(11)063 『月うさぎと雷鼓』

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愛ちゃんから来たメールに思わず頬が緩んだ

いけないいけない。頬が緩むなんて簡単に口にしちゃ。
ほっぺをふにふにマッサージする。

「あっれぇ。みちしげさんじゃないスかぁ」
何してるんですか? 心底嬉しそうにその人影は近付いてくる

たぶん、今一番逢いたくない人物

「道重さん、美味しいケーキのお店見つけたんですよ!
 一緒に行きましょう!!」

今まで喫茶店で働いてきた私に何を言うんだ、そう言い返そうとしてやめる

無駄だ。無駄無駄。
自分に出来るのはただ、この子に出会った不運を恨むことのみだ。
今日は楽しもう。
彼女―久住小春の世界に足を踏み入れたことを、そう、パラレル感覚で。




 *  *  *  *

「じゃ、さゆ。いろいろ教えてやってな」

そう言ってリーダーに引き渡されたのは、どことなく冷たい目をした少女。
いろいろ教える…って言っても、その子はなんでもそつなくこなしちゃう
仮に少し気になることがあっても、注意が入ってるのか入ってないのかわからない

なんで私なんだろ…
 あの子の方が戦闘で役に立つのに
なんで聞いてくれないんだろ
 私がいろいろちゃんと出来ないから?

表面上は何も、問題の無い私達。
でも、きっと心の溝はみるみる広がっていった。
それと共に私の眉毛はストレスでどんどん無くなっていって…
まさか、促進の力を自分の眉に使うとは思ってなかった

重い気持ちは圧力となって、体外に呼気として吐き出された
さゆみは、みんなに相談した。
自分は教育係なんて不向きじゃないか、どうすればいいかって

それが、見えない圧力となって、小春ちゃんを苦しめていると、知らずに



ある夜の出撃。
忘れもしない。その日、自分には疲れからくる油断があった。
気付いた時には、もう敵が目の前にいて…
回復の仕事を任された自分がしなければならないのは、回避なのに。

自分の前に躍り出たのは、小春ちゃん。私にはなくても、小春ちゃんなら十分に余裕があった。
それなのに彼女は電撃を帯びたその手を、直前で止めた。
誰の目に見ても明らか、それはわざとだった。
敵の刃が、彼女の体をなぞる。持ち主から、零れ、離れていく、赤い液体。

よろめく彼女を抱きとめて、気付く。彼女がうっすらと微笑んでいたことに。


怪我は軽いものだった。
自分が受けていたら、どうなっていたかは、わからなかったけど。

「小春。話がある」
ガキさんへの目配せの後、彼女を呼び出そうとする愛ちゃん。

このまま、任せてしまいたい。そうも思った。
でも、あの微笑み。あれを見たのは、自分だけ。

「愛ちゃん、さゆみに任せて下さい」
その言葉に一番驚いたのは、さゆみ自身だったけど…



ソファに寝転がる小春ちゃんと、隙間に浅く腰掛けるさゆみ
地球上の酸素が重みを増したような、沈黙。その沈黙を破ったのは、小春ちゃんだった。

「すみません、道重さんの回復、一回体験してみたかったんです」
なんなの、それ。すごく身勝手。
それじゃまるで、さゆみの力への興味で…怪我したっていうの?
さゆみが、どんな気持ちで回復してるか。どんな気持ちでこの力を使ってるか。

「っ…!」
気付けば、小春ちゃんの上に乗って襟元を掴んで引き寄せていた。自分には到底似合わない行為。

やっぱりこの子のことなんか、全然わからない。わかりたくもない。
へらへらへら…それは許せる。でも、これだけは許せない。
命を軽がるしく扱う人間は許せない。それが自分の命でも、人のものでも。

「痛いです、道重さん。」
出来うる限り睨みつける。出来うる限り、力をこめる。

「ええと…小春、道重さんに回復してもらったら、もう少し近づけるかと思ってました」
やめとけば良かったですね。痛かったですし。ははは…
その言葉に、さゆみのなかの怒りが消えていくのがわかる。

「道重さん、私のこと嫌いなのかなって。」
あ、小春、誰かが自分をキライならキライで良かったんですよ、今まで。
でもあの時、道重さんがピンチなの見て、迷わず体が動いた。
そんな自分が嬉しかった。そしたらどうしても、試したくなった。



「道重さん、小春回復してくれるのかなって」
命、命は大事です。痛いのも負けるのもホントに嫌い。
けど、なんでだろう。どうしても、試したくなったんです。

「小春、思ってたより道重さんが好きみたいで。近付きたくて」
馬鹿なことしました。みんなに心配かけました。
道重さんにも…嫌われました。やーこんなの言い訳ですよね。ははは…

端正な顔立ちに張り付いた笑顔―どうしてそんな顔をする?
自分はこう結論付けてた、心の無い、自由人だから。けど、ホントは真逆。
心があるから、この笑顔で、心をを傷つけるものから、隠そうとした。
孤独を知らないんじゃない。痛みがわからないんじゃない。
わかるから、わかり過ぎるから、笑顔の仮面を貼り付けてた。

「アホやろ、小春ちゃん!そんな気の引き方しか、わからんの?」
「アホじゃないで…な、なんで、道重さんが泣くんですか?」

思い起こす、教育係をした数ヶ月間
ただ、自分に必死で、仮面の下の大切なものが何も見えていなかった
さゆみ、全部、小春ちゃんのせいにしてた。

「これは涙じゃない……」

頬をなぞるそれが、小春ちゃんの仮面を消せば良いと思った。
さゆみの彼女への偏見という名の棘を、そぎ落とせば良いと思った。

 もう一度始めさせて、小春ちゃん さゆみは、教育係失格なの




「道重さん、聞いてますかー?」
ここのパパンケーキおいしー!なんて叫ぶ彼女を上手いことあしらいながら、
さゆみはガラスに映る自分たちを見つめる

あの日から、自分は教育係をやめた。
さゆみ、そういうのやっぱ向いてないみたいだから

その代わり、ある役職を貰った
「道重さんは、小春の友達一号なんですからねー。自信もって下さいね」
結構暗い台詞なのに、彼女が言うとなんだか楽しい。
しかしなんでこんな偉そうなんだ。

「はいはい。さゆみ明日一限からだから、もう帰るね」
友達の事情は汲むべきなんだよ、小春ちゃん
教育係でなく、人生の先輩としてのアドバイス。

友達としてきっちり割り勘して店を出た。
私は先輩としておごる。小春ちゃんは社会人としておごる。
ふたつが打ち消しあったと考えても面白い。

小春もこの後撮影なんで帰ります。
何気なくそう言われて、気付かないフリをしてエールを送った

なぁんや、小春ちゃん。
撮影の合間に、さゆみがリゾナントから帰る頃を見計らって出てきたんやね




自由人のくせして、こういうところはかわいすぎる。
太ったとか、話つまんないとか、毛穴見せろだのいろいろ腹も立つんだけど、
小春ちゃんなりにさゆみに近付こうとしてくれてるんだよね

最初、近付き方を間違えて傷つけあった私達
でも、あの体験があったから、いまのさゆみたちの関係がある
教育係なんて言って、実はさゆみの方が成長した気がする

相変わらず小春ちゃんは何考えてるのかわからない。
最初より、もっと酷い部分もある。
でもそれでもいい。
繋がりたい、その気持ちがあるのはわかってて
その気持ちだけで、自分たちは繋がってるって確信できる。
何度だって、やり直せるんだ。


見えなくなった小春ちゃんの背中を
仲間のいる月に託して、
私はやっと帰路についた。


その距離がいくら離れても、私達は繋がっている。
何よりも強く。




















最終更新:2012年11月24日 15:54