(17)385 『禍刻III―Crimson symphony―』

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※注意

  • 単発の読み切りです
  • 能力等の設定は踏襲していますが今までの作品にはない異質な世界での話です
  • やや残酷な描写を含みます
  • そういったわけで不快に思われる方はスルーをお願い致します
  • とはいえ今回の前半部分には(過激な言葉こそあれ)目を覆うような描写はありません






―日が落ちるのが随分早くなったなぁ

ぼんやりとそんなことを考えながらゆっくり歩いていた亀井絵里は、自分を呼ぶ声に何度目かでようやく気付いた。

「もう・・・絵里!またボーっとしよる!はよ帰らんと!」
「ああ、れいな。ごめんごめん」

数メートル先で立ち止まってこちらを振り返る田中れいなの表情は逆光でよく見えない。
だが、おそらく不機嫌な表情であろうことはさすがの絵里にも分かった。

「でもさあ、ほら。夕焼けがきれいだよ」

立ち止まって自分を待ってくれているれいなの隣に歩み寄りながら、絵里はれいなの背後の空を指差す。
凄絶なまでに赤く彩られた空は、一種の不気味さすら内包した妖艶な色を生じていた。

   * * *

その光に照らされて緋に染まる絵里の表情もまた、夕景同様ある種凄艶な美しさを放っていて、れいなは思わず息を呑んだ。

 ―誰よりも死と隣り合わせの世界に住む絵里だからこそ、沈み行く夕日の衰滅的な光に映えるのかもしれない
 ―もしかしたら、絵里の目には自分とは違った夕日の景色(いろ)が映っているのかもしれない

そんな物憂い思考に囚われて。

「もー。そんなに怒んないでよー。帰りますってば」

そんな心の内を知る由もなく、ようやく追いついてきた絵里は無邪気にれいなの肩を叩いた。


「残念だけどまだ帰れないし。っていうか『もう帰れない』って言った方がいっか」

そのとき、背後から酷薄そうな声が聞こえ、絵里とれいなはゆっくりと振り返った。
長く伸びた自分たちの影の先に、一人の女が立っている。

年の頃はおそらく絵里やれいなと同じくらいと思われたが、若さゆえの生彩をまるで感じさせない。
だがその割に口調や仕草は必要以上に幼く、そのアンバランスさは、相対する2人に理由のない不快感を与えた。
声同様の、感情を逆撫でするような笑みもその原因の一つと言えるかもしれない。

「亀井絵里ちゃんと田中れいなちゃんだよね?」

髪をいじりながら、女は続けてそう訊いた。

「んー?そうだけど?誰?絵里たちに何か用?」
「『もう帰れん』とか何とか言っとったっけ?まさか思うけどれいなたちと闘り合う気ぃか?」

「ま、そーゆーことだね。悪いけどぉ2人とも死んでもらうから」

いかにも「面倒なんだけど」的な態度を装った女は、どこかわざとらしさのある口調でそう言った。

「あー・・・またそういう系の人かあ。そっとしといてほしいよもう。せっかくいい気分だったのに」
「そんなボケたこと言うとる場合やないっちゃよ絵里。まあたった1人で勝てる気ぃでおるヤツの方がずっとボケとーけど」

不機嫌に膨れる絵里と、バカにしたように鼻で笑うれいな。
その反応に、女は明らかに不愉快そうに眉を動かしたが、それを抑え込んで元の表情を作る。
そして、女は一歩だけ無造作に絵里とれいなの方に歩を進めた。

「絵里ちゃんとれいなちゃんの影さぁ・・・借りるよ?」

傾いた陽によって作られた自分たちの影。
その影の上に、女が重なっていることに気付いたとき、絵里とれいなの体の自由は奪われていた。


「あれ?ちょっと何これー」
「お前・・・何したと?」

体が突然固まったように動かなくなり、絵里とれいなは女の方を見やった。

「“人影支配(シャドウ・ディレクション)”ってやつ?つまり影を操るのがぁマヤの能力?」

相変わらず髪の毛をもてあそびながら、女は嘲るように半疑問系で答える。

「・・・ねえれいな、マヤって何?」
「あの女の名前っちゃろ多分」
「あ、そういうことかぁ」
「まんまに悠長やね、絵里は」

「絵里ちゃんとれいなちゃんさあ、今自分が置かれてる状況理解してるわけ?」

まるで焦りのない絵里とれいなの態度に対し、女は徐々にイラつきを隠せなくなってきていた。

「当たり前じゃん。そんなの誰でも分かるよ」
「絵里に分かるんやったら誰にでも分かるけんね」
「ちょっとれいな失礼なんだけど。アホにはアホの意地があるんだからー」
「自分でアホって言うとるやん」

「さしね!おめらかちゃくちゃねっきゃな!」

ついに感情を抑えきれず無意識に地元のものらしき言葉で怒鳴った女の表情に、自らの失態に対する悔恨の色が浮かぶ。

「・・・それどこん言葉?っていうか何言っとーか全然分からんけど」
「あ、れいな。それは多分触れたらダメなんじゃ・・・」

だが、絵里の制止は間に合わず、女は逆上した。


「ブッ殺す!お前ら絶対ブッ殺す!」

「な、なん急にキレとー・・・?」
「れいなは絵里のことアホだって言うけどさ、れいなは空気読めないよね・・・・・・って・・・あっっ!」

絵里が呆れたようにそう呟いた瞬間、れいなの手が絵里の頬を張り飛ばした。

「な・・・絵里!大丈夫か!?ち、ちがうけんね!手が勝手に・・・お、怒ったわけやないけん!」

叩かれた絵里よりも叩いたれいなの方が狼狽し、しどろもどろに絵里に呼びかけた。
思い切り平手打ちを受けた絵里の頬は徐々に赤みを増し、唇の端が切れて一筋の血が流れ出している。

相手の女に視線をやった絵里の目がすっと細められた。
舌を出し、切れた唇をゆっくりと舐める。その血は、絵里の舌を不吉に赤く染めた。

「・・・れいな、この女がさっき言ってた能力覚えてる?」
「へ?うん、“人影支配(シャドウ・ディレクション)”とか言っとったっけ?」
「思ったより手強いね」
「うん、想像しとったよりは」

「今さら気付いたぁ?まさか動けなくなるだけとでも思ったの?“支配”ってことはさぁ、マヤの思い通りってことなんだよ?」

再び余裕を取り戻した女は、何事もなかったように元のしゃべり口調に戻っていた。

「“影”を操ればその“影”の持ち主も同じように動く・・・みたいな?だからもう絵里ちゃんとれいなちゃんに勝ち目はないよ?」

そう言いながら勝ち誇った笑みを浮かべる女に対し、絵里は切れた唇の端を持ち上げてニヤリと笑い返す。

「・・・何笑ってんの?あ、未だに状況分かんないんだ?確かに絵里ちゃんの能力は怖いけどさ、れいなちゃんに攻撃させれば無問題じゃん?つまり絶体絶命なんだよ?」

得意げに話す女に対し、絵里はついに声を上げて笑い出した。


「な・・・にがおかしいの?頭おかしくなっちゃった?」

一瞬激しかけた女は、先ほどの失態を思い出してすぐに平静を装った。

「ねえ、れいな。ここまでのやりとりでさ、いくつか分かったことがあるよ」

笑いを止め、表情を消した絵里は、女の言葉を完全に無視して静かにそう言い切る。

「分かったこと?」
「まず1つ目。“人影支配(シャドウ・ディレクション)”の能力はその名の通り“影”の支配に過ぎない。つまり“影”に映らない部分の支配はできない」
「“影”に映らない部分?」
「例えば精神・・・つまり能力や思考は支配できない。それに、目や口もこうして動かせる」
「おー、なるほど言われてみればそうやね」
「2つ目。その能力は相手の影に自分の影が触れることで発動する」
「ああ、アイツに影踏まれてからやもんね、動けんようになったん」
「3つ目。あの人はこういう“仕事”においては完全に素人。能力も未熟」
「そうやね。ま、多分本人は気付いとらんやろうけど」
「4つ目。こっちの能力に対する認識が甘すぎ」
「これは致命的っちゃね」
「コレだけ揃えばもう結果は見えてるよね」

「・・・はっ・・・はは!それがどうしたっての?文字通り手も足も出ない状況で何ができるわけ?バカじゃない?」

「絵里、れいなが5つ目言ってもいい?」
「5つ目?何?」
「5つ目!お前めっちゃムカつく!特にれいなに絵里を叩かせたのは絶対に許せん!死んで償え!」
「あはは。れいな過激だねえ」

「はぁ?死んで償え?何言ってんの?バカじゃな・・・・・・???!!?」

れいなの言葉を嘲笑しようとした女は、その直後、自分の中に突然湧き上がった未曾有の奇妙な感覚に、わけの分からぬ恐怖を覚えた。


「うあっっ!?」

一瞬後、自分の中で何かが弾け飛んだかのような衝撃を受け、女はよろめいた。
2,3歩後退した女が自らの失策を悔やんだときには、すでに“支配”から解放された絵里とれいながゆっくりと肩や首を回していた。

「な・・・一体・・・なして・・・何でだ!」

叫びながら、女は再度2人の影を“支配”するべく片足を一歩前に出す。

「“増幅能力(アンプリファイア)”・・・それがれいなのチカラやけん」

だがそのとき、静かながらどこか凄みのあるれいなの声が響き、女は文字通り二の足を踏んだ。

「そ、それくらい知ってるし!仲間の能力を増幅させるんでしょ?」
「やけん認識が甘いって言っとー。別に仲間だけやないとよ?今あんたの能力を増幅したけんもうあんたは能力使えんよ?」
「何ワケのわかんないこと言ってんの?」

女は再び絵里とれいなの影に触れ、自身の能力を解き放とうとした。
その瞬間、頭が割れそうなほどの激痛と衝撃を感じ、女は弾かれるように後退する。

「そやけん言ったやん。能力は使えんって」
「どうして・・・」
「分からんと?例えば砂場で穴掘りしてる3歳の子に、スコップの代わりにショベルカー渡したら穴掘れると思う?」
「・・・・・・なっ・・・」
「所詮あんたはショベルカーを乗りこなせん3歳児やってことやね。そろそろねんねの時間やなかと?」
「おめ・・・・・・くそぉぉっっ!!」
「悔しいんはようわかったけん。で?どうすると?何か奥の手でもあると?」
「・・・・・・お、お前のその能力・・・時間に限りがあるはず!」
「お。それは知っとったんやね。確かにあんまり長持ちせんのが欠点やけど・・・別に関係ないけんね」

「どうしてだ」と訊こうとした女は、慄然として口を半開きにしたまま固まった。


「“傷の共有(インジュリー・シンクロナイズ)”・・・知ってるよね?絵里の能力」

いつの間にか自分の首筋にナイフを当てた絵里が、冷たい表情を向けている。

「ま、待って・・・!じ、自分まで死ぬつもり!?」

まるで自分の首筋にナイフが突きつけられているかのような威圧感を覚え、女は恐怖に拘束された。
絵里は女の質問には答えず、静かに言葉を継ぐ。

「あなたは絵里とれいなを殺しに来たんだよね?・・・ねえ、人を殺すには“覚悟”がいるんだよ?」
「か、覚悟・・・?」
「そう。人の命を奪うという“覚悟”。そして・・・・・・逆に自分が死ぬかもしれないという“覚悟”」
「ひ・・・・・・」
「誰かを殺そうとするってことはそういうことだよ。あなた・・・自分が死ぬかもしれないなんてこと思いもしてないよね?」
「あ・・・あ・・・」

女は自分が絶望的な状況にあることをようやく知った。

「た・・・たすけ・・・」

顫えながら掠れた声で息を漏らす女に冷たい眼差しを向けていた絵里は、黙ったままナイフを首筋に沿って滑らせるように動かした。

「ひっ・・・」

思わず女は息を呑んだが、それ以上のことは何も起こらずナイフは静かにしまわれた。
緊張の糸が切れ、女は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。


「“傷の共有(インジュリー・シンクロナイズ)”。さっきも言ったけどあなたはこの能力への認識があまりにも甘い」
「“共鳴増幅能力(リゾナント・アンプリファイア)”。それがれいなの本当の能力。さっきあんたに使ったのはその一端にすぎんけん」

「・・・・・・?」

唐突に自身の能力の説明を始めた絵里とれいなの意図が分からず、女は首を傾げた。

「絵里の能力は自分の傷を1人の相手に共有させるだけじゃないよ。射程範囲内の対象者全員に同じ傷を共有させられる」
「・・・えっ?」
「それだけじゃないよ。傷を射程範囲内の対象者に移動することもできる」
「傷を・・・移動・・・?」
「不特定多数の傷を1人の人間に集めることも・・・ね」
「・・・・・・・・・っ」

「れいなの能力は、絵里のその射程範囲をめっちゃ広げることができると」
「・・・・・・・・・」
「はっきりとは分からんけど、多分半径2kmくらいにはなるんやないかな」
「2・・・きろ・・・?」

「さっきね、ナイフでほんの少しだけ皮膚を切ったんだけど。深さほんの0.1mmくらいかな?誰も気付いてないと思うんだけど、同じ傷が発生してる」
「一応言っとくけど半径2kmの円の中にいる人全員にってことやけんね。れいなもあんたも含めて」
「ひとりひとりの傷は気付かない程度のものだけど・・・全員分の同じ傷を1箇所に集めたら・・・どうなると思う?」
「10人分で1mm、100人分で1cm、1000人分で・・・10cm。半径2kmの円の中に何人いるやろね。あんたの首の太さ・・・何cmあると?」


何故、絵里とれいなが唐突に自分たちの能力について話し始めたのか。
話の途中から薄々感じていたその理由を否応なく知らされた女は、自らの目の前に横たわる死の恐怖に慄いていた。

今まで意識したこともなかった自らの死。
それがはっきりと眼前に存在しているという信じがたい現実。

女は、その絶対的な恐怖の中で初めて“死”を理解した。
そしてそれとほぼ同時に―――


「さよなら」


ほとんど沈みかけた夕日に染まる赤い景色を、深紅の霧と絶叫が彩った。



「あなたは・・・命を侮辱した」


鮮血のように凄絶な夕日の赤の中、大小2つの影を落とす女に向かって絵里は静かにそう呟いた。



   * * *


「あーあ、夕焼けが終わっちゃったよ」

あっという間に闇に侵食され始めた帰り道を歩きながら、心底残念そうに絵里はため息を吐いた。

「まあ夕焼けはまたいつでも見られるけん」

なぐさめるようにそう言ったれいなは、絵里が足を止めたことに気付いて立ち止まり、振り返る。

「でも・・・次にれいなと一緒に夕焼けを見る前に・・・死んじゃうかもしれないじゃん?」
「絵里・・・・・・」

どこか淋しげに、そして切なげに唇を噛んで俯く絵里の姿にれいなは一瞬言葉を失う。
誰よりも死と隣り合わせに生きている絵里の、その心の内を垣間見て。

だが、れいなはすぐに絵里の下に歩み寄ると肩に手を回し、その顔を覗き込んでニッと笑った。

「絵里は死なん。れいなが守るけん。この世のあらゆるものから」

絵里はれいなの顔を驚いたように見て・・・そして少し意地悪く微笑んだ。

「さっき思い切り絵里の顔叩いたくせに」
「・・・!!あ、あれは・・・」
「うそうそ。ありがとれいな。・・・嬉しかったよ」
「あ、いや、そんなお礼言われるほどのことやないけん」


照れたように顔を見合わせて笑う2人を、夜の闇が静かに包み込んでいった―――





















最終更新:2012年11月25日 20:43