(13)475 『蒼の共鳴-突きつけられた絶望-』

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「見つけた…小春、場所を念写して!」


愛の鋭い声に、小春は必死に力を絞り出して愛が見つけた不自然な部分を念写していく。
10時間近く愛の隣で何十万もの人の感情の渦に心を晒していた小春。
今の小春はもう、静電気すら起こせない程に疲弊していた。

顔が真っ青になっている小春に、同じように顔を真っ青にしている他の皆も自分の残りの力全てを注ぎ込む。
皆、今までにないくらいのギリギリのラインに立っていた。
今ダークネスに襲撃されたら、傷一つ負わせること叶わずに全員殺されてしまうに違いない。
それでも、この念写だけは成功させねばならなかった。
念写が出来なかったらこの10時間近くが全て水泡と化す、声がする場所が何処かまでは愛では特定出来ないから。

絶対に念写仕切ってやる、その想いだけで小春は必死に歯を食いしばってその場所を写していった。
念写した画像だけでこれから里沙を探し出さねばならない。
より正確に、少しでもその場所を特定しやすいように。
小春が膝をついたのと同時に、小春の手に現れた一枚の写真。


「…これ、街外れの工場地帯だと思う。
○○会社の倉庫とかあるし」

「行ってみるしかないね、本当、ガキさんもうちょっと探しやすい場所にいてよ…」


絵里とさゆみの会話に、少しだけ皆の心に元気が沸いてくる。
工場地帯のどの辺にいるかまでは分からないから、着いたら皆で手分けして探し回る必要があった。
だが、そんなことはどうでもいい。
そこに里沙がいるとわかった以上、後は里沙が見つかるまでひたすら探し回るだけ。


「走って行ってたんじゃ、その間に新垣さん移動しちゃうかもしれないし…
皆、今からタクシー呼びますからこれ使ってください」


ゆっくりと立ち上がった小春は、ポケットから数枚の紙束を取り出す。
その紙束を受け取った愛とれいなは、こんな時だと言うのに思わずさすが芸能人と呟いた。
小春が愛とれいなに渡したのは、一万円分のタクシークーポン券の束。
これだけの金額分があれば、普通に工場地帯まで行って帰ってこれるだろう。
今まで見たことのないクーポン券をひらひらさせながら見ている愛達を横目に、
小春は慣れた口調でタクシー会社に電話した。


「…とりあえず、このビルから出ましょう。
近くのコンビニ前に二台お願いしておいたんで何分か待てば来ると思います」


小春の声に弾かれるように、さゆみが結界を解く。
結界が解かれたのと同時に、小春はスタスタと歩き出して。
その背中に、慌てて他の皆も付いていく。

コンビニ前に付いて、数分。
街でよく見かける緑色のタクシーが二台到着した。
愛の方とれいなの方と、二手に分かれて乗車して。

―――タクシーは街外れの工場地帯を目指して、走り出した。


 * * *


街灯以外、暗闇を照らす灯りがない工場地帯前に到着した八人。
辺りの工場はいくつかは稼働している工場もあるものの、それ以外の工場は暗く不気味な雰囲気だった。



「さすがに広いっちゃ…固まって探してたら何時間かかるか分からんと」

「バラバラに別れて探そう、見つけたら共鳴で呼べばいいし」


愛の一言で、皆バラバラに別れて走り出す。
精神的にも肉体的にも限界寸前の八人を突き動かすのは、里沙を見つけたいという想い。

こんな不気味な場所に来て、里沙は何をしているというのだろう。
ひょっとして、里沙は何者かにここに連れ去られたのか。
だが、その可能性は限りなくゼロに近いことは分かる。

里沙がスパイではなく、純粋にリゾナンターだとしたらダークネスが連れ去ったと考えられなくもなかった。
しかし、里沙はダークネスのスパイ。
自分の意思でここに来たと考える方が自然と言えた、何故こんな場所にという疑問はあったが。

工場の人間や警備員に見つからないように探し回るというのが、これほど大変なことだとは。
時に物陰に身を潜めて人が通り過ぎるまで待ち、人の気配がなくなったのを見計らってまた捜索へと戻る。
八人の服装は誰かに見られたら間違いなく不審に思われても仕方のない、普通の服装。
工場で働いているような人の服装でない以上、見つかった日には通報されてもおかしくない。

思うように探せず、時間だけが過ぎていく状態に。
焦りばかりが募っていく。
お願いだから、聞こえているのなら返事を返して欲しいという声に応える声はなく。

―――里沙が失踪したと連絡があってから、既に15時間近く時間が過ぎていた。


何とか誰にも見つからずに工場地帯の端の方まで辿り着いた愛の目が見たものは。
静かに月を見上げる小さな背中。
その寂しげな背中に声をかける前に、愛は皆に見つけたよという声を届ける。
皆に声をかけたことに気付いているだろうに、里沙は愛の方に視線を向けようとはしない。


「…よく見つけたね」


視線を向けることのないまま、微かに震える声をあげる里沙。
心の声が聞こえなくても伝わってくる。
何故探しに来たのかという想いが込められた言葉に、愛は思わず声を荒げる。


「全部聞こえとるくせに、そんな言い方すんな!
里沙ちゃんに会いたい、会ってちゃんと話をしたいっていう声聞こえとったやろ。
なのに、何で」

「話すことなんて何もないよ、あたしはダークネスのスパイ。
何であたしがスパイをやっているのか、そんなこと聞いても何にも変わらないよ。
だって、あたしはスパイなんだから」

「変わらないなんてことない!
何も知らんまま、何も分からんままじゃあーし達は何処にも進めん」


里沙ちゃんはスパイなだけやない、大切なあーし達の仲間でもあるんだよという愛の声が、
後から全速力で駆けつけた七人の耳に届く。
八人が揃うのを待っていたかのように、里沙はようやく愛達が居る方向に体を向けた。

無表情で皆を見つめてくる里沙。
それなのに、何故こんなに胸を締め付けられるのだろう。
一歩足を里沙の方へと踏み出した愛を、里沙は視線で拒絶する。
痺れを切らしたれいなが、里沙へと声をかけた。


「ガキさん、ちゃんと言ってくれんと分からんと。
スパイをやっている理由とか、これからどうしたいって思ってるのか言ってくれんと。
皆のことかき乱すだけかき乱して姿を消すなんて、れーなはそんなの認めないから」

「認めるとか認めないとか、そういうこと言われてもあたしは何も言うつもりはないよ。
別にいいでしょ、あたしはダークネスのスパイでリゾナンターの敵の一人。
敵がどんな事情を持ってこういうことをしていたのか知ったところで、何も変わらない。
許して欲しいとかそういうことも言うつもりもないし、任務が完了したから帰る、それだけのこと。
もうそれでいいでしょ、何も変わらないのに話をしたって無駄なんだから」

「新垣さんはあたし達に優しくしてくれました、色んなことも教えてくれました。
あたしはその優しさを今でも信じたいって思うから、だから、いかないでください。
 …言ってくれたじゃないですか、どこにもいかないって」


小春の言葉に、里沙は小さく薄笑いを浮かべる。
言葉よりも遙かに、その表情は語っていた。
スパイと知ってそんなことを言うとか頭がおかしいんじゃないの、そう言わんばかりの笑い方。
その表情に、せり上がってくる涙を堪える小春。
目尻から頬へと、涙が筋を描いた瞬間だった。


「…探したぜ、新垣」


その低めの声に、里沙の体が大きく震え。
愛を除いた七人は、驚愕の表情を浮かべて声がする方に体を向ける。
黒のロングコートに黒のレザーパンツ、黒のブーツ。
月明かりに照らされた短い金髪、端正な顔立ち。


「…何でお前がここにおると!」

「昨日、絵里とれいなとさゆの三人の攻撃で倒したはずなのに…」

「あの攻撃を受けて生きてるはずがないのに、何で…」


れいな、絵里、さゆみが口々に発した言葉に返事を返すことなく。
金髪の女性は悠然とした足取りで里沙の隣に歩み寄った。
女性が現れた途端、八人の心に微かに伝わってくる恐怖に震えた聞き慣れない声。
その声が里沙の心から放たれていると分かった瞬間、八人は一斉に女性目がけて飛びかかる。


「組織からの支給品ぶっ壊してどこに行ったのかと思ったら、こんなところに居やがって」


その声が九人の耳を震わせたのと、飛びかかろうとした八人が地面に崩れ落ちたのはほぼ同時だった。
鳩尾、横腹、頭…一発当たれば動きを止めるのには充分すぎる箇所全てに叩き込まれた、重過ぎる蹴りと正拳。
ほんの数秒足らずの間に、女性は八人全員にそれだけの攻撃を叩き込んだのだった。

その強さに、皆の心は激しく震える。
今まで対峙してきた相手は、傷つけられたりすることがありながらも自分達の力で倒してこれたレベルだった。
だが、目の前の相手は今までの相手とは明らかに格が違う。

確かに自分達の状態は万全には程遠かった。
いつもの自分達なら、傷の一つくらいは負わせられたのかもしれないなんて。
それは甘すぎる考えであり驕りであると言わんばかりに、女性から放たれる闇色のオーラは巨大なドーム状と化して
工場地帯を覆い、空間を激しく歪ませている。
本能が告げていた―――例え強く共鳴したとしてもこいつには勝てないと。


「お前達には感謝してるよ、お前達がムチャクチャな方法でこいつの居場所を突き止めてくれたおかげで、
何とか約束の時間にこいつを連れて帰れる。
結界を張って、何をやってるか分からないようにしたつもりだったんだろうけどな…
お前達のデータは完全に把握している、ほんの微弱な力だろうともこっちは確実にその力がどこから放たれているのか、
何をしようとしているのかを知ることが出来るんだよ、あたし達ダークネスはお前達がやっているような
お遊びの組織ごっこじゃないからな」


立ち上がることが出来ずにいる八人に一瞥をくれると。
女性は俯く里沙の方に視線を向ける。
激しく体を震わせ、けして女性の方を見ようとはしない里沙。
ため息をつきながら、女性はこっちを向かせようと震える里沙の肩に手をかけようとしたその時。


「里沙ちゃんに」

「「「ガキさんに」」」

「「新垣さんに」」

「「新垣サンに」」


「「「「「「「「触るな!!!!!!!!」」」」」」」」


叫び声と共に、八人は再び女性へと飛びかかる。
先程よりもさらに重い蹴りと正拳に、骨がミシミシと軋む音が折れた感覚と共にそれぞれの内耳に届いて。
一瞬にして、再び八人は地面へと崩れ落ちることとなった。
それでも、八人は女性の方に懸命に手を伸ばす。


里沙を絶対に連れ帰らせてなるものか、その一心だけで苦痛に顔を歪めながら手を伸ばす八人。
ボスに怒られるだろうけど、こいつら始末するかな、うぜぇしという女性の独り言に。
里沙はついに己の心のガードを完全に解いて、女性へと叫ぶ。


「帰りますから!
お願いですから、皆にこれ以上ひどいことしないで!
お願…い…しま…す…」


言葉以上にその想いは傷ついた八人の心を貫く。
里沙の心から溢れ出す想いは、八人に涙を零させるのには充分すぎる程強い。

やっと、本当に心と心が繋がったというのに。
それなのに、どうして離れ離れにならなければならないのか。
悔しくて悲しくて涙が止まらない八人の元へと駆け寄り、里沙は皆の体を起こしていく。

里沙の頬を濡らす涙を止めたいのに、止めることが出来ない悲しみが。
自分達にもっと力があったなら、里沙を連れ帰らせることはないのにという悔しさが。
里沙の想いとぐちゃぐちゃに混ざり合って、涙という目に見える形になって溢れ続ける。

女性はその一部始終を、感情の宿らない瞳で見つめていた。
里沙が全員を起こし終わったのを見計らい、女性は里沙の背中に声をかける。


「…新垣、先に帰ってお前を強制転移するように指示しておくわ。ったく、最初から強制転移で連れ戻せばいいのに、
わざわざあたしにこんな胸くそ悪ぃことさせやがって…あの女」


そう言って、女性はスッとこの場から消える。
消える前に小さく呟いた一言は、里沙の耳に届くことなくかき消えた。


「ごめん、あたしのせいで一杯傷ついちゃったね…
あの人が迎えに来ると分かってたら、こんな風にならないようにしたのに…」

「もう謝らんでええ、謝ってもらっても、どんなことしても…もう、過ぎた時間は戻らん…」


里沙の肩に縋り付くように寄りかかりながら、愛はしっかりと里沙の手を握る。
苦痛に顔を歪めながら、他の七人も里沙の側へと必死ににじり寄って。
涙を流しながら、里沙を囲むように地面に座り込む。


「…スパイをやっていた理由、だっけ。
今更聞いてもしょうがないかもしれないけど、話すよ」


そう言って、里沙は今までのことを簡潔に話す。

本当はスパイをやるつもりはなかったけれど、自分の命の恩人を人質に取られてやむなくその命令を受けたこと。
最初の頃は皆のことを何とも思っていなかったけれど、いつの間にか皆のことを大切な仲間だと思うようになったこと。
だけど、人質を取られている以上リゾナンターに寝返ることはどうしてもできないということ。


「本当はね、バレた時に皆の記憶を消して回ろうかと思った。
でも、どうしても出来なかった。
そうしてあげた方が皆楽になるって頭では分かってたけど…でも、ね」


皆にあたしのことを忘れて欲しくなかった、そう言って涙を零す里沙。
責めることが出来るわけがない、自分が里沙と同じ立場におかれたとして。
そうすることが出来るかと言われたら、否であるから。


その心の弱さを誰が責められるというのだろうか。
自分の記憶も書き換えて消すことが出来るのならともかく、里沙の能力の洗脳は自分自身には行使できない。
何もなかったように皆が暮らしている中で、自身はけして消すことの出来ない記憶に囚われ続ける。
その苦痛を思えば、里沙がそうすることが出来ない気持ちは分かりすぎるくらい分かるから。

以前里沙が言っていた言葉が、皆の心に過ぎる。
自分のこの能力が嫌いだと、自嘲していた里沙の姿。
例え皆のためと思っても、忌み嫌う自分の能力を大切な仲間に使うことが出来ないその弱さが愛しくて悲しくて。


人の命を犠牲にしてまで自分達の手を取ろうとはしないその優しさが。
里沙が今まで皆に向けてきた優しさが真実であることを、何よりもしっかりと裏付ける。
スパイとして活動し、皆を欺き続けていたことは紛れもない事実。
だが、その際に皆に向けてきた想いの数々に偽りがないということだけで充分だった。

―――新垣里沙はダークネスのスパイ、だけど間違いなくリゾナンターである。


里沙は、愛を一回キツく抱きしめた後。
一旦愛を引きはがして、同じように今度はれいなを抱きしめる。
れいなが終われば絵里、絵里が終わればさゆみ、さゆみが終われば小春。
小春の後は愛佳、愛佳の後はジュンジュン、ジュンジュンの後はリンリンと。

その行為が、もう残り時間が僅かであることを言葉を超えて伝えている。
里沙を離すまいと、皆は里沙を囲んでその体に手を伸ばした。
その温もりが嬉しくて悲しすぎて、涙が頬を伝う里沙。

本当は離れたくなかった、ずっと一緒にいたかった。
だけど、あの人の命を犠牲にしてまでこの手を取ってしまうことはどうしても出来ない。
あの人に出会ったからこそ、こうして皆に出会えたのだから。
一つ息を大きく吐いて、里沙は己の想いを皆に伝える。


「田中っち、愛ちゃんのこと頼んだよ、愛ちゃんまだまだ頼りないところあるから。
カメ、そのままのカメが大好きだよ、これからも皆のこと癒してあげて。
さゆ、カメのことしっかり支えてあげてね、まだまだカメ弱いところもあるから。
小春、本当に強くなったね、その力で皆のことしっかり守るんだよ。
みっつぃー、会った頃と比べると本当に心が強くなったよね、これからも皆を導いてあげてね。
ジュンジュン、愛ちゃんの次にお姉さんなんだから、皆の面倒頼んだよ。
リンリン、いつも元気がない時に笑わせてくれてありがとう、これからも皆が元気ない時は頼んだよ。
 …愛ちゃん、愛ちゃんにはこんなに頼れる皆がいるんだから、あたしがいなくてもしっかり頑張るんだよ」


里沙の言葉に、ただただ首を縦に振ることしか出来ない八人。
辺りに闇の気配が漂い始め、やがて闇が里沙の体にゆっくりとまとわりつく。
無駄だと頭では分かっていても、八人は里沙の体を離すまいとしっかりと伸ばして触れている手に力を込めた。

里沙にまとわりつく闇が、徐々に濃くなっていく。
消える間際に、里沙は一生懸命泣きながらも笑顔を作って。


「皆今までありがとう。
…さよなら」


悲しすぎる笑顔と悲しすぎる言葉を残して、里沙は闇に包まれて―――消えた。





伸ばしていた手が虚空を掴む。
確かに今まで触れていたその温もりは、掴んだ手の中でゆっくりと消え去った。
もう、何処を見渡しても里沙の姿は見えない。
その温もりも、もう感じることは出来ない。












「「「「「「「「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!」」」」」」」」












―――八人の絶叫が暗闇を突き破るように辺りに木霊した。






















最終更新:2012年11月25日 15:36