(13)404 『蒼の共鳴-人が奏でる終わらぬ旋律-』

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病院へと向かう愛達に、一本の電話が入る。
その番号は見慣れないものであったものの、何故か取らなければならない気がして。
立ち止まって、愛は携帯の通話ボタンを押す。


「もしもし」

「高橋さんですか、私朝日病院の看護師をしております○○です」

「え、あ、はい、お世話になっております」


この看護師さんには申し訳ないことをしたなと、昨夜の出来事を思い返しながら愛は苦笑いする。
愛の言葉を信用して夕食のことを任せただろうに、愛は夕食のことを忘れて仮眠というには少々長い時間寝ていたから。
しかも、その後愛は無断で病室を抜け出して帰ってこなかったのだ。
少々の小言を言われるのを覚悟した愛の耳に、思いもかけない言葉が届く。


「高橋さん、新垣さんが何処に行ったかご存じないですか?」

「へ、里沙ちゃんがどうかしたんですか?」


暢気な返事を返す愛の様子に、皆大した用事じゃないのだろうという顔になる。
だが、皆が安心した次の瞬間、愛は手に持っていた携帯を落とす。
愛の顔に浮かぶのは、紛れもない動揺だった。

携帯を落としたまま動きを止めてしまった愛の代わりに、
愛の隣を歩いていたれいなは素早く携帯を拾い上げて耳に押しつける。
聞こえてきた内容は、愛でなくとも動揺せずにはいられないものだった。

―――病院から、里沙が姿を消した。



通話を終え、れいなは何も言えずに呆然としている愛の代わりに電話の内容を皆に伝える。

今朝、看護師が見回りに行った時、里沙の部屋には鍵がかかっていた。
それを不審に思った看護師はマスターキーを使って部屋の鍵を開けたら。
付き添いの愛の姿はおろか、過労と睡眠不足で倒れて入院した里沙の姿が部屋の何処にも見あたらない。
それで、看護師は愛の携帯に連絡をかけてきたのだった。

あんな状態で、一体何処に行くというのだろう。
心労が重なって殆ど睡眠も食事も取っていなかった人間が、一晩で回復して動けるものなのか。
誰かが連れ出しでもしない限り、そんなことは普通なら出来ない。
看護師はそう思ったからこそ、昨晩付き添っていた愛に連絡を取ってきたのだ。

皆の心の声の一切が里沙には聞こえていたはず。
だから、里沙は皆の前に姿を現すことが出来るはずなのだ。
複雑な想いを抱えたメンバーもいるものの、少なくとも里沙にとって悪い空気は脱したのだから。

それなのに、里沙は病院を抜け出したきり行方知れず。
皆の胸に過ぎるのは、嫌な予感だった。

おぼつかない手つきで、れいなは愛の携帯を操作して里沙の番号を探し出して通話ボタンを押す。
れいなの耳に届いたのは、おかけになった電話は電波の届かないところにおられるか、
電源が入っていないためかかりませんという自動音声案内。
スウッと、れいなの背中に寒気が走る。

ちゃんと話がしたいのに。
何故里沙がスパイなのか、そしてこれからどうしたいのかと問いたいのに。
里沙は皆に衝撃を与えるだけ与えて、何も言わずに去ろうとしているのか。

それだけはさせない、させちゃいけない。
何も分からないまま、お互い分かり合うことのないまま関係が断ち切られることだけは何があっても許してはいけないのだ。


「…こうしてる場合じゃなかと、ガキさんを探さんと!」

「探すって、どうやって?
携帯繋がらないんでしょ?」


焦るれいなに、絵里は冷静な意見を返す。
だが、冷静な意見とは逆に、絵里の表情にもれいなと同じ、焦りが浮かんでいた。
携帯が繋がらないことにここまで焦るのは、誰一人として里沙の居場所に心当たりがないから。

嫌でも気付かされる、自分達は里沙のことを殆ど知らなかったということを。
里沙の自宅に行ったこともなければ、里沙がよく行くような場所も知らない。
一緒にどこかに出かけたりしたことはあっても、それは普通のお店ばかりで。

リゾナントにふらっと現れて、リゾナントから少し離れた大通りからいつもタクシーに乗って帰る。
里沙のはぐらかし方が上手すぎて、気付かなかった。

―――里沙は何一つとして、探すための手がかりになるような情報を皆に与えていない。


改めて、里沙はダークネスのスパイだったんだと思い知らされる八人。
だが、そのことに衝撃を受けている場合ではない。
里沙が、自分と皆を繋ぐ唯一の連絡手段を絶ったということは。
それはすなわち、里沙は皆に何も言わずにリゾナンターから去ろうとしているということなのだから。

分かっているのに、どうしたらいいのかと考え込む八人。
考えろ、絶対に何か里沙を見つける方法はあるはずだ。
焦る心に必死にそう言い聞かせながら、八人は里沙を見つける方法を模索する。


「…愛佳、一つ方法を思いついたんですけど。
でも、それをやるのはリスクが高すぎるかもしれへん」


愛佳の言葉に、皆は一斉に愛佳の方を見る。
その顔は、妙案を思いついたというような表情ではない。
むしろ、思いついたのはいいがそれを実行していいのだろうかという迷いが幼い顔に表れている。

皆の視線が、言葉よりも雄弁に愛佳に促している。
その方法を言ってほしい、と。
気が進まないが、言うしかないと覚悟を決めて愛佳は口を開く。


「高橋さんの精神感応能力、これを応用すれば見つけられるかもしれへん。
ただ、それで確実に新垣さんが見つかるというわけでもないし、
高橋さんだけじゃなくて、皆にも負担が大きすぎる」


愛佳の抽象的な言葉に、それまで茫然としていた愛が口を開く。


「…あーしの精神感応能力を皆の共鳴で最大限に増幅して、この街中の人間の心の声を拾い上げて。
その何千何万、下手したら何十万という心の声が渦巻く世界、そのどこかに必ず不自然な部分がある。
里沙ちゃんはあーしとはちょっと違うけど、精神系能力者。
心の声が聞こえないようにキツくガードしているか、あるいは普通の人があげないような不自然な声をあげているか。
この方法、確かにあーしにとってリスクが高すぎるし皆にも負担がかかる、でも」

「どうしても新垣さんを見つけるなら、これしか方法はないよ。
多分、携帯を新垣さんが持ち歩いているとしても、見つけ出せるわけない。
普通の携帯ならまだしも、ダークネスがスパイに持たせた携帯なんだから」


小春の冷静な声に、愛は首を一つ縦に振る。
普通の携帯なら、警察に駆け込めば何とかなるかもしれなかった。
だが、ダークネスが超能力者組織である以上、一般人が使うような携帯を持たせるわけがない。
普通に警察に駆け込んだとしても、おそらく思ったような展開は望めないだろう。

だが、愛佳の言った方法で探すということは。
愛の精神に多大なダメージが与えられるどころか、共鳴によって他の皆にも愛とほぼ同等の精神的ダメージが
与えられるということでもある。
ましてや、何万何十万という単位の人間のあらゆる声が渦巻く世界でたった一人の声を探すということは、
嫌でも長時間、その声の渦に心を晒すことになるのだ。

精神的ダメージも、肉体的ダメージもおそらく自分達が考えるよりも遙かに大きいだろう。
数日寝こむ程度で済めばいいが、下手したらその心の声の渦に自らの心をバラバラにされかねない。
その可能性があるからこそ、愛佳は言うことを躊躇ったのだ。
リスクの高さに対して、里沙を見つけられる可能性はごく僅か。
里沙を見つけ出すよりも先に、八人が全員潰れる可能性の方が遙かに高い。

皆の中に微かな迷いが生まれ、それは共鳴し増幅していく。
増幅していく迷いを断ち切るように、愛は口を開く。


「…それでも、里沙ちゃんを見つけるにはもうこの方法しかない。
なるべく皆にはダメージいかんように頑張るから、お願い、皆、力を貸して」


その言葉の切実さに、皆の中から迷いが少しずつ引いていく。
心が壊れてしまう可能性を考えると、怖さを断ち切ることはとても難しいけれど。
一番負担がかかるであろう愛の、切実な言葉。
そして、その想いは…痛いくらい伝わってくるから。

皆の心から迷いが消えるのと、愛が付いてきてと声を上げたのはほぼ同時。
走り出す愛の背中に遅れることなく、皆付いていく。


愛が皆を誘導したのは、人気のない廃ビルの屋上。
軽く息を吐きながら、愛は皆に指示を与える。


「まず、結界を張って、ダークネス側にうちらが何をしようとしてるのか分からんようにする」


その声を聴いたさゆみが、じゃあ私が結界張ると言って結界を張る。
鮮やかなピンクのオーラがさゆみの体から放たれ、程なく廃ビルは外界から遮断された世界となる。
それを確認した愛は、皆に集まってと声をかける。


「皆、手を繋いで。
で、あーしと手を繋ぐ人間は…体力的にも精神的にも余裕がある人間の方がええ」


その言葉に、愛の手を取ったのは小春と愛佳。
ジュンジュンとリンリンは先日意識が戻ったばかりだし、れいな、絵里、さゆみは先日の戦いで精神的疲労が溜まっている。
自然と、れいな、絵里、さゆみを愛から離す形で円陣が組まれた。
愛は皆の顔を見渡すと、静かに宣言する。


「心の準備が出来たら言って。
そしたら開始するから」


言い終えて、愛は目を伏せて集中を開始する。
一人一人、乱れそうになる心を落ち着かせていき。
全員の心が落ち着いたのを確認して、愛はじゃあ、いくよと声を上げた。


瞬間、今まで経験したことのない類の痛みが皆の心に渦巻く。
こんな世界を愛は感じていたというのか。
心に広がる世界は薄暗く、様々な感情が音となり、強弱やリズムを持って鳴り響いている。
この世界を支配するのは、人の心の声が奏でる雑音。
心地よい音も聞こえるが、それをかき消すほどの暗い音も聞こえる。


(あー、今日も疲れた、早く帰ってゆっくりしたいな)

(あいつマジムカつく…今度同じことしたらただじゃすまさん)

(お、あの子超可愛い、やりてー、今溜まってるんだよなぁ、あぁ、畜生、やりてー)

(あー、早く会いたいな、今頃電車乗ってるのかな?それとも、まだ駅に着いてないかな?)

(もう駄目だ、死ぬしかない…)


あらゆる声が重なることなく、同時に響きながら新たな声となって更に続いていく。
終わることのない旋律に、愛以外の七人は戸惑いを隠せない。
まともにこの音の奔流に心を傾けていたら、そのうち自分の心に狂いが生じるだろう。

だが、この音の奔流からたった一人の人間が奏でる音を探し出さねばならない。
あるいは、音がまるでしないような一点を見つけ出す必要がある。

自然と、皆繋ぎ合う手に力を込め。
この流れに心が攫われてしまわぬよう、歯を食いしばりながら皆力を放出し続ける。
皆の力を受け、愛はひたすらにこの雑音を聴き分け続けて。

辺りが夕闇に染まり、もうこれ以上続けたら愛も皆も心が崩壊しそうになるかと思われた頃。

―――雑音渦巻く世界の、小さな小さな綻びをようやく愛は見つけた。




















最終更新:2012年11月25日 15:23