(11)343 『共鳴者~Darker than Darkness~ -4-』

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「まこっちゃんのお母さんは元気だった?」

外へ出ると、さも当然といった風情で横に立つ白衣姿があった。
応える必要はないとばかりに、高橋はそのまま歩き去る。

「そろそろ悪の組織のアジトへ案内しようと思うんだけど」

気にした風もなく横並ぶ紺野は、そんなことを申し出てきた。
わざとらしい。
背後の気配に気づいていてそうしているのは明白だ。
なら、覚悟を決めた身として自らもそれに乗じるのみ。

「そうやね。あーしも悪の組織の一員になったからには、それが当然やね」

意識して声を張り上げて、高橋は返答した。
気づかれていないつもりだったのか、背後の気配に動揺があった。
出てくるか否か躊躇しているようでもある。
ここまで膳立ててやったからには、
もう一押ししてやるのが先達としての責務か。

「尾行のつもりなら悪いけど、用があるならさっさと出てき」
「まあ複線尾行にしても、そもそもその人数はどうかと思うけど?」

二人の指摘に応じ、曲がり角から気まずそうに現れる人影はぞろぞろと八つ。
その表情からして流石に、状況は飲み込めているらしい。
おおかた上がつけていた常駐の張り込みから先日の一件が伝わったのだろう。
紺野を例に挙げるまでもなく、
共鳴者の中から反乱分子が現れるのは取り立てて珍しいケースではない。
当然といえば当然の措置だった。


「愛、ちゃん。今のって……。」
「聞いた通りやよ。あーしが民間人を殺した件も伝わっとるやろ?」
「………本当、なんですね」

先んじて問いかけて来たのが田中で、今のは道重だ。
こちらからすれば当然黙ったままの新垣は置いておく。
二人は先輩として自らが出るべきだと判断したのか。
どうやらその程度の自覚は芽生えているようだ。
それなら、今日を限りにリーダーを辞する決意も鈍らせず済む。

「間違いなく本当。だから、やるなら本気で来た方がええよ」

忠告はそれで終わり。
目の前の空間を歪め、一瞬で田中の背後へと跳躍する。
訓練の成果はよく出ている。
昨日までの仲間による奇襲に、しかし田中は反射的な動作でその拳を受け切った。

「待…っ」
「断る」

次ぐ一撃はあらぬ方向へ。
全体重を籠めて放った高橋の蹴りは、田中の頭部から遥か離れた中空に消えている。
瞬間、悲鳴。
おもむろに中空から現れた高橋の爪先は、光井の頚部を容赦なく屠りその意識を刈り取っている。


「田中サン、離れテ!」

動揺は共に過ごした期間の長さに比例するのか。
流石に新人たる中国人の二人は明確な敵意を前に、すでに臨戦態勢にある。
ミシリと木霊したのは、李純の骨格が軋む音だった。
衣服もろとも皮膚を裂き剛毛が溢れ出し、筋肉がみるみる内に隆起していく。
夕刻の住宅街。
その最中に出現したのは獰猛な白熊猫。
李純の獣化能力(セリアンスロピィ)、攻撃に特化した異能のひとつ。
パンダと言えば温和な印象を抱きがちだが、
その実はあくまでも熊の一種なのだと実感させられる。

「愛ちゃーん? 手助けいるー?」
「ハ、冗談やろ」

紺野の呼びかけを一笑に伏し、高橋は自身の異能をもまた剥き出した。
白熊猫が分厚く鋭い鉤爪を突き出す。
自身の頭部を軽く貫き、握り潰すであろうその爪を、
―――高橋はこともなげにへし折った。

「ガァアアアアアッ」

瞬間移動(テレポート)。
移動に限ると思われがちな能力だが、その真価は空間の制御にこそ存在する。
瞬間移動など、高橋愛の一部にすぎない。
空間とはこの現界の基盤であり万物の存在の媒体だ。
それを制御できるということは、すなわち万物を制御できることをも意味しうる。
空間上にいる人間の腕を捻じ切ることも、
巨大な肉食獣の爪をその硬度を度外視してへし折ることすら造作もない。


「ジュンジュン!」

悲鳴とも憎悪ともつかない声は銭琳。
放たれる業火。
明瞭な敵意を籠めて放たれた赤々とした発火能力は、しかし秒と保たず霧散した。
照準は的確だった。
発熱温度も人体をひとつ消し炭に変ずるに足る十分なものだった。
だが炎とは所詮、酸素が物体と結びつくという減少が激しく行われ、光と熱を放ち燃焼と呼ばれるに至ったに過ぎない現象だ。
突如として高橋愛の前面に表出した空間の僅かな断層。
ナノ単位の、本当にわずかな隙間でしかなかった。
しかし、その隙間に空気は、酸素は存在しない。
酸素が存在しない以上、燃焼という現象もまたその存在を保てない。
同時に熱を媒介する空気が存在しないことで、熱の余波によるダメージすら高橋には届かなかった。
銭琳の攻撃はその一瞬で無力化された。

「高橋、サンッ!」

本国でいかなる訓練を受けてきたのか、
銭琳の攻撃方針は再建が早く、瞬時に念動力によるそれへと切り替えられた。
サイコキネシス。
精神力による物理への干渉。
彼女のそれならば的確に高橋愛一人の人体に照準を絞ってその体躯を捻じ曲げることも簡単だろう。
精神力の物理エネルギーへの変換は異界を介して行われるため、現界の空間に断層を作る程度では防ぎようがない。
だが、彼女達の仲間であり上司でもある高橋はそれらの情報を誰よりもよく理解している。
敵の照準が自身に集うより速く、高橋は銭琳の眼前に空間跳躍しその細い顎を掌底で薙ぐように一撃を見舞った。
脳を揺さぶられ、脳震盪を起こした彼女は立つことも保てず地面に背中を打ちつける。
どんな強力な火器も発射以前に狙撃手を倒せば無力に等しい。要はそれだけだ。


――結局は、それで最後だった。

銃火器を持たない戦闘、すなわち純粋な能力のみの戦闘において、高橋を除いた最強は今の中国人二人だ。
その彼女らを、高橋は息ひとつ乱すことなく文字通り一瞬で下して見せた。
残った彼女たちが数や意地で埋めることのできる格差ではない。
それを認識できるだけの良識も彼女達は持ち合わせている。
全くの次元違い。
隠されていた高橋の真価を前に、残りの面々はなす術もなくその敗北を突きつけられた。

「五番目(フィフス)」

割って入った新垣の声には、どこか彼女らを気遣うような気配すらあった。
それほどまでに、高橋との実力差の壁を目の当たりにした彼女らの動揺は大きく見えたのだろう。

「それが私たち同期の桜が受けた計画の通称。
 要するに人体実験だよ。人権? 自由? 
 そんなものこのオカルトな国家権力の前には無意味な概念だと認めた方が話は早いね」

話を次いだのは紺野だ。講義は彼女の得意分野である。
新垣が紺野と示し合わせたような発言をしたことに驚きを示す者はいない。
もう、それだけの動揺の余地はすでに奪われている。

「結果から言えば、同期の一人の命と寿命を犠牲に、私たち3人は絶壁の能力を得た。
 愛ちゃんの空間制御。ガキさんの洗脳能力。 
 使い方次第で国家をひとつ転覆させることも夢ではない異能」


だから、君たちがそれほど自信を失うことはない。
そもそものスタート地点が違ったのだ。
ドーピングを行った相手は正道ではない。
正道ではない相手と競い合ったところで意味はないのだと。
言い聞かせ、慰めるような声音でありながら、――紺野はハッキリと彼女らにとどめの釘を打っていた。
叶わないし敵わないから諦めろ。
貴様等は無力だ。
立ち向かおうというその意思すらすでにおこがましい。
だからそのまま、我々より少しでも長い寿命を享受し、ありがたみ、そこで止まっていればいい。
かつての仲間をそれ以上傷つけられるのは忍びなかった。
高橋は紺野を遮るように、告げる。

「ひとつ、約束する。あーしは裏切るけど、みんなを不幸にはしない」

必ず、共鳴者に取って理想の世の中を創造してみせる。

「だから、しばらくはリゾナンターとしてみんなだけで頑張って。
 あーしは、共鳴者としてみんなのために頑張るから」

それが高橋の決意だった。それだけが高橋の全てだった。


「ごめんみんな。ありがとう。さようなら」

最期にそれだけ言い残し、高橋は新垣と紺野を連れその場を後にした。
残された彼女たちの中、顔を上げその背を見つめることのできる者は誰一人いなかった。





















最終更新:2012年11月24日 16:20