(21)699 『ただ一つの未来』

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※注意

視点の担い手がリゾナンターでもダークネスでもない「一般人」になっています
そういったわけで不快に思われる方はスルーをお願い致します





今日も雨だ。
微かにみぞれめいた冷たい雨が、ただでさえ冷え切った体と心から、なけなしの温もりを奪い尽くしてゆく。

 ―いっそ雪になってくれればこんな気持ちにはならずに済むかもしれないのに

埒もなくそんなことを考えた自分に対し、思わず自嘲の笑みが浮かぶ。

天候など関係がない。
たとえ柔らかな日差しが降り注いでいようと、わたしの凍てついた心は融けはしないだろう。
おそらくこの先ずっと。

「自業自得だ」

わたしのしたことを言えば、誰もが侮蔑の視線とともにその言葉を投げかけるだろう。
・・・その通りだ。何一つ返す言葉はない。

わたしは裏切った。
十年来の親友を。わたしのことを信用してくれていた人を。
ただ自分かわいさだけのために・・・絶望の淵に突き落とした。

後悔している。心から。

だがそんなことを口に出せば、さらなる嘲笑を浴びるだけだろう。
「あんなことをしておいて何を今さら」と。

たとえこの命をもって償おうと思ったとしても・・・それすらきっと軽蔑の対象にしかなりはしない。
「死ぬくらいなら最初からあんなことしなければいいのに」と。

それならばわたしの進むべき道は一つしか・・・ない。
いや、とっくに一つだったのだ。
自分がこの道を選んだあの瞬間から。



そのとき―――

「きっと雪に変わりますよ、もうすぐ」

不意に聞こえたその声の方へ、わたしは今の気持ちをそのままに、睨みつけるような視線を向けた。
その先にあったのは、ためらいがちな笑みを浮かべた少女の姿。
無意識に空を見上げていたらしいわたしを見て声をかけたようだった。

「・・・そうかもしれないわね」

わたしは素っ気ない言葉を返し、すぐに視線を逸らした。
気弱そうなこの少女なら、素っ気ない言葉と態度で追い払うには十分だろう。
今は誰とも関わりたくない。

「道は一本やないんです。どんなときでも」
「・・・ッ!?」

だが、少女のその唐突な言葉に、わたしの視線は否応なく引き戻された。
その先にあるのは、先ほどと変わらぬ遠慮がちな笑みを浮かべた少女の姿。
気弱そうだという印象も変わらない。

それなのに・・・その内面からは揺るぎない“強さ”が感じられた。
何があっても前を向き、胸を張って立ち向かっていけるだけの魂の強さが。

そしてそれは羨望の念とともに、表現し難い不愉快さをわたしにもたらした。

「そうね、確かに道は一本じゃないかもしれない。でも選べる道は結局一本だわ」

その不愉快さをあからさまに、わたしは少女に挑戦的に答えた。
少女がどうやってわたしの内心を知ったのかはもうどうでもよかった。
ただ、少女が何を言うつもりなのかが気になった。


「そうですね。未来は一つですから。そやけど・・・その道で・・・その未来でええんですか?ほんまに」
「な・・・・・・」

やんわりと核心を衝く少女の言葉に、わたしは思わず息を呑んだ。
誰にも言えず一人心に抱えていた闇を、この少女が見抜いたというのだろうか。
この少女は一体・・・

驚くと同時に、思わずわたしは訊き返していた。

「間違ってるって言いたいの?わたしが選ぼうとしている道が」

すると少女は、微かにうなずいて言った。

「・・・それは自分が一番分かってはるでしょう?」

またも核心を衝かれたと感じた瞬間、自分でも思いがけず、今まで一人で溜め込んでいた感情が一気に溢れ出た。

「・・・そうよ!自分が一番分かってる!だけどね!わたしにはもうこの道しか残されていないの!この間違った道しか!
 わたしは既に一度間違えた!行くべき道を・・・!わたしはもう戻れない!やりなおすことはできない!だったら・・・」
「その道を行き着くところまで進んで、それを“正しかった”ことにするしかない・・・ですか?」
「・・・・・・ッッ!」

その通りだった。まさにその通りのことをわたしは言おうとしていた。
だが・・・

「間違った道はいくら進んだって間違った未来にしか繋がってません。過去の過ちが正しくなることもありません」

・・・その通りだ。人の口から聞かされれば、自分が如何に愚かなことを考えていたかよく分かる。
しかし、わたしがもう戻れないのもまた事実なのだ。
戻れない、過ちを修正することもできない。
そのどうしようもない苛立ちを、わたしは少女にぶつけた。


「知ったようなこと言わないで!あんたに何が分かるっていうの!?ロクに人生経験もないくせに!」

だが、その八つ当たりとしか言いようのないわたしの言葉を、少女は優しく受け止めた。

「そうですね。なんせまだ今日16歳になったばっかりの小娘ですから。そやけど・・・」


 ――間違った道の先には最後まで何にもないっていうことは・・・誰よりも知ってるつもりです


静かにそう言う少女に、わたしは言葉を無くした。
今日で16歳になったばかりだという目の前の少女に、神々しささえ感じて。

「・・・じゃあ・・・どうすればいいの?一度過ちを犯してしまったら・・・もう取り返しはつかないっていうの?」

この子になら弱みを・・・全てを見せても構わない。

そんな気持ちになったわたしは、我ながら呆れるほどにすがりつくような声を出していた。

「取り返しはつきません。過去は変えられないんですから」

だが、それを突き放すように少女はあっさりと言った。

 ―やはりそうか・・・
 ―一度道を間違ったわたしに、救われる道など存在しないのか・・・

拳を固く握り締め、うつむく私に少女の声が届く。

「そやけど・・・“未来”は変えられます。自分の力で。いえ、自分の“未来”は自分だけが変えられるんです」

その言葉に思わず上げたわたしの視線を、少女の強く優しい瞳が捉える。


「未来は確かに一つです。そやけど、後悔することや努力することが無駄やいうんとは違います」

すでに確定し、「過去」となった未来なのだからそのことを思い悩んでも無駄。
未来は確定しているのだから、自分ひとりが何をしたところで無駄。

・・・それはどちらも間違った考え方だと少女は言う。
過ぎ去ったことを後悔することにも、まだ訪れぬ将来に希望を抱くことにも、立派に意味があるのだと。

「過去に自分が犯した過ちを真っ直ぐ受け止めて、その上で前を向いて明日を見据えてみたら・・・」


 ――往くべき道はちゃんと他にも見えるはずです。何本も。


わたしの目からは、知らない間に涙が流れていた。

わたしはまた大きな過ちを犯すところだった。
過ちを過ちと認めず、そのまま突き進めばそれが正しくなると思いたがっていた。
そんなことはありえないと分かっていながら。

でも、もうわたしは間違えない。
かつての親友がわたしを赦すことはないだろう。
わたしがわたし自身を赦すこともない。
だが、それを受け止めた上で進んでいかねばならないのだ。

その先にある未来が、どのようなものかは分からない。
だけど少なくともそれは、見せかけだけのはりぼてのような未来ではない。
未知なる道を、前を見据えて進んだ先にある、わたしにとってただ一つの未来なのだから。

さっきとはまるで違う思いで、わたしは空を見上げていた。
いつしか、そこには白くやわらかな雪が静かに舞い始めていた。





















最終更新:2012年12月01日 16:04