(11)935 『共鳴者~Darker than Darkness~ -6-』

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結論として、正面から紺野の計画を論破することが最も効果的であると高橋は判断した。
そして今、紺野の私室兼執務室である個室を訪れた高橋は
その紺野あさ美と対峙している。

「なにか大事な用があるってことらしいけど、なにかな愛ちゃん?」

紺野の余裕ある態度に揺らぎはない。
当然ではある。彼女はまだ知らないのだから。

「その話の前に、薬を貰っとこうと思っての」
「あら。後から渡すつもりだったのに。お見通しとは意外だね」

珍しく表情を崩し、紺野は執務机の引き出しを漁りピルケースを取り出した。
手渡されたそれを軽く掌に振ると、中から薄い桃色に着色された錠剤が転がり出てくる。
政府と離別した今、この錠剤なくして高橋の延命はありえない。

「寿命が短いんはお互い様やしの。
 更に言えばアンタのことやし、厚労省よりよっぽどマシなもん作っとるって期待もあった」
「……しばらく見ない間にずいぶん賢く、狡猾になったもんだね愛ちゃん。
 いや、味方になってくれた今では喜ばしいことだけど」

事実として、紺野特製の錠剤は政府によるものより延命効果は大きいそうだ。
ベースは新垣を通して入手した政府製品ではあるそうだが、
あらゆる知識と閃きを機械との共鳴により我が物とする紺野だ。
厚生労働省のごく一部の研究チームの頭脳を凌駕した改良も容易いということだろう。
だがその紺野も今、高橋の変化に僅かながら動揺している。


「用件に入ろか。単刀直入に、今アンタが持ってるこの先の計画の詳細を聞いておきたい」
「それはもちろん……構わないけど。すぐ話すつもりだったし」

かすかな狼狽を隠しきれないまでも、紺野はその詳細を語り出した。
端的に言えば大規模なテロ計画。
今やダークネスの情報基盤やネットワークは世界規模に至っている。
アルカイダを始めとする中東系のテロ組織とも連携を確約し、
911など比較にならない世界同時多発テロを実現する準備が整いつつあるのだ。
荒唐無稽な夢物語にも聞こえるが、その中心にいるのが紺野あさ美であるなら話は別だ。
目的の第一は各国政府機能の麻痺。
その機に乗じ、日本国内に新たな独立政権を樹立し、共鳴者とその親族を除いた全人類を駆逐する。
つまりは虐殺による人類への復讐。
自分たちを、小川麻琴を貶めた人間という種族に対する復讐劇だった。
紺野の情報網は連携する他の組織は無論のこと、
彼らが対峙する政府当局の対テロ構想に至るまで完璧に網羅している。
どれだけ荒唐無稽であろうと、各種のイレギュラーな事態に応じたケースバイケースの対応策を含め、
紺野の計画はどこまでも果てしなく緻密に構成されている。
十二分に実現可能なレベル。
否、間違いなく実現するであろうレベルの完璧な計画だった。
各国の首長が万が一耳にすれば青ざめて自殺を決意しかねないレベルの計画案。
その凄まじい計画を、――高橋は一言で切り捨てた。

「駄目やね」
「………どういう意味かな?」


流石の紺野も不快げな表情を隠さず出した。
これだけの計画。これだけの規模。
更には米国の国防総省の内部にまで証拠を残さずクラッキングし、情報を盗み出して立てた計画案。
それを"高橋愛ごとき"に一笑されて不快感を覚えぬ筈がない。

「単純な事実や、あさ美。アンタの計画は確かに完璧やけど、それは現時点で完璧に見えるに過ぎない」
「想定外のイレギュラーのことを言ってるの?
 なら心外だな。こっちはそのイレギュラーすら完璧に想定して計画に組み込んである。
 もちろんそれぞれの対応策も含めて――」
「それでもや」
「……っ」
「ハッキリ言って、アンタは人類っちゅーもんを過小評価しすぎとる。
 この計画なら確かに政府機能は麻痺する。独立政権の樹立も簡単やろ。
 けど、それでもこの計画は詰めが甘いんよ」

バタフライ・エフェクトという言葉がある。
「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」
「アマゾンを舞う1匹の蝶の羽ばたきが、遠く離れたシカゴに大雨を降らせる」
カオス理論を端的に表現した思考実験で、
「カオスな系では、初期条件のわずかな差が時間とともに拡大して、結果に大きな違いをもたらす」
ということを意味する。
日本風に言えば「風が吹けば桶屋が儲かる」とほぼ同義。
つまり、思わぬ条件が様々な課程を経て思わぬ結果をもたらす、ということだ。
現存のスーパーコンピュータを何台並列演算させたところで完璧な気象や自然災害の予知が
不可能であるのと同様、思いもよらぬ不確定要素は必ず存在する。


「あーしの考えに寄るなら、そこまで成功しても人類の虐殺には至らん。
 もちろん、あーしにも全てを予見できる訳やないけどな。
 それでもこれだけは言い切れる。
 アンタの計画が生み出すのは"人類と共鳴者との戦争"っちゅー結果だけや」

そしてそれは、高橋が理想とする共鳴者に取っての社会ではない。
むしろ共鳴者の立場をより悪くする暴挙だ。
仮に、最終的に共鳴者の側が勝つのだとしても、
それまでに流れる共鳴者の血は如何ほどか。
更に言えば、その結果が出るまで高橋たち「五番目(フィフス)」の寿命は待ってはくれないだろう。
自身で結果を見届けられぬ計画など、ただ無責任なだけだ。

「なるほど。確かにその危惧は抱いてしかるべきだけど。
 わからないな。どうして愛ちゃんにそんなことが言い切れるのか」

"並列演算(パラレルコンピューティング)"
文字通り人類最高峰の頭脳を持つ紺野をして予測不能な結果を、
どうして高橋愛という空間制御能力者が予見して否定できるのか。
その根拠は。
答えは単純にして明瞭だった。

「簡単や。あーしの演算能力が、アンタのそれを上回ってるってだけの話や」

紺野の表情は一瞬だけ笑みを象り、しかしそれはすぐに崩れ、
真剣なものを経て、屈辱のようなものを描き出した。


「待って。それはまさか。つまり愛ちゃんは」
「ああ。あーしは空間制御能力者であると同時に、精神感応能力者でもあるからの」

"精神感応(テレパシー)"
人間の思考や心理を識別する能力。
本来はそれだけの筈だった。
だが、「五番目(フィフス)」の被験者である高橋愛に置いて、
その能力はそれだけに留まらない。
人間の思考や心理にアクセスできるということはつまり、
人間の脳という演算装置にアクセス可能であることをも意味する。
普段取り立てて意識されることは少ないが、人間の脳の処理能力は凄まじい。
脳細胞はひとつにつき、1000から10万の他の脳細胞と結合している。
脳細胞が一人の脳で100億個あるとして、その結合数は100億×1000~10万、
合計で10テラから1000テラの結合が在る計算になる。
これを無機的な外部装置で再現しようとした場合、1000テラフロップスのシステムが必要になるだろう。
世界最速のIBM社製スーパーコンピュータ『ブルージーン』の最大演算回数360テラフロップスの実に3倍近い。

「あさ美が同時に共鳴できる機械の最大数は3つやったな。
 あーしが同時に共鳴できる脳の最大数も同じく3つや。
 アンタが世界最高峰のスーパーコンピュータを駆使して演算しても、
 あーしが他人の脳を使って行う演算には遠く及ばんのよ」

そしてその演算の結果が、紺野の計画に対する高橋の評価だった。


無論、人間の脳は不安定なものであり特に知識、記憶面について任意に保存できる容量は
無機的な外部装置に比ぶるべくもない。
だから全ての面で高橋が紺野を上回るということではない。
それでも、同じ情報を共有し演算処理を競った場合、
より正確なのは高橋愛であるというのが揺ぎ無い事実だった。

「結論から言おうか。あーしはアンタの計画に賛同できん。
 ただ、アンタが今まで組み立てて来た組織を下地に別の計画を提案することはできる」

高橋はその計画内容を紺野に語った。
それは人類への復讐という紺野や新垣の悲願を盛り込んだものであり、
同時に共鳴者の理想社会を作り上げるという高橋の目的をも達成するものだった。

「は。あはは! すごい! すごく面白いよ愛ちゃん!
 やっぱり君をこちらに引きこんで正解だった!
 完敗だ! 完璧に負けたよ! あははははは!」

紺野は笑った。あまりのことに笑った。
ひとしきり笑い終えた後、彼女は唇を引き結び、言った。

「忠誠を誓おう、愛ちゃん。貴女は私が仕えるに相応しい主だ」

ひざまずき、高橋の手を取り口付ける。
体面上、これからも組織の首領は紺野が請け負うことになるだろう。
だがこれからはそれも形式上の話。

こうして、紺野あさ美は高橋愛の軍門に下った。
復讐の時は、近い。




















最終更新:2012年11月24日 19:32