(17)685 『死の棘~The thorn of Death~』

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私はあなたを許すことが出来ない。
皆を裏切り、謝罪すらせずに消えるように去ったあなたを。

だから、私は―――あなたを、殺す。







『死の棘~The thorn of Death~』






彼女は一体、いつからスパイだったのだろうか。
それさえも見当がつかないくらい、彼女は私達を見事なまでに欺いていた。

共鳴という得体の知れぬ感覚によって繋がれた、リゾナンターという仲間達。
時には言葉にすら出来ないような感情さえも瞬時に皆に伝わる、愛おしくもありながら同時に厄介な鎖のような絆。

共鳴という鎖に彼女は縛られていなかったというのだろうか。
そうとしか思えない程、彼女は呆気なく私達を捨てて何処かへと消えてしまった。

今も、仲間達はいなくなってしまった彼女のことを思っては胸を痛めているに違いない。

もう帰ってくることのない裏切り者を思って胸を痛め、涙を流す。
本来なら、私も仲間達と共に胸を痛めて泣き暮らしているはずだった。
だけど、そうしなかったのは―――この胸を満たす感情が、悲しみよりも激しい怒りだったから。

スパイとして私達と共に過ごした彼女が有している情報は、彼女の所属している組織であり、
私達にとっては敵であるダークネスへはまだ渡っていないはずだった。

それを確信したのは、彼女がいなくなってからすぐに起きたダークネスとの戦闘。
情報が既にダークネス側へと渡っていたなら、私達は随分苦戦を強いられていたに違いない。

だが、結果は誰一人大きな怪我を負うこともなく、普通に勝利することが出来た。
それに加えて、決め手となったのは―――対峙したダークネスの戦士の動揺。

戦いの時に誰かがいない、という事態は大して珍しくもないことだった。
向こうにしても、こっちが常にフルメンバーで戦いを挑んでくるなんて思ってなんかいないだろう。

それなのに、対峙したダークネスの戦士は明らかに動揺していた。

おそらく、彼女はダークネス側に何も告げずに消息を絶ったのだろう。
ダークネス側はそれを―――彼女の裏切りだと思い、私達に戦いを挑んできたのだ。
裏切り者の彼女と私達を始末するために交戦したというのに、彼女の姿は何処にも見あたらない。


一体、何故彼女は本来の仲間達も捨て去り、行方をくらましたのか。
その答えを知るのは彼女以外に誰もいない。

ただ一つ言えることは―――私達の情報が彼女以外の人間に流出することだけは避けなければならないということだ。
ダークネスの人間にも何も言わずに去っている時点で、ダークネス側へと私達の情報が流れる可能性は薄い。

彼女はダークネス以外の組織に属しているスパイで、私達の情報を集めると同時にダークネスの情報も収集している可能性もあり得る。
もっとも、その組織が―――私達にとって、敵でないとは限らない。

ダークネスを相手にするだけでも命を失う危険性は常にある。
その上、さらに他の組織まで相手に出来る余裕などない。

―――彼女を殺さなければ、私達が死んでしまうのだ。


仲間達は悲しみにくれる余り、そのことに気付いていない。
仮に気付いたとしても、彼女を殺すことなど出来ない、何とかして彼女を説得しようとするだろう。
共鳴という絆で一度は結ばれた仲間だから、きっと説得すれば元通りになれると思うのは目に見えていた。

断言してもいい。
説得して帰ってくるような人間なら、最初からリゾナンターを去ることなんて出来るわけがない。
裏切りを知った時の私達の悲しみ、動揺が共鳴によって何倍にも増幅されて心に伝わっている時点で、
普通なら―――彼女が真にリゾナンターの一員ならば、私達の傍から離れることなんて出来るわけがなかった。

彼女は共鳴の絆に繋がれてなどいない。
ただの裏切り者であり、間接的に私達の命を危険に晒そうとしている敵なのだ。

そう言ったところで、きっと仲間達は聞く耳など持たないだろう。
何よりも共鳴という絆、可能性を信じている仲間達。
裏切られても尚、信じる気持ちを持って彼女を待ち続ける仲間達。


馬鹿馬鹿しい。
共鳴という絆を、可能性を―――私達そのものを彼女は真っ向から否定したというのに。

愚かな仲間達、けれど私にとっては何物にも代え難い仲間達。
彼女達を守るためなら、私はこの手を汚すことを躊躇わない。
かつての仲間であり、尊敬していた彼女をこの緑炎で焼き尽くしてみせる。

そのために、私は―――もう仲間達の元へは戻らないつもりで、彼女を追ってきたのだ。
共鳴という絆を断ち切り、ただひたすらに彼女への憎しみだけを力へと変えて。

もう何ヶ月もの間、何の手がかりもないまま街から街へと移動してきた。
彼女に関する情報が得られないかと能力者組織を虱潰しにあたり、時には…戦いを挑んできた者を
この手で焼き払い、薙ぎ払い、叩き潰した。

ひたすら彼女を追い求めて捜索と戦いに明け暮れた日々も、もうじき終わる。
中国の組織時代から重用してきた馴染みの情報屋から先程、待ち望んでいた連絡があったのだ。
それなりに前金の値も張ったが、その分確度は高い。

彼女を殺して―――全てが終わる。
もう、あの頃にはけして戻ることはできない。
だからこそ、絶対に成し遂げてみせる。

見上げた夜空に浮かぶ月。
燃えるように紅く光る月は近く訪れるであろう彼女との悲しい再会を暗示しているようだった。


* *



この土地を再び訪れることになるとは思ってもいなかった。
過剰なネオン、ドラッグと吐瀉物と血の悪臭が染みついた土地。
刃千吏時代幾度か研修で訪れたことのある私には、むしろ懐かしさのある、あの平和な喫茶店よりも余程リアルな土地だった。


情報屋から買った情報に従い、久々に訪れた街を歩く。
人の欲望渦巻く街の片隅にある、現地の人間ですら近づかない一角。

近寄ってくる物乞いを蹴り倒し、銃を向けてくる黒服に身を包んだマフィア達を容赦なく念動力で吹き飛ばした。
まさにアングラな地帯を一歩一歩進むうちに、徐々に懐かしい気配が近づいてくる。

幾重にも張られた、黄緑色の結界。
私は迷うことなくその結界に手をかけ、無理矢理引き開けて体をねじ込んだ。


「やっぱり、リンリンが一番最初にきたね」


まるで、最初から私が来ることを分かっていたかのような言葉を発して、彼女は小さく自嘲した。
以前と何も変わらない姿で彼女はそこに立っているのに、私と彼女の間には間違いなく、けして埋めることの出来ぬ溝があった。
かたや裏切り者、そしてかたや―――裏切り者を粛正しにきた者。

この体の震えは一体何なのだろうか。
彼女は戦闘系能力は使えない、そして、どの程度の実力者なのか誰よりも知っているというのに。

ああ、この震えは―――恐怖ではなく、歓喜。
何ヶ月というけして短くはない期間、目的を果たすためだけに私は全てを賭けてきた。
暖かな場所も大切な仲間も共鳴も、何もかも切り捨て、ただ、彼女を殺すためだけに生きてきたのだ。


「リンリンは、あたし側に近い人間だから。
だから、絶対に誰よりも早くあたしのところへ来ると思ってた。
あたしを殺しにきたんでしょ?
―――でも、あたしにも譲れない願いがあるから、例え元仲間でも殺すよ」

「お前と一緒にスるナ。
彼女達を平気で切り捨てテ姿を消しタお前と私ハ違う」


「…違わないよ。
リンリンは、気持ちの上ではそうでないつもりでも―――あたしと同じことをしたんだよ。
自分の目的を果たすためだけにあの子達を捨てた、どんな理由があってもその事実は変わらない」

「うルさイ、黙レ…」

「あたしのところに辿り着くまでの間に少しは力を付けたみたいだけど、断言してもいい。
リンリンじゃあたしには勝てない」

「―――黙れエエエエ!!!」


激しすぎる怒りが、そのまま私の力へと変わる。
能力を制御しようなどとは思わなかった。

能力者にはそれぞれ、自分の体に負担がかからない能力範囲というものがある。
だけど、私はその能力範囲を超えた能力を己から無理矢理引き出した。

能力の過剰放出、それは二度と能力が使えなる、場合によっては―――エネルギーの大量放出に体が耐えきれなくなり、死に至る。
目的さえ果たせればそれでよかった、どの道、生き残ったとしても私が仲間殺しであることには変わりない。

そして、そんな私を彼女達が再び受け入れることはないのだ。
自ら選んだ絶望さえも力に変え、私は彼女と対峙する。
以前とは明らかに違う強さをもった私を見ても、彼女は顔色一つ変えていなかった。


「…あたしを追ってこなければ、もう少しはあの子達と暖かい時間を過ごすことが出来たのにね。
リンリン、あたしを殺さないと―――あたしは、あの子達も殺すよ」


その言葉が、悲しすぎる戦いの始まりを告げる合図だった。
手から念動刃を幾つも放ち、私は彼女との距離を縮める。


離れた距離で戦うのは得策ではない、戦闘能力を使えない彼女の攻撃手段であるピアノ線は、至近距離でも扱えないことはない。
それでも彼女に向かって飛び込んでいくのは、彼女のピアノ線はある程度離れた敵に対して最も真価を発揮する攻撃だから。

念動刃を無駄のない動きで避けながら、彼女はピアノ線を巧みに操り私の動きを止めようとしてくる。
私は彼女に向けて放つのとは別に念動刃を生み出し、ピアノ線を断ち切っていった。
だけど、彼女はその都度新たなピアノ線を懐から取り出して操り始める。

膠着状態が続いた。
彼女に近づきたい私と、近づかれる前に私を仕留めたい彼女。

体が燃えるように熱い。
普段、これだけのエネルギーを放出して戦うことはなかった。
早く、距離を詰めて、緑炎で彼女を焼き尽くさねば―――先に燃え尽きてしまうのは、おそらく私だ。

それだけは避けたかった。
何としてでも、彼女を倒さねば―――あの暖かい場所を、仲間達を切り捨てた意味がない。


「ウアアアアア!!!!!」


叫び声と共に、私はさらに全身からエネルギーを解き放つと、ピアノ線に構うことなく彼女へと突っ込んでいく。
体にピアノ線が幾重にも巻き付いてくるが、私はそれを体から放つエネルギーで無理矢理焼き切った。
彼女の焦った表情に、私は勝利を確信する。

手で触れないと発動することの出来ない、発火能力。
―――彼女はもう、私の領域内に入った。


『接近戦苦手なんだよねー、元々あたしあんまり運動神経よくないからさー』


いつかの彼女が脳裏に蘇る。
どうして、あの頃のままでいられなかったんだろう。
あの頃からまだ時は大して過ぎていない、私も彼女も見た目はあの頃と何一つ変わらない。

戦い続ける日々は辛かった、でも、皆で辛さを分かち合い喜びを何倍にも感じながら過ごした時間。
大切だったし、守りたかった、それは今、目の前にいる彼女も含めて。

私の攻撃から逃げまどう彼女を、この目にしっかりと焼き付ける。
リーダーと共に、私達を導いてくれた彼女。
しっかり者で、でもどこか抜けていて、とても優しかった。


「…さよウなラ、新垣サン」


大切だった時間も絆も、何もかも焼き尽くす激しい力を秘めた腕は彼女に向かって伸びる。
指先が触れれば、それで何もかも終わるはずだった。
頬に伝う涙を感じながら私は彼女の腕を掴む。

燃えろ、燃えろ、燃え尽きろ。

想いと共に、私は全エネルギーを放出する。
緑炎が具現化しようするより早いその刹那、私の体はその場に崩れ落ちた。


「残念でした」


感情の籠もらない声で彼女がこの戦いの終わりを宣言する。
もう、小枝すら燃やせる気がしない私を嘲笑うかのように、彼女は膝をついて私と視線を合わせた。
恐ろしく澄んだ瞳で、彼女は私を見つめてくる。


彼女は一瞬だけ微笑むと、私に見せつけるかのように懐から一本のナイフを取り出した。
見た目だけなら、何の変哲もないナイフ。
だけど、そのナイフから漂うのは闇を凝縮したかのような、負のエネルギーだった。


「言ったでしょ、リンリンじゃあたしに勝てないって。
この“死の棘”がある限り、あたしは絶対に負けない」

「死の棘…」

「これは、敵対する能力者のエネルギーを能力者に気付かれないように徐々に削り取ることが出来るの。
対峙した能力者はまだエネルギーを出せる、そう勘違いしてさらに能力を放出する…今のリンリンのように。
自滅を誘い、削り取ったエネルギーを使用者に還元する、これがある限りあたしは絶対に負けない」


そう言って、彼女は“死の棘”を愛おしそうにその胸に抱き締める。
まるで、愛する者をその身に抱くかのような仕草に目眩がした。

不意に、彼女が私の頬に手を伸ばす。
振り払うことすら出来ずに、私は精一杯の拒絶として彼女を睨み付けた。


「さっきも言ったけど、あたしにも目的があるの。
そして、この死の棘はそれを叶えるために手に入れたもの」


蕩々とした口調で、彼女は私に語る。
かつて、誰よりも何よりも大切な存在が彼女にはあったこと。
それをダークネスによって失い、復讐するためだけにこの禁断の武器へと手を伸ばしたということを。


「まだまだ、あの人を奪ったあいつを殺すにはエネルギーが足りないの。
他の皆の力も奪って、ダークネスの主要な戦士の力も奪って、それで、五分と五分くらいかもしれない。
でも、絶対に私は復讐を遂げてみせる、例え目的を果たした瞬間に―――その代償として命を奪われたとしても」


そう言って彼女は動くことの出来ない私へと、死の棘を突き刺す。
胸に生まれた痛みは、どこか官能的ですらあった。

視界が霞む。
それと同時に、ストン、と自分の胸の中に落ちてくる想い。

ああ。

共鳴という絆、可能性を捨て去った私では最初から彼女には勝てなかったのだ。
その願いを叶えるために全てを捨て、心を深い闇に染めた彼女に―――同じような力では対抗出来るわけがない。

闇を照らし出すのは、鮮やかな光。
光を捨て、心を復讐へと染め変えた闇の力では、より深い闇にただ飲み込まれてしまうだけ。

その目的を果たすために、最終的には自らの命がなくなると知りながら深い闇に身を堕とした彼女。
僅かながら、私の覚悟は彼女の覚悟よりも劣った、それこそが敗因だろう。

額に落とされた唇の感触、そして何かを囁く彼女の声。
何と言っていたのか理解するよりも早く、私の意識は深く暗い所へと落ちていった。





















最終更新:2012年11月25日 21:55