(23)070 『未完成の虹色-Birthday of 21-』

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いつの間にかこんな毎日が幻になってしまうのだろうか。

あの日、傘を忘れた事を思い出した。
雨ざらしになって歩きながら、自分だけがこの世界で雨に
降られているんじゃないか、という気分になっていた。
空を睨んでみても、何も変わらない事に寂しさを感じて。

それでも。
灰色の雨雲がちょっとだけ、ちょっとだけでも気兼ねして
止んだり、弱まったりするんじゃないか。

そしたら、何かが小さくなった。
これ以上濡れたくなくて、傘を差していないのを笑われるのも怖くて。

でもそれは、間違っていた事なんだと思い出す。
最初から、傘なんて持ってなかった。
周りを見ると気付く。皆も同じだった。
両手に抱えきれないくらいの罪や夢や希望や後悔や思い出や。

ありったけの大切を抱えていて、最初から両手がふさがっていて傘なんて持てるはずもない。
皆雨ざらしだけれど、それでも歩いて、同じだと気付いた。

この雨もきっと、もうすぐ止む。
やがて、空が雨上がりに輝いて、未完成の虹を宿す。

 ―――それは、見た事のある虹の中で、一番綺麗なのかもしれない。


 「ウヘヘ、ほら、ジュンジュンカンパーイカンパーイ」

完全に出来上がってしまった亀井絵里がグラスをガンガンぶつけてくる。
とは言うものの、中身は飲み干したあとだったのでこぼれる事はまず無いのだが。
二十歳になった事で気楽にお酒が飲めるようになったのは良いが
新垣里沙と同様、弱い上に甘え上戸な所がより増したように思えた。

だが嫌と言うより、逆に心地が良いのは事実だ。
ストッパー役として道重さゆみが背後から止めに掛かり
上機嫌のままふらふらと歩いていってしまう絵里を追う姿がどこか暢気でもあり
平和な一時なのだと感じさせる。

今度は田中れいなに絡みだした絵里は、先ほどまで撮影をしていたデジカメを
奪い取り、「はいチーズ」とパシャリ。
「亀井さんしか入ってないっ」と小春に一喝されながらもふにゃふにゃと笑い飛ばす。
一歳違いとは思えないほどの幼さに半ば呆れている面々だが、ジュンジュンと同様に
その姿を見て嫌な顔は誰もしなかった。

 「何か最近、お祝いばっかりしとる気がするやよ。まぁでも、楽しいからいっか」

隣でバースディケーキを徐々に消化している高橋愛が呟いた。
喫茶『リゾナント』のマスターであり、『リゾナンター』のリーダーでもある。
二つの顔を持ち合わせてはいるが、彼女もまた、ジュンジュンと1歳しか違わない女性だ。

 今日、ジュンジュンは21歳の誕生日を迎えた。

 「あノ、アリガトございましタ」
 「ええよ、丁度バナナも安売りしとったし。
 小春も仕事やったけど休みとってくれたし、全員でお祝いできて良かったやざ」



そう、久住小春は今日の夕方から仕事が入っていた。
ドラマの収録があったらしく、泊り込みの為に前日から行く事になっていたのだが
小春がマネージャーや上の人間に掛け合ってくれたらしい。
いつもはぶっきら棒な態度に喧嘩へと発展するような間柄にもかかわらず、だ。
だがここでも"素直に祝う"という訳には行かなかったらしいが。

 「変に恨まれでもしたら小春が面倒くさいの」

その小春というと、れいなのデジカメに自分のチカラを注ぎ込み
念写能力(ソートグラフィー)、自身の認識によって原風景を固定し、変容し続ける
イメージを二重、三重へと膨張し、合成していく。

余程驚愕な光景がそこにあったのか、れいなが笑っているのか怒っているのか分からない顔で
何かを訴えているものの、小春はそれを不敵な笑みで受け止めていた。
初めて会った時のあの鋭利な刃物のような気配は無い。
まるで両方から金槌か何かで徐々に砕き、壁を無くしているようだ。

 少しでも分かり合おうと努力している姿が、其処にはあった。

 「ジュンジュンがあーしと1歳しか違わんなんて思えんな。
 明らかにジュンジュンの方がお姉さんやし」
 「高橋サンの方が大人デス。私まだいろんな所が足りナイ」
 「そんなのあーしだってそうやよ。いっつもガキさんに頼ってばっかりで…。
 自分から何かしようって思わんのが悪いんやろうけど」

高橋愛は、どこか自分を過小評価している部分がある。
自分が思っている以上に、彼女はいろんな事に必死に取り組んでいるのだ。
だが、どこかで不安になるのかもしれない。
自分のような人間が、抱えている物全てを守りきれるのだろうか。

ずぶ濡れになった誰かに、傘を差し伸べられる事が出来るのか。



 「ジュンジュンは高橋サンに感謝してマス。
 皆に出会えタ。優しくしてくれタ。バナナだってくれタ」
 「バナナはまぁ、ジュンジュンの大好物やし…」
 「それダケで私は嬉しイ。この幸セが私の幸セダ」
 「…なんか、ジュンジュンは照れることを率直に言うね」

お酒が入っているからなのか、薄く赤らめていた頬が濃くなったような気がした。
ジュンジュンは分かっているのか分かっていないのか、優しい微笑を浮かべている。

不意に、愛が話を逸らそうとして、皆から貰ったプレゼントの中に
一段と存在を知らしめているものに視線が向いた。
笹の葉にくるまれた花がメンバーカラーに合わせているのは彼女なりの洒落だろうか。

 「ところでさ、その…笹って食べるん?」
 「コレは習しデス。リンリンがくれマシタ」
 「あー…なるほど、ね」

咄嗟の事ながら、ジュンジュンのチカラとその食欲を知っている愛は勘違いをしたのに
気付くとまた顔を真っ赤にさせた。

『リゾナンター』にはもう一人、愛と同じ二つの顔を持つメンバーが存在する。
テーブルのご飯を摘んでは光井愛佳とトランプをし、ババを引いて「アー!」と叫び声を上げた。

予知能力(プリコグニション)を持つ彼女にその手のゲームで勝てる相手など居るのだろうか。
そう思うと小春や愛にも同じ事が言えるのだが。

 「リンリンにもここが安らぐ場所になってもらえてたらええんやけど」
 「リンリンも凄く高橋サンに感謝してマス。私も、リンリンには感謝してマス」


国家機関刃千吏の護衛官銭琳の顔と、リゾナントグリーンのリンリンの顔。
どちらにしても彼女である事は変わりは無い。
初めにあった時は国家機関刃千吏としての責務を果たすためだったのかもしれないが
守るものが増えて尚も誰かを「守る」事を全うしている。

灰色の雨雲を察知し、いち早く傘を差し伸べてくれた彼女。
でも、最近は少しだけ、その手には多くのものを抱えすぎているように思えた。
「守る側」と「守られる側」
だが、それにどれくらいの違いがあるというのだろう?

 「守られる」のであれば、「守られる」術を知っているのであれば方法はいくらでも思いつく。
 例えばそれは、抱えきれないモノを変わりに持ってあげる事も出来るという事。

傘が落ちてしまえば、拾えば良いのだから。


 「私、皆ノ事が大好キでースっ」

いきなり大声を出したジュンジュンにメンバーは振り返る。
その視線に応えるようにジュンジュンは満面な笑顔を浮かべていた。

 ―――いろいろが色彩に溢れながら透(す)ぎて行く。
 例えばそれは穏やかな午後の木陰での居眠りだったり。
 例えばそれは、夕暮れの中で揺れる海の波だったり。
 例えばそれは、失くしてしまった笑顔を探す旅だったり。

空が雨上がりに輝いた時、未完成の虹は光を宿した。
額に入れられた写真に写る新しい虹を、ジュンジュンは幸せそうに見つめる。

紡いだ詩は、まだ小さかった自分が始めて得た始まりの唄。
歩き出した先に幸福があると信じ、また全てが始まった瞬間だった。




















最終更新:2012年12月01日 21:02