(12)282 『蒼の共鳴-裁きの時-』

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「リゾナントはいいの、愛ちゃん?」

「あぁ、臨時休業にしたし。それよか、里沙ちゃん。
何があったん?」

「何が、って?」

「ここのところ、調子よくなさそうにしとったけど。
眠れない理由でもあった?」


静かな個室に、里沙と愛の声はよく響いた。
音楽を奏でるような機器はなく、テレビはコンセント自体が抜かれている。
白いシーツが目に眩しいくらい、外から差し込む夕日。

少し眠ったおかげか、里沙の顔色は若干よくなっている。
上半身を起こし、穏やかな眼差しを浮かべている里沙に愛はため息をついた。
眠れない理由を聞いて素直に答えるような可愛い人なら、何の苦労もないのだ。

余りキツいことを皆に言えない愛の代わりに、しっかりと皆に喝を入れたり。
口下手で上手いこと皆を励ましてあげれない愛の代わりに、いつも里沙がフォローを入れていた。
見た目はしっかり者で、優しくもあり厳しくもあるリゾナンターのお母さん的存在。

だが、愛と2人で居る時の里沙は。
頑固で生真面目で、思っていることをけして素直に語ろうとはしない。

―――そう、彼女は出会った時から何一つ変わってなどいなかった。



初めて出会った時、愛はダークネスが街に放った能力者と戦闘していた。
対峙した能力者自体は、今思えば大したことのないレベル。
だが、愛の能力の1つである瞬間移動と精神感応を封じられ、愛は思ったように戦えない。
このままじゃジリ貧だと、消耗していく体力に焦りを感じていた。

その瞬間を狙ったかのように、相手の放った念動波が愛の太ももにヒットする。
流れる血、そして足を封じられては思うようには動けない。
3つ使える能力のうち、メインで使っている能力を封じられた愛。


(どうしたら…一か八かで光使いの能力で攻撃してみる?
でも、あれはチャージに時間がかかるし…あいつを5秒でいいから止めれたら…!
あぁ、でも止める手段がない…どうしたらいい?)


焦る愛の表情をニヤニヤと笑いながら、相手はゆっくりと愛に歩み寄る。
心の中で思わず、誰か助けてと叫んだその時。

相手の動きを封じるピアノ線。
そして、愛の耳に届く凛とした声。


『早く今のうちにトドメ刺して。
こういうのは苦手だから長時間持たないし』


その声に、愛は素早く相手にトドメの光線を放った。
声がした方を振り返ると、そこに立っていたのは黄緑色のオーラを体から放つ小さな女性。
それが、里沙だった。

ありがとうと声をかける愛に、
あの程度の相手に手こずって、それでダークネスと戦っていくつもりなのかと冷ややかな声で言った里沙。
何も言えずに唇を噛みしめる愛に、里沙はこう言った。

1人じゃキツいだろうから、助けてあげると。


たった1人だったリゾナンターが、2人になって。
何をしていけばいいのか分からない愛に、里沙はこう言った。

あたしは愛ちゃんの心の声を聴いてあの場に引き寄せられたの、多分あの声が聞こえる人間がどこかにいる。
その心の声が聞こえる人間はきっと、あたし達と一緒に戦ってくれるはず。

里沙の言葉に、愛は毎夜のように街を探し歩いた。

―――この心の声を聞くことの出来る、未だ見ぬ仲間を追い求めて。


思い返すと本当、色々あったなと苦笑いする愛。

気が強くて、ちょっとキツい物言いをしてしまうせいでよく里沙に窘められていたれいな。
病弱な上に気が弱くて、周りの顔色を窺ってばかりいた絵里。
優しくもあったが、人の話をまともに聞かずに鏡を見ていることも多かったさゆみ。

事ある毎に自己中心的な発言をして、周りの人間を苛立たせてばかりいた小春。
戦闘能力が使えないから、大して皆の役に立てないと自嘲していた愛佳。
自己中心的な発言をする小春と、いつも激しく対立していたジュンジュン。
ひょうきんな態度で場を和ませながらも、時に冷たさを感じさせる発言をすることもあったリンリン。

いつバラバラになるか分からないような状態が、超能力者組織リゾナンターのスタートだった。
生まれた場所も、育った環境も全くバラバラの能力者達。
数えるのも馬鹿馬鹿しいくらい、くだらないことですぐに衝突しては険悪な雰囲気になった。
バラバラの9人を繋ぐのはこの、「共鳴」と名付けた不思議な感覚のみ。

いつプチンッと音を立てて切れてもおかしくない、細く頼りない絆だった。
ダークネスとの戦いを繰り返す日々の中で。
少しずつ少しずつ、その絆が太くしっかりとしたものへと変わり。
今は皆をしっかりと繋ぐ、強く温かい絆へと変わったのだ。

そうやって少しずつ、リゾナンターが強く優しい想いを持って成長していく中。
愛は里沙の心の声が聞こえないことに気がつく。

いや、聞こえないわけではない。
聞こえて伝わってくるその声は、どこか無機的で生きている人間が出す心の声とは何かが違う声。
精神感応能力を持つ愛だからこそ、その声が自然な心の声ではないと気付くことができたのだ。

それでも、愛は里沙に対して何か言うことはなかった。
里沙が皆に対して本当の心を閉ざして接していたとしても、それは大きな影響を皆に及ぼすものではない。
誰にもそういう面は多かれ少なかれあるものだし、少なくともそれが本当の心の声でないなんてことが分かるのは愛ただ1人。

いつかは、里沙も心を完全に開いて。
そして9人で心の底から笑い合い、苦しみを分け合いながら戦っていけるだろうと。

―――そう信じていた愛の心は、つい先日呆気なく打ち砕かれた。


鍵を忘れていった里沙に、店から手を離せない愛はれいなへとその鍵を託す。
いそいそと店を片付けていた愛の心に聞こえた、里沙の怒気に満ちた声。

初めて聞いた、里沙の本心が放つ心の声。
里沙と共鳴の相性の良い愛だけに聞こえた、聞く者の心を激しく揺らす、怒りの声。


『あそこまで手ひどくジュンジュンとリンリンを傷つけなくても、
能力確認の仕事は充分できるでしょ!
何故あそこまであの子達を傷つけるの…一体何のために…』


聞こえてきた声の内容に、愛は思わず手にしていたグラスを床に落とす。
反射的に自分の心の声が誰にも漏れないように、心をしっかりとガードしても。
体が激しく震え、背筋を汗が伝っていく。


(そういうことやったんか、里沙ちゃん…)


里沙の心の声が聞こえない、その理由。
そして、今聞こえてきた激しい怒りの声。
里沙が本当の心の声を皆に聞こえないように、本心を隠していた理由。


―――新垣里沙は、ダークネスがリゾナンターへと放ったスパイ。


愛は、床に落ちたグラスの破片を片付け。
何事もなかったかのように、閉店作業を続ける。
様子が変だと、れいなに勘づかれるようなことがあってはならない。

そして、里沙がダークネスのスパイであること。
これも皆にはバレないようにしなければならない。

皆の動揺を考えると、黙っているのが一番よいことなのだと。
そう結論付けた愛は、唇を噛みしめて知ってしまった事実の重さをただただ耐える。

如何に自分が里沙のことを無条件に信じていたか、それを思い知らされるような心の痛み。
本当の心の声が聞こえない時点で、もう少し何かあるのではと考えるべきだったのだ。
仲間である人間に本心を見せない、それは仲間である人間に知られたくない何かがあるから。

それがきっと、仲間には話せないような辛いことなのかもしれないと。
そう思って問い質すことをしなかった、愛の優しさは。
目に見えない心切り裂く刃となって、愛の心に返ってきた。

物思いに耽る愛を、里沙の声が呼び戻す。


「しかし、本当色んなことがあったよね」

「何、急に」

「いや、何か振り返ってみて色々あったなぁって思うから。
愛ちゃんだってそう思うでしょ?」

「まぁ、確かにね」


穏やかな目をしている里沙の本心は、やはり愛には見えない。
だが、本心が見えなくても。
その目に浮かぶ光の中に、寂しさが浮かんでいることくらい気付く。

知ってしまった今も、愛は里沙のことを嫌いになることは出来なかった。
仲間を裏切るスパイであったとしても、それでも嫌いになることが出来ない。

それは、あの心の声が激しい怒りに満ちたものであったから。
ただのスパイであるならあそこまで怒る必要などはない、
むしろ、よくやってくれたと心の中で快哉の声を上げる方が普通だろう。

仲間達の優しさに触れるうちに、里沙の中で何かが変わってきているのかもしれない。
最初は完全なスパイであった里沙の心に、リゾナンターに対する愛情のようなものが芽生えているのかもしれない。
今はまだ向こう側の人間かもしれないけれど、諦めずに里沙の心の扉を叩き続ければ。
そうしたらきっと、里沙は心の扉を開いて、真のリゾナンターになってくれる。

僅かな可能性だろう、ひょっとしたらあの時上げた心の怒声自体が演技かもしれない。
だけど、ねぇねぇ、だけど。

僅かながらでもその可能性があるのなら、それに賭けたい。
そう思うのは間違ったことなのだろうか。
心を少しずつ開きつつある里沙を信じたいと思うことは、愚かなことなのだろうか。


「最初は狂犬みたいだった田中っちも、随分落ち着いて愛ちゃんを冷静にサポート出来るようになったし。
何でもかんでも、出来ることすら出来ないって喚いてた亀も頑張り屋さんになったし。
鏡ばっか見て人の話なんてまともに聞いてなかったさゆは、頼れるお姉さんになってきたし。
小憎らしいなんて言葉じゃ全然足りないくらい生意気だった小春は、人との接し方を覚えて優しくなったし。
ネガティブの塊だったみっつぃーは、気がついたらすっかり一人前のリゾナンターになったし。
小春と喧嘩ばっかしてたジュンジュンも、いつの間にか大分穏やかな性格になったし。
たまーに冷たい言葉を言って場を凍らせてたリンリンは、すごく優しく笑うようになったし。
本当、人って言うのは変わるものだね」

「そうだね、変わるものだね。
…なぁ、里沙ちゃん。
あーしは、変わったかな?」

「愛ちゃんだって変わったよ。
最初の頃はどうしたらええんやざとか言って、いつもおろおろしてたけどさ。
今じゃ、皆をしっかりまとめる頼れるリーダーになったって思うよ」


普段の里沙からしたら饒舌過ぎると言ってもいいくらいだった。
皆のことを話す里沙の瞳は、何処までも穏やかで寂しい光を放つ。
まるで、もう思い残すことは何もないと言わんばかりの満ち足りた表情。
ただ、その瞳だけが言葉よりも雄弁に里沙の気持ちを伝えてくる。

その瞳を見ていたくなくて、愛は椅子から立ち上がると里沙を優しく抱きしめる。
その長い髪を優しく撫でてから、里沙の背中で自分の両腕を交差させる愛。


「里沙ちゃんも変わったよ、すごく。
いっつも怒ってばっかりで、皆に最初の頃は怖がられてたけどさ。
今じゃ、皆ガキさんガキさんって懐いてる」

「そうかな?」

「そうだよ、里沙ちゃん自身は何も変わってないつもりかもしれないけど。
でも、少しずつ皆が変わってきたように、里沙ちゃんだって変わってきてるんだよ」


里沙に言い聞かせるように、愛は言葉を紡いだ。
少しでも里沙の心が揺れればいい、少しでも里沙の心に届いて欲しい。
スパイとリゾナンターの狭間で揺れているのなら、こっち側に傾いてと。

そう祈りながら、愛は里沙の背に回した手に力を込める。
里沙は最初、その手に応えようとしなかったものの。
ゆっくりと、愛の背中に手を伸ばしていく。
もう少しで愛の背中にその両腕が回されようとした、その時だった。


「新垣さん、回診の時間ですよー。」


その声に弾かれるように離れる愛と里沙。
里沙の様子を見て、医師はこの調子なら明日にでも退院していいでしょうと笑い。
看護師は苦笑いしながら、新垣さんは無茶するから気をつけてあげてねと愛に言う。

医師達が去った後、部屋には沈黙が訪れた。
何か話すことをと思いながらも、話のネタが思い浮かばない。
無音に耐えきれなくなった愛は、テレビのコンセントを差し込む。
適当にチャンネルをザッピングしたものの、この時間はどの局もニュースしかやっていなかった。
ニュース番組ならどの局に合わせても一緒と、愛はザッピングする手を止める。

チャンネルをザッピングしながら思ったのは、こんなに長い時間を過ごしてきたというのに。
里沙がどんなテレビ番組を好むのか、そんな些細なことを知らなかったということ。
普段の会話にあがらなければ知らなくてもおかしくはないことなのに、その事実は愛を悲しくさせる。


「里沙ちゃん、何か食べたいものある?
よかったら買ってくるがし」

「うーん、甘いもの食べたいかも。
シュークリームとか、プリンとか」

「分かった、一杯買ってくる!」

「一杯って、あたし今そんな持ち合わせないんだけど」

「あーもう、病人は黙って寝てろ!
あーしの奢りやし、いちいちそんな細かいこと言うな。
そんなんじゃ、ただの過労でも入院が長引くわ」」


ちょっと乱暴な言い方になってしまったけど、この頑固で生真面目な人はこうでも言わないと引き下がらない。
テレビ番組の好みは知らないけど、里沙の扱い方なら誰よりも知っているつもりだ。
里沙が何か言うよりも早く、財布を持って愛は部屋を出て行った。


街の外れの方にある病院って、こういう時に不便だなと思いながら。
愛は記憶を頼りに、病院から一番近いコンビニへ足を進めていく。
本当なら、手作りのデザートでも作って食べさせてあげらればいいのだろうが。

一分一秒だって離れている時間が惜しい、心の底からそう想う。

饒舌過ぎるくらい饒舌になっていた里沙。
あの穏やかながらも寂しい光を宿す瞳。

始まりがあれば、いつか終わりが来る。
そう、彼女がいつまでもスパイとしてリゾナンターに留まるとは限らないのだ。

いつか、彼女はダークネスの元へと帰る日が来る。
それを阻止するたった1つの方法は、彼女の気持ちをリゾナンターへと完全に傾けてしまうこと。
気持ちが傾けば、彼女は真にリゾナンターの一員となり皆と共にダークネスと戦ってくれるだろう。
その日が来るまでに、少しでもいい、里沙の気持ちを揺らしてみせる。


病院から徒歩10分の距離にあったコンビニは、お世辞にも品揃えがいいとは言えなかった。
それでも、愛はプリンを3つとシュークリームを4個、自分の分のお弁当を購入する。
店員の愛想のなさに、客商売のくせに笑顔の1つもないのかとため息をつきながら。
コンビニを出て、愛は里沙が待つ病院へとダッシュする。


「ただいまって、あれ…」


急いで戻ってきたのに。
里沙はベッドの上で寝息を立てていた。
どこか幼く柔らかいその寝顔に、愛はフッと息をつく。


「いつもこんな風やったらええのにねぇ。
まぁ、そんな素直で可愛げがあったら苦労しないか」


小さく苦笑いして、愛は備え付けの冷蔵庫にデザートを仕舞い。
一人でもそもそと、さほど美味しくもないコンビニ弁当を食べる。
テレビのボリュームを下げて、のんびりゆっくりと食事する愛。
夕食にはまだ早い時間とは言えたが、話し相手は夢の中。

食べ終わったゴミを片付け、愛は窓の外を見つめる。
日は暮れて、辺りを宵闇が包み始めていた。
ダークネスが纏う闇とは違う、生命全てを柔らかく包み込む温かい闇。

この日くらいは、ダークネスの襲撃がないといいなと想う。
襲撃があれば、好む好まざるに関わらずここを離れて皆の元へと行かねばならない。
今日この日くらいは、里沙とゆっくり過ごさせて欲しい。
こんな風にゆっくりと里沙と過ごす時間が、後どれくらい残されているのか分からないのだから。


「新垣さん、晩ご飯ですよー…あら、寝てるのね」

「後であーしが片付けますから、そこに置いておいてください」

「あら、じゃあ、お任せするわね」


看護師が運んできた里沙の夕食に、愛は虫などが付かないようにと蠅帳をかぶせる。
面白いテレビもないし、仮眠でもしようと愛はテレビの電源を消す。
優しい顔で眠る里沙の手を握りしめて、ベッドの縁に頭を乗せて。
愛もゆっくりと、眠りの淵に己の身を沈めていった。


夢を見ていた。
柔らかい微笑みを浮かべる里沙、笑い合う皆。
温かくて、とても優しい時間。
夢だと分かっていても嬉しいと思いながら、愛はその夢を俯瞰する。

皆笑っていた、とてもいい顔で。
いつもこんな風に皆で楽しく笑いあえる未来を、この手で築き上げたい。
改めてそう想う愛の夢は、突然場面転換する。

涙を流しながら、里沙は精一杯笑顔を皆に向けていた。
その笑顔は悲しくて、ただただ愛の心をかき乱す。
やがて、里沙を包み込む闇色の光。
光が消えた後には、里沙はもう何処にもいなかった。
何度叫んでも、里沙が帰ってくることはない。


「…里沙ちゃん!」

「ちょ、何なのよいきなり!」

「あれ、あ、夢か…てか、暗い」

「暗いに決まってるでしょーが、もう消灯時間とっくに過ぎてるし。
まったく、愛ちゃんは…」


呆れたような声を出しながら、里沙は愛の頭に手を伸ばしそっと撫でる。
その手の感触が優しくて、愛は目を伏せた。
こんなに優しく、敵である愛の頭を撫でることが出来るのだ。
その優しさだけで彼女を信じるには充分だと、愛は半ば祈りにも似た感覚で想う。

里沙の枕元に置いてある時計を見て、愛はその時間に驚く。
時刻は夜の11時過ぎ、ゆうに4時間は寝ていた計算になる。
起きた里沙に夕食を食べさせるどころか、逆に頭を撫でられるような状態になるなんて。
そのことに、愛は里沙に慌ててごめんと言う。


「疲れてたんだからしょうがないでしょ、一々謝らないの。
ここのところ、ドタバタしたもんね」

「そうやね、でももう2人も落ち着いたし。
後は里沙ちゃんが元気になればリゾナンター全員集合やよ」

「そうだねぇ、本当皆には迷惑かけちゃったな」

「そう思うなら、ちゃんと人に頼りなさい里沙ちゃんは。
1人で毎晩寝ずの付き添い続けるからこうなったんだから」


愛の言葉に、里沙は小さく苦笑いすると。
何もやることないねぇ、テレビも付けれないしと言いながら愛の髪の毛を指で梳いた。
優しい月光が差し込む部屋に、静寂が訪れる。
無理矢理話を逸らされたと分かっても、そのことに対して愛は何も言わない。

ジュンジュンとリンリンが傷ついたのは、間接的には里沙のせいとも言えなくもなかった。
里沙が2人を気にかけて、毎晩寝ずの付き添いをしたのは…
それもまた、里沙がリゾナンターへと気持ちを傾かせている証拠だと言える。
里沙が気持ちを傾かせていないなら、そんなことは周りのリゾナンター達に任せていたに違いないから。

間に合うだろうか。
里沙の気持ちをリゾナンターに完全に傾けるより先に、彼女はリゾナンターを去ってしまうのではないか。

思い残すことは何もないと言わんばかりの顔で、皆のことを語った里沙。
その表情を例えるならば、やるべきことは全てやったから心残りはないと、旅立つ前に笑う旅人のようであり。
皆に全てを託したからこれで安心して逝けると笑う、余命幾ばくもない病人のようでもあった。

まだスパイとしての任務がそれなりの期間続くのなら、そんな表情を表に出す必要はないはず。
愛が想像している以上の早さで、里沙との別離の時が近づいているのかもしれない。


―――そんな愛の不安は、突如聞こえてきた3人のリゾナンター達の叫びによって決定的なものとなる。


3人は泣きながら叫んでいた、何故、あなたは…ガキさんは私達を裏切っているんですか、と。
聞こえる者の心を激しく揺さぶる強い叫びと、遠く離れた場所でも感じ取れるくらいの巨大なエネルギー反応。
これだけ強い叫びである、遠く離れていようと眠っていようとその声の内容ははっきりと全員に伝わっているはずだ。

里沙がスパイであることが、ついに皆に知れ渡る時がきたのだ。
愛だけがその秘密を知り、里沙の心を何とかリゾナンターに傾けようと決意したばかりなのに。
その決意は呆気なく、3人の悲しすぎる心の叫びによって打ち砕かれた。


「行ってきな、愛ちゃん」

「里沙ちゃん、でも…」

「でもじゃないでしょーが、あんたはリゾナンターのリーダーなんだよ!
あんたが行かないでどうすんのよ!」

「でも…」

「でもじゃない、行け!!!」


里沙の気迫に押されるように、愛は病室を飛び出す。
里沙は共鳴出来ないわけじゃない、だから…あの3人の心の声はしっかり聞こえていたことだろう。
スパイであると皆に知られてしまったスパイの末路は。

皆に糾弾されることだろう、ひょっとしたら感情の暴走の余り里沙を傷つける行動に走るメンバーもいるかもしれない。
例えそうならなくても、里沙はきっと…リゾナンターを去るだろう。
秘密を知られた以上、リゾナンターにいつまでも留まる理由はないのだから。

裁きの時が来る。
皆を裏切る里沙の末路は、余程の奇跡でも起きない限りは暗いものとなるに違いない。
だが、けして里沙1人を傷つけさせるものか。
誰よりも早く里沙がスパイであると気付きながらそれを隠していた自分も、里沙と共に裁かれるべきなのだ。

里沙の心を傾けることはもう出来ないだろう。
ならば、せめて。

共に傷つき、リゾナンターを共に去ること。
それが、里沙に対して唯一愛がしてあげられることだろう。
そんなこと、里沙はけして望みはしないだろうが。

3人の元へと走る愛に聞こえる、時を刻む時計の音。
それは、刻一刻と近づく、裁きの時を愛に教える音。

―――離れていても感じ取れる里沙の心の痛みと3人の心の痛みに涙を流しながら、愛は夜の街を駆け抜けた。




















最終更新:2012年11月24日 19:56