(20)803 『ハッピーバースデー』

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「ありがとうございました~」

受付のお姉さんから薬を受け取り、鼻歌を歌いながら病院を出た。

「うーん。いい天気になってよかったぁ」

大きく伸びをして、ちょっと深呼吸。

今日は定期検診の日だった。
午前中の内に済ませて、それからリゾナントに行く予定だ。

鼻歌を歌いながらバスに乗って、窓から景色を眺める。
いつも見ている景色だけど、今日はなんだか違って見える。

「これがオトナの景色か」

絵里は今日から20歳になった。
ついに絵里も大人の仲間入りしちゃったんだなぁ。
・・・って、メールでさゆに言ったら
「20歳になったら自動で大人になるってわけじゃないけどね」って呆れられたんだけど。
まぁ、さゆの言いたいことはわかるけどさ。そんなの無視無視!

バスを降りて、歩き慣れた道を進む。
もちろん鼻歌を歌いながら。

何てったって、今日は絵里が大人になった日なんだから。
気分が上がるのも仕方ないでしょ?

―カランカラン


「こんにちはー!」
「お、絵里―っ。いらっしゃーい」

可愛い店長に手を振って、店内をキョロキョロと見回した。

「まだ誰も来てないんよ」
「えー!そうなんですか?」
「うん。れいなも買い出し行ってもらってるし」
「なんだぁ」

ちぇーと口を尖らせながら、カウンターに座った。
早く来すぎたかなぁ。

「みんな今日の準備で忙しいんだよ」
「ほぅ」
「絵里の為にみんな張り切ってるからね」
「本当ですかぁ?」

へへ、なんか嬉しいな。

「私も頑張っておいしいケーキ焼くからね」
「やった!楽しみぃ~」

愛ちゃんからカフェオレを受け取って、一口だけ口に含んだ。
そういえば初めてここに来た時も、この席でカフェオレを飲んだんだっけ。

「懐かしいなぁ」
「ん?」
「初めてここに来た時も、今と同じだったなーって」
「あぁ」



あの頃はさゆにしか心を開いてなくて、誕生日だって、さゆが居ればそれでよかった。
鼻歌を歌うことは、さすがに無かったけれど。

「いつか死ぬんだしって思ってたから、誕生日を迎えても何も嬉しくなかったんですよ」
「うん」
「さゆに会って、誕生日を祝ってもらえることが嬉しく感じるようにはなったけど、
それでも『あと何回誕生日を迎えられるんだろう』って思ってて」
「うん」
「生きるんだー!なんて、全く思わなかったから」

あの頃は、死ぬのが怖くなかった。

だから、20歳の誕生日に鼻歌を歌っているだなんて、本当に予想外のことで。

話し終えたことを示す為に、カフェオレの入ったカップを両手で包んで、
何となく湯気を吹き飛ばした。

「もう死にたくないやろ?」
「そう、ですね」

カップに口を付けて、少しだけ苦笑い。
今は、傷つくことですら怖い。
絵里に“能力”があるけど、それでも怖い。
誰かに傷を移すことだって、出来ればあまりしたくない。

「それでいいんよ」

愛ちゃんは穏やかに言った。
コポコポとコーヒーの音がする。


「私だって、死ぬのは怖い」

愛ちゃんは眉間に皺を寄せて、小さく、苦しそうに笑った。

「何よりもみんなと別れるのが、本当に怖いって思う」

それは絵里も同じだ。
いつ死んでもいいと思っていたあの頃の自分が、今は1番怖いと思う。

「絵里」

一呼吸置いて、愛ちゃんが絵里の名前を呼んだ。

「誕生日おめでとう」

愛ちゃんはいつものように笑って、絵里の頭に手を伸ばした。
くしゃっと頭を撫でられ、恥ずかしいのと嬉しいのをごまかす為に、下を向いて笑った。

生きていてよかったと思う。
さゆに出会えてよかったと思う。

「…ありがとうございます」

愛ちゃんに、みんなに会えてよかったと思う。

おかげで、こんなに楽しい気持ちで20歳の誕生日を迎えられた。

―カランカラン

「あれ?絵里もう来たの?」
「うん、早いでしょ」


今日は大学は休みらしい。
絵里へのプレゼントらしき袋をカバンにしまいながら、さゆは絵里の隣に座った。

「さゆもカフェオレでいい?」
「あ、はい!ありがとうございます」

愛ちゃんがカフェオレを作りに席を立ったのを見ながら、
絵里は湯気の出ないカフェオレを飲んだ。

「ねぇ、さゆ?」
「何?」
「今までありがとぉ」
「急にどうしたの?」
「ちょっと言いたくなっただけ」

そう言って笑う絵里を見て、さゆは「変な絵里」と呟いた。

「これからもよろしくね」
「うん・・・ってさっきからなんなの?」
「うへへ。何でもないってばー」

今日まで生きてこられたのは、さゆのおかげだから。
そしてこれからも、絵里にはさゆが必要だから。

「いっぱい生きるぞぉ」
「はいはい」

そう言いながらも、さゆはほっとしたように笑っていて。
本当にさゆが居てくれてよかったと、もう一度強く感じた。



「さゆも嬉しいくせにぃ」
「なんのことだかわかんなーい」
「はいはい」

さゆは、きっといつでも絵里のことを考えてくれてて。
絵里が死なないように、不安にならないように、ずっと見ていてくれた。
でも、もう心配いらないよ。

「これからも、ずっと一緒だよ」
「えー、ずっと絵里の面倒見なきゃいけないなんてやだなぁ」
「ちょ、さゆ、ひどいしっ!」

絵里がさゆに文句を言っているのを見て、
愛ちゃんがさゆにカフェオレを出しながら笑った。

―カランカラン

「あれ、絵里もうおると!?」
「うへへ。早いでしょー」

買い出しに行っていたれいなが、両手に袋を提げて帰ってきた。

「早過ぎやし!主役がこんなに早く来たらいけんやろ」
「だって早くみんなに会いたかったんだもん」

そう言ったら、れいなが「なんそれ」と呆れたように笑った。

「そうだ、絵里」
「ん?何?さゆ」



飲み干したカフェオレのカップを愛ちゃんに渡しながら、絵里はさゆの方を見た。

「お誕生日おめでとう」

まだ直接言ってなかったから、と付け足してから、さゆはさらに言葉を続けた。

「生まれてきてくれて、ありがとう」
「へへ、どういたしまして・・・あれ?」
「そこはありがとうでしょ」
「そう、だよね」
「はぁ・・・」
「ごめんごめん!もう一回!」
「もう絵里最悪」
「ごめんって!さゆ、もう一回~!」
「もう言わん!」
「さゆ、ごめん~!」

ちょっと失敗しちゃったけれど、そう言ってもらえることが今は素直に嬉しいと思える。

生まれてきてよかったと思えるようになったことが、
今年一番のみんなからのプレゼントかもしれないな。

「ありがとうの間違いだってば!」
「はぁ?」

絵里に関わる全ての人に、ありがとう―





















最終更新:2012年11月27日 09:24