(22)757 『ヴァリアントハンター』

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それは突然のことだった。

とある国に突如出現した、全身2メートル以上の巨大な“人のような”存在。
“彼ら”は銃弾等の兵器攻撃を無効化する特殊な“障壁”を持ち、
常人には不可視である“超能力”と呼ばれる力を用い、
破壊本能のままに街を、人を、何もかもを引き裂き破壊し続ける。

突如出現したその存在を人々はこう呼んだ。
人の姿を持ちながら、人ならざる存在―――“異形の者-ヴァリアント-”と。

人としての知性、理性を持たないヴァリアントとの共生は不可能と判断した各国首脳は、
対ヴァリアント用の兵器の開発、そしてヴァリアントと同様、超能力を有した人間を、
対ヴァリアントのスペシャリストとして育成する方針を打ち出した。

全人類に関わるけして見過ごすことの出来ぬ災厄を前に、各国は力を合わせて全ての作業を急ピッチで進めていった。
ヴァリアントが出現してから数年、今まではただただ蹂躙されるしかなかった人間達の反撃が始まる。

超能力との親和性に富んだ特殊鋼を素材とした武器・通称SSA(special steel arms)を持ち、
日々ヴァリアントとの戦いに身を投じる超能力(PK系能力)、超感覚(EPS系能力)を有した者達。

彼らはこう呼ばれる。


―――“異形を狩る者-ヴァリアント・ハンター”と。



『合格おめでとうございます、亀井絵里さん。
今日からあなたはヴァリアントハンターとして活動する資格を得ました。
今後の活躍を期待しています』


“亀井絵里”の脳裏に浮かぶ、試験官の穏やかな微笑みと声。
今日、絵里は念願であったヴァリアントハンターとしての試験に合格したのだ。
ヴァリアントハンターだけが持てるハンター証を片手に、帰り道を今にも駆け出しそうな雰囲気である。

誰にでも受験資格があるわけではない特殊な国家資格、それが“ヴァリアントハンター”である。
受験資格はたった一つ―――“超能力”及び“超感覚”を有していること。
まず普通の人間では受験資格すら与えられない、余りにも特殊過ぎる資格である。

また、ヴァリアントハンター試験は超能力を持っていれば誰でも合格できるような温いものではない。
対ヴァリアント用に開発された特殊武器SSAを使った実技試験、ヴァリアントに関する知識等を問う筆記試験。
この二つの試験でそれぞれ80点以上取った者だけが資格を得ることが出来るのだ。

受験料も高額だが、試験を受けるまでにかかる費用はさらに高額である。
そして、実技試験も筆記試験の難度も他の国家資格と比べても高難度の部類に入る。

そのため、ヴァリアントハンターを目指す者はまず、己を受け入れてくれるギルドを探す。
だが、ギルド加入もまた容易ではないため、超能力者の殆どはこの時点で既に篩に掛けられているようなものだった。
幸い、絵里はギルドの人間からスカウトされた為にそういった苦労はせずに済んだのだが。

拠点へと帰る絵里の足取りは軽快そのものである。
絵里は今までに三度受験しその度に不合格だったのだ。
実技試験はいつも満点を叩き出し試験官を驚かせていたが、筆記の方がなかなかクリア出来ずにいた絵里。

次駄目だったらもう試験は受けさせないと、ギルドマスターである“安倍なつみ”に言われていたのだ。
それは絵里にとっては死刑宣告にも等しかった。
―――ギルドの人間以外につてがあるわけではない、今放り出されたら確実に路頭に迷ってしまう。


絵里は幼い頃に交通事故で両親を亡くし、遠縁の親戚に育てられてきた。
駆け落ち同然で結婚した両親を快く思ってはいない親戚の家で、肩身の狭い思いをしながら暮らしてきた絵里。
絵里の運命が変わったのは、出かけた先でヴァリアントに襲撃を受けたある日のこと。

襲いかかってくるヴァリアントから攻撃を受けた絵里は、
己のうちに眠っていた超能力“風使い-ウィンド・マニピュレート-”を解き放つ。
だが、その力だけでは厚く固いヴァリアントの障壁を切り裂くことは出来ず、死を覚悟したその時だった。

鮮やかな銀の光をたなびかせたなつみが、颯爽と障壁を切り裂いてヴァリアントを一瞬で屠る。
小柄ななつみの手に握られていたのは、大男でも振り回せなさそうに見える程の巨大な剣。

剣を鞘に仕舞ったなつみは、絵里の方を振り返る。


『危ないところだったね。
でも、もう大丈夫だよ』


そう言って微笑むなつみの姿を、絵里は今でも忘れない。
あの時なつみに助けられたから今自分は生きている。

ヴァリアントを退治したなつみは、絵里をギルドへと勧誘してくれた。
親戚が何と言うか分からないと返事を曖昧にした絵里に、大丈夫、何とかするからと言って―――本当に何とかしてしまった。


その出来事から四年、ようやく絵里はゴールに到達したのだ。
そして、明日からはついに、ギルドの正式なハンターとして今までに受けてきた恩を返すため、
ヴァリアントとの戦いの日々がスタートする。


怖くないと言えば嘘になるが、今の絵里はようやく試験に合格出来たという喜びの方が遥かに大きい。
いつも通っている道も、今の絵里にはキラキラと輝いて見えた。

やがて、絵里の視界に飛び込んでくる五階立ての低層ビル。
ここの一階に入っている喫茶店“スノーホワイト”、これと言った特徴のないその喫茶店こそが、
ギルド“共鳴者-リゾナンター-”の拠点だった。

紅黒色の木製のドアを開けると、カランカランとドアベルが音を奏でる。
既に店内には数人、ただならぬ空気を発している者達が居た。
見た目こそ一般人と変わらない彼女達、だが皆この界隈でそれなりに名を上げているハンター達である。


「亀井、どうだった?今回も駄目だった?」


真っ先に声をかけてきたのは、絵里の教育係である“保田圭”であった。
ある依頼を遂行中に利き腕に後遺症が残る程の大怪我を負った為、一線を既に退いている圭。
本来ならば、戦えなくなったハンターはギルドを脱退し一般人と同じように生活を送るのだが、
その技術、知識を後進のハンターへと伝えたいという本人の希望が通り、講師という扱いでギルドに所属している。


「今回の結果は―――」


言葉を紡ぎながら、絵里は圭に向かって飛びつく。
突然のことに目を白黒させる圭に絵里は飛びきりの笑顔で結果を伝えた。
途端、圭の瞳から溢れ出す涙―――鬼の目にも涙とはこのことか、と絵里は心の中で呟いたその瞬間、
絵里の脳天に圭の拳が何の躊躇いもなく振り下ろされる。


「いぃったあい!何するんですか!」

「四年も教育係してるんだからあんたが今何思ったかなんてバレバレよ!
どうせ、鬼の目にも涙か、とか思ったんでしょ―――泣いて悪かったわね、
ようやく出来の悪い弟子が試験に合格して…それで泣くなって方が無茶よ本当」


圭の涙声に、絵里の視界もようやく滲み出す。
四年間という決して短くはない期間、朝早くから夜遅くまで毎日圭が付きっきりで指導してくれた。
決して物覚えがいい方とは言えず、運動神経は並より少し上程度の絵里が合格出来たのは、圭の指導あってのもの。

向いていないから辞めろと、何度言われたか分からない。
時には指導するのも馬鹿らしいと、講習の途中で席を立たれたことも一度や二度では済まなかった。

だが、ようやく―――その日々も終わったのだ。

涙を流しながら抱擁を交わす絵里と圭に、周りからも祝福の声が次々と上がる。
しかし、ギルドマスターであるなつみだけは絵里に祝福の声をかけようとはしない。
そのことに絵里以外の人間が気付き始め、店内を包んでいた祝福の空気は徐々にその温かさを失っていく。

シン、とした沈黙の中、なつみがようやく口を開いた。


「カメ、合格おめでとう。
だけど…合格しただけじゃ、うちの正式なハンターとして雇うことは出来ない」

「え…?」


なつみの言葉の意味が分からず、絵里は惚けたような顔で見つめ返すことしか出来ない。
一言告げたきり黙ってしまったなつみの後を引き受けるように、圭が口を開く。


「―――ハンター試験に合格するのは、最低限の当たり前、ってやつね。
亀井、あんたはまだハンターとしての資格を取っただけに過ぎない。
あんたがうちのハンターとしてやっていけるかどうか、今度はギルドの試験を受けて貰う」

「意味は分かりましたけど、ギルドの試験って一体―――?」


絵里の言葉に、なつみと圭が視線を交わす。
一体どんな内容になるのか検討すらつかぬまま、不安だけが絵里の胸を締めていった。


 * * *


絵里の問いに帰ってきた答えは非常に分かりやすいものだった。

“ユニオン”に赴き、依頼を一つ受けて―――それを成功させること。

特に難度は問わないが、ギルド側は依頼を成功させるのに必要な武器の貸与以外の支援は行わない。
また、ギルド内外問わず人からの支援を受けることも禁止とされた。
ただし、ユニオンからの情報提供は支援に含まないとされたため、絵里の不安は幾分和らいだのだった。

スノーホワイトを出た絵里は、その足で数百メートル離れたバス停へと向かう。
バスに乗り込んだ絵里は窓際の席を陣取り、不安と期待に胸を高鳴らせた。
ユニオンに近づくにつれ、見たことのない建物や店が増えてくる。
53系統バスに揺られること、約30分。

バスを降りた絵里はポカーンと口をだらしなく開けて、しばしの間固まった。


「…ここが“ユニオン”」


絵里の前にそびえ立つのは、リゾナンターが所有するビルとは比較にならないほど巨大なビルだった。
“エボリューション”―――地下三階、地上五十階からなる高層ビルは見る者を圧倒する存在感を放つ。
全国各地に拠点をもつユニオンの中心施設であり、所属する人員は千人を超えるとも言われている。

“ユニオン”とは、ヴァリアントハンターギルドを束ねる統括機関の総称である。
国、団体、企業、個人問わずヴァリアントに関する案件、情報を豊富に持つ巨大組織。
国と連携して活動を行っており、その規模は最早国家機関といっても過言ではない。

しばらく固まっていた絵里だったが、慌ててビルへと入っていく。

とは言え、初めてきた絵里には勝手が分からない。
きょろきょろと辺りを見渡しながら歩く絵里を見かねたのか、一人の女性が近づいてきた。


「あなたハンター?
それともユニオンに依頼しに来たの?」

「えっと、一応ハンターです、といっても今日資格を取ったばかりなんですけど」

「今日は何をしにユニオンに来たの?」


依頼を受けに来たと伝える絵里に、女性は小さく微笑むと付いてきてと言って歩き出す。
自分の庭を歩くように進んでいく女性の背中を見つめながら、絵里はちゃんと道順を覚えておこうと必死であった。
これから幾度となく訪れることになる施設だが、さすがに何度も人に案内して貰うわけにはいかない。

エレベーターに乗り込んだ女性と絵里は、たわいもない話をする。
何故ヴァリアントハンターとなったのか、これからどんなハンターになっていきたいか。
絵里の言葉に女性は笑いながら、そっと絵里の手を取った―――それと同時に、エレベーターのドアが開く。


「さ、ここが突発案件専門のフロアよ。
いってらっしゃい、雛鳥さん」

「え、あなたもここに用事が」

「とっくに用事は済んでるから。
…あたしも昔、あなたのように何処に行けばいいのか分からなくて困ってた時にこうして助けて貰ったのよ」


そう言って微笑む女性は思わず見惚れてしまうほど魅力的で―――ギルドの面々を思い返してしまうような温かさを持っていた。
ありがとうございますと頭を下げ、絵里は小さく微笑み返して手を振る。
絵里の思考を占めるのは、いつも温かく見守ってくれているギルドの面々。
―――他のギルドにいくとか考えられない、あの人達と一緒に戦いたい、心の底からそう思った。

女性を見送った絵里は、フロアを進んでいく。
明らかに只者ではない空気を纏う者もいれば、ハンターとは思えないような雰囲気を醸し出す者も居る。
周囲の好奇の視線に身が縮こまる思いをしながら、絵里は受付へと立った。


「いらっしゃいませ」

「あの、一人でも出来るような案件って発生してますか?」

「…ご紹介の前に、ハンター証の提示をお願い致します」


受付の女性の事務的な口調に、絵里は慌てて服のポケットからハンター証を取り出して提出する。
十数秒程の間を置いて、女性は絵里にハンター証を渡してようやく笑顔を見せた。


「本日試験に合格したばかりなんですね、それで早速依頼を受けに…。
亀井さんはまだハンターとしての実績がないので、報酬の少ない低難度の依頼しか受けれませんが、構いませんか?」

「はい、っていうか、低難度じゃないと困ります、絶対に成功させないといけないんで」


絵里の率直な言葉に、女性は思わず苦笑を浮かべながら軽快にキーボードを叩き、マウスを操作する。
それを数度繰り返すこと、わずか三分。


「ご紹介できる案件が見つかりました、これより詳細をご案内します」


淀みない声で女性は絵里に依頼の詳細を説明し始めた。
G地区に発生したランク1のヴァリアント1体の抹殺という、駆け出しのハンターでも出来うるであろう低難度の依頼。
近隣住人は既に避難済みで、現在ヴァリアントは活動期から停止期へと入っているという。


「ヴァリアントが再び活動期に入るのは、明日の正午頃と予測されます。
それまでに準備を整え、早期抹殺することが今回の依頼内容になります。
この案件を受けるのであれば、こちらの書類にサインをお願いします」


机の上にそっと差し出された書類に、絵里はさらさらと流れるような手つきでサインをする。
その書類のサインを確認した女性は、案件の詳細が記載された書類と冊子を一つ絵里に手渡した。
手渡されたものを大事そうに胸に抱えた絵里に、女性は柔らかな微笑みを浮かべて口を開く。


「書類の方、確かにお預かりしました。
こちらの方で後の手続きはしておきますので、今日はもう帰っても大丈夫ですよ」


その声にありがとうございましたと答えた絵里は、来た道を早足で引き返していく。
早くギルドに戻り、準備を整えなければならない―――何もかもが初めてである以上、準備は入念にしたかった。

タイミング良く来たバスに乗り、絵里はスノーホワイトへと戻ってきた。
談笑していた仲間達にただいまとだけ声をかけ、絵里は二階にある自室へと向かう。
その後ろ姿を見つめながら、仲間達は思い思いに口を開く。


「なっち、さすがにぶっつけ本番で依頼させるのはまずいんじゃない?」

「そうだよ、せめて一度くらいは誰かの依頼に同行させてからの方がいいと思うな」

「だよね、一旦どんなもんか見本を見せるくらいのことはした方がいいんじゃないの?」


次々にあがるどこか批難じみた声。
なつみが口を開くより先に声を発したのは圭だった。


「大丈夫よ、何年あの子に色々叩き込んだと思ってるの?
あの子が私の教えてきたことをちゃんと身につけていれば、失敗するはずないわ」


圭の言葉にそれもそうかと頷くと、仲間達は再び談笑を始めた。
だが、圭はその輪に加わることなくなつみの方に視線を向ける。

なつみは黙って何かを考えているようだった。
圭はその横顔を見つめながら、誰にも聞こえないようにボソリと呟く。


「…ただヴァリアントを倒してくるだけなら、ね」


師匠である圭の目から見ても、絵里の射撃術は確かなものだった。
おそらく、実戦においてもその射撃術で確実にヴァリアントを仕留めてくるに違いない。
それは、合間合間に絵里の様子を見に来ていたなつみもよく知っているはずだ。

なつみが何を考えて絵里に試練を与えたのか。


長年なつみのパートナーとして戦ってきた圭だけが、その“思惑”に気付いていた。




「…もう朝かぁ…」


少し掠れた声が静かな部屋に溶けていく。
絵里はベッドの上に身を起こすと、軽く伸びをする。

昨晩は大変だった。
書類と冊子に目を通すのに約三時間、その後夕食を取ってからは武器の手入れ、銃弾の準備に約二時間。
それが終われば、今度はG地区までの移動ルート、ヴァリアントがいるポイント付近の地図を頭に叩き込む。

全ての準備が終わってから絵里が就寝したのは、日付が変わって大分経った頃。
充分な睡眠時間を取れたとは言い難いが、ヴァリアントが活動期に入るより前に確実に依頼を遂行したい。

顔を洗い、髪を一つに結わえた絵里は寝間着から“戦闘服”へと着替える。
インナーの上に羽織ったベストに銃弾の装填されたマガジンを数本差し込み、その上からハーフコートを羽織る。
ハーフコートの内ポケットには、ちょっとした怪我に対応できるように応急処置セットを入れた。

携帯端末に情報が入っていることを再確認した絵里は、複合素材で出来た黒いケースを片手に部屋を出る。
持ち運びしやすいようにスリングが付いたケースには―――絵里の“相棒”が眠っている。

階段を下り、スノーホワイト店内に足を踏み入れる絵里。
朝早い時間だというのにも関わらず、既に圭となつみがティーカップを片手に談笑していた。


「おはようございます」

「おはよう、亀。
何か軽く食べる?」


優しく微笑むなつみに、紅茶でいいですと返事をした絵里。
いつもの絵里からは想像出来ない素っ気ない返事に、なつみも圭も思わず苦笑いしてしまう。

いつも穏やかな微笑みを浮かべている絵里も、さすがに依頼となれば真剣な表情を浮かべる。
ましてや、この依頼を成功させねば―――ギルドへの正式加入は叶わないのだ。

朝に相応しくない重い空気に耐えられなくなったのだろう、圭は散歩に行ってくると言って店を出て行った。
散歩ってキャラじゃないよねというなつみの軽口にも絵里がのることはなく、やはり空気は重い。

差し出されたティーカップに口を付けた絵里は―――勢いよく中身を飲み干す。


「ご馳走様でした、じゃあ、行ってきます」

「…行ってらっしゃい」


あえて、その後の言葉を紡がないなつみに気がついたのか。
なつみに一礼をした絵里はケースを肩にかけると足早に店内を出て行く。

G地区はスノーホワイトがあるここR地区からはかなり離れた距離にある。
まずバスで駅まで移動し、そこから電車で移動しなければならない。

最短時間で移動出来るように、時刻と移動経路をまとめたメモを片手に絵里はバス停に向かう。
65系統のバスへと乗り込んだ絵里は後方座席に座ると、小さく溜息を付いた。


緊張で胸が押しつぶされそうだった。
深呼吸を何度も繰り返し、汗をかく手を服の裾で拭う。
大丈夫だと、何年もずっと厳しい講習を受けてきたのだから、自分の技術はヴァリアントを抹殺するに充分だ、と。
何度も何度も自分に言い聞かせているうちに、バスの運転手から声をかけられる―――とっくに、目的地へバスは到着していた。


 * * *


電車に揺られて数十分、絵里はG地区の中心駅へと到着した。
ここから目標地点付近までは徒歩で移動する。

携帯端末で地図を確認しながら、絵里は見知らぬ街を進んでいく。
十数分程歩いただろうか、絵里の目に飛び込んできたのは数名の警察官。
絵里の姿を見た警察官は不審そうな視線を遠慮なく絵里に向けてくる。


「あのー」

「何だ?
ここから先の一般人の立ち入りは現在禁止されている。
ヴァリアントが退治されるまで大人しくしてな」


横柄な口を聞いてくる警察官に、絵里はハーフコートのポケットからハンター証を取り出して警察官に提示する。
途端に顔色を変えて謝ってきた警察官に苦笑しそうになりながら、絵里は奥へと進んでいった。

奥へと進むに連れ、ヴァリアントが暴れた“痕跡”が辺りに見られるようになる。
亀裂の入った道路、真っ二つに折れた電信柱、原型を留めてない乗用車等…これで、ランク1のヴァリアントだと言うのだ。
絵里の背筋をツゥーッと、汗が伝い落ちていく。


携帯端末を弄り、絵里は目標地点を再確認した後…辺りを見渡す。
絵里の目に止まったのは、5階立ての古びた雑居ビルだった。

ビルの屋上を目指し、絵里は非常階段を上っていく。
数分もかからないうちに、絵里は屋上に到着した―――ここが、絵里にとっての目標地点である。

絵里は屋上の柵ギリギリまで歩み寄ると、肩にかけていたケースを降ろして蓋を開ける。
中に入っていたのは、鈍く輝く鉄色のスナイパーライフル。
絵里はスナイパーライフルを取り出すと、マガジンを装着しコッキングレバーを引く。
ガチャッという小気味よい音が絵里の耳を揺らす―――これで、初弾が装填され、いつでも撃てる状態になった。

絵里が装備しているスナイパーライフル“鉄の狼-アイゼンヴォルフ-”は、ドイツ製のSSAである。
重量は約六キロ、スナイパーライフルとしては軽量な部類だが絵里の“鉄の狼-アイゼンヴォルフ-”は、
本来装備されているスコープや照準器を取り外してあるため、通常品よりもさらに数百グラム軽量化が図られている。
弾丸を撃ち出す仕組みは非常にシンプルなものだ。

軍隊などで使用される銃は引き金を引き絞ることで撃鉄が撃針を打ち、
さらにその撃針が弾薬内の雷管を撃つことにより発射薬を燃焼させ、その際に燃焼したガスが弾丸を撃ち出す仕組みである。

だが、SSAはそうした武器とは全く仕組みが異なるものだった。
まず、弾丸…撃ち出すのは、自分の超能力エネルギーを圧縮注入した弾丸である。
この弾丸を撃ち出すのに必要なのは―――超能力を発動する時に発生するエネルギー。

引き金を引き絞る、この際に超能力を発動する要領で力を込めると…超能力エネルギーがそのまま、
銃内部に装填された弾丸を撃ち出す運動エネルギーへと変換され、弾丸が発射されるという仕組みである。
超能力を使えない一般人にはまさに無用の長物としかいいようのない武器、それがSSAであった。

通常の武器では弾丸の射出速度は殆ど変わらないが、SSAは弾丸の射出速度は籠めたエネルギーに比例する。
射出された特殊弾丸は、その運動エネルギーとヴァリアントの障壁が衝突する際に発生するエネルギーにより、破砕。
破砕と共に圧縮された超能力エネルギーが吹き出し、物理エネルギーでは傷一つ付けられない障壁にダメージを与えるのだ。


絵里は伏射の体勢になると、集中を開始する。
“鉄の狼-アイゼンヴォルフ-”に何故、スコープや照準器が装備されていないのか。
―――それは、絵里の持つ“超感覚”がそれらよりも遙かに優れているからだった。

絵里の瞳が深い茶色から鮮やかなオレンジ色へと変わっていく。
“鷹の目-ファルコン・アイ-”と圭に名付けられた超感覚は、
その名の通り遠く離れた場所にいる対象物を視覚的に“捉える”ことが出来るものである。
一般的な“遠隔透視-クレアボヤンス-”がマクロだとすれば、この超感覚はマクロからミクロまで自在に、
見える範囲、対象を絞ることが出来る特殊な超感覚である。

超感覚によって構築された擬似視覚が絵里の視界を変貌させる。
絵里の疑似視覚は地上100mの俯瞰から、カメラのコマ送りのような速さをもって標的の拡大図へ変わっていく。


(まだ停止状態…これなら余裕!)


拡大して視たヴァリアントは完全に停止状態だった。
その身を守るための障壁を展開しているものの、動く気配は一切ない。

口元に笑みが浮かぶのを感じながら、絵里は引き金に指をかけて―――動きを止めた。

狙撃対象から5メートルも離れていない位置、そこに人が悠然とした足取りで出てきた。
この付近への一般人の出入りは現在禁止されている、それは警察の人間も同様。
立ち入りを許されたのは資格を持ったハンターのみのはずだ、それなのに何故人がいるのか。

絵里は視線を狙撃対象から人へと移す。
黒ずくめの服装、自分よりも小柄な体格、そして―――両手に持っているのは、拳銃。
そこまで確認した絵里の頭は混乱した。


(え、何で他のハンターがここにいるの!?
この依頼を受けたのは絵里のはずなのに…何で?)


何故自分以外のハンターがこの場にいるのか、絵里には全く理解出来ない事態だった。
ただ分かるのは、少なくともあの人物は自分を援護するために現れたのではないということだけだ。
停止状態のヴァリアントを起こそうと、全身から殺気を放っている。
折角楽に終わらせられる低難度の依頼だというのに、このままではどうなるか分かったものではない。

絵里は伏射の体勢を解き、その場に立ち上がった。
スナイパーライフルを空に向かって構えると、引き金に力を込めて引き絞る。

銃口から音速を超えた速度で弾が撃ち出され、辺り数百メートルに銃声が響き渡った。
全身に走る衝撃に一瞬顔を顰めた絵里は、スナイパーライフルを下に降ろして人物の方に視線を向ける。

銃声に気付いたのだろう、その人物は絵里の方を見て露骨に顔を顰めた。
顔を顰めたいのはこっちの方だと思いながら、絵里は牽制の意味をこめて人物の方に銃口を向ける。

無駄な戦いはしたくない、ましてや同じハンターだ。
絵里は退いてほしいと願いながら、人物を睨み付ける。

次の瞬間だった。
絵里の視界から人物が“消える”。

消えたことを絵里の脳が理解するのと、後頭部に何か硬い物が押しつけられた感覚が走ったのは同時だった。
ドクドクドクドクと、一気に心臓が血を全身に送り出す、背筋を嫌な汗が伝っていく。


「…好きな方選ばせてあげる。
大人しく獲物を譲るか、二度と銃を持てない体にされるか。
さぁ―――どっち?」


背後を取られ、その上、後頭部に銃を押しつけられている絶対的不利な状況。
このまま、“彼女”の言う通り退くしかないのだろうか。

そこまで考えて―――絵里の中に沸々と沸き上がってくるものがあった。

先に依頼を受けたのは間違いなく自分だと言うのに、何故自分が退かねばならないのか。
この依頼を成功させなければ、自分はギルドを追い出されて途方に暮れる羽目になるのだ。

絶対、退くものか。

絵里は瞬時に体の向きを反転させると同時に“彼女”の腕を掴む。
呆気に取られたような顔を見せる女性を睨み付けながら、絵里は大きく息を吸い込む。


「獲物を譲るのはそっち、っていうか、この依頼は絵里が受けたんだから。
人の受けた依頼に割り込んで報酬横取りしようなんて、そんなの絶対許さない」


怒気をこめた絵里の言葉を、女性は鼻で笑う。
嘲笑を浮かべた女性の眼光が急に鋭さを増し、絵里の瞳を射貫いた。


「はっ、馬鹿馬鹿しい。
あんたもハンターの端くれなら、ヴァリアントハンター界の現状くらい知ってるやろ?
ここ数年で需要に対しての供給が増えすぎた。
それまではギルドに来る依頼だけで充分な稼ぎがあった、でも今は違う。
各所属ハンターが単発の依頼を受け、その分の稼ぎの何割かでもギルドに入れんとギルドの運営自体がままならんところもある。
そして、そういう依頼も今は取り合いや―――現状も知らんでこの世界に入ってくる馬鹿が多くなった分、余計にな」

「でも、絵里はこの依頼だけは絶対譲れない。
ハンターになるために何年も努力してきたし、絵里がハンターになれるように自分のことみたいに必死になってくれた人達がいる。
絵里はこの依頼を成功させないと、その人達と一緒にヴァリアントに立ち向かうことが出来ないの。
―――お願いだから、退いて」


掴んだ腕に力を込め、絵里は女性を見つめる。
だが、女性の目に宿った眼光は一瞬も揺らがない。


「ハンターになるのに何年もかかるような落ちこぼれなんて、
例えこの依頼を成功させてもギルドの足手まといになるのが目にみえとるわ。
落ちこぼれはそこで指くわえて見てればええ、“暗闇の星-ダークネス・ノヴァ-”の次期エース、
高橋愛の華麗な戦いをな」


言葉を紡ぎ終わると同時に女性―――“高橋愛”はその場から消える。
残された絵里はスナイパーライフルをぎゅっと握ると、何度も深呼吸を始めた。


『あんたの欠点は、一度頭に血が上ると落ち着くまで時間がかかるところよ。
あんたはスナイパーなんだから、どんな時でも落ち着いて、前線で戦うアタッカーをフォロー出来なくちゃいけない。
どんな事態が起きても即座に対応出来るように、フォロー出来るように、平静状態を保つのよ』


圭の言葉を思い出しながら、絵里は何度も何度も息を吸い込み吐き出す。
そうだ、熱くなってはいけない、そんな状態では正確な狙撃は出来ないのだから。

それに―――チャンスが全くないわけじゃない。

絵里は目を閉じて“得た情報”を整理する、
絵里が持つもう一つの超感覚“接触感応-サイコメトリー-”によって得た情報を。

愛が持つ武器は、絵里と同じドイツ製の二丁拳銃。
銃弾の最大装填数は20、そして愛がこの依頼のために持ってきた予備マガジンは二本。
現在愛が所持している銃弾数は合計80発、ランクの低いヴァリアント相手だからとはいえ、
少々敵を舐めているとしか思えない数だ。

ヴァリアントが停止状態なら充分その銃弾だけで障壁貫通、そして始末することが100%可能だろう。
だが、活動期に再び入ったヴァリアントをそれだけの銃弾で始末しきれる可能性は―――100%ではない。

絵里はコートの袖をまくり、時間を確認する。

時刻は午前11時55分―――そろそろ、ヴァリアントが活動を開始する頃だ。

絵里はスナイパーライフルを構え、鷹の目を発動する。
まず、絵里は風速、距離、重力…狙撃を行う際に必要な計算を行う。
一分強で計算を終えた絵里は、予測される着弾点に照準を合わせると―――目標から少しだけ銃口をずらして引き金を引いた。

音速を超えた弾丸が放物線を描きながら、絵里の狙った着弾点へと一ミリのズレもなく到達する。
弾丸は着弾と同時に破砕し、ヴァリアントの展開する障壁を切り裂く鋭い“鎌鼬”がその場に発生した。


これに驚いたのは、既にヴァリアントに対して攻撃を始めていた愛だった。
絵里のいる位置からヴァリアントの障壁まではおよそ600メートル程度、だが、愛が驚いたのはその距離に対してではない。
スコープやレーザーサイトといった照準を合わせるための部品がついていないスナイパーライフルで、
愛にかすり傷負わせることなく正確な射撃を行われたことだった。

通常の弾丸とは異なる、着弾と同時に圧縮注入された超能力エネルギーが吹き出す弾丸は、
着弾点がほんの少しずれただけで自分の意図しないところに攻撃を加える結果になる。

絵里は至近距離でヴァリアントと交戦中の愛がダメージを受けることのないように、
弾丸が破裂した後のエネルギーの吹き出しまで計算して射撃したのだ。
少なくとも、こんな正確無比な射撃が出来る人間は愛のギルドにはいない。


(うちのギルドに来たら即レギュラーやわ…ってか、あいつか?
実技試験では今まで数人しか取っていない満点を叩き出すのに、毎回筆記で落とされる奴って…)


ヴァリアントが生み出す念動刃を華麗に避けながら、愛は思わず唇を噛む。
大手ギルドの次期エースである愛は、ハンター資格を得てからわずか三年で屠ったヴァリアントの数は数百を超えていた。
どんな敵にも臆することなく飛び込んでいく度胸のよさ、運動神経のよさで瞬く間にそこまで上り詰めた愛。

愛の胸を焼くのは強い嫉妬だった。
筆記試験で満点を叩き出す人間はそれなりの数がいるが、実技で満点を叩き出せる人間はほんの僅か。
しかも、実技で満点を取った人間の多くが今やハンター界で知らぬ者はない、
知らない奴はモグリだといわれる程の名声を得た実力者である。

愛が実技試験で取った点数は93点、この数字は受験者の平均点である85点を余裕で超えている。
近年より高難度になったと言われる実技試験で90点台を突破するものは100人中5名程度、即戦力として採用されるレベルだ。
それこそ、満点なら…自分から門を叩かなくとも数多のギルドから好条件で勧誘の声がかかる。


「あんな温いことしか言えんような奴が満点…!」


引き金を引き絞る指に力が籠もる。
敵の攻撃を避けながら小刻みに銃弾を撃ち込み続ける愛を嘲笑うかのように、時折遠くから銃弾が着弾する。

冗談じゃない、あんな奴に獲物は渡さない。

愛は気付いていなかった。
絵里の存在に気を取られる余り冷静さを失いつつある自分、そのことに気付くことのないまま、
ひたすら障壁へと弾丸を撃ち込み続ける。

ランク1の低級ヴァリアントの障壁だからマガジンは2本もあれば充分だろう、そう思っていた愛。
だが、それは、愛が平静さを持って狩りに臨めばの話だった。

銃弾による攻撃での障壁破壊のセオリー、それは一点集中。
ヴァリアントを包み込む強力な障壁を破らずにそれを屠ることは不可能、
まずは障壁を破る為に何処か一点に狙いを定めて連射、が基本である。

普段の愛であればとっくに、障壁を破って弾丸の雨をヴァリアントに浴びせていただろう。
だが、冷静さを欠いた愛の射撃は狙いが甘く、銃弾を消費している割に罅の一つも入っていない。
それもまた、愛の心を苛立たせていく―――何故、こんな敵に手こずらなければならないのか、と。

愛が焦って銃弾を消費していくのを見つめながら、絵里は淡々と狙撃を行っていた。
愛に気付かれることのないように、時に愛の放つ銃弾が破砕するタイミングに被せながら、
障壁の一点に狙いを定めて撃つ。

愛が一旦ヴァリアントから離れた。
マガジンを交換するのだろう、残りの弾は40発…上手くいくだろうか。

絵里が狙っているのは障壁の一点だけではない。
冷静さを欠いた愛が銃弾を撃ち尽くして成す術がなくなるように、一点突破の狙撃の合間に挑発のための狙撃も行っている。


絵里が今回の依頼のために準備した銃弾は、200発。
低級ヴァリアント1体相手に準備するには多すぎるとも言える数だったが、
絶対に依頼を成功させるためにと念を入れて準備してきたのだ、当の本人はこういうケースは想定していなかったが。

愛が再び距離を詰め、小刻みな攻撃を開始する。
幾分落ち着いたのだろうか、先程よりは狙いが定まっているようだ。


「…今頃落ち着いても遅いよ」


絵里の独り言は風に流れる。
狙撃を開始してからずっと、狙いを定めながら愛の様子を見てきた。
愛の様子だけではない、愛が放つ銃弾の威力もずっと注視してきたのだ。

遠くから離れて行う狙撃とは違い、至近距離での射撃では引き金に籠められるエネルギーに限界がある。
通常以上にエネルギーを籠めようとすれば0コンマ秒での遅れが出る、それは時に、
至近距離で戦う者にとっては生死を分ける時間となるのだ。
エネルギーを籠めれば変換される運動エネルギーが銃弾の威力に上乗せされる、
だが、そんな余裕は愛にはなさそうだった。

今の愛の銃弾の威力では、残りの弾で障壁を破ることが出来たとしても―――肝心の攻撃分は残らない。

絵里の口角がつり上がる。

愛が放つ銃弾の数をカウントしながら、タイミングを量る。
ドクドクと鳴る心臓の音が聞こえる。
だが、それは自分の心臓の音ではない、この心臓の音はヴァリアントの心臓の音だ。

もう、ヴァリアントの命は愛の手からすり抜け、自分の掌中にある。


絵里はコートのボタンを全て外し、中のベストに装着していたマガジンを全部取り出して地面に置く。
そして、絵里はこの屋上に来た時と同じように伏射の姿勢を取った、これで万全の態勢が整う。
一番命中率の高い姿勢を取り、銃弾を撃ち尽くしてもすぐに新しいマガジンに交換が可能―――後は、愛の弾切れを待つのみだ。


(くそ、もう弾が!
こうなったら、あいつのスナイパーライフルを奪って戦うか?)


残りの銃弾は両手合わせてもう10発もなかった、“瞬間移動-テレポーテーション-”で一旦予備のマガジンを取りに戻る、
そういう選択肢は選べない―――取りに戻る間に、絵里に獲物を奪われてしまう可能性があるからだ。

今まで狩れなかったヴァリアントなどいない、そしてこれからも存在してはいけない。
最大手ギルドの一角を担うギルドの次期エースとして、絶対にこの獲物を譲るわけにはいかないのだ。

だが、愛の中には迷いがあった。
近接戦闘用のSSAと長距離狙撃用のSSAでは、そもそも設計思想が根本から違う。
狙撃用SSAの使用経験が無に等しい愛では、たとえ得物を奪えたとしても上手く扱える保障がなかった。
いや、扱えたところで眼前のヴァリアントを倒すのはまず不可能と考えるべきかもしれない。

迷っているうちに―――愛の銃弾は0になった。

愛はバックステップで一旦距離を置く、こうなったら、絵里を昏倒させてその間に銃弾を取りに戻るしかない、
そこまで考えた愛は次の瞬間―――ありえない光景を目にすることになる。


「いっけえええええええ!」


叫び声と共に絵里の怒濤の攻撃が開始された。
引き金を引きっぱなしにし、狙撃していた着弾点へ一気に連射する。
衝撃が体に走り続けることを気にも留めず、絵里は引き金に力を籠め続ける。


障壁に徐々に亀裂が走り始める、銃弾が切れる。
絵里は素早くマガジンを交換すると、再び連射を開始する、それを二回繰り返した頃―――ついに、障壁が砕けた。

残りの銃弾は今装着しているマガジン+予備マガジン一本。
これだけあれば充分だ。

心臓の音が聞こえる、先程よりも大きく確かに。
途切れることのない衝撃に腕が悲鳴を上げている。
連射するために常にエネルギーを放出し続ける体が、軋んでいる。

普段の射撃訓練でも、一回にこれだけの銃弾を撃つことはなかった。
鷹の目を常時発動し常に正確無比な射撃を行い続けるという行為は、絵里にとって未知の領域。

全てが終わるまで持ちこたえられるか予測する余裕は、もうなかった。


『亀がスナイパー…アタッカーよりそっちの方が全然いいと思うな。
折角、スナイパーだったら誰でも欲しがるようなすごい超感覚持ってるんだし、
そういうのを活かさないのって勿体ないしね』

『あんたがなつみみたいなアタッカーになりたいってのは分かるわ、アタッカーは花形だしね。
でも、ね…スナイパーってのもいいもんよ。
目立たないかもしれないけど、前線のアタッカーが楽に戦えるように支援する、これは誰にでも出来るもんじゃない。
卓越した射撃術、常に冷静な目で戦況を見つめ判断を下せるだけのクレバーさ。
主役じゃないかもしれない、だけど主役より重要にもなれる…それがスナイパーってもんよ』


脳裏に蘇るなつみと圭の優しい声。
その声だけが、未知の領域に挑み続ける絵里を支えていた。

ヴァリアントが持つもう一つの特徴、それは―――驚異的な自己再生力。
数発弾丸を撃ち込んだ程度では瞬く間に回復されてしまう。


着弾と共に吹き出す鎌鼬が確実にヴァリアントの体を切り刻んでいく。
自己再生力を上回る激しい攻撃―――もう、ヴァリアントの命は風前の灯火だ。

だが、こちらの銃弾もそろそろ底を突く。
残りの銃弾が20になった頃、絵里は引き金を引く指に今まで以上のエネルギーを送り込んだ。


「っつ!」


最後の銃弾を発射したと同時に、スナイパーライフルがミシッという音と共に半壊した。
極端な酷使にも耐えうるように製造されたSSAだが、ここまで極端な酷使をする人間がいるとは、
製造した人間も全く想定していなかっただろう。

絵里は肩で息をしながら小さく笑う―――ヴァリアントは跡形もなく消滅していた。


     *    *    *


無事依頼を成功させた絵里だったが、その後が大変だった。

愛にはライバル発言された上に一方的にマークされ、半壊したスナイパーライフルを手にギルドに戻ったら圭に怒鳴り散らされ。
初の依頼で得た報酬は全て銃の修理費用に消え、絵里の手元には一銭も残らなかった。

その上、極端な連射のおかげで数日はスナイパーライフルどころかご飯茶碗を持つだけで腕が震える有様。
まだまだあんたにはあたしの指導が必要なようね、と笑う圭が嬉しそうだったので思わず顔を顰めたら、
思いっきり腕を掴まれて悶絶する羽目になって、涙目になる絵里。

二人のやり取りを見つめながら、なつみは穏やかな微笑みを浮かべる。


圭の指導のおかげで射撃だけなら既に中堅ハンター以上の絵里に、
何故、ヴァリアントを狩るだけという単純な試験を与えたのか。

それは、この世界で生き抜くだけの図太さがあるか知りたかったからだった。

今回の絵里のように依頼に割り込まれることは、数年前ならまず有り得なかった。
ヴァリアントの数に対してハンターはまだまだ足りない状況で、どこのギルドも人員を欲していたのだ。

今では、ギルドに回ってくる依頼だけでは運営がままならなくなり、ハンター達はギルドのため、
自分の為に個人で出来る依頼を受けるようになった。
そして、その依頼の数は決して多くはない。

絵里は運がよかった。
今回のような奪い合いで負傷し、二度と戦線に立つことが出来ない体になることだって充分にあり得るのだから。

個人の依頼にギルドは立ち入らないというルールのおかげで、
過失を装い相手を負傷させるという無茶をやる人間も少なくはなかった。

だからといって、そこで尻込みして帰ってくるようでは話にならない。
絵里がこれから生きていこうとしている世界は、生半可な気持ちでは生き抜くことが出来ない世界なのだ。

幾ら腕がよくても、時には自身の身を守る為に同胞を撃つくらいの覚悟がなければ、
あっという間に普通の生活すらままならない体にされることは決して珍しくない。

今後、この状況は更に加速していくだろう、最悪、ギルドのために尽くしてくれた人間を数人解雇することもあり得る。
そうなった時、ギルドに残すのは…何があっても依頼を確実に遂行出来る、腕のいいハンターだけだ。

ギルドに絶対に残したい、そう思わせてくれるだけのハンターに絵里は成長してくれるだろうか。

なつみは微笑みながら窓の外を見る。
すっきりしない曇り空は、まるで今の絵里のようだった。


腕は充分ある、だけど今後どういう未来を進んでいくのかは分からない駆け出しのハンター。
一流のハンターになる前に誰かに潰されるかもしれないし、絵里自身がこの世界に嫌気が差して去っていく可能性もある。
そうならないことを祈りながら、なつみは二人の方へと歩み寄っていく。


―――亀井絵里がヴァリアントハンター界にその名を轟かせる日が来るのか、それを知る者はない。




















最終更新:2012年12月01日 20:42