(14)471 『魔法なんていらない -2-』

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眠れる筈など無いと思っていたのに、いつのまにか眠っていた
人間として当然の生理的欲求なのだが、そのことすら腹立たしい
睡眠が脳の働きを復旧させたのか、いろんなイメージが湧いてくるが、そのどれもが不吉なものばかりだ

懲罰室のドアが静かに開いたのを感じた
里沙は身を硬くした
施設の職員が巡回にでも来たのだろうか
眠っている振りをすることにした
誰かが近づいてくる気配がする

この感じ、この空気、この香り…
これは、と思ったらその人が跪き、声をかけてきた

「里沙ちゃん」
――安倍さん、と答えようとしたが、出てくるのは嗚咽ばかり
「辛い目に遭ったんだね、ゴメンね」
――いいえ、私は辛くありません、ただ私のともだちが
「そうか、里沙ちゃんにも友達ができたんだね…
よし、会いに行こうか」

口で話さないのに、心で語った事が伝わっていく
この人なら、愛ちゃんを助けてくれるはず
涙を啜り上げながら、安倍なつみの差し出す手を握り、立ち上がった

「ところで、安倍さんどうやってこの部屋を開けたんですか」
「どうやってって、ここの人に開けてってお願いしたら開けてくれたんだ」
「ええっ」


安倍なつみの存在がこの施設の運営母体である『M。』の中でも別格であるという知識は、里沙も持っている
でも問題を起こし、懲罰室へ入れられた自分にこうも容易く会いに来れるほど、『M。』という組織は統制が緩い
とは思えない
そもそも手首の通信機という事自体が、怪しげなのだが既にそのことは受け容れてしまっている

以前、安倍なつみの”力”に関して、あさ美と話したことがあるのを思い出した
武装したテロリストが立てこもる建物に非武装で乗り込み、犠牲者が出ること必至といわれたその事件を
犯人の武装解除という形で無血開城したこと
薬物の摂取で精神が錯乱状態にある連続殺人事件の犯人を子犬のように手懐けたこと
精神を病んだ爆弾のエキスパートが作った、分解不可能な爆発物を、何故か不発に追いやった事
破壊するのでなく、制御するのでもなく
ただこうあるべしと安倍なつみが望めば、そうなる
あさ美はナンセンスと決めつけたが、僅かな間とはいえ一緒に暮らした事のある里沙には、それは本当の事
だろうという確信があった
里沙の前では殆ど”力”を使うことが無かったが

「里沙ちゃん、あたしと手を繋いで
離れないでね」

懲罰室を出ると、里沙を拘束した職員がいた
里沙の方を見たが、何の反応も無い

「ありがとうね」となつみが声をかけると、頷いて部屋のドアを閉める
やっぱり安倍さんは凄い、安倍さんなら愛ちゃんを助けてくれる、安倍さんなら


”i914”と表示された部屋
高橋愛の横たわるベッド
既に拘束は解かれ、取り付けられていた計器も外されている
この部屋に入るなり、安倍なつみは言った

「この子の拘束を解いて、機械も外して
そして目を覚ますように処置をして」
その言葉を聞いた白衣の研究員は、唯々諾々と従った
いや、命令に従ったというよりも、その行動は自発的な行動であるかのように淡々と作業した
愛の自由を奪っていた全ての物を取り外し、注射を打とうとした
消毒もせず無造作に愛の腕に突立てる様な仕草を見咎めて、なつみは
「ちょっと待って、消毒もしないでするの
それにその薬は何」

モゴモゴと口ごもりながらの返答に納得したのか、なつみは研究員を促がす
今度は消毒綿を使用して、研究員が愛の腕に注射針を突立てる
腕時計で時間を確認するが何の反応も起こらない事に焦ったのか、また薬剤のアンプルを取り出す

「ちょっとそれを見せて」
アンプルを受け取ったなつみはラベルを確認する
そして薬品棚のケースの表示を見て、声を荒げた
「これはかなり強い薬じゃないの、それをこんなにたくさん使おうとするなんて
この子を何だと思ってるの
もういいわ、あなた眠ってしまって、10日間ぐらい起きなくていいから」


依然として目覚めない愛
その前で悲嘆にくれる里沙

「どうして、何の反応も無いんですか」
「里沙ちゃん
あたしは、人種を問わず、年齢を問わずいろんな人と話すことが出来る
悪い薬のせいで常軌を逸した人
負傷して危篤状態の人とも話したことがある
言葉でというよりも、直接魂に語りかけるようにして」

なつみの言葉を一言も聞き漏らすまいとする里沙

「この部屋に入ってから、この子、愛ちゃんというのね
愛ちゃんにはずっと語りかけようとしているの、強くね」
「じゃ、じゃあ」

「でも何も反応が無い、こんなの初めてよ
まるでこの子には魂が無いというか、まるで死んでるというか」
「安倍さんっ!!」

「ごめんね、でも本当にそうなんだ、本当に、あるいは…」
「あるいは…」微かに期待しながら安倍の次の言葉をまつ里沙

「愛ちゃんは、愛ちゃんの魂は、辛い記憶に埋もれてしまって
そこから出て来れないか、ひょっとしたら出ることを拒否してる
そんな気がする、私には」
「じゃあその辛い記憶を取り除けば、愛ちゃんは」

「簡単に言うね」優しく里沙に微笑むなつみ
「でもそれは出来ないよ、やっちゃいけないことだよ」


「何故ですか、辛い記憶や悲しい記憶を取り除く事ができたら
愛ちゃんは、意識を取り戻すかも」

「いい、里沙ちゃん、よく聞いて
辛いこと、悲しいことに蓋をして生きていければ、人は楽なのかもしれない
楽しいことだけを覚えて生きてゆけば、人は幸せなのかもしれない
でもね、なっちは、あたしは思うの
楽しいこと、嬉しいこと、辛いこと、悲しいことも、全部がその人の心の中に入っていって、その人の一部になると思うの」

安倍なつみは両手を自分の胸に押し当てて言った

「だから、消せない、消してはいけない
それはあたしだって、辛いことや悲しいことはあったさ
その時は忘れてしまいたい、無かったことにしてみたい、そう思ったよ
今でも…」
「今でも…」

「そう今でも忘れてしまいたい、と思うことがある
でも、消せない、消してはいけないんだ」
「じゃあ、愛ちゃんは」

「この子と里沙ちゃんをこの施設から出して、どこかに小さな家を用意して住まわせてあげることぐらいは出来る
でも、あるいはこのままここに居た方がケア面からは望ましいかもしれないけど」
「違います!!」
思いもしなかった里沙の強い否定に、首を傾げる安倍なつみ

「何が違うんだい、里沙ちゃん」


「こんな状態を、愛ちゃんが望んでるなんて信じられません、こんなの」
「それは里沙ちゃんがこの子が経験してきた事を知らないから言えるのかもしれないよ」

「えっ?」
「さっきのこの研究員のこの子に対する態度一つとってもね
この子が辛い目に遭わされてきたのが何となく判るよ
それは確かにあたしが”力”の使い方を学んだ時も、厳しかったけどね
でも何か違うわね、この子の場合、何か」

「…わかりました
あたしが確かめます
あたしが、愛ちゃんの気持ちを確かめます」

「どうやってそうするつもり?」
「入ります、愛ちゃんの心の中に」
「精神潜航(サイコダイブ)をするつもりだね」

「精神潜航は危険だよ
里沙ちゃんよりも、経験が豊富な能力者が、精神へのダイブに失敗して
帰って来れなくなったことだってあるんだ」
「帰って来れないって」
「取り込まれるんだね、潜って探ろうとした人の心の中に
そして意識が戻らないまま、ずーっとそのまま」

「出来る、里沙ちゃんにそれだけの覚悟があるの?」
「そ、それは…」
「この子、愛ちゃんには可哀そうだけど、あたしや里沙ちゃんでどうにかできる問題じゃないよ
諦めて、ねっ」




















最終更新:2012年11月25日 16:43