(16)928 『コードネーム「pepper」-ガイノイドは父の夢を見るか?-』

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第一話 :  Encounter

謎の失踪を遂げた対テロリスト用ガイノイドチーム、コード名「pepper」。
一時は彼等がリゾナンターの姿形とその戦闘データをベースにして開発された経緯から、リゾナンター達にも非公式に捜査協力の要請があったが、現在は「危険性が高すぎる」と言う理由で依頼は取り下げられていた。

だが、ある夜彼等が首都圏に現れ、警視庁の誇るもう1つのロボット軍団、AK-B40部隊と激しい戦闘を開始したとの連絡を受け、愛は里沙にその調査を依頼した。
「今回の件は何か気になるの。私達のデータが使われた事以外にもね・・・。」

その30分後、里沙はSinjyukuCityの高層ビル街で、眼前に繰り広げられる壮絶な戦いに目を奪われていた。
いかにもロボット然とした「ロビタ型」の重厚な装甲ロボット「AK-B40型」に対し、モノクロの衣装に身を包んだ、一見小柄な少女にしか見えない「ガイノイド」達。そしてその姿形はまさに、リゾナンター達本人にしか見えないほどそっくりなのだ。

彼等はオフェンスとディフェンスを明確に分け、LL、JJ、アイカをサユミ、エリがエネルギーシールドで守り、アイ、レイナ、コハルがオフェンスとして、まるで林のように立ち並ぶロボット軍団の間を弾丸のような速度で駆け抜け、凄まじい破壊力でなぎたおしてゆく。

アイのキックはAK-B40の頭部を次々と粉砕していき、レイナの両手の電磁カッターは厚い装甲をまるで紙のように切り裂いていく。口を真一文字に結び、衣装の袖をなびかせながら、蝋人形のような白い肌に、黒い血飛沫のように飛び散るロボット達のオイルを浴びながら戦い続ける二人の姿は、月の光を浴びてぞっとするほどの美しさすら感じた。

そして・・・最も攻撃力が高く見えるのはコハルであった。指の先から稲妻のような放電を放ち、次々と装甲ロボットを自爆させていく。その頬には笑みさえ浮かべているように見える。
しかし、一番危なっかしいのもコハルであり・・・。敵の銃撃を浴びかけてヒヤリとする場面もあったが、その度に後方から飛び出して敵を粉砕し、コハルのピンチを救い、ついでに小言を浴びせていくのがリサであった。リサは攻撃力はさほどではないように見えたが、オフェンス陣(主にコハル)の援護を冷静かつ的確にこなしていた。

「うわ、アタシもいる・・・!?」自分とそっくりなリサの存在に驚きながらも、里沙はもう1つの驚異にもすぐに気が付いた。
「彼女達・・・ 心がある!? 間違いない、人間の心が!!」
里沙のリゾナント能力が、ガイノイドに過ぎないはずの「pepper」達の心を感知したのだ。
「彼女達はロボットなんかじゃない・・・! 人間なの? ・・・これは・・・どういう事!?」

里沙が驚いているうちにも、彼女達はAK-B40軍団を粉砕していく。そして、コハルが突然リサに
「ニィーガキさん! コハル、ちょっといいトコ見せますよっ!!」
と言うなり、残存するロボット軍団の中に飛び込み、大地に手をついて叫んだ。
「シャイニングリボリューションッ!!」
それはコハルだけに許された技なのか、全身から八方に放たれた稲妻が、周囲のロボット達を次々と貫いて行く。そして、放電が止まった時、そこにはスクラップと化したロボット軍団の姿だけが残されていた。

里沙は思わず戦いのあった地平に歩み出て、「pepper」達に話し掛けてしまう。
「ねえ! ・・・あなたたちは、誰なの!?」
 ・・・何処から来て、何処へ行くの・・・? 里沙の言葉にしなかった問いに、アイが答える。
「それを私達も知りたいのだ・・・。」
月の光を浴びてたたずむ、「pepper」達の白い顔には、深い憂いが浮かんでいた…。




第2話 : Sacrifice

「あれ! ニィーガキさん!? 二人ニィーガキさんがいますよ!? あれ!?」
コハルの素っ頓狂な声が沈黙を破る。落ち着き払ったアイとは違い、「peper」の他
のメンバー達は、やはり里沙とリサのあまりの相似に驚きを隠せない様子だった。

里沙は彼等の方へもっと近づこうと、ロボット達の瓦礫の山を乗り越えて歩み寄ろうと した。が、その時だった。里沙がさっきまで隠れていた高架の上で、既にスクラップとなっていた3体のAK-B40が、轟音と共に里沙の頭上に落下してきたのだ。

瓦礫の山に脚を取られ、すばやく動く事もままならず、思わず凍りつく里沙。
しかしそれを見たリサは、表情一つ変えずに一飛びで里沙の横に降り立つと、里沙の肩に左手を置き、右手でまるで虫でも避けるように、落ちてくる装甲ロボを払いのける。

轟音と土埃を巻き上げ、3体のロボットが地面にめり込むと、その土埃に遮られた中でリサがささやく。
「あなたが新垣里沙さんね? …でも、会えるとは思わなかった…。」
…あたしの事も知ってるんだ。…と、言う事はやはり彼女達は私達に似せたロボット?でも、それならばこの彼女達に感じる「人間の心」は一体何なの…!?
混乱した里沙は、問いかけに答える事も出来ずに立ちつくしていた。

その時、「ガキさん!!」と言う悲鳴にも似た声が響いた。見るとエリが何かを指差して叫んでいる。「後ろ!そいつが!」 …ついさっき落下したAK-B40の1機が、落下のショックで息を吹き返したのか、横たわったまま腕の電子砲をジリジリと動かし、既に里沙に狙いを定めていた。
ブゥ…ンと電子砲の先端が光り、一筋の光線が発射されようとした瞬間、リサがそれを 自らの体で遮った。バシュ!!という嫌な音が響き、リサの背中から白煙が上がる。
「くっ!!」リサは低く声を上げながらも、すばやく振り返ると、装甲ロボの方に倒れこむようにジャンプ、前転し、浴びせ蹴りの形で右の踵を装甲ロボの頭部に叩き込む。
バチバチッ…と火花を散らし、今度こそロボットは完全に沈黙した。

しかし、リサは…。仰向けに倒れこんだまま起き上がってはこなかった。
「ガキさんッ!!」「ニィーガキさん!!」口々に叫びながら集まるメンバー達。
「アイちゃん、しくじっちゃった…。 これじゃコハルを叱れないね・・・。」
「ガキさん…。」
「コハル! …ちょっともうアンタの面倒見るのやめるわ… あとは自分でしっかりやりなさいよ…。」
「ニィーガキさん! いやですよぉ! もっとコハルの面倒見てください! ニィーガキさんがいないと、コハルだめですよぉ!」
「何言ってるの、コハルは無敵でしょ…? アンタがしっかりしないと、皆が大変よ…?」

呆然としていた里沙も、ゆっくりとリサに歩み寄り、膝をついた。
「アタシのせいだ…。アタシのせいで…。」
「違うよ、あなたのせいじゃない…。アタシがちょっとしくじっただけ…。 ねえ…?その服かわいいよね? ふふ… アタシもそんな服着たら似合ったのかな…?」
リサはそう言うと静かに目を閉じた。かすかに微笑みさえ浮かべて。

「どうしよう…? アタシのせいだ… アタシのせいだよ…。」動揺する里沙の肩に手を置き、アイが静かに言う。
「違うよ。リサは私達の誓いを守る為に命を掛けたの。"誰も傷つけない”と言う誓いをね。」
「それに、私達もう覚悟は出来ているの。たとえ誰かが命を落としたとしても…私達は目的 を必ず達成すると。」

ふと気が付くと、さっきまで激しく波打っていた「pepper」のメンバー達の心は、水面のたくさんの波紋が一つにまとまるように共鳴し、完全な同調を見せていた。そして今、その心の水面は月を映す湖面のように静まり返り、リサを悼む心だけが全員の心に満ちている。
喪服のようなモノトーンの衣装に身を包み、死者を囲んで身じろぎもせずにたたずむ彼等の姿は、月の光に照らされて、それ自体が立ち並ぶ墓標のように見えていた。




第3話 : Voice of mind

「これからどうするんですか?」立ち去ろうとするアイ達に里沙がたずねる。
「リサが静かに眠れる場所を探して…、そしてまた父を探し続けるわ。」
「お父さんは、何処にいるか分っているの?」
「分らない…。ただ、感じるの…。父の「心」を。それに歳の若いコハルとアイカ、
そして加入の新しいLLとJJには、かすかながら父の記憶がある…。」
「ねえ、あたしにも手伝わせて! とりあえずこんな、追われる状況はおかしいよ!
みんな人間なのに、こんな怖いロボット達に追われて襲われるなんて!」
「そうね、私達は人間だし、人間として生きる。…でも、研究所や科学技術局の人達
はそうは思ってくれてないみたいね…。」
「アタシが話をするよ! アタシは…人の心がわかるの…。あなた達には心がある!
話をすればきっと分ってもらえるよ!」

里沙には自信があった。一度は「pepper」達の捜索を依頼された立場でもある自分
が話をすれば、ある程度は皆耳を傾けてくれるはず。そして、最悪の場合は…。
里沙は自分の忌まわしい「能力」さえも最大限に使って、彼女等を助けよう…。そう
心に誓っていた。

彼女等の捜索を依頼された時に教えられていた、緊急連絡用の番号を使い、警察庁科学技術局へと連絡をとる。交換に事情を話すと、なんと対応してくれたのは局長と名のる秋元という男だった。
「話はわかりました。ただ、この話だけで捜索をストップすると言う訳にはいきません。一度直接話をさせてくれませんか?お話は私一人だけで聞きます。あなたと、誰か『pepper』のメンバーも一人だけでいい、同席させて下さい。」
話のわかりそうな男だった。意外とこれは上手く行くかもしれない…。里沙はアイ達に事情を話し、アイに同行を頼んだ。

「そう…。それでもしこの無益な戦いが止められるなら…。」
「でも、リーダーが行っちゃうと心配なの…。」とサユミがつぶやく。
「レイナとコハルがおるけん、大丈夫! 心配無いっちゃ!」レイナが言うが、アイは
考え込んだ。…確かに順当に考えればリーダーである私が動く…。だがそれは確実に「pepper」達の戦力低下につながる…。もしそれを狙っているのだとしたら…?
その時、意外な人物が手を上げた。最年少のアイカである。
「はい!アタシが行きます!」 一同を包む沈黙…。

里沙は昨晩の出来事が嘘のように、普通に電車に乗って指定の場所へと向かっていた。切符の買い方も知らないアイカと、姉妹の様に連れ添いながら…。
結局アイカの熱意と、実際特殊な戦闘能力を全く備えておらず、常人とほとんど変らないアイカであれば、逆に当局もむやみに攻撃したりする事はないだろう、という判断による決断であった。

「ねえ、どうして立候補したの?」里沙が聞く。
「…正直言うと、里沙さんと話がしたかったんです…。 あたしら、自分らはずっと人間だと思ってたんです…。 でも、突然、お前らはコテコテのロボットや言われて…。」
「もう訳がわからんようになって…。 でも、リーダーがうちらは人間として生きよう、って言ってくれて…。 」
「でも、新垣さんはうちらの事人間だって言ってくれますよね? ホントですか? うち、本当に信じても良いんですか?」 
里沙が答える。
「大丈夫だよ! あたしには人の『心』がわかるんだ。 ミッツィー達には『心』がある。これはあんなロボット達には絶対無いものだよ!」
「でも…、リーダーや、タナカさん、クスミさん達のあのものごっつい力って…。人間でも、努力とかであんな力が身につくものなんですか…?」
「うーん…。でも、あたしのこのチカラだって、普通の人には無いものなんだよ…。 だから人に恐れられ、忌み嫌われる事もある…。でも、ミッツィーはそんなあたしを人間じゃない、と思う?」 
「いいえぇ!!そんな!新垣さんメッチャ普通の女の子っぽいじゃないですか!? 服もメッチャ可愛いし!」
      • 判断基準はそこか?と里沙はアイカの発想にちょっと笑った。しかし、アイカの言葉は止まらない。
「あたし、リサさんが亡くなって、すごく怖くなったんです。いいえ、死ぬ事やないんです。ホントに死ぬんやろうか?壊れるだけやないのか?」
「…リサさんが亡くなった時も…。血は流れてませんでしたよね…? 普通あんな大怪我したら、血が出るもんやないんですか…?」
「あたしのこの体には、血が流れてるんやろか? 前に言われたんです、お前らの体には血じゃない、別のもんが流れてる、って…。」
「昨夜も、手を切ってみようかと思ったんです…。血が出るか見たくて…。でも痛いのも怖いし、血じゃないものが出たらもっと怖いし…。」
「馬鹿だねーミッツィー、大丈夫だよ!あたしが保証する!仮にミッツィーの血が青かったとしたって、ミッツィーが人間なのは間違いないよ!」
内心に疑問と不安を抱きながらも、里沙は断言する。
確かに科学技術局からは彼女等はガイノイドと聞いている…。それにあの凄まじいチカラ…。
だが、里沙は今この時も隣にいるアイカから伝わる「心」の声を信じた。




第4話 : Cold-blooded

「あ、愛ちゃん? 連絡しなくてごめん。実は例の事件だけど、大変な事に巻き込まれてね…。そう、うん、でも大丈夫、たぶん今日には一応落ち着くと思うから…。詳しくはまた連絡するね。」
里沙は愛に連絡を入れ終えると、アイカに向き直って言った。
「さっ、行こうか?」
「新垣さん、今のはタカハシさんとは違いますの?」
「うん、同じ愛ちゃんで、やっぱりあたしたちのリーダーなんだよ。そうだ、今度会わせてあげる!」
「新垣さんたちも、何かのチームなんですの?」
「うーん…。ただの、喫茶店に集まる仲間同士ってとこかなぁ…。」
「いいですねぇ…、そういうの。うちも会ってみたいです!」
「よしっ!じゃあ、とりあえずお仕事済ませちゃおうか!」
「はいっ!」

秋元の指定した場所は意外にも、WestTokyoCityの、周囲を林で囲まれたかなり寂れた雰囲気の場所だった。現在は使われていない、科学技術局の研究施設らしい。まあ、人目を避けるには絶好の場所とは言えた。
大きなガラス張りのホールを入っていくと、ロビーのソファから、恰幅の良い眼鏡の男が立ち上がった。
「新垣さんですね?…秋元です。 …もう一人は…、№7ですか。…意外ですね。」
人の良さそうな笑顔を浮かべてはいるが、眼鏡の中の眼は決して笑っていない。そんな男だった。
「№7」という冷たい呼び方に、アイカが嫌悪感を感じているのが伝わってくる。この男、信用できるのか? …マインドサーチを掛けるべきか・・・? 里沙は迷った。だが、一応はまだ敵と決まった訳ではない…。人間としての、最低限の礼儀として、出来るならギリギリまで「能力」は使いたくない。
里沙は思いとどまった。

しかし、小さな応接間に通され、話が始まると秋元はなかなか友好的であった。里沙の話を興味深げに聞いてくれ、疑問点については冷静に質問をはさんでくる。
「感情があると言うのは、人間らしい反応のシミュレーションプログラムによる誤解ではないのか?」
「里沙が感じる精神感応というのは、電子脳の稼動内容を読み取ってしまう事はないのか?」等々…
そして、それらの疑問を里沙が次々と否定していく。すると、
「実は私も、彼女等には普通のロボットとは違う部分がある事に気が付いていたんですよ。」
と言い、部屋の照明を落とし、スクリーンに映像を映し出した。
「№1です。」
映し出されたのは、昨夜の戦闘時のアイの姿であった。装甲ロボに銃口をむけられながらも、逆に前方に突っ込み、紙一重で銃撃をかわしては敵を切り裂いていく。
「スゴイ…。」里沙がつぶやく。
「たとえば、この№1の回避動作の成功確率は、通常のCPUによる演算処理では30%以下です。」
「普通のロボットはこんなリスクの高い行動を取りません。しかも、戦いの後半に行くにつれて、類似の動作が増えていく。まるで上達していくかのように…。」

「だから!」と里沙は秋元の方を振り返って言った。『それは彼女達が人間だからなんです!』と続けようとした里沙の目に入ったのは、いつのまにか、サイレンサーつきの拳銃を握った秋元の姿だった。
「だから」と笑みを浮かべながら秋元が言う。「『サンプル』が欲しかったんですよ、1体だけでもね。」
バスッ!!バスッ!!バスッ!!と低い発射音が続けて響き、アイカの胸が打ち抜かれていく。
突然の出来事に悲鳴をあげることも出来ず、唖然とした表情のまま、アイカがスローモーションのように倒れていく。
「ミッツィー!!」叫びながらアイカに抱きつく里沙の左肩を、追い討ちをかける秋元の銃弾が貫く。
「あうっ!」とうめきながら膝を落とす里沙。
「バカな事を!」秋元の狼狽した声が響く。「ロボットを人間が庇うなどと!」
「こんなところで死なれでもしたら、私の計画が台無しだ!」うろたえながら秋元が携帯を探す。
「救護班を呼ばなくては…」
しかし、携帯を取り出そうとした秋元の手はぴたりと止まり…、見る見るうちに額やこめかみに静脈が浮き出してくる。
「ぐっ!?ぐわああああああ!!」頭を抱え、うめき声をあげて昏倒する秋元。口から泡を吹き、体を痙攣させている男の姿を、床に膝をつき、荒い息を吐きながら、怒りに目をギラギラと輝かせた里沙が睨みつけている。

秋元が動けないのを見て取ると、里沙はすぐさまアイカに向き直り、その体をゆっくりと抱き起こした。
「ミッツィー!! しっかりして!! 目をあけて!!」
「ごめんね、ごめんね、あたしがもっとしっかりしていれば…。」
手のひらでアイカのふっくらとした頬を触ると、アイカはゆっくりと目をあけた。
「…ガキさん…」
「ミッツィー、頑張って… すぐにここを抜け出すから… 帰ろう、みんなの所へ…」
「うちの血ィ… 赤いですか…?」
「…え…?」
「もう、よう目ェが見えんのです…。」
「うちの血ィ、どんなんですか…?」
里沙は、撃ち抜かれた自分の左肩を思い切り握りしめると、あふれる血で染まった右手を、アイカの目の前に差し出した。
「ほら!ミッツィー! 真っ赤だよ!見てよ!ミッツィー!」
「ほんとだ… 見えます… キレェな色ですねェ…」
滴る里沙の血が、アイカの頬を汚していく。
「あったかいですねェ… 血ィはあったかいって、うち、聞いたことあります…。」
「ミッツィー、お願い、生きて!あたし、何にもしてあげてない!」
「…ガキさんの手… あったかいです… おかあさんみたいですね…。」

静かに眠りに付いたアイカの白い頬は、里沙の血で汚れ、まるで赤い絵の具をいたずらした子供の様に幼く見えた。
そして、彼女の身体から流れ出た濃いブルーの循環液が、里沙の哀しみを映すかのような、深く蒼い血溜りをフロアに描いていた。




第5話 : Escape

早くここから逃げ出さなくては…!アイカをいつまでもここに置いておく訳にはいかない…!
里沙は歯を食いしばり、痛む左肩を抑えながら立ち上がった。
倒れている秋元を見下ろし、睨みつける。「殺してやりたい…」とさえ思うが、「pepper」達の誓いを思い、今後の状況を考えると、どう考えてもそれは実行すべきではなかった。
里沙は秋元の精神を乗っ取る為、ゆっくりと感応の触手を伸ばし、秋元の精神の中に入っていった。

先刻は里沙はとっさに秋元に「マインドスキャン」を仕掛けたのだった。
例えて言えば、「精神」という部屋を「覗き見」するだけの「マインドサーチ」に対し、「マインドスキャン」は精神の部屋に土足で入り込み、引出しを開け、中を掻き分けて情報を取り出す。それは「スキャン」される側の精神に激しい苦痛をもたらし、場合によっては対象者が死に至る場合もあった。
情報の書き換え、並べ替えまでも対象者に気づかれずに行う、高度な「マインドコントロール」さえ可能とする「能力」を持った里沙が、怒りに任せて全力で「マインドスキャン」を行った為に、秋元の精神は崩壊寸前まで乱れていた。

「ダメだわ…。」つぶやいて里沙が目をあける。ある程度の時間を置いてならまだしも、このままでさらにマインドコントロールによる負荷を掛けることは、死に至らないまでも、廃人となる可能性すらあった。
里沙は秋元のマインドコントロールをあきらめ、秋元が施設内に潜伏させていた機動部隊員の精神を乗っ取ると、アイカと共に自らを脱出させ、「pepper」達の元へと送り届けさせる様、導く事にした。

しかし、マインドスキャンの結果、様々な事実も判明した。秋元康。.彼は実際には現在局長代行であり、実際の局長は未だ阿久悠博士であった。
阿久悠博士は、日本が生んだ世界に誇る天才科学者と謳われ、ロボット工学の世界的な権威であった。
豪放な性格で知られ、「pepper」プロジェクトの生みの親であり、名付け親でもある。
当初、単身で警察組織に配属される予定であったガイノイド達が、異例の「警部」待遇で迎えられる事が決まった時、その祝賀会の会場で、阿久博士が古いヒット曲から命名したと言うエピソードが残っている。
しかし、彼は現在「pepper」逃走事件の首謀者である可能性を疑われ、科学技術局の手で監禁状態にあった。秋元の記憶の中の阿久博士は、
「彼女等はロボットではない!生命体である!彼女等を追わないでくれ、そして自由にしてやってくれ!」
と熱弁を振るっていた。
しかし、秋元はかつて「AKーBシステム」と呼ばれる、中央制御によるロボットの集団戦闘システムを開発し、科学技術庁のトップに登りつめようとしていた時、阿久博士の開発した、アンドロイド単体が高い判断能力を持つとともに、それぞれが高度な連動を可能とする「リゾナントシステム」との採用競争に破れ、失脚していたのだった。
この閉鎖された研究所は、その時の秋元の屈辱の記憶の地だった。
そして今、彼は自身のAK-Bシステムで「pepper」達を全滅へと追いやる事で、AK-Bシステムの優位性を証明し、同時に阿久博士の失脚と自身の復権を目論んでいたのだった。

「とんでもない事になってきたわ…。」
里沙はマインドコントロールした機動部隊員に車を運転させ、アイ達の元へと向かいながらつぶやく。
痛む肩を押さえながら、携帯を取り出し、愛へコールする。
「は~い。 ガキさん? どうだった?」いつもと変らない愛の声がした。
「愛ちゃん、お願い! 助けて! 阿久博士を助けだして! 彼女達のお父さんを連れてきて!」
愛の耳には、里沙の声はまるで泣き叫んでいるかのように聴こえた。






























最終更新:2012年11月25日 18:44