(21)186 『叶わぬ願い』

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「…まだ、時間は止まったままか。
それにしても、この人、なんで永遠なんか欲しがったんだろう?」


現実世界から切り離された亜空間。
栗色の長い髪をなびかせた女性は、目の前で動かない黒衣の女性を見つめていた。

自身が師と仰ぐ能力者の手により、“時間”を止められてしまった女性。
永遠が欲しい、そう願った女性に与えられたのは、彼女自身に降り注ぐ時間だけを堰き止められた、
おおよそ彼女が欲しいと望んだものとは違う永遠。

やがて、時が動き出すその時。
彼女は降り積もった時の流れに、一瞬で老化し死に至るであろう。
例え、もっと早い段階で時が動き出したとしても…けして抜け出ることの出来ない、この亜空間内で命を落とすしかない。

無音の空間に響くのは、自身の呼吸音のみ。
女性は溜息と共に、動くことのない女性へと歩み寄る。

強ばった顔のまま、時間を堰き止められた女性の頭部へと、細い腕を伸ばす。
さらさらとした髪の感触が、手のひらへと伝わることを感じながら、女性は“能力”を解き放つ。

栗色の髪の女性が有する能力、それは―――“接触感応-サイコメトリー-”。
触れたものから何かを読み取る能力であり、情報限定の場合と、精神感応のように心も読める場合とがある。
精神感応と過去視を併せ持つ能力だが、対象の一部に触らないと発動できず、受信のみで送信はできない能力であった。


発動して数秒程で、女性の脳へとダイレクトに届けられる記憶。
それは、悲しみに彩られ、苦しみが胸を掻きむしるような、精神の弱い人間だったら発狂しかねない記憶だった。


     *     *    *


生まれた頃から、一人だった。
育ててくれた家族がいないわけではない、だが、少女は孤独だった。

普通の人間がけして有することのない“超能力”というものを持って生まれたその時に、きっと少女の運命は決まっていた。

両親は少女に辛く当たり、学校に行っても周りは皆、少女を恐れた。
級友達は少女の持つ能力を知っていたわけではない、だが、幼いがゆえに持ちうる“感覚”が少女は只者ではないと感じ取るのか、
誰も彼もが少女を避ける。

学校にも、家でも自分の居場所はない。
有する能力を使わなくとも、家族は少女を虐げ、傷つけ。
級友達は、いつも青あざだらけの少女を避けるだけだった。

学校に行くのが辛い、でも家に閉じこもっても辛い。
だが、何処にも逃げ場などなかった。

食事も満足に与えられない少女。
生きたいという生存本能が、少女を学校に通わせていた―――学校に行きさえすれば、食事にありつけるのだから。

少女の心はねじれていく。
暴力を振るってくる絶対的な存在の両親に超能力で牙を剥き、学校には行かなくなった。


自由気ままに生きる少女。
ある日、少女に訪れた転機。

それは、少女がいつものように学校をサボり、公園でのんびりと空を見上げていた時のことだった。


『何なんですか、あなた達。
あたし、忙しいんですけど』

『まぁまぁ、そう言うなよ。
折角相手してやろうってんだから、な』

『そうそう、キミみたいな可愛い子、一人で歩かせるのも可哀想だし。
これから俺達とカラオケにでも行かね?』

『行きません!
離して下さい、いい加減』


よく見るようなやり取りだった。
可愛い女の子に群がる、ちゃらちゃらとした男達。

放っておこう、そう思ったはずなのに。
気がつけば少女は、その男達を追い払っていた。


『ありがとうございます、本当助かりました』

『別に、美貴は大したことしてないし。
てか、気をつけた方がいいよ、この辺ああいう奴多いから』


それで終わりのはずだった。
踵を返して歩き出す少女―――“藤本美貴”の背中にかけられた、暖かな声。


『あの、あたし…松浦亜弥って言います!
よかったら、あたしと…友達になってください』

『…いいよ。
あたしは藤本美貴』


そのまま、携帯電話の番号とメールアドレスを交換した。
嬉しそうに笑う亜弥の姿に、自然と微笑みが零れる自分が自分ではないみたいで、心の中で舌打ちする。
その日は、その場で別れた。

それから、毎日のように亜弥からメールが届き。
時には電話をし、気がつけば亜弥と一緒に街に出かける美貴が居た。

亜弥は可愛らしい子だった。
容姿もまた、巷にいる数多の女子とは比べものにならなかったが、中身もまた可愛らしかった。

一緒にいて心地よい。
それは、単純に性格が合う、なんていう言葉で片付けられるようなものではなかった。

例えるならば、自身の半身のような。
自分に欠けているところを補うような亜弥の存在に、傷つきささくれ立っていた美貴の心は徐々に救われていく。


美貴が超能力を使えると知っても、へー、すごいじゃんの一言。
恐れるどころか、むしろ、そういったものを持っている美貴を羨望の眼差しで見つめる亜弥。

やがて、美貴は自身に生まれた感情の正体を知る。

だが、美貴はけしてその感情を亜弥にぶつけることはなかった。
自身の中に生まれ育っていく想いを告げてしまうことで、築き上げた関係が崩れるのを美貴は何よりも恐れた。

自身の心を偽りながら、それでいて亜弥の一番傍にいれることに何よりの喜びを感じながら生きる、温かな日々。


その日々が壊れたのは、ある日―――一緒に出かけた街で、亜弥が倒れたことから始まった。


慌てふためき、美貴は救急車を呼ぶ。
そして、亜弥は病院へと入院することになった。

その時、美貴は初めて亜弥の両親と会い―――亜弥が、不治の病に冒されていることを知る。

この時ほど、美貴は自分の無力さに苛まれることはなかった。
どれだけ助けたいと願っても、自分にはそんな力はない。
自分が持つ能力は“氷使い”、亜弥を癒すどころか亜弥を傷つけ、命を奪うような力しか持ち得ないのだ。

毎日のように病室に通った。
弱気になる亜弥を、大丈夫だと、必ず完治して以前のように一緒に出かけたり遊んだり出来ると励ます美貴。

だが、運命は残酷だった。
亜弥の病室へと訪れた美貴が見たものは、手術室へと運ばれていく真っ青な顔色の亜弥。


医師が両親に告げていた。
この手術が無事に終わったとしても、もう亜弥の体は限界を超えている、後数ヶ月も生きられればいい方だと。

泣き崩れる両親を横目に、美貴はただ呆然とするしかなかった。


手術は成功した。
だが、日に日に衰えていく亜弥。

亜弥は誰に言われることなく、自分の寿命を悟っているようだった。
そして、そのことに対して何の恨み言一つ言うこともないまま、看病疲れで転た寝をしてしまった美貴の手をきつく握ったまま逝ってしまったのだった。

灰になり、骨となった亜弥。
もうけして、触れることの出来ない亜弥。

美貴は全てを呪うしかなかった。
何故亜弥が死んで、どうでもいい人間ばかりがのうのうと生きているのか。

まだ幼く、精神の未熟な美貴はそうして他人を呪うことでしか自我を保てない。
そして、そのまま美貴は大人へと変わり―――とある超能力者組織の一員となったのだった。

能力を振るい、どうでもいい人間達を屠る。

何故、お前達が生きていて亜弥が死ななければならない。
お前達など、何の価値もないというのに。
皆、死んでしまえ。

その思いのままに、能力を行使し戦い続けた美貴は―――ある能力者の存在を知る。
思うがままに時間を操る能力者、その能力者に頼めば、永遠の命を得ることが出来る、それは美貴にとっては魅力的なことだった。

いずれ、亜弥の魂は生まれ変わり…この世に生を受けるだろう。
そうしたら、また、やり直せばいいのだ。


亜弥を失ったことにより、精神が壊れてしまった美貴は気付かない。
輪廻転生など、この世界にはありえないということを。
例えどれだけ生きても、もう、けして、自分の半身であった亜弥には二度と出会えないことを。


    *     *    *


「ふーん。
可哀想に」


女性―――美貴の記憶を読み取った女性は、抑揚のない声で呟いた。
悲しみに彩られた記憶、それは女性にとっては取るに足らない、つまらないものでしかない。

女性は何人もこうした人間を見てきた。
女性にとって美貴の記憶は、今まで見てきた人間と大差ない。
ただ、哀れだな、としか言いようがなかった。

女性の師である能力者は言っていた、永遠なんてない、と。
時間というものは、過去から未来、今も尚全ての物や者に平等に降り続けるものであり、誰もそれが無限の存在であるかなど知らないのだ。
何故なら、誰しも―――限られた生を生きる存在なのだから。

女性は、美貴に背を向けると空間に“切れ目”を入れる。
そして、そのまま美貴の方を振り返ることなく女性はその切れ目へと自分の身を滑らせた。

後に残されたのは、時間を堰き止められた美貴。


―――誰もいなくなった亜空間に彫像のように佇む美貴を、誰も知ることはなかった。





















最終更新:2012年12月01日 14:51