(09)068 『蒼の共鳴-その声は届かない-』

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糸のような雨が降る夜、ジュンジュンは1人自分のマンションへと歩いていた。
皆と別れて帰る道は、雨のせいで余計に寂しく感じられる。
雨音以外は、たまにジュンジュンの側を追い越していく車の走り去る音しかしない。
静かすぎるくらい、静かな夜だった。

ここのところ、リンリンの様子がおかしい。
皆と一緒に笑っている時に、ふとリンリンの方を見ると。
仲間に向けるような視線とは言い難い、冷たささえ感じられる視線を皆に向けていることがある。
リンリンが実は誰よりも沈着冷静な人間であることは知っているが、それを差し引いても
あんな冷たい視線を皆に向けているのは不可解だった。

リンリンと共にダークネスの一員を撃退したあの日、リンリンはひどく悲しんでいた。
きつくきつくジュンジュンに縋り付いて、涙を溢れさせていたリンリン。
リンリンは何も語ろうとはしなかった、涙が止まった後でも。
ただ、その瞳には何かを決意したような強い光が宿っていた。

それからのリンリンは、傍目には普通にしているように見えた。
元々、リンリンは幼い頃からの訓練によって感情の制御が上手い。
誰が見たって、リンリンは普通に見えるだろう。
ジュンジュンだけがリンリンの異変に気付いていた、誰よりも深く
リンリンと共鳴することが出来るジュンジュンだけが。


(リンリン、あの時カラ何を考えテいる…何故、私に何モ言ってくれなイんだ)


今は何も言いたくない、そう言ったリンリンの意思を尊重してジュンジュンは何も聞かなかった。
今となっては、無理矢理にでも聞き出しておくべきだったのかもしれないと思う。

―――あの戦いの時以来、リンリンと深く共鳴することが出来なくなっていた。

雨のせいでいつもよりも、夜の闇は濃い。


考え事に没頭していたジュンジュンは、自分がいつの間にか結界に取り込まれていることに気付く。
慌てて心の声をあげるも、その声に応える声は聞こえない。
1人でいる時に隙を見せた自分のうかつさに、ジュンジュンは唇を噛みしめた。
コツ、コツ、コツと、ジュンジュンの耳に聞こえてくる耳障りな足音。


「こんばんわ、ジュンジュンちゃん。今日は1人みたいだけどどうしたのかしら?」

「お前、あノ時リンリンの炎に焼かレたはず、何故ここにイる!」


ジュンジュンの前に立っているのは、先日の戦いでリンリンの緑炎に焼かれたはずの女だった。
緑炎に焼かれて燃え尽きたはずなのに、火傷の跡すらない褐色の肌にジュンジュンは戦慄く。
女はジュンジュンの震える様を見て、ニヤリと笑った。
妖しさを含む歪んだ笑顔に、ジュンジュンの背筋を冷や汗が伝う。


「何でここにいるのかっていうと、あの時焼かれたのは私であって私ではないからって言えばいいのかな」

「意味分かんナイ!お前の言葉、ジュンジュンには分かんナイよ!お前はお前、1人シかいない!」

「んー、これ以上詳しく話しちゃうと後で怒られちゃうからなー。まぁ、意味分かんなくてもいいよ。
そんなことは大したことないしね。さて、ジュンジュンちゃん…ちょっとおねーさんと遊ぼうか?」


言い終わると共に空を裂いて飛んでくる念動波を、ジュンジュンは横転で避ける。
横転してる瞬間も念動波は次々とジュンジュン目がけて放たれ、避けきれなかった念動波が
ジュンジュンの左臑に赤い線を生み出した。
傷から溢れ出す血に構う余裕はない、体勢を整えてこの攻撃を寸断せねば。


「ハァッ!」


気を吐くと共に、ジュンジュンの手から藍色の光が放たれジュンジュンの体を覆う壁となった。
ジュンジュンに向かって放たれ続けている念動波は、壁にぶつかって消滅する。
そのおかげで、ジュンジュンは体勢を立て直すことが出来た。

体勢を立て直す間も、ジュンジュンの体を切り裂こうと放たれ続ける念動波。
ジュンジュンは自分の周りを薄く覆う藍色の壁に手を添える。
瞬間、壁は光り輝き勢いを増して女の方へ飛んでいった。
その攻撃を、女は自分の念動波にこめる力を上げることによって相殺する。


「へぇ、念動力をこう使うんだね、ジュンジュンちゃんは。リンリンちゃんは私と同様波系で使うけど、
ジュンジュンちゃんは壁系なんだ。」

「自分ノ力を自分の使いやスイように使ウ、リンリンにしたってそレは同じコト。
同じ念動力使いナラ分かるだろウ、念動力は使い手ノ使い方次第デどんなことモ出来るとイウことは」


念動力は、使い手によって主に3つの能力タイプに分かれる。
一つは物質を媒介するタイプで、周りの物を飛ばして攻撃したりまたは防御するというもの。
もう一つは運動エネルギーそのものを能力に変換して扱えるタイプで、運動エネルギーそのものを
目に見える波状や弾状等にして攻撃や防御の手段にするという、物質媒介よりも攻撃性・防御性に富んだもの。
最後の一つは、上記2つを両方行使できるタイプである。

女はともかく、ジュンジュンやリンリンは物質媒介型ではなくエネルギー変換型の念動力使い。
使い手の想像力がそのまま、見た目に反映されて具現化する。
ニヤニヤと笑う女を目にして、ジュンジュンは呼吸を整えた。
冷静にならなければ。相手のペースにのせられては、体力も精神力も無駄に疲弊してしまう。


「さすが、リーダーに次いで2番目に年上なだけはあるのね。さっきと比べると、随分
落ち着いてる。戦い方を知ってるっていうのは高評価だわ。でも、これを見て落ち着いていられるかしら」


ニヤニヤと笑う女の後ろの方に、金髪の女性が現れる。
その女性は、肩に何か担いでいた。まるで、人のような―――肩に担がれているのが何なのか
分かった瞬間、ジュンジュンの体を激しい怒りが駆け抜けた。
獣化したジュンジュンの咆吼が結界の空気を震わせる。


「共鳴しないリゾナンターの強さを把握したくてね。仲間を呼べない状況にした上で、そこのRと
サシで戦わせたんだ。すまないね、Rは加減を知らないから」

「えー、加減したわよ、よっすぃーからみたらそうでもないんだろうけど。
さて、ジュンジュンちゃん。早く私を倒さないと、リンリンちゃん手遅れになっちゃうかも」


その言葉が引き金となり、ジュンジュンは女の方に突進した。
普通の人間であれば、避けることはほぼ不可能な速度で突っ込んでくるジュンジュンに
女は狂ったかのように念動波を撃ち続ける。
人間状態のジュンジュンであれば、その攻撃で体を切り裂かれていただろう。

獣化したことにより、ジュンジュンの体はある程度の念動攻撃では傷一つ付かない状態になっている。
リンリンを傷つけた女に対する怒りの衝動、それに突き動かされるジュンジュンにとって
女の念動波は蚊に刺された程度の痛みしかもたらさない。

数秒で女の眼前まで詰めたジュンジュンは、女の体を切り裂くべく鋭い爪が光る前足を振るう。
その前足を、女は片腕で受け止めた。
数秒の押し合いの最中に、ジュンジュンはもう片方の前足を振るう。
それも、女は空いた方の片腕で受け止める。
力と力による、膠着状態。


「しかし、リンリンちゃんもなかなか馬鹿な子よね。1人で私に勝てるわけもないのに、
何度倒しても起きあがってきてさー、本当、うざかったわ。大人しく意識手放しておけば、
あそこまで傷つくこともなかったのに、本当、馬鹿過ぎて話になんない」


女の挑発は、ジュンジュンの怒りを増進するのには充分だった。
ジュンジュンの両前足にかかる力が瞬時に強くなり、女の両腕を押しのける。
両腕が押しのけられるのと同時に、女は素早く後ろに飛んでその鋭い爪を一旦は回避した。
だが、それを読んでいたジュンジュンは一瞬で距離を詰めて再び女に前足を振り下ろす。
爪の先が、女の胸の辺りから露出した腹にかけて赤い筋を数本描いた。

それに満足することなく、ジュンジュンはさらなる攻撃を加えようと前足を振り上げる。
その前足が女に届くより前に、ジュンジュンはその場に足を付いた。
ニヤリと笑う女、ジュンジュンの背中から溢れ出す血。


「さっき自分で言ったこと、もう忘れちゃったの?念動力は使い手の使い方次第で何でもできるって
言ったのは、ジュンジュンちゃんなのに。獣化すると、頭が馬鹿になっちゃうのかしらね?」


ジュンジュンの背で鈍く輝くのは、血に濡れた大鎌だった。
女はジュンジュンに気付かれないようにあらかじめ大鎌を結界内に隠し、念動力によって
ジュンジュンの背中に加速をつけて引き寄せたのである。
物質媒介型の念動力、物質をエネルギーで自在に操る技がここにきて活きた。
一度リンリンと共闘し、先程も念動波でやりあった女。
ジュンジュンに、女が意図的に植え付けたイメージ―――エネルギー変換による念動力使い。

そのイメージを植え付けられたジュンジュンがこの攻撃を読むことは不可能だったに違いない。
ましてや、ジュンジュンはリンリンを傷つけられたことによって平静さを失っている状態。
この攻撃を回避することは、未来でも読めない限り不可能だった。

背中に深く突き刺さった大鎌によって、ジュンジュンの獣化は解ける。
柔らかそうな肢体を一瞥すると、女は柄に手をかけて大鎌を一気に引き抜いた。
予想外の出来事に対するショックと傷の深さに、ジュンジュンはその場に膝をつく。
褐色の肌に、ジュンジュンの背中から吹き出した血がかかった。
顔に付いた血を手の甲で拭き取り、女は冷笑する。


「なかなかいい格好ね、まぁ、私と比べると幾分落ちる体つきだけど。この私に傷をつけた罪、
きっちり受けてもらおうかなー。殺さなきゃいいのよね、よっすぃー」

「あんまりやりすぎるなよ、ボスの今後のお楽しみを奪うようなことがあったら命がヤバイぜ」

「分かってるわよ、心配しなくても。私だって死にたくないしね」

「じゃあ、好きにしな。ヤバそうになったら、あたしが催眠でお前の動きは止めてやるから」


金髪の女性の言葉に、女は心底楽しそうに笑った。
闇に魅入られた者特有の、強力すぎるまでの破壊・殺戮衝動。
それに心を委ね、女は能力を開放する。
立派に用を成した大鎌を投げ捨て、手から闇色の念動波を撃ち出した。


「ああああああああああああ!」


意識を手放しかけていたジュンジュンの上肢に、鮮やかな赤い線が大きく一つ走る。
吹き出す鮮血に、女の体は再び赤に染まった。
それを気にとめるでもなく、女はジュンジュンの髪の毛を掴みその顔を自分の方へ無理矢理向けさせる。
多量の出血により、ジュンジュンの顔は血の気が引いて青くなっていた。

このまま、誰も助けを呼べない状態で放置されたら確実に死に至るであろう傷。
女は、ジュンジュンの顔を見ながらその傷に指を差し込みなでるように動かす。
傷口に走る熱い痛みに、ジュンジュンは意識を手放すことを許されない。
目尻を伝う涙が、闇に煌めいた。


「おいおい、あんまやりすぎるなって言っただろ。自慢のボディに傷つけられて腹立つのは分かるけど、
それ以上やったらそいつ死ぬぜ。」

「んー、分かってるんだけど。ちょっと止められそうにない感じだから、よっすぃーお願いね。」

「ったく、これだから攻撃系能力者は手間がかかるんだよ。」


ぶつぶつ言いながら、金髪の女性は女に触れる。
闇色の光に包まれた女は、そのままその場に崩れ落ちた。
崩れ落ちた女を、金髪の女性は重さを感じさせないくらい軽々と持ち上げる。

金髪の女性は、ジュンジュンの方に視線を向けた。
地面に崩れ落ち赤く染まった肢体、両頬を濡らし続ける涙。
凄惨な姿を見ても、顔色一つ変えることなく金髪の女性はジュンジュンに言葉をかける。


「ジュンジュン、だっけ。まだ意識があるか分かんないけど、一応言っておくよ。
リンリンはまだ大丈夫だ。君よりもひどい状態だけど、睡眠状態にすることで体力の消耗を最低限にする
方向に持って行っておいたから。今ならまだ助かるはずだよ」

「…な、ぜ、そんなコト、を、すル?」

「ん、うちのボスの楽しみを奪わないためにってことでね。勝手に君達を殺すわけにはいかないんだ、
Rはともかく、あたしの仕事は報告されているデータと実際の君達との間にズレがないか確認することだから。
君のデータと実際の君にズレがないのは確認できたし、リンリン、久住、光井も確認がとれてるから
…次はやっと田中、亀井、道重の3人かな、予定だと君より先にやっておくことになってたんだけども」

「他ノ、皆を、こうイ、う目には絶対、遭わせ、ない、絶対にジュン、ジュン、お前達ノ、やるこト、止める」


今にも途切れそうな意識の中、ジュンジュンは必死に立ち上がって金髪の女性に手を伸ばす。
気力のみで手を伸ばすジュンジュンに、金髪の女性はその手を取って握り返した。
思ってもいない行動をされ、ジュンジュンは金髪の女性を訝しげな目で見つめる。
心なしか、金髪の女性の顔は悲しみの色が浮かんでいるような気がした。


「今の君達じゃどうやったって止めれないよ、共鳴や助けてくれる仲間に依存して
自分自身の元の力をさらに高いレベルへと引き上げようとしないのなら」


それが、ジュンジュンの聞いた最後の言葉となる。
金髪の女性から闇色の光が放たれ、ジュンジュンはその場に崩れ落ちた。
2人はさすがに重いんだろうなと言いながら、金髪の女性は空いた方の肩にジュンジュンを担ぎ上げる。
ジュンジュンの血で服が汚れることを気にも留めず、金髪の女性は離れたところに横たえられていた
リンリンの側まで歩み寄り、ジュンジュンをその隣に横たわらせる。

ジュンジュンの頬に伝う涙を手の甲でそっと拭い、金髪の女性は闇へと消えた。
瞬間、共鳴の声を封じ切っていた結界は消えさる。
同時に、リンリンとジュンジュンから無意識のSOSが他のリゾナンター達へと放たれた。
その声の力のなさに、重大なことが起きたと判断した7人は声のする方へと走る。

声のする場所までたどり着いた7人が目にした光景は、あまりにも凄惨だった。
血に赤く染まり地面に横たわる2人に、誰も言葉を発することが出来ない。
敵との戦いで傷つくことはこれまでにも多々あったが、意識不明の重傷を負わされることは今まで一度もなかった。
今までにない緊急事態に、誰もが何かが起こるのだと予感せずにはいられない。

ジュンジュン、リンリンと言ったきり泣き崩れる愛佳を抱きしめる小春の頬にも、一筋の涙が伝う。
その場に座り込み震える自分の肩を抱きしめる絵里、2人に駆け寄り治癒能力を全開にするさゆみ、
その手を取ってさゆみの力を更に増幅するれいな。

愛は無意識のうちに、隣にいた里沙の手をキツくキツく握りしめる。
ジュンジュンとリンリンの容態に気を取られた愛は、気付かない。
そのキツく握りしめてくる手を、里沙はけして握り返そうとはしなかったことに。
糸のようだった雨はいつしか大雨にと変わり、9人を濡らしていく。


―――雨によって冷えていくのは、けして体だけではなかった。




















最終更新:2012年11月24日 14:21