(14)509 名無し募集中。。。 (愛佳、心の光)

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関東地方はその日、曇りのち雨という予報が出ていた。
その予報は違うことなく、朝から青空を覆い隠すのは鈍色の雲だった。
東京都内、某区。
突如降り出した雨に顔を顰めながら、制服姿の少女は持っていた折りたたみ傘を広げた。


(天気予報を信じて正解やったわ、傘なかったら駅に着くまでにずぶ濡れになるところやった)


深いブルー地の傘を差し、駅の方へと歩き出した少女。
少女が歩き出した背後に見えたのは、“喫茶リゾナント”と書かれた木製のドア。
とても、少女が一人で利用するような敷居の低い店には見えない、落ち着いた構えだった。

少女は少し早足に、駅へと向かった。
雨の日は普段電車を利用しない層も電車を移動手段とする。
普段帰宅する時間よりも早く帰宅の途に着かねば、いつもよりひどい混雑に巻き込まれるのが目に見えていた。

駅に着くと、少女は折りたたみ傘に付いた水滴を払い、丁寧に畳んで鞄の底に仕舞い込んだ。
改札を抜けて最寄り駅へと向かう電車が来るホームへと移動する。
五分程待っただろうか、ホームに電車がゆっくりと進入してきた。
空席が疎らにあったことに、少女は小さく微笑んだ。


(皆と過ごす時間を早めに切り上げて出てきた甲斐があったわ、ほんまに。二時間立ちっぱなしはしんどいからなー)


空いた席の真上の網に鞄を置き、携帯電話だけを片手に少女は座席に腰を下ろす。
少女は携帯電話を操作し、着信やメールが来ていないか確認した。
画面に映るのは、一通のメールを受信しましたというメッセージ。
その画面からそのまま携帯電話を操作し、少女はメールの内容を確認した。


(何か嫌な気配がみっつぃーの家の方角から漂ってるから気をつけて、か…そういう未来は視てへんけど用心しといた方がええな)


少女は軽くため息をついた。
メールに書かれていた内容が的中しなければいいと、心底想う少女。
その内容が当たるということは、少女にとっては非常に有り難くない災難が自身に降りかかるということだ。

二つ折りタイプの携帯電話を畳むと、少女はそっと目を伏せた。
少女の最寄り駅に着くまでの所要時間は約二時間。
仮眠を取っておくに越したことはなかった。
体力を温存し、これから訪れる可能性のある未来に備える。

常人では理解することは不可能な事象。
その事象に立ち向かい、解決に導くために少女は自身の持つ力を振るっていた。

制服姿の幼い少女。
少女が持つ力―――予知能力、精神浄化。

誰に言えるものでもない、生まれついた時から少女に備わっていた力。
その力は、一般世界においては“超能力”と呼ばれ、存在自体が怪しいとされるものだ。
この力を使い、少女は日々仲間達と共に戦っていた。
超能力組織リゾナンター、その一員として仲間達と力を合わせて人々を“闇の脅威”から守るのが少女と仲間達の使命だった。

この電車に乗り合わせた大勢の人。
ひょっとしたらその中の誰かが―――闇に呑まれ、人々を脅かす異形のモノへと姿を変えるかもしれなかった。

少女は一人考える。
闇は一体何処から発生し、そして、どうやって取り込む人間を選定しているのか。
無作為に選定しているのか、あるいは何らかの条件を持つ人間を捜し出して取り込んでいるのか。
そもそも、闇に人格や意識はあるのだろうか。

―――考えながら、少女は眠りに落ちていった。


少女が目を開けた時には、既に電車は少女の最寄り駅の一つ前の駅だった。
寝惚けた頭が、徐々に覚醒していく。
次の駅で降りて、後は寄り道せずに真っ直ぐ帰宅するだけだった。

少女は眠りに着く前と同様に、携帯電話を操作し着信やメールが来ていないか確認する。
特に着信もメールもないことに若干寂しさを覚えながら、少女は携帯電話を折り畳んだ。
電車の窓から最寄り駅のホームが見える。
電車が停止するのと殆ど同時に、少女は立ち上がって網に置いた鞄を取ってドアへと進む。

ホームに降り立った少女を包む、ジトッとした湿気。
時刻は夕方六時、普段ならまだ明るい空が広がる時間帯。
だが、今日は既に宵闇が訪れ、分厚い雨雲に覆われていた。

人の波を掻き分けるように改札を抜け、少女は自分の住むマンションへと歩き出した。
雨が上がっても尚辺り一帯に漂う湿気に顔を顰め、現時点ではメールの内容が的中する気配がないことに安堵を覚えながら、
少女は若干早足で帰り道を急いだ。

街灯の明かりがポツポツと、少女の歩く道を疎らに照らしていた。
辺りの家から漏れる光に少し寂しそうに目を細めつつ、少女は十字路を左に曲がった。

刹那―――少女の視界に飛び込んできたのは、首から上が狼の姿をした女性らしき“モノ”。
少女はそれが闇に呑まれた人間であると認識した瞬間、己の体から力を解き放った。
数秒程で、辺り数百メートル圏内は外界から切り離された異空間へと変わる。

少女は肩にかけていた鞄を下ろし、異形のモノと対峙する。
すぐに飛びかかってくるような気配はない、だが、救援を呼ぶには物理的距離がありすぎた。
仲間達のいる喫茶リゾナントから愛佳のいる地点までは、電車で約二時間。
瞬間移動を得意とする仲間はいるが、その能力は一度行った所でないと飛べないという欠点があった。

少女は覚悟を決めた。
殺傷能力を持たず、格闘術も習得していない自身だけではこの事態を解決に導ける可能性は限りなく低い。


仲間が到着する間を稼ぐことも頭の隅に浮かんだが、それでは闇の侵蝕が進行し、目の前の女性は完全に人外の者となる。
微かに少女の心に伝わってくる異形のモノの声は、少女に助けを求めていた。


「…絶対に愛佳が何とかしたるから、待っててや」


少女―――愛佳はそう宣言し、異形のモノと対峙した。
愛佳が異形のモノへ飛びかかったのが、戦闘開始の合図だった。

愛佳を切り裂こうと伸びてくる腕は、濃い体毛に覆われた獣のものだった。
指先から伸びた鋭い爪は人が本来持ち得ることのない、捕らえた獲物を引き裂いて食す為のもの。
体勢を崩しながらも、愛佳はその爪を避けつつ異形のモノへと目を覆いたくなる動作で拳を繰り出す。
拳は異形のモノに命中したが、行動不能にするには程遠い軽い衝撃をその肩に与えただけだった。

その拙すぎる攻撃に、異形のモノは一瞬動きを止める。
愛佳の攻撃の意図を探るような、爛々と輝く金の瞳。
愛佳はその瞳に臆することなく、さらに攻撃を加えようと拳を繰り出していった。

大振りすぎる動きはまさに、何の格闘術も習得していない素人そのもの。
少し喧嘩慣れした素人程度でも、その拳を避けながらカウンターを決めることが出来るに違いない。
殴り合いの喧嘩はおろか人に手をあげた回数が片手の指にも満たない愛佳の攻撃を、異形のモノは緩慢な動きで避け続けた。

幾ら拳を繰り出しても、体力を消耗するだけで相手には何のダメージも与えられない事実。
愛佳の焦りは、今まで以上に無駄の多い動きとなって目に見える形で現れた。
十三回目の攻撃が空を切ったのと、愛佳の右肩に傷が生まれたのは全く同時だった。



「っつ!!!」


右肩を押さえ、愛佳は動きを止めた。
キツく肩を掴むように押さえても、指の隙間や肘の方まで赤い血が垂れる。
ズキンズキンと痛む傷は熱を孕み、愛佳に傷の深さを教えた。

それでも尚異形のモノを睨み付ける愛佳の瞳は、未だ闘志を漲らせていた。
利き肩に深い裂傷を負っても、愛佳の決意は揺らがない。
歯を食いしばりながら、愛佳は再び異形のモノへと飛びかかった。

だが、愛佳の想いを打ち砕くかの如く、異形のモノは先程とは比較出来ぬ速度で愛佳の懐へと潜り込む。
愛佳がその姿を正確に視認するより早く、異形のモノは無防備な上半身を切り裂いた。
視界が一瞬紅くなるのと、傷の痛みが上半身に広がる速度は寸分のズレもなかった。


「あぁぁ!!!!」


愛佳はその場に膝を付いた。
立っていられぬ程の痛みが、けして治まることのない波となって愛佳に押し寄せる。
痛覚が思考を完全に支配し、愛佳は何も考えることが出来ない。
その痛みに気を取られた愛佳は気付かない―――異形のモノが更に距離を詰めたことに。

視線を上げた愛佳の瞳に映る、異形のモノ。
開いた口から覗く鋭い犬歯は涎に塗れ、宵闇にぬらぬらと光り輝いていた。
絶体絶命の四文字が愛佳の頭を過ぎる。

だが、何十秒経っても思っていたようなことは起きなかった。
異形のモノは動きを止め、愛佳をずっと見下ろしている。
金に輝くその瞳から伝うのは、血の色にも似た紅い涙。
自然と愛佳の心に湧き出す、この人を助けなければという想い。


その想いに突き動かされるように、血を流しながら愛佳は立ち上がった。
傷の痛みをも凌駕する、助けたいという心。
愛佳は異形のモノに一歩歩み寄り、徐にその背中に両腕を回した。

瞬間―――無傷だった左肩に食い込む、鋭い犬歯。
肉を食い千切り骨すら噛み砕いて嚥下しようとする異形のモノに、愛佳はこの場に不釣り合いな優しい声をかけた。


「…もう、大丈夫やから…後ちょっと、だけ、待っててな…」


常人なら気を失いかねない激痛に耐えながら、愛佳は己の力を解き放つ。
それは―――闇に染まった異形のモノを救う、浄化の光。
紫色の光が愛佳の体から立ち上り、異形のモノを優しく包んでいった。

愛佳が激痛に意識を手放したのと、異形のモノの闇が払われたのは同時だった。
その場に崩れ落ちた愛佳と、若いスーツ姿の女性。
結界を張った愛佳が意識を手放したことにより、異空間は徐々に元の世界へと還っていく。

結界が完全に消えたと同時に、愛佳と女性に駆け寄る一人の女性がいた。
女性はまず、スーツ姿の女性を道路の端へと引きずっていく。
女性の小さな体からゆらゆらと立ち上る黄緑の光が、スーツ姿の女性を包み込む。

その光が消えたと同時に、女性は愛佳の元へと駆け寄った。
血を流し地面に俯せの形で倒れている愛佳をそっと抱き起こし、女性は愛佳に声をかけた。


「みっつぃー、みっつぃー!」

「…あ、れ…新垣…さん…何で、ここにおるんですか?」


「嫌な予感がしたから、みっつぃーには悪いけどこっそり後をつけさせてもらったの。
案の定予感的中するわ、みっつぃーがすぐに結界張っちゃったから加勢も出来ないわで…。
もう、一人でこんな無茶したら駄目だよ、みっつぃーは戦闘系能力使えないんだから」


女性―――超能力組織リゾナンターのサブリーダー、新垣里沙の言葉に、愛佳は不満げな表情を見せる。
里沙の言うことは最もである、だが、素直に頷くわけにはいかなかった。
意識の覚醒と共に戻ってきた激痛に顔を顰めながら、愛佳は口を開いた。


「無茶したらあかんって言われても、もしまたこういう状況に置かれたら…愛佳は今日と同じことします。
新垣さんだって知ってるはずやもん、闇に呑まれた人間を長時間放置したら…愛佳の能力を使っても
助けるのは不可能やって。そうなったらもう…闇に呑まれた人間を止める手段はただ一つ、殺すしかなくなる。
そんなん、愛佳は絶対に嫌やから…だから、無茶は幾らでもします」

「でも、今日みたいに助かる保障なんて何処にもないよ。
死ぬかもしれないのにそんな無茶してどうするのよ、みっつぃーいなくなったら皆悲しむでしょうが」


里沙の言葉に、愛佳は静かな微笑みを浮かべた。
その微笑みの意味が分からずに愛佳を見つめ返す里沙に向かって、愛佳は再び口を開く。


「悲しませてしまうかもしれへん、せやけど、愛佳は…何の罪もない人を殺すことは出来ひん。
例え、その命を奪う手段を持ち合わせていたとしても、そうしたくない。
…闇を完全に払い去るためには、多少の命の犠牲は仕方ないって割り切る方が楽やって分かってる。
でも、そんなんおかしいやないですか…大勢の誰かを救うために一人の命を犠牲にしていいなんてこと、絶対ないもん。
だから、いつかは皆を悲しませる結果になるかもしれへんけど…愛佳は無茶することは絶対に止めへん。
愛佳が頑張ることで少しでも犠牲になる命が減るんなら、幾ら寿命が縮んだってええもん」


想いを伝え終わると同時に再び意識を手放した愛佳。
その華奢な体を腕に抱きながら、里沙は声を殺して泣いた。
幼い愛佳に確かに宿る人を救いたいという想いは、愛佳自身の能力に現れていた。
闇に呑まれた人間を殺傷することなく、光へと導く力―――精神浄化。

闇に呑まれた人間全てを救うことは出来ない、時には殺すしかないこともある。
それを仕方ないと割り切ることなく、自らの命を差し出す覚悟を持って異形のモノと対峙した愛佳。

リゾナンターの誰よりも強く優しい光をその心に宿す愛佳を、絶対に守らなければならない。
どの仲間も持ち合わせていない闇を浄化する能力は、今までも、そしてこれからも欠くことの出来ない能力。

闇を打ち払い、光という可能性を掲げる愛佳。
愛佳を守り育てることで、いつかは―――愛佳の想い描く、闇に呑まれる恐怖に怯える必要のない世界が実現するかもしれない。

里沙は着ていた上着を脱ぎ、愛佳の上半身にそっとそれをかけた。
携帯電話を操作し、タクシーを呼びながら里沙は服の袖で涙を拭う。

愛佳が一人、光を掲げて闇を打ち払う希望となるならば。
その希望の光が絶えることのないように守護することこそ、自分の―――そしてリゾナンターの使命。

タクシーに愛佳を抱えながら乗り込み、里沙は行き先を告げて目を伏せる。
この瞬間にも何処かで誰かが闇に呑まれ、自らの意思とは関係なく人々を殺傷する異形のモノと化しているに違いない。
今は未だ、全てを解決する糸口は掴めていなかった。

―――だが、いつか、必ずこの世界から闇を払い去ってみせる。


傷つき深い眠りにつく愛佳と、決意を新たにした里沙を乗せてタクシーは夜の住宅街を走り抜けた。




















最終更新:2012年11月25日 16:46