(22)022 『A-gain 愛よ再び(1)』

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「七人もいるとさすがに狭いね」

道重さゆみが、病室内を見渡して言った。
ベッドに横たわる絵里の傍らにさゆみがいて、
二人を囲むようにれいな、小春、愛佳、ジュンジュン、リンリンが立っている。
一人用の個室を割り当てられているので、確かに多少窮屈ではあった。
しかしその分周りに気を使わなくて済むという点もある。
愛と里沙が手を回して便宜を図ってもらっているのだ。

「御免ねえ、みんなわざわざ」

ベッドから身を起こし、絵里が申し訳なさそうに言った。
ここ最近になって頻繁に入退院を繰り返している。
組織とのたたかいが激しさを増すのに比例して、彼女の病が篤くなっている。
能力を行使するごとに命を縮めているのではないかという不安が
さゆみの胸を締め付けていた。

「お医者様が二、三日で退院出来るって言うてはりましたよ」

愛佳がそう言って人懐っこそうな笑みを浮かべると、仲間達も次々と口を開く。

「愛ちゃんとガキさんも用事終わらせたらすぐ来るって言うとったけん」
「早く元気になってくだサーイ。休むハ大事ですよ」
「ほら、フルーツの詰め合わせをお見舞いしてやる。
バナナはもうもらってあるから遠慮するな」

病室内の空気が瞬く間に明るくなり、絵里の表情が次第に柔らかいものになっていく。
そんな中、小春だけが無言で神妙な顔つきをしている。


「小春、どうした?」

れいなが猫に似た眼を彼女に向けて尋ねた。

「いや、ちょっと…新垣さんがですね…」
「ガキさんがどうかした?」
「あの、小春、またちょっとやらかしまして」

明朗快活を絵に描いたような少女が、いつになく歯切れが悪い。

「何を?」
「まあ、悪戯というか、怒られるようなことを」
「それでへこんでんの?」

クスクスと、怒られ仲間の絵里が笑い出した。釣られて仲間達からも笑い声がこぼれる。

「お花の水換えときますね」

愛佳がオレンジ色のガーベラを活けてある花瓶を手にとって洗面台に歩き出したとき
小春がまた口を開いた。

「それが、怒られなかったんですよ」
「良かったじゃん」
「…すごい優しかったんです。新垣さん。ふわって笑って、小春の頭を撫でたんです」
「そりゃあ、たまにはガキさんだって…んー、機嫌が良かったんじゃない?」
「様子が変だったんです。何かさびしそうっていうか…」
「考えすぎよう」
「でも」

ガシャン!と陶器の割れる音が室内に響いた。
愛佳の足元に花瓶の破片とガーベラが散らばっている。


「愛佳?」

れいなの声が愛佳には聞こえていないようだった。
顔色を失い、眼がうつろになって、唇が細かく震えている。

「・・・何か、見えたと?」

光井愛佳には予知能力という特殊な力がある。
ごく近い未来の光景が不意に見えるのだ。
彼女はこの力で幾度となく仲間達の危機を察知してきた。
直接たたかいに関わるものではないが、リゾナンターにとっては貴重な能力だ。
愛佳は今にも泣き出しそうな顔で、どうにか声を絞り出した。

「た、高橋さんが…」
「愛ちゃんが?」

愛佳の様子を見てただ事ではないと察したのか、れいなの声が鋭い。

「ち、血、血がたくさん出て、倒れて…し、死んでまう・・・高橋さんが」
「小春!」

言われるより早く、小春はバッグからポラロイドカメラを取り出し
念を込めシャッターを切っていた。ストロボの光が病室内を走る。
念写能力で愛の居場所を写し出すのだ。
ポラの画像が浮かび上がるまでの間、誰一人一言も発しない。
重い緊張が空気に圧し掛かっている。

「出た!」


愛の姿がようやく確認できた。誰かと向かい合っている。
背後にはコンクリートの壁、その他に目立つ物は見当たらない。
かなり殺風景な所にいるようだ。

「ここは・・・」
「・・・わかった!あそこだ!町外れの工場!何回か行った事ある」

れいなが声を上げた。

「タクシー呼ぶ?」

さゆみが携帯を取り出した。タクシー会社の番号を登録しているのだろう。

「タクシーじゃ時間がかかりすぎる」
「じゃあ・・・」
「田中サン」

リンリンがれいなに何かのキーを投げてよこした。

「駐車場にワタシのバイク停めてあります。使ってください、ワタシ達もすぐ行きます」
「さゆ、行こう」

れいなは頷いて、さゆみに声をかけた。
格闘戦の達人である田中れいなと、強力な治癒能力を持つ道重さゆみの二人が
まず愛の元へ向かうのが最良の選択だろう。
さゆみは、ちらりと絵里に視線を送った。


「早く、行ってあげて」

絵里の口調に有無を言わせないものが宿っている。
れいなに促されてさゆみが病室の外へ駆け出していった。
二人が出て行ってからしばらく、皆押し黙って開け放たれたドアの向こうを見つめていた。
これから次にどう行動すればいいか、考えあぐねているようだ。

「そうだ!ニーガキ!ニーガキに知らせないと!」
「多分、もう知ってるよ」

沈黙を破って声を上げたジュンジュンに、小春がひどく冷静な声で言い放った。

「どういうコトだ?」
「高橋さんと新垣さん用事があるって言ってたから」
「用事?」
「二人だけでたたかいに行ったんでしょ、きっと、私たちに黙って」

そう言って小春は窓の外に視線をやった。
夕暮れに染まる町並みが、何やら物悲しい色をしている。彼女の目にはそう感じられた。

「何でウチらに黙って・・・」
「そりゃあ、背負ってるものが違うもの」

ごとり、と喉の奥にある硬いものを吐き出すように言った。

ダークネスの生体兵器として誕生した愛と、幼い頃から組織の元で育てられた里沙。
詳しい事情は小春も知らないことではあるが、勘のいい子だから薄々察している。
二人が抱えているものは、学校で虐められたとか、家庭での問題等といった、
いわゆる普通の人間がある程度は同情出来る様な性質のものではない。
人が人であることを否定されながら生きてきたのだ。
自分達には想像もつかないような暗いものを背負っている。
どちらがどうとか、そういう事ではないが、それでも、距離を感じる。
二人が遠い。
二人はきっと、『あちら側』の人間なのだ。自分たちとは違う。
だから二人は、黙って行ってしまったのではないか?
本当に危険なたたかいには自分達を連れて行かない。それが二人の選択なんじゃないか?
久住小春の強すぎる感受性が、彼女の胸を苦しめていた。

「何で、久住さんそんな言い方するんですか」

泣きそうな表情で愛佳が言った。凄惨な光景がまだ網膜にこびりついているのだ。
小春は、何か苦いものを噛み殺すような顔で窓の外をじっと見つめていた。

「久住さん、何か言ってください」
「小春」

絵里がベットから立ち上がった。小春を見つめる目が優しい。


「不安なときはね、不安だって言えばいいのよ。大事な人が心配なときは
 心配だー!って、思い切り言えばいいの」
「亀井さんまだ寝てないと」
「ジュンジュン、上着とって」
「亀井さん」
「小春、私たちに今出来ることは何?」
「え?」
「二人の所へ行く。行ってから、思い切り文句でも何でも言ってやりゃいいじゃない
 何で黙ってたんだー!って、心配したんだぞー!ってさ、分かった?」
「・・・はい」
「うん、いい返事だ」

ふわりと、絵里が笑った。



「さゆ遅い!」

道重さゆみと田中れいなの二人が町外れの工場跡についた頃には、
もう夕陽が殆ど沈みきっていた。
バイクを工場入り口近くに停め、れいなは敷地内へ駆け出していく。
さゆみもれいなの後を追おうとするのだが、なかなか下半身に力が入らない。
れいなの運転するバイクのタンデムシートで彼女の驚異的な反射神経と
道路交通法に対するおそるべき無頓着さをたっぷり味わされたのだ。
要するに無茶苦茶な運転だった。よく生きてたどり着いたものだと思う。
そのせいか、さゆみはちょっと腰が抜けたようになってしまっている。

「れいな、ちょっと待ってよ」

やっと工場の入り口にたどり着くと、そこにれいなの後姿があった。
れいなはその場に立ったまま動かない。
視線の先に、愛がいる。
凄惨で、酷く幻想的にも見える光景を目の当たりにしていた。
テニスコートを二面ほど取れそうな工場のスペース内の中央付近に愛が倒れている。
そして彼女の周りが赤い。
血だ。
血が水溜りのようになっている。一体どれ程の血が流されたのか。
その水溜りの中に愛がいる。
まるで、赤い海の波打ち際で眠る人魚のように、静かに眼を閉じていた。
もっとも残酷で美しい絵本の1ページを切り抜くとこのような光景になるだろうか。


「愛ちゃん・・・」

魂を抜かれてしまったように、れいなの声に力がない。
目の前の光景があまりに現実味が無いため混乱しているのだ。
さゆみが呆然と立ち尽くしているれいなの横を駆け抜けていく。
素早く愛の傍らに跪いて治癒能力を発動させた。
ぽわっとした燐光がさゆみの手を包みこむ。

―な
―いな
―れいな

「れいな!」

さゆみの声がれいなを現実に引き戻す。慌てて愛の傍へ駆け寄った。
そして戦慄した。
―酷い。
全身に打撲と擦過傷、裂傷の類の跡が無数に散らばっている。
どれ程のたたかいを繰り広げればこんな傷を負うのか。
さらに右目にも重傷、そして――

「さゆ、愛ちゃんの腕が無い…」
「後ろにある」

視線を移してみると、確かにあった。

「拾ってきて」
「え?」
「腕を」
「あ、うん」


それは、少し前までは親しい人の一部であったものだが、
コンクリートの地面にぽつんとあるそれは、ただ単に腕だった。
触っても体温も何も伝わってこない。
なにやら茫漠とした、不安とも寂しさとも言えるようなものが
れいなの心を吹き抜けていった。
愛の右腕をさゆみに渡して、心配そうに口を開く。

「繋がりそう…?」

さゆみは無言で治癒能力を愛に注ぎ込んでいる。
額に汗が玉のように噴き出していた。

「さゆ?」
「手を」

さゆみが右手をすっと差し出す。
一瞬れいなは何の事か逡巡していると、さゆみが彼女をきっと睨みつけた。

田中れいなの共鳴増幅能力は近くにいる仲間の超能力を
ざっと、三割から四割ほど強めるという物だが、
直接手を握ることでそれを二倍近くまで高めることが可能になる。
仲間の中でも個人差はあるが相性の良い道重さゆみの場合だと、
普段の二倍以上の力を引き出すことが出来るはずだ。

「早く握って!」

さゆみが語気を荒げた。
彼女も冷静さを保っていた訳ではなく、
一刻も早く愛を助けることに集中する事でパニックを押さえつけているのだ。
二人にとって、それ程愛の姿は衝撃的過ぎた。


れいなは、さゆみの手を握りしめた。
互いの手のぬくもりに縋り付くように強く、手を握り合った。

「ねえ、さゆ。愛ちゃん助かるよね?」
「――」
「さゆ、何か言ってよ」
「傷が全然ふさがらないの。今までこんなこと無かったのに」
「どういう事?」

道重さゆみの治癒能力は対象の生命力に働きかけて傷を治す。
それは、複雑骨折でさえものの数分で治してしまう程のものだが、
あくまでもさゆみの能力はその手助けをするというもので
治癒能力自体が傷をふさぐ訳ではない。
つまり、肝心の対象の生命力が働いてくれないと、効果が出ないのである。

「力をいくら注いでも、全然反応しないで外に流れていくの」
「ねえ…それってもしかして」

最も口にしたくない言葉が喉まで上がってきている。

「もし愛ちゃんがもう死んじゃってるんなら、そもそも力が入っていかないから
それはないと思う。けど異常に反応が弱いの。このままじゃ」
「このままだと?」
「力を注ぐのをやめた時点で、愛ちゃんは死ぬわ」
「じゃあどうすればいいの!?」
「わからないわよ!わからないけどどうにかするしかないじゃない!」
「どうにかって何よ!」
「考えて!」
「そんな事言ったって…」

れいなの目ににじむ涙が、今にも溢れ出そうとしていた。


「お願いだから泣かないでよ。私も泣いちゃうから」
「ごめん、大丈夫」
「しっかりしてよ、頼りにしてるんだから」
「うん、私もさゆのこと信じるけんね」
「絶対に死なせない」
「うん」

泣けば集中が乱れて余分に体力を消耗する。それは避けなければならない。
さゆみの集中力と体力がそのまま愛の生命に直結している今、
一秒でも長く能力を使い続けるには何より心を強く持つことが必要なのだ。
打開策が見つからなくても諦める事だけは出来ない。

―たとえどうすることも出来なくたって、やるしかないじゃないか。

二人の少女の胸に宿った悲壮な決意が響き合い、
さゆみの手から発する燐光が輝きを増した。
かなしみの色にも似た、淡いピンク色の光が二人の頬を照らしている。
これこそが、愛を地上に繋ぎ止める唯一の支えであった。

二人が絶望の淵で奮闘している中、時間だけが過ぎてく。
一秒、一秒が泥のように遅い。
どれくらい時間が経ったのか分からない。



数分のようにも、数十分のようにも思える。
刻々と、桜の花びらが散り行くように、さゆみの体力が消耗していく。

重い時が流れる町外れの工場に二つの変化が起こった。

一つは、夕陽が完全に沈みきり、いつの間にか青白い月の光が差し込んでいること。
もう一つは、工場内にもう一人の人物が現れたこと。
さゆみとれいなのよく知る人物――


――新垣里沙が月光に包まれて、そこに立っていた。






















最終更新:2012年12月01日 16:34