(05)319 『共鳴者~Darker than Darkness~ -1-』

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『共鳴者~Darker than Darkness~』


黄昏が空の茜を喰い尽くしていく。
「誰そ、彼は」と、人の顔の見分けがつき難くなる時刻。
人の顔の見分けがつかないということは同時に、
"ソレ"が本当に人なのかどうかすら判断できないことを意味する。
ゆえに逢魔が時。
古来より魔との邂逅を怖れ、人々が家路を急ぐ禍時である。
だが帰路につく群衆の中、雑踏の流れに逆らって進む一団がいた。
九人の少女は、各々がバラバラに雑踏の中を進んでいく。
だからそれを一団と称するのは正確ではないのかもしれない。
しかし九人は、明確な共通の目的を有し、統率の取れた足取りで何処かへ向かう。

やがて、九人は足を止めた。
都内有数の公共図書館の敷地内である。
休日には施設の利用者だけでなく、
人工芝の敷かれた広場を公園として活用する人々で賑わう場所だった。
だがこの日ばかりは、唯の一つの人影も見当たらない。
それを当然と断ずることができるのは、
瘴気渦捲く敷地内に悠然と佇む九人を置いて他にあるまい。

――ここはもう、異界だ。

絡みつく闇は、清浄な夜のそれとは種別を異とする。
例えるなら腐食した黒い霧。
ねばついたコールタールのようなこれは、
耐性のない人間にとっては汚濁であり毒である。


「行くよ。カメとさゆ、ジュンジュンは正面玄関から。
 ガキさん、光井、リンリンは裏口。
 れいなと小春はあーしと直接館内に飛ぶ。じゃ、状況開始」

迅速な高橋の指示に、八人は装備を取り出し行動で応えた。
陸自払下げの89式自動小銃を抱え、ハイポートの訓練を生かした速度で敷地内を駆け抜ける。
まず正面玄関に向かったA班の背中が自動扉の向こうへ消えた。
直後に苛烈な発砲音が木霊する。
異界の位相は現界とは微妙にズレてしまっている為、近隣住民に聞かれる心配はない。
すでにB班は建物の裏手へと回っている。
仲間の先制に興奮気味の田中と久住をなだめ、高橋は本館の外壁に触れた。
不可視の触手を伸ばし、他班の意識を通じて館内の情報を読み取る。
現段階で死亡者の発見はなし。
衰弱している館内職員と利用者数名は保護。
敵は久住の念写と光井の予知で得られた情報を突き合わせた通り多数。
一体ごとの存在濃度は低く、対人装備で十全に対処可能。
そこまでをほんの数秒で読み取り、次いで自分たちC班の行動予定を
事前に用意したいくつかの案の中から選別、決定する。


「他班の援護の必要はなし。対象の数と強度からして、中心になる本体が一体いるタイプやね。
 このまま館内上階に飛んで要救助者保護しつつ、その本体探すやよ」

言うが早いか、部下二人の手を掴んで能力を発動する。
視界にある景色が一瞬歪み、正常化した時にはもう館内だ。
瞬間移動(テレポート)で飛んだのは4階のエレベーターホールだ。
すでに図書館の閉館時刻は過ぎ、利用者はほとんど残っていなかった。
だとすると現状、館内で一番人口密度が高いのは4階の事務室のはずだ。
加えて敵の目的を考慮すれば、

「ビンゴ」

果たして、砕かれた蛍光灯の象る闇の下にソレはいた。
むせかえるような濃度の瘴気が蹴破った扉から漏れてくる。
視覚に頼らず知覚した事務室内はひどい有様だった。
充満する血臭。
暗視ゴーグル越しに、デスクの上や床に倒れ伏す人間を複数視認する。
彼らの背後から覆いかぶさるように、ひときわ濃い闇が人数分だけ蠢いていた。
ごきゅ、ごきゅん。
咀嚼と嚥下を同時に行う不快な音。
不作法な食事の音が無遠慮に鳴り響く。
実体を得た闇は職員たちの皮膚を喰い破り、血管を侵食し、中身を根こそぎ搾り取っていく。
未だ一人の死者も出ていないのは僥倖でしかない。


「愛ちゃん、あれが」
「うん」

田中が示した部屋の中央、そこに取り分け存在濃度の高い闇がひとつある。
その闇(ダークネス)は何をするでもなく佇み、他の闇の食事を見守っている。
おそらく他はあの本体の分身だろう。
広範囲に渡って自らの半身を配置し、そこから供給された養分を糧とするタイプだ。
一番多数の分身がいる場所に陣取っていることと、
分身の食事に合わせて肥大化しているわけではないことから、
分身を体内に戻さねば養分を得られないタイプだと推測できる。
つまり、

「今ならまだ倒しやすいやね。れいな、バックアップお願い。
 小春は合図したらありったけの弾、撃ち尽くして。照準は考えんでいい」

高橋が小銃を久住に預け意識を集中すると、ぬらりとした緩慢な動作で対象が振り向いた。
新たに現れた新鮮な肉の臭いに、舌なめずりするような気配が伝わってくる。
高橋の傍らでは田中も意識を尖らせている。
彼女の能力は共鳴増幅(リゾナント・アンプリファイア)。
加速装置の役割を果たし、仲間の共鳴能力を増幅させることができる。
体内にみなぎる力を御しつつ、高橋はゆっくりとこちらに近づいてくる闇に向き直った。
対象の分身が床を這うように近づいてくる。
やがてひたりと動きを止めたかと思うと、一斉にぶわりと膨れ上がり三人の頭上へと覆い被さった。
刹那、

「小春!」

高橋の合図で、久住は両手に構えた小銃の銃爪を狙いもつけず引き絞った。
飛びかかってきた無数の闇が動きを止める。
悶えるように蠢いたかと思うと、弾けるように霧散した。
だが久住の放った銃弾は一発たりとも彼らを穿ってはいない。
異変は彼らではなく、彼らの本体の方に起っていた。


すでに久住は全弾を撃ち尽くしている。
にも関わらず、部屋の中央では本体の闇が、未だ踊るように跳ね回っていた。

「瞬間移動にはこういう使い方もあるんよ」

その闇を左右上下全方向から屠っていくのは、久住が放った無数の、
正確には小銃二丁分で計60発の89式5.56mm×45弾薬だった。
ロクな照準もなく放たれたそれらは、久住の眼前に展開された空間の歪みから
闇の周囲の歪みまで跳躍し、闇の身体を穿ちまたその背後の歪みへと突入する。
歪みから歪みへ、跳躍を繰り返す弾丸はその速度を失うまで何度でも対象を撃ち抜いていく。
そうして、本体であった闇はその存在を削り取られ霧散した。

『敵、みんな消えちゃいましたよ?』
「こっちで本体潰したんよ。あとは要救助者だけ外に運んだら状況終了」

インカムの無線で簡略に指示を伝え、倒れ伏す職員に手を当てて機械的に生存を確認する。
状況開始から19分。
この日も共鳴者(リゾナンター)としての高橋の役割は滞りなく達成された。




  *  *


すでに館外には代行者が待ち受けていた。
残った仕事は現場の引き継ぎだけだ。
自分以外の八人に装備の解除と解散を告げ、高橋は代行者の下へ駆け寄った。
代行者の傍らには、護衛役と思しき少女が二人待機している。

「おう。お疲れさん」

つんく♂と、その代行者はメンバーに名乗っている。
金髪にサングラス、よれたスーツに身を包んだその姿は
暴力団関係者のようであり、その実は防衛省の官僚である。
彼の正体について知るのは今のメンバーの中では高橋だけだが、
装備品のほとんどが陸上自衛隊のそれであることから薄々勘付いている者もいるようだった。

「どや、新人の調子は」
「よくやってくれてますよ。……というか、光井はあーしがスカウトしたからともかく、
 あの中国人の二人はどこで見つけて来たんですか」
「そら国家機密や」

冗談めかしているが、あながち嘘ではないだろうから侮りがたい。
新人の働きぶりはおおむね優秀だった。
特殊部隊じみた作戦行動には当初戸惑っていたものの、
もう十分に実戦で通用する練度には仕上がっている。


問題…否、疑問が残っているのは共鳴能力(リゾナントスキル)の方だ。
光井について言えばなんら不自然な点はない。
予知能力(プリコグニション)はかなりのレアスキルだが、
予知の対象が闇(ダークネス)に特定されている点で十分に許容範囲である。
問題なのはジュンリン…中国籍の李純(リー・チュン)と銭琳(チエン・リン)の両名だった。
その能力は二人とも念動力(サイコキネシス)、他にも李純は獣化能力(セリアンスロピィ)、
銭琳は発火能力(パイロキネシス)まで保有している。
元来、共鳴能力は高橋の精神感応(テレパシー)のように人間の精神、肉体に働きかけるものが主だ。
文字通り外部と"共鳴"することによって現象を引き起こす異能。
能力者自身が人間である以上、人体やその延長に対する共鳴がより顕著であるのが道理である。
無論、件の二人を始め例外は存在するが。

そもそも共鳴者の真価は各人の特殊能力以上に、異界内での活動制限がないことにあり、
闇そのものの撃退には銃火器を使用するのが本来だ。
非殺傷系の能力者が大多数だからこそ、銃器と弾薬の供給をある程度自由に行える当時の防衛庁、
ひいては現防衛省に闇に関連した事案への権限が与えられたとも言えるのだ。
だと言うのに、

「共鳴対象が人体以外の物質にまで及ぶ、それもあれだけ攻撃に特化したスキルは前代未聞です」
「ま、異界の発生は日本に限った話やなし。
 お国の方がなんか無茶したんか、あるいは中国四千年の神秘ってやつか」


薬物投与か、脳手術か。
共鳴能力の存在自体が公にされていないこともあり、
非人道的な措置に出る国家や民間団体の例は枚挙に暇がない。
その先にあるリスクを承知の上か否か。
いずれにせよ高橋には度し難い暴挙だった。

「じゃあ、あの子らもそう長くないってことですか」
「多分な」
「そんな……ッ」
「お前も他人の心配できるほど余裕ないやろ」

嘆息しつつ差し出されたのはアルミ製のケースだった。
サングラスに覆われた代行者の表情は読めない。
それでも、その奥に隠れた酷薄な嘲笑の気配は能力を使うまでもなく赤裸々だ。

「……どうも」

意識して感情を押し殺した声で、差し出されたケースを受け取る。
引き継ぎに必要な事項だけを事務的に伝達し、高橋はその場を後にした。
見上げた空に、月はない。




















最終更新:2012年11月24日 08:07