(16)102 『スパイの憂鬱7(後編)』

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人の波を掻き分けるように走り抜けた先は、誰もいなくなった駅前広場だった。
否、人々は強制的に追い出され、そして今目の前にあるのは直径数百メートルはあろうかという薄墨色の“結界”である。
けして普通の人間には見えることのないこの結界内に―――氷の魔女ミティ(本名はry)がいるのだ。

早く終わらせよう、そして今日でこんなスパイ生活とはおさらばしてやるんだと里沙は一人意気込んで結界に触れようとして―――こけた。
ビタン、そういう効果音をつけるに相応しいこけ方に里沙と里沙を転ばせた張本人以外は思わず吹き出す。
痛みと怒りに頬を引きつらせながら起きあがって、里沙は転ばせた人間の方を睨み付けた。


「カメ…あんた、昨日からあたしに何の恨みがあるわけ?」

「やだなぁガキさん、今日の占いも昨日に引き続いて昭和リアクションを見ると幸運になれるって言ってたんですよ。
ほら、戦いの前だし、ゲンかついどけ的な?」

「ふーん、じゃ、別にあたしじゃなくてもいいじゃんそれ」

「―――本気で言ってるんですか?
ガキさん以外に一体誰か昭和リアクション取れるって言うんですか?
ふざけたこと言ってるとカリブ海に沈めますよ?」


ひどく真剣な顔で物騒なことを言ってくるカメ―――絵里の脳天目がけて、里沙は躊躇することなく隠し持っていたスリッパを振り下ろした。
無論、日本人ならそこは太平洋とか日本海って言っておきなさいよこの脳天直撃ぽけぽけぷぅが!と言いながらである。
そもそも、昨日と占いの内容同じって、何処まで視聴者バカにしてるのよと一人エキサイトする里沙。
少し離れたところでこの光景を見ていたみっつぃーは、沈めるっていうところには触れないんやね…と呟いた。


その呟きを黙殺して、里沙は再び結界に触れようとして―――素早く振り返り様に正拳を放った。
手応えはない、だが奴の―――道重さゆみのセクハラ攻撃を未然に防ぐことが出来たのは大きい。
ガキさん当たったらどうするつもりなの、なんて言いながら両手をワキワキさせているさゆみを里沙は睨み付けて牽制した。
殺気を漂わせた里沙の睨みに溜息を付いて、さゆみは口を開いた。


「ガキさん、そう急がなくてもいいと思うの、きっと、相手は待っててくれてるの」

「何でそう思うのか知らないけど、早く解決してあたしは帰りたいんだけどー」

「もーガキさんったら、分かってないの。
第七回目にしてやっとバトルシーンがきたんですよ、今こそさゆみ達リゾナンターの格好良さをアピールする時なの」

「…具体的には?」


何だか嫌な予感がするのは気のせいではないはずだ。
皆集まってと言いながら目を輝かせているさゆみの姿は、どう考えても何かを企んでいるようにしか思えない。
あー、今頃きっと藤本さんまだこねぇのかよって切れてそうだなと思いながら、里沙は仕方なくその輪の中に加わったのであった。


 * * *


その頃、結界内ではミティ(本ry)がひたすらリゾナンターを待ち続けていた。
騒ぎを起こしてから十数分、いい加減駆け付けてきてもいいはずなのに、待ち人達は一向に現れない。


「メールはまだこなーい、電話もまだこなーい、っていうけど、そこまで待つなら自分からいけってのな。
てか、そもそも恋ってのは受け身じゃいけないと思うのよね……はぁ、むなしい。
ガキさんがここにいてくれたらなぁ、ツッコミ談義で盛り上がるのに」


自分とよく似たアイドルが歌っていた恋の歌にキレのないツッコミを入れながら、ミティは今か今かと待っていた。
待つのは好きじゃない、しかも、今回は(も)ボコボコにされにきたのである。
気は重くなり、体もボロボロになってしまう辛い時間はとっとと終わらせたいのだ。

後五分待っても来ないなら、一旦結界解除して茶でも飲みに行こうかなと思うミティの目の前にようやく、彼女達は現れた。
―――九人横並びで、何故か奇妙なポーズを取っているのが些か気になるが、ともかく来たのだ。
さぁ、戦いを始めよう、一人気合いを入れたミティは次の瞬間盛大にその場に転ぶことになる。


「カレー大好きリゾナントイエロー!
いや、あーし別にカレー好きでも何でもないんやけどね」

「大人の事情でブラックにはなれなかったリゾナントライトグリーン…。
ブラックになりたかったな…」

「ち、沈着冷静リゾナントブルー!
頭脳明晰クールに決めるったい…絵里、何笑いよーと!?」

「元気はつらつ爽やかお色気系リゾナントピンク!
…何かこの台詞可愛くないの、元気はつらつとか何処の○ロナミンCなの」

「一撃必殺俄然強めリゾナントオレンジ!
舐めてかかると痛い目見るわよウヘヘヘヘヘ」

「情熱ファイヤリングボンバー…で、えーと、キラリ輝く赤い流星リゾナントレッド?
何かちょっとイメージと違うんだけど、まぁいいか」

「青と赤のいいとこ取りリゾナントパープル。
正直…うちの青と赤のいいとこってどこなんやろね、愛佳には分からへんけど」

「何キャラでいケばいいノか分からナいリゾナントインディゴブルー!
…カラー的にバナナっテ言えなイのが辛いデーす」

「影が薄いトか言わレるよ、でモそんなノ関係ねェ、リゾナントグリーン!
真の実力者は隅っコの方で大人しクしてルもんでス、大概」

「「「「「「「「「せーの、九人合わせて超能力戦隊リゾナンター!!!!!!!!!」」」」」」」」」


目の前で起きた光景に、ミティは腰から崩れ落ちた。
寒い、寒すぎて死んでしまいそうだと思いつつ、寒さに負けたら氷の魔女の名がすたると気合いを入れ直すミティ。
ゆっくりと立ち上がりながら、ミティはしっかりと里沙を睨み付ける。
その目は言葉よりも遙か雄弁に里沙に問いかけていた、お前、こいつらに何を吹き込んだ、と。

里沙の戦隊物好きはダークネスの面々もよく知ることであった。
訓練をしていても、戦隊物が始まる夕方六時になったら誰が止めようともそれを踏み越えてテレビまで一直線に走る里沙。
戦隊物を見たいという里沙の執念は凄まじく、始まる三分前の里沙を止められるものはただ一人、安倍なつみしかいない。
だが、なつみも基本的にアニメや特撮物が好きなので一緒になってテレビに齧り付いてしまうため、
実質里沙を止められるものはいないのだ。

ミティの視線を受けながら、里沙はミティに視線で訴えかける。
違う、あたしがこんな台詞考えるわけないじゃないですか、と。
本当はもっと格好いい台詞だったのを皆がそれぞれ勝手に改悪しただけの話で、里沙は何もしていない。

不意に、ミティは里沙を見つめながら…両手をそれぞれ曲げたり伸ばしたりし始めた。
何事かとミティを見つめる八人を尻目に、里沙は一人これはまずいことになったのだと心の中で呟く。


(藤本さん、あなた…あたしにここでそのスキルを解き放てというんですか!?)


ミティの目は鋭く、何処までも殺気立っている。
このまま無視したら―――ダークネスに戻った時に生きていられるか分からない。
里沙は覚悟を決めた。
けして使うまいと心に決めていたその技を解き放つ時がきたのだ。


精神感応能力を使えないダークネスの人間が遠く(可視範囲限定)離れた仲間とやり取りするためのスキル。
―――“手旗信号”、ついにこの技を使う時が来てしまったのだ。

その動きは華麗すぎて、一見すると何をしているのかなど他人には分からない。
素早く手を折り曲げたり伸ばしたりしながら、里沙は的確にミティの質問に手旗信号で答える。


『こんなセンスのない台詞、あたしが考えるわけないじゃないですか、いい加減にしないとこっちだって怒りますよ!』

『怒るのはこっちだっつの、お前、この間までこいつら普通だったじゃねぇか、なのに急にこんなことになったのは…
お前がどうせ戦隊物について熱く語ったんだろ、ったく、特撮ヲタもいい加減にしとけやゴルァ』

『んだと、てめぇ、人が下手に出てりゃいい気になりやがって、お前カリブ海に沈めるぞオルァ!』

『あーん、下っ端の分際でこのミティに盾突こうってのか、随分調子に乗りやがって…何がカリブ海じゃボケェ!』


八人は二人の奇妙なやり取りに呆気に取られていた。
一体何が起こってるんやと呟く愛の言葉に、リンリンが口を開く。


「こレは…さスが新垣サン、相手が放っテくる真空波をあアして相殺しテるんでスねー!
見えマすか、あの女が奇妙な動きと共に放ってイる真空波、あレに新垣サンは対抗しテ真空波を放ってイるんデス」


リンリンの解説に、皆へー、ガキさんすごいと言って真剣に二人のやり取りを見つめ始める。
―――当たり前だが、リンリンの言ったことは真っ赤な嘘であった。


二人のやり取りを見つめるリンリンの目は冷たくもあり、それでいて何処か柔らかい光を宿している。
急に現れてリゾナンターと共に戦いたいと言ってきた里沙を、胡散臭く思わないわけがないのだ、普通は。
今日の戦いを見て、やはり里沙は怪しいと確信したリンリンは…とりあえず、皆にそのことは伏せておくことにした。

無論、皆の精神的ショックを考えてなんて理由ではない。
このネタは後々使える、という実に計算高い理由でしかなかった。
リンリンはニヤリと小さく笑った後、惚けた顔で二人の激しい“応酬”を見つめている七人に声をかける。


「皆、今のウちでース!
新垣サンが敵の動キを止めテくれてイる今がチャンスでス、一斉攻撃でース!」


リンリンの声に、皆は素早く反応した。
絵里の手から鎌鼬が放たれ、そして小春の手からは電流が伸びて鎌鼬に絡みつき―――二人の共鳴攻撃がミティに向かって飛んでいく。
その攻撃を間一髪で避けたミティ。

だが、ミティが避ける方向を予知能力で察知していた愛佳は残りの四人に共鳴の声を飛ばす。
華麗に絵里と小春の共鳴攻撃を避けたミティが着地しようとした先には、獣化したジュンジュンが立っていた。
ジュンジュンが振るう前足を空中で体を捻りながら避けたミティの側頭部に、れいなの跳び蹴りが炸裂する。

派手に飛ばされたミティは、それでもなお空中で体勢を立て直そうとしたが。
予測される落下地点に回り込んださゆみが、治癒能力をオーバーライトした爪でミティへと襲いかかる。
その鋭い爪を何とか逃れようと空中でもがいたミティは、そのまま脳天に愛の踵落とし、ボディに里沙の正拳突きを食らって崩れ落ちた。

ミティが地面に崩れ落ちて数秒、ミティの体は闇色の光に包まれて消えた。
それと同時に結界は解け、戦いは終了した。

いい眺めやよーと言いながら獣化の解けたジュンジュンを見つめる愛を一睨みして、里沙は素早く自分の着ていた上着をジュンジュンに羽織らせる。
そして、ようやく終わったなと心の中で呟いた里沙は―――愕然とせざるを得なかった。


怒りの余り我を忘れていた里沙は、ミティが昨夜言っていたことを今になって思い出したのであった。
皆のデータを記録しようにも、自分でも何が何だか分からないうちに戦いが終わっていた。
すなわち、今回のミティはただのやられ損である。

そして、今日でスパイの日々は終わるんだと思っていた里沙が自分のしでかした過ちにうなだれたその時である。
肩を落とす里沙の肩を叩いたのは―――リンリンであった。
微笑みながら里沙の手を握ってリンリンは口を開く。


「新垣サン、遅れマしたケど、リンリンからサブリーダー就任祝いデーす」

「え、何もないじゃん」

「…リンリンが新垣サンにアげたイのは、物より想い出、そウ、プライスレス!
お金ジゃ買えナい物があル買エる物は○スターカードっていウじゃなイでスか!
今日の戦いデ新垣サンが得たノは、想い出そシて皆とノ深い絆でース、バッチリバッチリデース!」

「…リンリン、あ、ありがとう…大切にするね、あははははは、あはは、あは、は」


笑いながら里沙は心の中で号泣した。
何が想い出だ、何が絆だ、っていうかお前どうせ給料日前で財布の中には小銭しか無かったってオチだろおい、なんて
言えればいいのだが、今の里沙にはつっこむ気力すらない。

後で電話がかかってくるだろう、ちゃんとデータ取れただろうな、お前と。
嘘をついて誤魔化すことも考えたが、嘘をついていたとバレてしまえば命の保障はない。

さて、店に戻ってお祝いの続きをするぞーと言い出した仲間達を横目に、里沙は深い溜息をつく。

―――今日も今日とて、里沙の憂鬱が終わることはなかったのであった。




















最終更新:2012年11月25日 17:56