(08)668 『孤独者たちの信念』

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あの日の出来事が、二人の信念を決定づけた。

「できないことは何もない」という心と、「できないことは何もしない」という心。

相反しているようにも見えるが、根幹は同じだ。
この信念は、二人の自我を守るために生まれたのだから。



現在のダークネスにおいて幹部と呼ばれるのは、比較的早くから組織にその才能を見込まれた者ばかりだ。

強大な能力者は人々に忌み嫌われ、居場所を失う。
ある時、ダークネスはそれを利用することを思いついた。
孤独に付け込み、説き伏せ、教育し、至高の戦闘員へと育て上げる。
能力者は知能が発達しきる前に連れてこられる場合も多いため、思い通りの思想を植えつけることが可能だ。
このプロジェクトの合理性は、オリジナルメンバーと呼ばれる五人の手によって証明される。

当初五人は一つのチームとして活動し、やがて組織に大いなる可能性と今後の方向性をもたらした。
成果に自信を深めた組織は、新たに三人のチームを結成させる。

そうして、しばらくは主戦闘員八名の時代が続いた。
あの事件が起きるまでは。




時計の短針がとうに頂点を過ぎた夜。
安倍なつみは施設の居住区域内の廊下を歩いていた。
理由は単純。ジュースでも買いに、ちょいと自販機の前まで。
自動販売機は居住区域と研究棟の境にある。

幹部クラスになれば私室にありとあらゆるドリンクが常備されているという噂だが、
まだ駆け出しの身にそんな部屋はあてがわれない。一人部屋をもらうので精一杯だ。
ダークネスは意外に縦社会だった。

でも、文句をつける気なんかない。
組織に拾われる前の状況を考えれば、ここは天国のようなものだから。

ちなみに、今日は年長の二人が別件で遠方に飛んでいるため、いつものチームは三人しかいない。
そのため、数時間前に完了した任務はとてもハードなものになった。
普段は五分の一で済むはずの負担が、この日は三分の一。
なつみの不眠は、疲労困憊が一因であることは否定できないだろう。


廊下を進んでいくと、前方に見慣れた横顔が現れた。

「おっ。福ちゃ~ん」

手を振って声をかけた。
人気のない無機質な廊下は思っていたよりも声が通る。
声をかけられた彼女は、驚いたように、でもゆっくりとこちらを向いた。


彼女――福田明日香は聡明な少女だった。
チーム最年少でありながら誰よりも冷静沈着で、彼女の判断力と能力は幾度となくチームを救った。
彼女の能力は念動力。最も戦闘に適した能力のうちの一つだ。

「・・・なっち」
「何してんの?こんな夜中に」

陽気に弾むなつみとは裏腹に、明日香の表情は沈んでいた。
会いたくなかったと言わんばかりに。


―――これも運命ってやつなのかな

「・・・私は」
「いた!明日香!」

明日香の声に重なって、静寂を引き裂く別の声が響いた。
飯田圭織だ。
予知能力を持つ、オリジナルメンバーの一人。

「お願い。部屋に戻って、明日香。じゃなかったら許さない」


圭織は、般若のような形相をしていた。
その目は明日香だけを見据え、他には何も映っていない。なつみさえも。

明日香は観念したように、小さくため息をついた。


―――あなたたちにだけは会いたくなかった、でも

「そうか。圭織には視えたんだね、未来のビジョンが」
「戻って、明日香」
「でもダメなんだ。もう決めたことだから」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんの話してんのさ二人とも」

睨み合う二人の間に割って入るのは少々気が引けたが、置いてきぼりは本意でない。
当事者でも予知能力者でもない身には、話が全く見えてこなかった。
二人の仲間として今何が起きているのか知る必要がある。年長者がこの場にいないのだから、尚更だ。


―――あなたたちに逢えてよかった

「さよならだよ、なっち。私はここを出て行く。戻る気もない」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。思考が一時停止する。
なのに。
なぜか、涙が溢れてきた。
後から後から溢れ出て止まらなかった。
おそらく、彼女と共に生きてきた感覚が、考えるよりも早く教えてくれたのだろう。
これが彼女との今生の別れになる、と。



―――もっとそばにいたいけど

「これからの組織の方針は、私の意志と大きくかけ離れている。最近になってそれがはっきりとわかった。
だから私は組織を抜ける。私が私らしく生きていくために」
「そんなのやだよ!もう会えなくなっちゃうかも知れないんだよ?」

声が震える。
視界が歪む。
顔も心もぐちゃぐちゃだ。


意志だとか生き方だとか、そんな小難しいことはわからない。わかるのは、自分の気持ち一つだけ。
これからも明日香と一緒にいたい。

ずっとそばにいたかった。


沈黙が漂う中、圭織が静かに口を開く。

「簡単なことじゃないって、わかってるでしょ?」
「うん。予想はしてたけど、圭織が来てくれたおかげで確信になった」
「だったら・・・!」

どういう事情であれ、彼女ほどの人材の流出を組織が黙って見逃すはずがない。
明日香はそれを承知しているようだが、圭織もそのことが何を意味するか充分過ぎるほど理解していた。
予知能力者として仲間として、黙って送り出すわけにはいかない。



「いかせないから」

長い手足を広げて、明日香の前に立ち塞がる。
二人は正面から向き合った。
互いの目には、決して折れない強い意志が宿っている。


―――不器用でごめんね

「圭織の気持ちはすごく嬉しい。でも意志を曲げることはできない。例え・・・
仲間を裏切ることになろうとも!」

言い切る前に明日香は能力を発動させた。念動力が圭織を襲う。

「ああぁっ!」

静かな廊下に響き渡る衝撃音と悲鳴。

手加減などできない。
本気の力で、圭織を壁に叩きつけた。

「圭織!」

なつみが圭織の元に駆け寄る。
あの衝撃では、骨の一本や二本折れたかも知れない。
それにしても、となつみは思う。

こんなに派手にやり合っているというのに、何故誰も顔を見せないのだろう。



「ありがとう圭織。・・・本当に」

明日香は微笑を浮かべ、二人に背を向けた。
彼女の小さな背中は躊躇なく遠ざかっていく。
なんだかその背中が今にも泣き出しそうに見えて、なつみは叫んだ。

「行かないで!行かないで福ちゃん!」
「・・・さよならなっち。みんなによろしくね」

振り返ることもせず淡々と告げられた。
なつみが何も言えないうちに、明日香は走り出す。

「――っ!明日香!!」

どんなに叫んでも、もう明日香には聞こえない。
彼女は、声の届かない所へ行ってしまったのだから。




「追って」

痛みに汗を滲ませながら、圭織が言った。

「何がなんでもあの子を止めて。このままじゃあたしたち、一生後悔する」
「でも圭織が」
「早く!」

圭織の顔を汗とは違う別の滴がつたったことに気づく。
なつみは、外に向かって走り出した。



施設の外に出た明日香を出迎えてくれたのは、揃いの黒服を着た男たちだった。
どうりで居住区が静かだったはずだ。思わず苦笑が漏れる。
ここまで想像通りの光景だと、もう笑うしかない。

「こんな時間にどこへ行くつもりかね?福田明日香くん」

黒服の中から、他と毛色の違う男が進み出る。
この場の指揮官といったところか。
明日香は気を引き締め直し、いつものポーカーフェイスを貼り付けた。

「聞かなくてもおわかりだろうと思っていましたが」
「人はできる限り最悪の想像をしたがらない生き物だ。私もそんな凡庸な人間の一人でね」

あくまで自分の口で言えということか。
それでこちらの決心が鈍るようなら儲けもの、とでも思っているのだろう。
お生憎様。思い通りにはならない。

「私はダークネスをやめます。私の役目はもう終わったから」
「身勝手なものだな。孤児の君に居場所を与えてやった恩を忘れるとは」
「ここまで育てていただいたことには感謝しています。組織の存在を外部に洩らすつもりは一切ありません」
「ならば一層身勝手というものだ。君は自分の罪を自覚しているようじゃないか」

会話は平行線の一途。
交わることは、決してない。


「・・・身勝手を許して下さる気はありませんね?」
「ないね。裏切りは重罪だ」

断言すると、男は懐から黒光る何かを取り出す。
拳銃だ。
本当にわかりやすい。明日香は自分の想像力に拍手したくなった。

「言っておくが、念動力で抵抗しようとしても無駄だぞ。こいつらの中には微弱ながら
能力阻害ができる者が何人か紛れている。一人一人の力を結集すれば、君一人の能力を
封じることなど造作もない」
「大丈夫ですよ、そんな気ありませんから。私はただ自分の生き方を貫ければそれでいいんです」

このまま自分を殺して生きるくらいなら、自分を生かして死ぬ道を選ぶ。
その程度の覚悟がなくて、どうして仲間を捨てるなんて決断ができようか。

明日香は、大地を強く踏みしめた。


――――――――――――――――――――――――――

なつみは走っていた。
お世辞にも速いとはいえない足を懸命に動かして。
肺と心臓が荒縄で締めつけられていくのを感じながら。

それでも走った。
ただひたすら、走って走って走り続けた。


――――――――――――――――――――――――――



「それにしても、ずいぶんあっさり切るんですね。思想(ウイルス)の伝染が恐いんですか?」
「フフ。まあ、それもあるがね。君の代わりの目処が立ったというのもある」
「代わり?」
「ああ。彼女は非常に優秀だ。我々の救世主に成り得るかもしれん」

救世主。
この男にそこまで言わしめるのだから、さぞかし強烈な個性の持ち主だろう。
一度くらい会って話をしてみたかった。
最期に、叶わぬ願いを抱きしめる。

「さよなら福田明日香。死後の世界に幸多からんことを」

男の下卑た笑みを遮断するため、目を閉じる。
瞼の裏に浮かんだのは、ここまで共に走り抜けてきた仲間たちの顔だった。


―――バイバイ


―――――――――――――――――――――――――――

ようやく外への扉が見えてきた。
どうか、まだ明日香がそこにいますように。
一縷の望みを捨てず、なつみは扉に手をかけた。
そして開く。

その先に待っていたのは


黒い壁。
にやついた男。
乾いた音。
噴き出す紅。紅紅紅――
崩れる背中。


その先に待っていたのは、絶望に満ちた外の世界の光景だった。

――――――――――――――――――――――――――――



「抜けたいとか言って、ある意味あの子が一番ダークネスに染まってたのかもね。
仲間を傷つけてまで自分の意志を貫いてさ」

医務室の天井を見つめながら圭織が呟いた。
感情を押し殺そうとしながらも、それを抑え切れないところに動揺が見て取れる。
だけど、辛いのは一人だけじゃない。

「バカじゃないの、あの子。粛清の執行がわかってて外に飛び出すなんて。おかげでこっちはお腹痛めるし」

愚痴をこぼしながら、圭織は脇腹をさする。
実に痛々しく映る白く固定されたそれが、あの絶望の光景は現実のものなのだ、と訴えていた。

「・・・きっと、あの攻撃は圭織が手を貸さなかったことの証明だったんだよ。今、
他に裏切り者がいないかどうか尋問人が調べてるらしいから」

尋問人は、明日香の裏切りに手を貸したり、唆したりした人物の有無を調べているはずだ。
その場合、真っ先に嫌疑がかかるのは同じチームのメンバーだろう。
しかし二人の元には最初に二、三の簡単な質問をしに来ただけで、それ以降は誰もこの医務室に現れない。

「全部視えてたの?明日香が死ぬことも、うちらがそれを止められないことも」
「・・・当たり前でしょ」


不意をついたつもりの質問。
圭織はピクリと肩を反応させたが、すぐに何事もなかったように続けた。

「圭織は全部わかってた。明日香が出て行くってことも外に粛清人が待ち構えてるって
ことも。でもそれを止めれなかったのは圭織のせいじゃない。明日香がもっと素直で
なっちの足がもっと速かったら未来は絶対変わってた。今回はただの偶然だよ。
足引っ張る人がいなけりゃ圭織一人の力ならきっと。そうこれからそのことを
証明してみせる予知能力者にできないことは何もないんだ」

最後の言葉は誰に伝えるでもなく、自らに言い聞かせるかのように発していた。

一番変えたかった未来を変えられなかったのは自分の力不足のためではない。これからの
未来を変えることでそれを証明する。
それが圭織の出した答えなのだろう。

なつみは何も言わなかった。
否。
言えなかった。
おぼろげに感じていたことを、言葉という形で表に出されてしまったから。


自分がもっと早く到着していれば、あの悲劇は起こらなかったのではないか。

あるいは自分に瞬間移動の能力があれば。
あの時、廊下で圭織と一緒に戦っていれば。
もう少し、あの子を引き止めることができていたら。

後悔の波は打ち寄せるのみで、ひくことを知らない。
考えれば考えるほど、何もできなかったことを思い知らされた。


しばらくして、思考を止める。
こんな気持ちを繰り返すというのなら、もう何も考えない方がいい。
無理と無駄の上塗りで傷つくくらいなら、もう全力で走り抜けたりしない。
何もしない方がいいのだ。

できないことは、何もしない。



あの日の出来事が、二人の信念を決定づけた。

「できないことは何もない」という心と、「できないことは何もしない」という心。

相反しているようにも見えるが、根幹は同じだ。
この信念がなければ、二人は友を救えなかった自責の念に押し潰されていただろうから。




いかに悲しみを思い出に変えようと、“未来”は何度でも訪れる。
例えば、あの子。
自分を慕ってよく後ろをついてきたあの子は、いつの間にかあの時の自分たちの年齢を
超えていた。気がつけば自分は身長も抜かされている。

はたして、あの子は何にも惑わされることなく自分の信念を貫けるだろうか。
決断のときは近い。




















最終更新:2012年11月24日 13:10