(13)445 『共鳴者~Darker than Darkness~ -8-』

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小川麻琴という名前の少女がいた。

「わたしは…正義の味方になりたい、かな」

内心の照れを隠すように俯いた彼女を、ひどく愛しいと感じたのを覚えている。
喫茶リゾナントの店員となって数ヶ月。場所は自衛隊駐屯地敷地内にある訓練場
の宿舎だった。新人研修の名を借りた訓練はすでに四日目を終え、恒例となった
夜の雑談の最中。話題に上ったのは「何故"リゾナンター"となることを決めたの
か」という、他愛ない、それでいてとても無難なそれだった。
高橋は自分や新垣、紺野がその話題にどんな回答をしたのか今となっては想い出せない。
後に被験した計画がそのすべてを打ち砕いたからだ。
それでも尚、彼女の言葉やその時の仕草だけは鮮明に思い出せる。
それは彼女が後に死亡した感傷から来たものではない。
被験後も彼女だけは、その願望を抱き続けていたのを知っているからだ。

正義の味方。悪しきを挫き弱きを救う、
英雄と呼ばれ数多くのメディアで今なお取り上げられる存在。
その定義に則ればリゾナンターは紛いなく正義の味方だ。
異界に現れる"闇"という悪を挫き、異界に取り残された弱者を救済する役目を負った英雄。


だが誰もが言うように、理想と現実とは乖離している。
具体例を挙げよう。高橋たちが研修を終えて間もなく、
異界が当時の防衛庁と特に折り合いの悪かった外務省の管轄する建物に発生した事案がある。
異界は人間の思念と何らかの共鳴を見せているらしく、都心部に発生率の高いものだ。
だから都心に居を構えるその場所に異界が発生したことそれ自体は不自然でもなんでもなかった。
問題なのはその異界の処理過程だ。
当時は久住や光井のような異界を予見可能な能力者が
喫茶リゾナント内にはなく、異界発生の連絡は防衛庁を介して通達された。
だが、その日は異界発生から報告までには普段の約3倍の時間がかかっていた。
更には後方支援部の弾薬供給が"事故"や"手違い"によって極端に遅れ、
喫茶リゾナント、黎明の作戦行動は普段の数十倍は後手に回らざるを得なかった。
彼女達が現場に到着した頃には既に異界の侵食は激しく、
人を喰らい強大化した"闇"の処理にも、
当時最強の名を欲しいままにしていた後藤真希がいなければ相当に時間を食ったことだろう。
そうして、その建物内にいた外務省職員には"不運にも"多数の死傷者が出て、事案は終結を迎えた。

もちろん、当時の高橋達は組織の構造やセクショナリズムに
ついてはっきりとは判っていなかったが、それでも上の方に何らかの思惑があっ
たことは肌で感じ取ることが出来た。
小川もそれは同様だった筈だ。


詰まる所、正義の味方だなんだと言っても所詮彼女達は上の思惑に従うしかない存在だった。
例え上の思惑が働かなかった場合でも、異界発生から後手に回って処理するしか
能のない彼女達には救えなかった命がいくらでもある。
やはり小川も、それを同様に経験していた筈だ。
筈なのに、それでも尚、彼女の理想が折れることは無かった。

正義の味方になって、一人でも大勢の人を救いたい。
無垢で、純粋で、理想論でしかない綺麗ごとの願望を、
彼女はそんな現実を直視して尚、抱き続けた。

―― そうして、実験の日はやって来た。

高橋達4人は他のメンバーに比較して、極端に共鳴能力の質が悪かった。
名目上はその改善を目指した臨床試験。
実体は厚生労働省の研究チームが兼ねてより実行してみたがっていた人体実験だ。
その存在が公にされていない以上、共鳴者には半ば人権がない。
倫理的な批判など表立って唱える者は誰一人いなかった。
逃げようとすればすぐに捕まり、被験を強要されることは目に見えていた。だか
ら高橋達も抵抗は一切諦めていた。
しかし小川麻琴、彼女だけは少し違った。そのあまりにも非人道的な実験を、
間違いなく自らの寿命を縮めるであろう暴挙を、彼女はそれでもどこか受け入れていた。
薬を打たれ、頭蓋を切開して脳をいじられ、
身体中に二度と消えない手術痕を刻まれてすら、彼女が揺らぐことはない。



――力が、欲しかったよ……愛ちゃ――

被験から三日が経ったその日、彼女は最期にそう漏らして、高橋の腕の中で事切れた。
あの瞬間のことを、高橋は彼女のその言葉と、
彼女のその消えていく温もりの実感しか覚えていない。
周囲では新垣や紺野の怒号が飛び交っていたような気もするし、
職員達の慌てふためいた息遣いが近くにあった気もする。
しかしその時、高橋の周囲の音声は消失していた。

世界には高橋と彼女しかいなかった。

誰かを救うには力が必要だ。正義の味方には力が前提だ。
ゆえに、彼女は強大な力を望んだ。
最期までその理想を胸に抱き続け、
しかしその理想を叶えることもできず、彼女は無念を残しこの世を去った。

――れなも、正義の味方になりたいんですよ――

高橋達にとって最初の後輩が出来た頃。
いつか、小川麻琴と彼女が話しているのを聞いた覚えがある。


二人は似ていた。理想を胸に抱き、それを叶えるための力を欲していた。
高橋が紺野や新垣と共に喫茶リゾナントを去らなかったのは、
もしかするとそのせいなのかもしれない。
小川麻琴の叶えられなかった理想を、自分が代わりに叶えてやれたら。
小川の死の真相すら知ることもなく、
未だ同じ理想を胸に戦っている少女を少しでも支えてやれたら。

そして高橋は残り、ひたすらに戦い続けた。
身体に限界の来た幾人もの先輩達が異動の名目で第一線を退き、
気がつくとリーダーという役職を得ていた。
決して表に出すことはしなかった強大すぎる自身の力に身体を蝕まれ、
やがてあの代行者の寄越す薬に頼るしかなくなった。
紺野の誘いは何度もあった。それでもそれを断り続けたのは、
やはり小川麻琴の理想がまだ胸の内に残っていたからだ。
自分は彼女に代わって力を得た。
なら、その自分が、一番親しかった自分が彼女の理想を叶えてやれないなんて嘘だと、
高橋は自分に言い聞かせた。

けれど、高橋は気づいてしまった。
自分や幾多の仲間達が犠牲になって守護し続けてきたこの世界に、そんな価値な
ど無いことを。人間は、自分の全てを犠牲にしてまで救う価値のある生物などで
はないことを。


結局、胸の内に最後に燻ったのはどうしようもない人間への憎悪だった。
自分を、友を、仲間をひたすら犠牲にして、救っているのは顔も知らない有象無
象だ。幾ら守護しても彼らは勝手に殺し合うし、幾ら従順でいても彼らはより多
くを上から見下すように求めてくる。
誰に感謝されることも、その存在を認められることすらなく、
ただ戦って傷ついて、仲間の屍を踏みつけてまた戦って。
その繰り返しの果てに、その繰り返しは無価値だとハッキリ気づいてしまった。

気づいて尚も、しばらくはまだ戦い続けた。迷っていた。小川麻琴ならきっと誰
の感謝も認識も求めない。ただ絶倫の自己犠牲を繰り返すのが小川麻琴だ。その
ことを胸に、戦い続けて果てていくのも悪くはないのだと、借り物の理想にすがり続けた。

 ごめんなさい……ただれいなも強く、なりたくて…っ、けど、
 そんな、悲しそうな顔させたくて言ったわけやなくて……っ

迷い続けた挙句、最後には彼女のその一言が高橋の背を押す形になった。あまり
にも小川麻琴に似た彼女。悲しい顔をさせたくなかったと涙した彼女。きっとい
つか、小川のように不運な死を遂げる筈の彼女。
それを守ろうと誓った。誰からだ。人間からだ。


だから、高橋愛は人間を辞めることにした。
共鳴者として、人類の敵として、ただ彼らの無知に復讐を果そうと決意した。
例え小川麻琴の理想に反する行為であっても。
高橋は結局小川麻琴にはなれないのだ。
有象無象の人間など何人死のうが殺そうが知ったことではない。
それが高橋愛の本質だ。
高橋自身の願望も、他にできてしまった。
ただ顔も、名前も。色んな表情を知っているあの仲間達を守ろうと、そう決意した。

もう、それだけが高橋に残されたすべてだった。




















最終更新:2012年11月25日 15:34