(21)397 『テロル』

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12月某日。ー午後7;25―

 新宿コマ劇場の裏手にある、機材搬入口の前に一台の大型トラックが停車した。
薄暗いトラックの荷台の中には、軍服に身を固めた50名もの男達が作戦開始の号令を待ち、息を潜めたいた。
軍服の肩口には共産圏国家特有の軍事称号が刺繍してあり、50名の中では
最も高い階級を示す軍士官の刺繍をつけた男が立ち上がり言った。それは、ハングルに近いアルタイ語だった。

『国民軍特殊精鋭部隊、同志諸君。定刻通り作戦を決行する。20分で劇場を制圧し7;45には
 日本政府との交渉に入る。それまでに各班は、担当区域の制圧を終了させて置くように』

その指揮官らしき男は、鋭く切れ上がった目でゆっくりと50名の顔を見回し、全員の目を見終わると言った。
『では、作戦を開始する。祖国永栄!』

12月同日。ー午後6;50―

 今年の12月をもって、新宿コマ劇場が半世紀に及ぶ歴史に幕を閉じることになった。
そのラストを飾る演目は、ブロードウェイミュージカルの『Snow White 』
ニューヨークの演劇賞を総なめした、話題のロングランミュージカルである。
有終の美を飾るべくコマ劇場の支配人は、劇団四季や宝塚のトップ俳優を招集し、豪華絢爛の看板興行となった。

 そうそうたるメンバーの中、アイドル歌手の久住小春が、脇役ながらも見せ場の有る道化の役を得て出演していた。
開演十分前、久住はそわそわとした様子で、舞台袖でストレッチを繰り返している。
久住が落ち着かないのは、今日が千秋楽だからでも、テレビの中継が入っているからでもなく、
この舞台の出演を誰よりも喜んでくれた人物を、招待しているからである。
仕事の都合が付かずに、なかなか来れなかった高橋愛が今日、ようやく観劇に来る。


―午後7;00―開演
 開演のブザーが鳴り、客電が消えると、演者が総出演する華やかな第一場の幕開けである。
道化の衣装に身を纏った久住小春も、舞台俳優に負けじと、跳ねるように舞台へと飛び出した。

 幾つかの台詞の後、道化役の最初の見せ場である“紋きり口上”が始まる。
いつもなら、客席が波打つように笑う場面である。ところが、この日の久住の演技は精彩を欠いていた。
明らかに集中力を欠いた演技は、間が悪く、客も笑うタイミングを逃してしまう。

招待席にまだ、高橋愛が来ていない。

久住は空の招待席を見つけたその時から“心ここにあらず”の状態で、芝居どころではなかった。
(約束したのに……)

芝居中にもかかわらず、せり上がって来る感情が抑えられずにいた。
(来てくれるって言ったのに……)

高橋が仕事と事件に、忙殺されている事は久住も良く分かっていた。
(嘘をついた)

その事を理解できぬほど子供ではない。だが、空っぽの招待席が、目の端に映るたびに感情は激しく乱れた。
(嫌いだ。嫌いになった)

久住がこの舞台を一番、観て欲しかった人。
(裏切られた)

今日、この日だけは、何を差し置いても劇場に来て欲しかった。

「もうリゾナントなんか行ってやるもんか」久住は悔しくて涙が出そうになった。


場面は転換して、王の登場を告げるファンファーレが鳴り響く。
舞台上にいた者たちは皆、一様に片膝をつき頭をかしげ、王の登場に備える。

客の視線が、王の登場する大階段に集中したのをいい事に、久住は一人顔を上げ
高橋が入ってくるかも知れぬ場内の扉を眺めていた。

 すると横にいた、王子役の麻路さき(宝塚歌劇団)が、それに気づいて久住の頭を押さえつけた。
その一連の動きは芝居の流れに沿っていて、知らぬものが見れば決められた演出かと思うほど自然な動きだった。
麻路は、王子が駄目な道化を叱る芝居を、パントマイムで演じながら、小声で久住を嗜める。

「楽日だよ。集中して」

数人の客は、王子と道化のコミカルなやり取りに気づいて笑い声を上げた。
久住は、麻路に咎められた事が恥ずかく、やりきれない思いに駆られて、高橋への怒りが増した。

第一幕が終わりに差し掛かった時、“それ”は起こった。



―PM7;28―

 突然の銃声と共に、客席の扉が開き、武装した集団が入ってきた。
観客達は趣向を凝らした演出と解釈し、興味深げに身を乗り出し、通路を駆け抜ける軍服たちを観ていた。
しかし、舞台上の役者達は違った。顔面を蒼白にし、この尋常でない事態に身を硬くしていた。
指揮官らしき男が母国語で何か号令をかけたかと思うと軍服たちが劇場に散らばり、全ての出入り口を固める。
指揮官はインカムを使い、別働隊に母国語で指示を出した後、観客に向かって流暢な日本語で言った。

「我々は、我々の信念に基づき、理想の国家を構築するべく、この制圧行為を実行した!
 これは、我々の単独の意思による行動であり、我が祖国の独裁政治体制に反旗を翻すものである」

ざわつく場内。指揮官が天井に向かって、発砲する。

「日本人に告ぐ。もし、これより発言をする者がいれば、容赦なく撃つ」

一人のいかにもオタク風といった青年が、素っ頓狂な声を上げる。
「ちょ~、何なん、コレ?」

 乾いた銃声がして、青年の足から血しぶきが上がる。一瞬の静寂。
悶絶する青年の膝から流れる血を見て、周囲の観客たちが悲鳴を上げる。
悲鳴の出どころを狙って再び、数発の銃声がし、客席が血に染まる。

「声を上げるな!子供も対象外ではない」

息を呑む会場に向かい指揮官が、蔑むように唇に人差し指をあてがい、沈黙を促す。
会場はまるで、水を打ったように静まり返る。指揮官は見抜いていた。
日本人は絶対に逆らわない、ましてや抵抗など絶対にしない事を。
もし仮に、ここにいる2,000人の観客が、死に物狂いで抵抗したら、
たった50名の一個小隊に勝ち目など無い。
しかし、日本人は自己を犠牲にしてまでは戦わない、と確信していた。


指揮官は、言葉を続ける。
「この劇場は今、我々の支配下にある。
我々は、これより、この劇場にいる2,000名を人質とし、日本政府に交渉を開始する。
 日本政府が要求に従わない場合、10分ごとに百人ずつ殺してゆく」

銃弾に倒れた観客の子供が、堪らずに泣き出した。
側にいた軍服が銃を向け、子供に狙いを定めたその時、舞台から麻路さきが声を上げた

「やめろ!子供に銃を向けるな!」

 指揮官が、舞台をギロリと睨み、麻路に向かって発砲した。
刹那、隣にいた久住小春が身を挺して麻路を庇い、銃弾に倒れ伏す。
舞台上に倒れ込んだ久住の肩口から血が流れ出ている。
劇場にいた、数百名の久住のファンが「テメェ、コノヤロウ!殺してやる!」と心の中で叫び、静かに座っていた。

 指揮官は、テレビ局のスタッフに指示を出し、カメラに向かい演説を始める。その演説は日本全国に生中継された。
指揮官はテレビを通じて、一通りの要求を日本政府に伝えると、カメラマンに「ついて来い」と言い舞台上へと上がった。

 指揮官は下士官に命じて、舞台上にいる役者たちの頭に、銃口をあてがわせる。
恐れおののく有名人の顔が、全国ネットで映し出された。
普段テレビで見る、自信に満ち溢れた有名人の顔は、今や不安と動揺に支配され、泳いだ目には涙が溜まっている。

指揮官がカメラに向かって言う。
「第一の要求。只今、羽田上空を旋回している我が軍の軍用機20機を羽田空港に受け入れる事。
 10分待つ。もし、受け入れがあった場合は、100名の人質を解放する。受け入れが無ければ、100名が死ぬ事となる」


 次に指揮官は、国王役の俳優の側まで行くと、耳元で囁いた。
「カメラに向かって、助けを請え」
国王役のベテラン俳優は、あまりの恐怖に声が出なかった。
指揮官が銃底で頭を殴ると、悲鳴にも似た声で「助けてください!」と叫んだ。

 カメラに向かって助けを請う有名人の映像は、視聴者の感情を煽りたてる。
“コマ劇場の人質を救え”と発する国民の声が、政府への圧力を増すと、指揮官は算段していた。
そして、日本の政府は、その圧力に耐えられない、とも。

タイムリミットの2分前に下士官が日本政府からの回答を得て、指揮官に報告した。
「日本政府より回答。羽田空港への受け入れを許可!」

指揮官は心の中で嘲笑した。
(たった一個中隊で、2,000名の人質を取っただけ。……それだけで、赤子同然になる日本政府。
平和ボケした日本人には、国家が危機に瀕した場合に取るべき決断は、絶対に分からない。)

 指揮官は再びカメラの前に行き、日本政府に二つ目の要求を突きつける。
「第二の要求。日本政府がスイス銀行に、非公開に蓄財してある90兆円を、
 我が軍の口座に振り込め。10分の後、解放か、処刑かいづれかの結論に至る」
国家予算に相当する金が消滅すれば、日本経済は破綻する。その余波による自殺者は2,000人どころでは無いはずである。
指揮官は、日本政府は目先の恐怖におののき、“本当の危機”を見違えると、読んでいた。

日本政府に更なる世論の圧力を与えるため、指揮官は傷つき、息も絶え絶えの久住小春をカメラの前へと引きずり出した。
多くのファンを持つ久住が泣きながら助けを請えば、その影響力は絶大なはずである。

 指揮官は、久住の後ろに立ち乱暴にその細い首を抱えると、血に染まった道化の衣装をカメラに撮らせた。
次に、久住の衣装の肩口を引き裂き、銃痕をカメラに見せる。久住は肩に激痛が走り、危うく気絶しそうになる。
久住は能力を発動しようとしたが、尋常で無い痛みがそれを邪魔をし、力を収束出来ずにいた。
指揮官は拳銃を久住のこめかみに当てると、耳元で囁いた。
「助けを請え」


――久住の胸に、高橋愛の言葉がよぎる。『誰か助けて、って強く思えば、あたしは必ず感応する』 ――

久住がつぶやく。
「ヤダ」
指揮官が久住の頬を銃底で殴った。白い頬が見る間に青ざめる。
「助けを請うんだ。お前のためでは無い。この劇場にいる全員を代表して」

 しかし、久住は口をつぐんだままカメラから顔をそむける。
指揮官は、久住の衣装を勢いよく引き裂き、肌をあらわにさせる。
久住のファン数百名の背筋が、いっせいに伸びる。
沈黙する久住に、悲鳴を上げさせるため指揮官は傷口に銃口をねじ込む。
久住は激痛に目を見開き、歯を食いしばった。が、それでも声は上げない。
指揮官は、カメラマンに全身を映すように指示をしてから、久住の足の甲を狙って銃を放った。
久住が思わず声を漏らす。片足に力が入らなくなった久住がガクガクと身体を小刻みに上下させた。

指揮官が再び、久住の耳元で囁く。
「助けを請うんだ」

激痛を噛み殺していた久住が、口を開いた。
「助けて……助けてよ!高橋さん!」

「もう一度言え。今度は日本政府に訴えかけろ」

押し黙る久住。
「言え」そう言うと、指揮官は久住の足の甲を、軍靴で踏みつけた。
鈍い音と共に、骨が折れる。激痛に意識が遠のく。
今にも心が折れそうだった。意識が消え入りそうになったその時、久住は突然、台詞の“紋きり口上”を言い始める。


「お集まりの紳士、淑女の皆さん。これよりお目にかけますのは、かの有名な白雪姫の物語。
 子供騙しの童話などと、侮られてはなりません。豪華絢爛!阿鼻叫喚!人間の欲と希望と真実の物語!」

 久住のあまりに唐突な行動に、劇場全体が息を呑んだ。
極限状態に絶えかねた幼いアイドルが、とうとう錯乱したものと誰もが思った。

「止めろ!」と、指揮官が制止するが、久住は続ける。

「“白”雪姫と申しますものの、これからお目にかけるのは、血と情念に彩られた“赤”!」

指揮官が久住の首にかけた腕を締め上げる。
「黙れ!」

それでも久住は止めない。今度は劇の山場である第三幕の台詞。

「道化の身で、僭越ながら我が王に進言いたします。
 疫病に冒された村は、焼き払うのが道理。一国の命運と、村の命、どちらを選ぶかは一目瞭然!」

指揮官が、久住の意図を読み取り、慌てて銃底で殴りつけた。

鼻骨が折れて激痛が走る。 それでも、久住は絶叫を台詞に乗せ、言い放つ。

「伝い歩きの赤子でも、選択はたがいません!さあ!国王!ご決断を!」

ここに来てようやく、観客達も久住の伝えようとしているメッセージに気が付く。
客席から、群れにまぎれて声が上がる。
「よけいな事を言うな!」「巻き添えにする気か!」「素直に助けを求めればいいんだよ!」

指揮官が久住にあてがっていた銃の引き金に指をかけたその時、ガシャンという巨大な金属音がして劇場全体の灯りが消えた。

久住が暗くなった天井を見上げて、つぶやく。「……遅いよ!」


 非常灯も消え落ちて、完全な闇となった劇場に不安のざわめきが起きる。
指揮官は、一旦、久住を舞台上に投げ捨て、インカムに向かって何やら母国語で支持を出している。
通信機にノイズと共に、叫び声が響く。
ハングル系の怒声や支持が飛び交う中で、緊張に耐えかねた観客たちの何人かが、闇にまぎれて逃げ出そうとした。
すると、一発の銃声が闇に響き、指揮官が観客に向かって日本語で言った。

「席を立とうとするな!我々は暗視ゴーグルを着用している」

 レシーバーに、慌てふためいた通信が入る。…―…-『照明制御室のB班が何者かにより、攻撃を受けた模様』

指揮官が問う、『被害状況を』…―…-―『おそらく……全滅と思われます』

『!!!!……敵の情報は?』…―--…―『わかりません……日本の陸自でしょうか?』

 ノイズ音と共に動揺に震えた声が通信機に響く。
『こちらC班。地下通路に配備した15名が何者かにやられました…-―-…援護を要請します!』
指揮官が答える
『…--了解した。D班の10名をそちらへ向かわせる。―…‐…―‐敵はB班を全滅させている。
 おそらく自衛隊の特殊部隊と思われる‐―…』

『C班より報告……-…―…被害状況から見て、敵は重火器による武装は、していないものと思われます』

『???まさか……ありえない。もう一度確認を……誤認情報の恐れあり---…-』

D班から通信が入る。
『こちら、D班。敵を確認。舞台美術倉庫にいる』

ほぼ同時にE班からも通信が入る。
『こちら、E班。ボイラー室で敵を確認』


(敵は一体何人いるんだ?)指揮官が答える。

『了解。敵は我が精鋭部隊20名を数分で殲滅している!50名からの武装集団を想定し、対処しろ。

 民間人の服装で偽装し、銃を隠し持っているかもしれん。油断するな!

 各自、敵の情報を逐一、本体に報告せよ。繰り返す、敵の情報は全て報告せよ…―』

E班より通信。

『敵を確認!敵は一人だ!武装していない!……-…―ァアァァアァ!!』
通信は絶叫と共に、途絶えた。

指揮官は下士官たちのパニック状態を鎮めようと、わざと落ち着き払った声で言った。

『各班に告ぐ。どうか、冷静に対処して欲しい。今こそ、我が精鋭部隊の力を見せる時だ。 私もすぐ、そちらに向かう』



   *****これより先はこの映像をご覧下さい。******






~エピローグ~

 劇場内の明りが復旧すると、すでに重火器を振るっていた特殊部隊は、跡形もなく消え去っていた。
程なくして、コマ劇場の外に待機していた救急隊や、警察が入ってきて慌しく場内を駆け巡る。
久住小春も助けを待って舞台の端っこに腰掛けていた。
すると、客席から子供を抱いた女性が、久住の前に来て、怒りもあらわに言い放った。

「危うく巻き添えにされる所だったわ。勝手なことを言って!もしあなたの発言で死者が出たら、どう責任を取るつもり!」

女性は久住をしたたか睨みつけると、更にひと言、ふた言、罵声を浴びせて立ち去った。
ふと、気づくと客席から久住に対する、いくつもの冷たい視線が注がれていた。
皆、久住の取った行動に怒りを覚えているようだった。

客席から久住に罵声が飛ぶ。「目立ちたがり屋!」「舞台に立つ資格ないよ!お前!」「死にたいなら一人で死んでくれぇ!」

 誰かが投げた空き缶が、舞台上で動けずにいる久住の横をかすめる。
ひとつ、ふたつと、空き缶や、みかんが罵声に混じって飛んでくる。
傷ついて、避ける余力も残されていなかった久住は、かろうじて身をかがめて、頭部を守った。
騒ぎに気づいた警官が、「何をやってるんだ!」と怒鳴ると、
久住を責め立てていた観客達は、すぐに群集にまぎれて霧散してしまう。

 久住が撃たれた肩を気づかいながら、ゆっくりと顔を上げると、そこにはいつの間にか高橋愛が立っていた。
高橋を見たとたんに、久住の張り詰めていた心がほどけて、感情が鼻頭に集まってきた。
思わず涙が溢れてきたので、久住は慌ててそっぽを向き言った。
「遅いよ!……もう!……高橋さんの……バカ!」

「………………ごめん…」


 次の瞬間、いまだ、怒りのおさまらない客が、中身の入った缶ジュースを久住に、めがけて投げた。
後方から飛んできた悪意に、高橋がすぐさま気づき、振り向きざまにキャッチする。
高橋は、悪意の出どころを正確に睨みつけると、久住の方に向き直って言った。

「まだ……、彼らのために闘う?」

「………………………」

「リゾナンターを、辞めても……いいんだよ。小春。……」

少しの沈黙の後、大袈裟に怒った芝居をして、久住が言った。

「もー!高橋さんが遅刻しなければ!……国民的アイドルが、一瞬にして国民の敵になっちゃったじゃない!」

高橋がこれ以上ないくらいの申し訳なさそうな声を出して言った。

「もう、アイドルは続けられない……かな?」

「当分、高橋さんのお店で世話をしてもらいますからね!」

そう言うと久住は笑った。高橋は優しげに頷いた後、静かに言った。

「帰ろう……リゾナントへ。さゆが待ってる」

喧騒の中、ふたつの影がそっと重なり合うと、消えた。

                          終わり





















最終更新:2012年12月01日 15:29