(08)893 『葉を隠すなら森へ、愛を隠すなら名へ』

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 *  *  *  *


吐く息は白く 宵の手は黒く 私達を包む


どんな能力者にも、苦しみがあった。
私もその一人。
何かをしたからこのような目にあうのだろうか
だとしたら…もう十分な罰だ…傷ついた私は、全てを投げ出した

同様に、何人もの能力者が、一所に集まり傷を舐めあった
その場所がたまたまここだった。
秘密結社ダークネス-その一角を担う研究局。
自分たちが利用されていると気付くのに時間はかからなかった

それでも、その事実からなるべく目を逸らし、研究に没頭した
能力者の為に、いつかは能力者の為に、その場で自分たちは不思議な連帯感を得た。
自分たちこそが正しくて、無能力者こそが、悪なのではないか、と。

それが間違いであったと今ははっきりと言える。






「お腹空いたよぉ」
緊迫した雰囲気の中、場違いな声をあげる、この子


私のたった一人の旅の仲間

私のただ一つの生きる意味


「おねーさん、今日はどこにお泊り?」
もう獣道を何日も彷徨っている。
彼女は自分の足で歩く必要はなかった、今まで。
その疲れを思うと、胸が痛む。
髪についた葉を取ってあげながら、もう少し頑張ろう、そう励ます

それからしばらく歩いて…
目的地にほどなく近付いた茂みを今日の休み処とした。






人目につく場所に出てはいけない、過酷な旅。
極度の緊張にめげそうになりながらも
なんとか気力だけでこの一週間持ちこたえた。

夜の暗闇がこうも愛しいものだとは思わなかった。

この旅ももうじき終わる。
辛かった。でも、楽しいものだった。

さあ、今日はここでお休み。
嬉しそうな顔で寝袋に潜り込む、幼い体。

「ねえ、おねーさん。」
 けんきゅうーじょ帰っても、たまに遊んで?
 なんか、おねーさん落ち着くから。

そう、不意に言われ、視界が歪んだ。

良かった、この言葉を与えられたのが今日で。
最初に聞いていたら、別れられなくなっただろう。

深い寝息が響き始めたその額に手を翳した。
黄色い光が、私を包む…

これが最後になるだろう
母として、この子にしてあげられることは…







私の遺伝子に印字された、呪われた力。記憶の改竄。
それを使って脳細胞に書き込まれた、
記憶を少しずつ少しずつ書き換えてゆく。

生まれてこの方、どのようにこの子が扱われてきたか知っていたつもりだった
でもこうして記憶を共にして、改めて自分のしたことの恐ろしさを思う。


こうするしかなかった、
息をせず生まれてきた、あなたを生きさせる為には。


それがあなたを苦しめた。
あんな研究に巻き込んだ。

でも…

本当に本当に何一つ母親らしいことはできていないけど
あなたを生んだこと、あなたが生まれてきてくれたこと、感謝してる



あなたはこの村に生まれた

愛されている

     そこに、私はいなかった 最初から







彼女を抱え、母の気配を辿る。

たどり着いた、質素で小さな、母らしい家の前。
既に、その明かりは消えていた。

最後に会いたかった、などと思うのも贅沢だ。
能力を恨んで飛び出した自分を見捨てなかった母だ
逢えば、私までなんとかしようとする

能力の発動の仕方を忘れた彼女をこんな山奥で発見することは
いくらあの組織でも、容易ではない。

似たような能力を微弱ながら持つ母が記憶を書き換え続ければ、
この子を匿う事ができるだろう


全てに一致する命題は、
自分がいないこと。


彼女を寝かせ、その体の上に手紙を置く。

一つは母に宛てたもの
もう一つは、母に宛てた形をとった、この子へのもの


「この子をお願い」







私は再び、旅路についた。
鈍い心を引きずって、山を降りる。
荷物は軽い。足取りは重い。
でも、少しでも早く、ここから離れる。


陽の光は二度と感じられないだろう
娘の顔は二度と見れないだろう

様々な作り話を彼女の脳に付与した。

それでも、
『死んだママはあーしを愛してた』
そのニセモノの記憶を彼女に刻むことが、私にはどうしても出来なかった。

こんな私が貴方の心の中で理想の母として生きることは許せなかった。
それも理由の一つ。



でも、本当はもっと図々しい理由で。

愛している、今もずっと。未来もきっと。
過去にしたくない。
母親失格だ。
それでも貴方を心から愛している。

その心にウソはつけなかった。







『おねーさんと旅行たのしかった』


娘に刻まれていた、今は無き、
自分に関する記憶を思いながら、山を駆け下りる
傷など気にしない。この心の痛みに比べれば、むしろ心地よい
私の喉からは、今まで出したこともないような嗚咽が漏れた。


「さようなら、愛」

一度だけ、その名を呼んだ。
それは彼女をこの世に送り出した4年前、叶わなかった命名。
記号でない、彼女のこれからの生命を彩る、名前。
この子は、そう呼ばれる。
この名で、人間として生きる。


愛している愛している、愛している…愛


何もできなくて ごめんなさい 
許してと、言う事さえ許されない

誰にも気付かれず 皆と同じように 幸せになって








 *  *  *  * 


二ヶ月後、ある脱走事件に関する一人の重要参考人が
南の果てでダークネスに囚われた


『保護』と、言うべきかもしれない

なぜなら、彼女は自分の名前さえ、
その記憶に留める事を許してはいなかったからだ


どのような能力者も、どのような薬品も、どのような拷問も
彼女の甘い記憶を呼び覚ますことは、出来なかったと言う。




















最終更新:2012年11月24日 14:08