(11)324 『蒼の共鳴-綻んでいく絆 前編3-』

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早く、1秒でも早く。
絵里から連絡を受けたさゆみは、大学からタクシーで病院へと直行する。
病院に着く頃には、タクシーの料金計に表示された金額は4000円を超えていた。
タクシーに乗ることは滅多にないが、まさか自分がドラマのようにお釣りはいいですと言うことになるなんて。
お世辞にも速そうには見えないフォームで、さゆみは走り出す。

正面玄関を駆け抜け、エレベーター前に行くも。
なかなか来る気配がないことに苛立ったさゆみは、勢いよく階段を駆け上がっていく。
ジュンジュンとリンリンが入院している階と同じ階の突き当たりの個室に居る、と。
絵里からのメールには書かれていた。

心臓がバクバク音を立てているのが内耳に聞こえて、うるさい。
あぁ、何で自分の足はもっと思うように動いてくれないのだろう。
悔しくて、情けなくて。
それでも必死に駆け上がり、里沙の居る個室を目指して走る。

看護師さんの走らないでくださいという声が聞こえても、減速なんて出来ない。
走らずにいられるわけがなかった、仲間が倒れたというのに。
突き当たりの部屋の前に着いたさゆみは、勢いよくドアを開けた。


「ガキさん!」

「ちょ、さゆ、静かにして」


絵里の普段滅多に聞くことが出来ない低く鋭い声に、さゆみは慌てて口を閉じる。
呼吸を整えながら、さゆみは里沙の寝ているベッドに視線を移した。
意識が戻ったのか、ジュンジュンとリンリンが泣きそうな顔でベッドの側に立っている。
それとは逆の方に、絵里が唇を噛みしめながら立っていた。
悔しそうな顔のまま、絵里が口を開く。


「ガキさん、ここ数日まともに寝てないしご飯も殆ど食べてなかったみたい。
看護師さんから聞いたんだけど、ガキさん夕方からさゆや絵里が来る時間まで
ずっと付き添ってたんだって…それを3日間も。
絵里達に見つからないように朝早めの時間に帰って、そこから会社行って、
また夕方になったら来て。…本当、ガキさんって馬鹿だよね」

「絵里、そんなこと言っちゃ」

「言うよ、だって絵里、今すごく怒ってる。
絵里達ってそんなに頼りないわけ?
1人でこんな無茶して、挙げ句倒れて。
何でこんな風になる前に一言何か言うってことをしてくれないわけ」

「絵里、もういいから。
分かったから、落ち着こう、ね?」


さゆみは、そっと絵里の隣に立って絵里の肩をしっかりと抱き寄せる。
触れた肩から伝わってくる、絵里の悔しさと悲しさにさゆみも唇を噛みしめた。
絵里の肩を抱きながら、さゆみは視線を里沙の顔へと移す。
目元にうっすらと出来た隈、青白い顔、血の気の引いた唇。

絵里に落ち着けと言ったのは自分なのに、悔しくて悲しくて胸がキリキリと痛む。
どうしてこんな風になるまで、何も言ってくれなかったのか。
絵里にしてもさゆみにしても、泊まり込んで付き添いしようと思えばすることが出来る環境なのに。
それを知ってるくせに、何故何も言わずに1人で抱え込んだのだろう。

目の前の里沙は、起きた時にその問いに答えてくれるのだろうか。

―――答える気がなくても、聞くつもりだった。


重苦しい沈黙が流れる室内に、1人また1人と連絡を受けたリゾナンター達が駆けつける。
制服姿の小春と愛佳、リゾナントを閉めて駆けつけたのであろう、ウエイター姿の愛とれいな。
数日ぶりに皆揃ったというのに。
里沙だけが1人、深い眠りの中にいた。


「昨日帰る時にタクシーに乗って帰ってたから気づかなかったけど、
あの後、ガキさんひょっとしたら病院に戻ったのかもしれん」

「で、今朝は絵里に勘づかれないようにわざわざ、
一旦病院を後にしてから合流したってわけね。
全く、里沙ちゃんの考えてることは分からんわ」

「愛佳には、何で新垣さんが1人でそこまでするのか分からへん。
意識が戻らんって言うても、外傷はない状態なんやから
夜の付き添い時は別に寝ててもええんちゃうって思う。
新垣さんのせいで2人が大怪我したって言うなら、眠れへん気持ちも分かるけど」


愛佳のその言葉に、れいなの心が微かに震えたのが分かる。
れいな、絵里、そしてさゆみ。
ジュンジュンとリンリン、小春と愛佳のように3人は共鳴の相性が良い者同士。
他の人には分からないくらいの心の震えも、絵里とさゆみには伝わった。

今の愛佳の言葉の何に反応したのか分からないが、れいなの心はずっと微かに震え続けている。
多分、誰にも聞かせたくないのだろう。
一生懸命、れいなが自分の心の動揺を抑えようとしているのが手に取るように分かって。
さゆみは、絵里とれいなの手を取ってドアの方に歩き出す、心の中で3人にしか分からない声をかけながら。


(れーな、絵里、悪いけどちょっと付き合って)

(ちょ、さゆ、いきなり何?)

(いいから、れーなもいいよね?っていうか嫌でも引っ張っていくけど)

(…よかよ、さゆ。絵里もさゆも、聞こえたっちゃろ、れーなの心の声)


愛の、何処に行くのという問いかけに。
ちょっと絵里と、自分の頭を冷やしに行ってきますとだけ答えて。
さゆみは2人を連れて、とりあえず屋上の方に向かう。
誰もいないことを祈りながら、重い足取りで3人は階段を上っていった。

 * * *

運よく、屋上には誰もいなかった。
誰か来ても話が聞こえないように、さゆみは絵里とれいなをそのまま隅の方にと連れて行く。
結界を張ればいいのかもしれないが、それだと他のリゾナンター達に何かあったのかと思われてしまう。

ここでいいか、とさゆみは足を止め。
2人もまた、足を止める。
さゆみが駆けつけた時には降り注いでいた日差しは、灰色の雲に遮られて届かない。
れいなの方を振り返って、さゆみは声をかける。


「れーな、さっき、みっつぃーの言葉に反応してたけど。
何でそうなったのか聞かせてくれる?」

「それ、絵里も不思議だった。
別にみっつぃー、変なこと言ってないと思うんだけど」


2人の言葉に、れいなは一瞬躊躇ったような表情を見せる。
おそらく、口に出していいのかどうか判断に困るようなことなのだろう。
れいなが口を開くのを、絵里とさゆみは黙って待つ。
迷った末に言うことに決めたのか、れいなは表情を消して口を開いた。


「確証があることじゃないから、絵里とさゆだけに話す。
ガキさん…うちらに何か隠してることがあるかもしれんって思うと。
昨日、ガキさんリゾナントに鍵を忘れて出ていったっちゃ。
それに気付いたけん、れーな、ガキさんに鍵を届けるために追いかけたと。
そん時、ガキさん、誰かと電話で話してたんだけど…」


言葉を途中で切り、れいなは再び考え込む。
普段、思ったことはズバズバと言うれいながここまで躊躇うことは滅多にない。
そのことに、さゆみと絵里は重大な何かをれいなが言おうとしてるのだと思った。
黙っていても仕方ないと思ったのか、れいなは口を開く。


「そん時のガキさん、普通じゃなかった。
仕事の話だってガキさん言ってたけど、あんな怒り方普通しないって思うくらい。
それに、ちょっと気にかかる言葉も聞こえたと。
やりすぎだの、次の調査だの…気にする程の言葉でもないかもしれんけど、
何か引っかかると、れーなの勘がずっとおかしいおかしいってれーなに言ってると。
意識が戻らないことを除いては無傷な2人の付き添いを寝ずにしてたのも
すごい引っかかる、あれじゃまるで、あの2人があんな風に傷ついたのがガキさんのせいに思えてしまうと」


「…れーなの話とガキさんの行動を考えると、確かにちょっとおかしいかも。
別にガキさんのせいでも何でもなく戦いで傷ついただけなんだから、
1人で寝ないで付き添う理由なんてないよね。
他の子達は別として、絵里とさゆみは夜の付き添いが出来ないわけじゃないの、
ガキさんだって知ってると思うし」

「…れーなじゃないけど、絵里も今日、ちょっとおかしいなって思うことがあったよ。
ジュンジュンとリンリン起こす為にガキさんが精神干渉の能力使うから、絵里が結界張ったんだけど。
その時にさ、ガキさんがさ、絵里のこと褒めたんだよね。
ただ褒められただけなら、絵里、単純だから笑ってそこで終わってたと思う。
だけど、ガキさんさ、すごい切なそうな顔して笑ってたんだ。
おかしいよね、褒めるのにそんな切なそうな顔で言うことなんてないのに」


口々に思う点を言い合って、3人は黙り込む。
ちょっとおかしいなと思う点があって、何かおかしいなと思ってしまう行動をされて。
疑いたくないのに、里沙には皆に言えない何かあるのではないかと疑ってしまいそうになる心。
それを振り払うように、れいなは頭をブンブンと振って口を開いた。


「今のところ何の確証もないけん、
このことは3人だけの秘密にすると。
よかよね、2人とも」

「もちろん、っていうか、考えすぎなのかもしれないしね、絵里達が」

「そうだね、確かにちょっとおかしいなって思うけど、
でも、ガキさん、仲間思いの優しい人だし、気のせいだよ、きっと」

「そうそう、ガキさんに限って何かあるわけないと」


そう言いながらも、3人の心に一度広がった疑問は消えない。
無言のまま、3人は屋上を後にする。
3人が立ち去ったのを見計らったかのように、空から細い雨が降り出した。
細い雨は数分もしないうちに、滝のような雨へと変わる。


―――ただの思い過ごしであればいい、そう思う3人の願いを洗い流すかのような雨だった。




















最終更新:2012年11月24日 16:17