーの能力の情報や、 私たち新規加入のメンバーの、少しずつ発現してきた能力の詳細が書かれていた。 そして、あとから加入したメンバーについてもレポートされている。 「…?」 しかし、少しずつ報告書に違和感を感じるようになった。 初めの頃と、何かが違っているのだ。 私はページを数枚戻し、読み進めて、を繰り返した。 軽く読み進めるだけではおそらく気づかないであろう、小さな差違。 やがて、私は気づく。 この報告書からは、徐々に「感情」が消えているのだと。 事務的な内容に終始することが多くなっているのだと。 最初の頃こそ、いかに事細かに情報を伝えようかと、 見たもの、感じたものの全てを報告していたような形跡がある。 年齢でいえばまだ中学に入りたての頃だから、まとまりがないのも仕方がない。 けれど、時を経てまとめ方が上手くなっているというだけではなく、 報告を形式的に済ませることが多くなっているように思えた。 それでいて、虚偽の報告はない。 実際に私も体験している事項が多いから、間違いない。 例えば、ガキさんが尊敬する安倍さんがリゾナントを去った日のことは、 ただ、その事実と、安倍さんが去ったことによる影響が客観的に記されていた。 その日、ガキさんは人目もはばからずに泣いていたことは、私もハッキリと覚えている。 普段から安倍さんを慕っていたガキさんにとって、つらい出来事だったはず。 じゃあ、それがスパイであることによる「演技」である確率は…限りなく、ゼロだと思う。 あれだけ落ち込んでいたガキさんのことを「演技」だなんて、とても思えない。 もう少しページをめくって、私が去った日のことも読んでみた。 そこにはやはり事実だけが淡々と述べられていて、感情には一切触れていない。 それでも、ガキさんが愛ちゃんと昔を懐かしむようにして、 私とか、マコトの名前をよく話に出してくれているのは知っていた。 独断で「リゾナント」を偵察に行ったのに、そんな会話を耳にしてしまったおかげで、 私は、なんの収穫もなく戻ってきてしまった。 ただ、昔の絆の強さを嬉しいと思いながら。 私も、スパイとしてはまったく役に立たないだろうな。  * * * * * 吉澤さんが、やっぱりいつものように窓の外を眺めていたガキさんに声をかけていた。 私は遠目からその様子をうかがう。 そう、いつもこうして遠くからガキさんを見ているだけで、声なんてかけられなかった。 ガキさんの苦悩なんて、聞くまでもなくわかっているのに。 ガキさんがこっちに戻ってきてから、一度も顔を合わせていない。 私が、意図的に避けているからなのだけど。 過去に一度でもダークネスの刺客としてリゾナンターの前に立ってしまっている以上、 今さら…、いくら今、同じ組織の人間であるからといっても、顔なんて合わせづらい。 ダークネス側に私がいると知って、彼女はどう思ったのだろう。 彼女たちに向けて科学兵器を使おうとする私を見て、何を感じたのだろう。 きっと、もう、軽蔑されている。 そう思ったら、昔の絆なんて、もう。 吉澤さんが立ち上がって、ガキさんは不安そうな目でその姿を追っていた。 『任せとけって』 吉澤さんの声が聞こえた。 その声に、その言葉に、私は胸騒ぎを覚えた。 必ず、何かが起こると。 吉澤さんが入口へと駆け出した。 ガキさんがその後ろから続く。 吉澤さんの両手には、すでに大きなエネルギー弾の準備。 私はそれを見て研究室に駆け込んだ。   ≪緊急警報、構内入口付近で異常発生≫   ≪脱走者、および反抗者、1名ずつの模様≫   ≪直ちに現場へ急行せよ、繰り返す―――≫ アラームが響き渡る混乱の中、私はとある兵器の準備をする。 本来ならば、対リゾナンター向けに作られたものだった。 過去に使う機会がなかったわけではない。 ただ、使うことが出来なかったのだ。 ―――あなたもだけど、私もダークネス失格だと思うよ、吉澤さん――― リゾナンターという場所。 どうしてこうまでして、守りたくなってしまう場所なんだろう。 そんな彼女たちに向けてなんて、牙をむくことはできないよね。 ガキさん、本当に行きたい場所に、ちゃんと戻るんだよ? 私は狙いをダークネスの戦闘員に定め、スイッチを押した。  * * * * * 兵器の効果で戦闘員達はバタバタと倒れていった。 催眠ガス。毒性も何もない。普通に、眠気を引き起こすだけのもの。 ただし、ほんの少しだけ、幻覚を見るようになっている。 本来はもっと凶悪なレベルの幻覚誘発を指示されていたけれど、 失敗したことにして、わざとレベルを下げた薬品に仕上げていた。 彼女たちに幻覚なんて見せたくないから。 そんなやり方で苦しめたくはなかったから。 そんな故意の失敗を追及できるレベルの科学者もいないことが幸いだった。 正直、このレベル操作は難しいことではない。ただ、誰にもバレないけど。 今ごろ戦闘員達は、夢の中でお化けとかに追いかけられている頃かもしれない。 あるいは、巨大化したオムライスとか。ん、そんな夢ならちょっと見てみたいかも。 「吉澤さん」 眠っている戦闘員の顔をつついて遊んでいる吉澤さんの隣に立つ。 「いいんですかこんなことして」 私は、努めて冷静に吉澤さんに責任を問う。 「良くねぇだろうなぁ」 まるで何とも思っていないかのような軽い返事。 自分のことなのに、人ごとのような口調で。 「謀反モノですよ、これ」 ダークネスの計画を完全に壊したことになりますからね。 「そんなこと言っちゃうこんこんこそどーなのよ」 え? 「アレ。催眠ガス。ちゃっかりやっちゃってくれるよなぁ」 え? え? え? 「いやーまさかね。こんこんが助けてくれるなんて思ってもなかったからね」 「いやっ、あれはっ、吉澤さんめがけてっ…」 「あー、兵器使ったのは認めるんだね」 「そ、それは…」 「こんこん、顔真っ赤」 吉澤さんはそう言って大笑いした。 「相変わらず嘘とかつけねーんだな」 …完全に吉澤さんに遊ばれてる。 もうお手上げだった。 「ガキさんもここ抜け出したし、あとは自分で何とかしてくれるだろうし」 ガキさんの背中は、もう見えない。 追っ手は全てここで引き留めているはずだから、もう安心だろう。 「さすがのDr.マルシェも、同期には勝てないってか」 「…同期に勝てない、とかじゃなくて…なんて言ったらいいかわかんないけど」 普通は、同期だったらそばにいてほしかったりするのにね。 何でも心置きなく話せたり、泣いたり笑ったりして成長してきた関係だから。 「でも、ガキさんはここにいちゃいけない気がした」 「…だよな、なんでだろうな。  元はといえばダークネスの人間なのに、どうしてあそこまで『リゾナンター』なんだろうな」 「ね、誰よりもリゾナンターを愛してる、そんな気がする」 「冷徹非道でならすDr.マルシェさんも、見てるとこ見てるんだなぁ」 「やめてくださいよ、一応、私も人間ですから」 ダークネスの指示に忠実な科学者、Dr.マルシェ。 たぶん誰もが私のことをそう思っている。 そんな私が、リゾナンターに「情」を持ってるなんてダークネスに知れたら、 いくら組織内トップの科学者であるとはいえ、きっと厳罰が下るんだろう。 って、厳罰、といえば… 「…吉澤さん、どうするんですか? 間違いなく、また…」 「あー、そうだろうなぁ。ミティ様のお仕置きだろうなぁ。  あいつ手加減しねーからなぁー。また死ぬかもしれないなぁ」 吉澤さんは、なぜ自分を犠牲にしてまでガキさんを逃すことが出来たんだろう。 私なんて、自分の都合ばっかり考えてガキさんの顔すら見ることが出来なかったのに。 さすがは、リゾナンターの元・リーダー。 「たぶん、私も罰せられますね」 その時は、牢の向こうで思い出話でもしましょうよ。 「いや、こんこんは、捕まらないよ」 「え?」 「捕まっちゃいけないだろー。ダークネスの優秀科学者だもん」 それだけじゃなくて、と、吉澤さんは付け加えた。 「捕まらないで、今まで通りに陰からリゾナンターを見ててくれよ、な?」 ―――この人は、きっと私の「失敗作」の実態を知っているのだと、その時思った。 たぶんそれは、理論に基づく何かとかではなくて、単なる「直感」だと思うけど。 「こんこんには、今のガキさんみたいに帰るべき場所はもうなくなっちゃったけど…、  それならせめて、なんとか上手いことやって、あいつらを見ててくれよ」 吉澤さんは、ガキさんが去っていった方角を見ながらつぶやいた。 「ガキさん、初めて自由になったんだからさ。  ムダにしたくないじゃん、そういうことって」 …そうか、7年も経って初めて、報告義務から解放された生活を送れるのか。 自分に置き換えたとしたら、きっと気の遠くなるようなこと。 きっとこの数年は、いかに必要最小限の報告で済ませるか、悩んだと思う… ……いつか、資料室で見た書類が頭に浮かぶ。 「それこそ、吉澤に向けて打ったのに暴発したとか報告しておきなよ。  あいつら、Dr.マルシェ重用してるから簡単に信じるって」 吉澤さんはそう言って、私の肩を押した。 「よ、吉澤さんッ…!?」 「…早く研究室、戻りな」 「でも、でも…!」 「もうすぐこいつら起きるんだろ? 罪かぶるのは、あたし一人で十分だし」 「よしざ…」 「言っただろ? こんこんは、あいつらを守ってくれって」 吉澤さんの言うとおり、催眠ガスの効果が切れるまではあと数分だった。 おそらく、逃げ出したとしても吉澤さんはあっという間に捜索網にかけられる。 今倒れている戦闘員のほとんどが吉澤さんの顔を見ている。 まず、逃げられないとは思う。でも… 「大丈夫、あたしは何とかなるって。  死んだって生き返ってみせるよ、絶対」 だから、早く。 吉澤さんの表情が、目つきが、そう言っていた。  * * * * * 予想通り、吉澤さんは逃亡ほう助で捕まってしまった。 きっと、ミキちゃ…ミティの前に出されて、拷問ともいえる仕打ちを受けているんだと思う。 本当ならば、私もそこにいるはずなんだけど。 私の使命は、もっと別のところにあるのだとすれば。 吉澤さんの言うとおり、私にしかできないことでリゾナンターを助けたい。 表だって何かをすることなんてできない。 彼女たちが気づくはずもないところで、小さな手助けとなれば。 愛ちゃんやガキさんと、また笑って話が出来る日なんて来るのかな。 遠い未来でもいい、いつか、そんなささいな願いが実現するのならば。 「『夢爆弾』…、ばきゅーん」 喫茶「リゾナント」のある方角に向けて、届かぬ指鉄砲を打ち鳴らした。 ---- ---- ----

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