(05)653 『暗闇の中の二人』

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「リゾナント」には、客の誰も知らない深夜業務がある。
それが、街のパトロール。
毎回複数のメンバーで夜回りをして、異状がないか確認する。
暗闇に紛れて活動する敵から人々を守るため、みんなで決めたオリジナルメニューだ。
敵の襲撃を阻止したことも、少なからずある。

とはいえ、都合がつかない場合や調子が悪い時には無理をしない。
何事においても、自分達のできる範囲で最大限努力することが大事なのだから。
 ・・・というのがリーダーの弁。



今夜の担当になった二人は、見回り行程の三分の二を終え「リゾナント」への帰途についていた。
敵が現れなければ、パトロールは夜の散歩も同然だ。
リンリンは、夜の散歩が好きだった。

「新垣サン、アメ食ベマス?」

この先に何が待ち受けているかも知らずに、リンリンが無邪気な顔で手を差し出す。
パーカーのポケットから出したその手には、メーカーすら違う様々な種類の飴玉が握られていた。
レモン。ミント。梅。メロン。ミルク。コーラ。その他諸々。いったい、いくつ隠し持っているのか。
苦笑しつつ、里沙は自らの手を伸ばした。

「うん、ありがと。じゃ、いっこだけ」

無意識に取ったそれは、飴玉の形をしたガムだった。


並んで歩いているうちに、商店街の広場まで来た。
ベンチなどもあって、昼間であれば子連れの買い物客で賑わう場所だが、
この時間ではさすがに誰もいない。
両脇に立つ街灯だけが、その存在を主張している。

しかし、何かがおかしい。二人は足を止めた。
重い空気が一帯を漂っている。
次第に動悸が激しくなり、里沙は顔を上げることができなくなった。

「ナンカ、変ジャナイデスカ?」

不気味さを感知し、リンリンが警戒心を込めて呟く。
里沙の異常には気がついていないようだ。


―――この強烈なプレッシャー。間違いない。あの人が来た。

里沙が動けずにいる中、リンリンは勇敢にも一歩二歩と前に出る。
そして三歩目を踏み出した、その時だった。


「うっ!」

里沙のうめき声が沈黙の街に響く。
振り返ったリンリンが見たのは、体を押さえて倒れ込む里沙の姿だった。

「新垣サン!」

慌てて駆け寄ろうとしたその瞬間、一つの影が二人を蔽い、リンリンは再度前を見据える。
十数メートル先に人が立っていた。どうやら影の持ち主であるようだ。
逆光で顔はわからないが、背丈やシルエットからして、女であることは間違いない。
おそらく、この女が里沙を攻撃したのだろう。

「誰ダ!」

闇夜に不意打ちを食らわすなんて、人間の風上にも置けぬ奴だ。
リンリンは女に対する憎しみをあらわにして、眼前の敵を睨みつけた。

「さあ?誰だろね。そんなことよりおいでよ。相手してあげる」

女は右手の掌を上にして、親指以外の4本の指を動かす。
それが「来い」の合図であることは知っていたが、リンリンは動こうとしなかった。
敵の正体もわからないのに、無闇に懐に飛び込むような真似はできない。
いくら頭に血が昇ろうと、挑発に乗らないだけの冷静な判断力を持ち続ける訓練は積んでいた。

「・・・来ないの?じゃあこっちから行っちゃうよ」

言うが早いか、女は一足飛びにリンリンの前に現れる。
リンリンがその存在を認識すると同時に、一つの拳が飛んできた。

「クッ」

とっさに両腕を立てて拳を受け止める。リンリンの腕に、女のつけている指輪がめり込んだ。

考えるよりも先に体が反応した。
だてに祖国で戦闘教育を受けてきた訳ではない。

至近距離で見る女の顔は思っていたよりも幼くて、背丈もリンリンと大差なかった。
しかし、繰り出された拳は外見からは想像できないほど重いものだった。
彼女もまた相当な教育を受けたに違いない。

「・・・体術もなかなか、と」

女は、探るような目つきでリンリンを見る。
そこに一瞬の隙が生まれた。
もちろん、その隙を見逃したりはしない。

「ホァチョ!」

渾身の力を込めて右足を振り上げた。
つま先に人体の腹部の感触が伝わる。骨までは到達しなかったか。
どうやら、女はあまり痩せ型ではないらしい。
衝撃を吸収するに足るものが、そこにはあった。

女は飛び退き、二人の間には再び距離ができる。
リンリンは即座に手をポケットに突っ込み、“それら”を握りしめた。
神経を集中させ、準備は完了。

「クラエ!」

先程まで飴玉だったものが無数の緑炎に形を変え、女へと向かっていく。
炎によって照らされる女の表情は、驚きを含んでいた。
『まさか、ここまでやるとは』
リンリンは精神感応能力者(テレパス)ではなかったが、そんな心情は読み取れた。
笑みを浮かべたようにも見えたのは、おそらく炎による蜃気楼だったのだろう。





炎は確かに命中したが、女からは何の反応もない。
倒れる音も悲鳴も聞こえないのは初めてのことだった。
その上、女の周囲は何やら白い空気に包まれている。


水蒸気だ。


白い空気の正体がわかった頃には、もうかなり視界が開けていた。

女はしっかりと立っている。ダメージを受けた様子もない。
リンリンは、背中に冷たいものが伝うのを感じた。


目を凝らすと、女の周りに薄く透明な膜のようなものができているのに気づく。
水蒸気はそこから発生していた。

「氷ノ・・・壁?」

それは確かに氷の壁だった。
緑炎が氷を溶かしたために、水蒸気が発生したらしい。
女が無傷なのもこの氷壁のせいだろう。

「すごいね。これが『刃千吏』の力かい?あの子の氷をここまで溶かす炎なんて、はじめて見たよ」

嫌味などではなく、女は心底驚嘆していた。
目を輝かせ、嬉々とした表情を浮かべている。
まるで子供の顔だ。
この女、精神年齢は低いのかもしれない。

だが、突如としてその顔から笑みが消える。
残ったのは、獣のように光る二つの目だけだった。

「でも、この程度じゃ“創成の時代”は生き抜けない。こうした方がもっと・・・すてきだな」

女はリンリンに向けて右手をかざした。
瞬間、風が吹き荒ぶ。
リンリンは思わず目を閉じた。



目を閉じる前と後の世界に差異はなかった。
街は相変わらず沈黙を保ち、里沙はリンリンの背後に倒れたままになっている。
女にも変わったところは見られない。
数秒前の突風が嘘のようだ。

「オマエ、何ヲシタ?」
「口で言うより見たほうが早いっしょ。いきなりは手加減できないから、そのつもりでね」

言うと、女はつけた指輪を引き抜いて右手で強く握った。
何かが来る。
リンリンも、ポケットの中に残った飴玉を握り締めた。

互いの視線が交じわる。
二人は同時に手を振り上げた。


―――藍色の夜が緑に染まる。



手を振り上げたのは同時でも、放たれた閃光が相手に到達するのは同時ではなかった。
ゆっくりと崩れ落ちる体。
敗北者は、リンリンだった。


「ナ、何故ダ・・・何故、銭家以外ノ人間ガソノ能力ヲ・・・?」

女が使った力は間違いなく、銭家に伝わる炎の力だった。
一族の人間でないこの女がどうしてそれを使えたのか。

女は、いたずらの成功した子供のような顔をしてリンリンの元へやって来た。
リンリンは、わずかに頭を動かし女を見上げる。
全身に広がる激痛と、自分以外の緑炎使いが現れたという衝撃で
それ以外の部分はまともに動かすことができなかった。

「知りたい?どうやったか知りたい?」

ボールのように弾む楽しげな声は絶妙なリズムを生み、リンリンを無の世界にいざなう。
もう全てが限界だった。心身が休息を訴えている。
リンリンは、最後の意識を手放した。

「私はね、他人が直前に使った能力をコピーできるんだ。まあ上書きしかできないから
 複数の力を一緒に使ったりは無理だけど・・・って、聞いてないか」

話し相手がすでに気絶しているとわかり、女は少し残念に思った。
この特異な能力を知った相手の反応を見るのが、ささやかな楽しみであったのに。
だが、済んだことは仕方がない。
早々に本来の任務に戻るとしよう。

女は、腰からサバイバルナイフを取り出した。
炎ではない、正真正銘の刃が煌めく。

「おやすみ」



けれど、ナイフがその役目を全うすることはなかった。
里沙の両手が、ナイフを持つ彼女の手を掴んだからだ。

「やりすぎなんじゃないですか」

体調が整ったわけではなかったが、悠長なことも言っていられない。
このままでは殺人事件を見逃すことになってしまう。
里沙は、目撃者になるつもりも傍観者になるつもりもなかった。

「今日の任務は『銭琳の能力の把握』って聞いてますけど。大体、なんで
その程度の命令であなたほどの人が動くんですか」

彼女は、組織の中ではピラミッドの上位に身を置く人物だ。
こんな仕事でわざわざ出張るなんて、ただ事とは思えない。

「・・・しばらく見ないうちに、ガキさんも大人になったねぇ。先輩に指図なんかしちゃってさ」
「そんなつもりじゃありません。命令無視はどうかと思っただけです」
「ああ。ガキさん真面目だもんね」

里沙にとって、彼女は雲の上の人だった。聖域といってもいい。
だからこそ、倒れている相手に止めをさしたりするような汚い真似はして欲しくないのだ。
汚い?
そこまで考えて、里沙は自問した。
組織に不要な人間は消去する。そんな当たり前のことを、どうして自分は―――


「もう帰るね。後始末よろしく。それと・・・・・・名演だったよ、バイバイ」

倒れてみせたのは、全部が全部演技なわけじゃない。
彼女のプレッシャーに押し潰されそうになったのは事実なのだから。
今もドロドロとした様々な感情が渦巻いている。
渦に飲み込まれないよう立っているのが精一杯で、周りを見渡す余裕すらなかった。

だから、気づけなかったのかもしれない。


「大人はね、自分の責任で行動できるんだよ」

去り際に小さく呟いた、彼女の一言に。





任務を終えて夜道を歩いていると、行く手には塀に凭れかかる背の高い女が待っていた。
別段、驚くことでもない。
なんとなく予感はしていた。長い付き合いだからわかる。

「どうだった?」

背の高い女が、半身を起こして問いかける。
まっすぐに伸びたその影がまるで電柱みたいで、思わず吹き出してしまった。

「見てたっしょ?強いよ。美貴の氷溶かしたもん。もすこし力つけたらどうなるか」
「違う。新垣の方」

あぁ、と小さくうなずいて、笑うのをやめる。

「まずい。だいぶあっちに傾いてる」
「じゃあ“回収”の必要性アリか。バカじゃないの、あの子」

背の高い女は、軽蔑の眼差しをどこか遠くに向ける。
視線の先に未来でも視えているのだろうか。
予知能力を持たない自分に見えるのは、どこまでも広がる暗闇だけだ。
自分たちは、この暗闇の中を帰らなければならない。

言いようのない漠然とした不安が湧き上がる。
気分を変えたくて、つい軽口を叩いた。

「てかさー、なしてここにいんの?『新垣里沙の現状把握』はあたしの受けた任務なんだけど」
「うっさいなー。あんたがヘマしないよう、見張ってやってんの」
「ふーんだ。白い服汚してずっと手で隠す羽目になるようなヘマしたのは、どこのどなたでしたっけ?」
「何年前の話してんの?このイモ」

どんどん子供じみていく二人の会話が、暗闇にいつまでも木霊した。


―――大丈夫。形のない不安なら、すぐに消えるはず。




















最終更新:2012年11月24日 08:26