(19)115 『―How to kill an ANGEL―』

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『―――キミはどうやってもあたしに傷一つつけることは出来ない』


あたしのその“宣言”に対し、その子は不敵な笑みを返した。

今まであたしを殺しに来た幾多の能力者と同じように―――


     *   *   *



大陸からの寒気が流れ込み、秋晴れの続いていた昨日までとは打って変わった、真冬のような空気が辺りを覆っていた。
一日中鉛色だった空は日が傾いても微かな朱みすら差さず、その上に圧し掛かるようにして夜が迫っている。

誰もが俯き、首を縮めて背中を丸めているであろうその空の下を、一人の小柄な女性が歩いていた。
まるで、その頭上には秋晴れの空が広がっているかのような、明るく軽い足取りで。

小さく歌を口ずさむその口元からは、白く輝く呼気が吐き出されている。
だが、女性はそれすらも楽しんでいるようだった。
その愛らしい顔に浮かぶ天使のような微笑みが、それを物語っている。


「あんたやね?最近うちらの組織の人間を片っ端から返り討ちにしてる能力者いうんは」


そのとき、“天使"の歌を遮るようにして背後から低い声がした。

振り返った先にあったのは、女性とそう変わらない小柄な体躯と可憐な顔の一人の少女だった。
いや、もしかしたら「女性」と呼んでもいい年齢なのかもしれない。

年齢不詳の端正な顔が2つ、重く垂れ込める暗色の空の下で向かい合う。
もしもその様を目撃したものがいたら、異界に紛れ込んでしまったと思ったかもしれない。
それほどにその光景は、どこか現実離れしていた。


「これ、いい加減言い飽きたんだけどさあ、あたしは別に好きでやってるわけじゃないんだよ」

しばしの沈黙の後、女性は肩を竦めるようにして、過去に何度言ったかしれない台詞を吐き出した。
自分はいつまで同じことを繰り返さねばならないのかと思いながら。

少女から返ってきたのも、すでに倦むほど聞いた言葉と大差はない。

「考えは変わらん?今やったらまだ迎え入れてくれるらしいよ?あんたやったら今まで殺された人間の穴埋めも十分できるからて」

女性は深くため息を吐くと、投げやりに言った。
言うだけ無駄だということは嫌というほど理解しながら。

「もうさ、お願いだからあたしのことはほっておいてくれない?」

返ってくる答えは分かっている。
自身の力を過信した者たちのお決まりの台詞。

「・・・ほやったら・・・死ぬしかないやよ?」


あたしの唯一の願い。
それは自由に歌う素敵な時間を楽しみたいということ。
それだけ。
たったそれだけのことをいちいち邪魔しにくるのなら、気は向かないけれど―――この力で撃墜するしかない。
どんな能力者か知らないが、あたしの“言霊-スピリチュアル・メッセージ-”の前では全てが無力なのだから。

あからさまな殺気を放ち始めた少女に対し、女性は静かに“宣言”した。


『―――キミはどうやってもあたしに傷一つつけることは出来ない』


少女はその言葉に不敵な笑みで応える。

「それはやってみんと・・・分からんよ?」
「じゃ、やってみれば?『キミはどうやってもあたしの体には何も触れさせることすら出来ない』よ、きっとね」

“言霊”を女性が重ねた直後、辺りの景色が一瞬奇妙に歪んだ。


一瞬、何が起こったのか分からず、女性はキョトンとした顔をした。
だが、その表情が苦悶を表わすものに変わるまでに、それほどの時間は要さなかった。

喉をかきむしるようにしながら必死に口を開け、女性は何かを叫ぼうとしていた。
だが、その言霊(こえ)はほんの微かにも聞こえない。
女性の激しい身悶えは、完全なまでの無音劇だった。


「あーしの声、もう届いとらんやろうけど一応言うとくよ?・・・あんたの周囲の空気を“移動”したんやよ」

笑みを浮かべたまま、少女は“物言わぬ”女性に話しかけた。


「知っとるやろ?音は空気を振動させんと伝わらん。音が伝わらんいうことは“言霊”も乗せられん。つまり・・・もうあんたは無力や」


驚愕か、恐怖か、それともいまだに何が起きているのか分からないのか。
必死で何かを喋りながら、女性の目はいっぱいに見開かれて少女を見つめている。


「あーしは確かにあんたに傷一つつけられん。・・・ほやけどあんたを殺すことはできる」


女性の表情からあっという間に生気が抜けてゆくのが分かる。
ただ単に息を止めるのと、真空中にさらされるのではまったく意味合いが違う。
“無力”となった今、女性を待ち受けるのが絶望的な未来であることは明らかだった。


やがて――

女性の意識は闇に墜ち、その体は硬い地面の上に崩れ落ちた。


「あんたのチカラは確かに強力やった。それが逆にアダになったんよ」

視線を下に移し、少女は静かに語り続ける。

少女の持つ能力“精神感応-リーディング-”は、女性の能力を対峙後すぐに見極めた。
そしてそれだけではなく、もう一つの能力“瞬間移動-テレポーテーション-”による攻撃の機会をも的確に捉えた。

2つ目の“宣言”を女性がすると同時に、少女は女性の周囲の空気を“移動”させた。
そこに生まれるのは“無”―すなわち真空。
通常であれば、すぐにそこには隣接する空間の空気が流れ込む。

だが――

「あんたは自分のチカラを見誤った」


―『キミはどうやってもあたしの体には何も触れさせることすら出来ない』


女性が発した“第2の言霊”、それが自らの首を絞めることとなった。

その“言霊”により、新たな空気は女性の体に触れることを禁じられた。
“無”となった空間に流れ込み女性の体に触れることは、発された“言霊”に反することになるから。
発生した真空は、それ故女性の周りに存在し続けるを得なかった。
それは女性から“音”を奪い、その能力を奪った。

そして今――

すでに女性の意識を奪ったそれは、そう先ではない未来に命を奪うだろう。


「あんたはこう思っとったね。『自分の能力を過信している者など敵ではない』と。ほやけど・・・」

少女の笑みが少し淋しそうな色を帯びる。

「自分が一番過信してたんやない?自分の能力があればすべてが思いのままやって」



やがて、微動もしなくなった女性に向かい、少女は小さく十字を切った。

「ごめんな。あーしも好きでやっとるわけやないんよ?こんなこと・・・。・・・向こうでは本当に自由に歌えるといいね」

そしてそう小さく呟くと、女性の骸と共に光の粒子となり瞬時に掻き消える。


“天使”と“光”が消え去ったその後には、無音の闇だけが残されていた―――





















最終更新:2012年11月27日 00:06