(23)076 『里沙とパンダ鍋とジュンジュン』

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新垣里沙は寝込んでいた。原因は過労だ。スパイ生活は彼女の肉体と精神に多大な負担を与えていた。
ここ三日程自宅アパートのベッドに横たわって天井ばかり見つめている。
おかげで買い物にも食事にも行けず、殆ど碌な物を口にしていない。
愛や仲間達に何とかしてもらえばいいのだが、心配をかけたくないという気持ちの方が強く、
何となく言い出せないままずるずると時を過ごしていた。

「まいったなあ…」

思わず、口から声が漏れた。
体が弱ると心まで弱くなったような気がする。
いつまで続ければいいんだろう。いつまで秘密を抱えていればいいんだろう。
ずっとみんなを騙して、ずっと組織を誤魔化して、いつまでも狭間で生きていける筈なんてないのに。
いつかは、決断しなければならない。
分かってる。それは分かってるんだけどね…
じんわりと目頭に熱いものが満ちてくる。
仲間達の前ではしっかり者でいられても、組織内では優秀であり続けられても、
今は一人で涙をこらえるのが精一杯な自分が恨めしい。

「あー、ダメだ今こんな事考えてもしょうがない」

弱気な自分を片隅に追いやって、ベッドから体を起こす。
時間は真夜中をとっくに過ぎていた。点けっ放しのテレビから、深夜映画のくさい台詞が聞こえている。
頭がふらつくが、とにかく何か胃に入れないと体力が戻らない。

その時、携帯に着信があった。画面にジュンジュンの名前が表示されている。

―おい、ニーガキ。いるか?
「え?ジュンジュン、どうしたの?」
―今から行くから、チョット待ってろ


言うやいなや、そこで電話が切れた。
?が頭をよぎるよりも早く、玄関のチャイムがなった。

「え?何?」

ドアの向こうにスーパーの袋と荷物を抱えたジュンジュンが立っていた。

「オイ、生きてるか?」
「ど、どうしたのこんな時間に?」
「しばらくリゾナントに顔を見せなかったカラな、どうせ体でも壊してンだろうと思って来てやったゾ」
「何でまた急に…」
「連絡入れただろ」

そう言って、ジュンジュンはそのままキッチンへと向かっていった。

「ナカナカいい所に住んでるな」
「ねえ、ちょっと」
「まあいいから病人は寝てろ、今ゲンキになる物作るから、碌な物食べてないんだろ?」

全然状況を把握できないのは自分の頭が回らないせいなのか、ジュンジュンの唐突っぷりのせいなのか。
恐らく両方だろう。
里沙は仕方なくちょこんとベッドに腰掛けて、料理を始めたジュンジュンを見つめていた。
意外と手際がいい。中華料理店で働いているからなのだろう。

―ちょっとイメージと違うな…

自分の知らない一面を見たような気がしている。
なんとなくくすぐったいような気持ちがして、視線を深夜映画に移した。
別に内容が入ってくるわけでもないのだが、ぼんやりするのには丁度良かった。
しばらくして、テーブルの上にカセットコンロと土鍋が置かれた。

―ああ、荷物はコンロと鍋だったのか。


「へえ、鍋料理」
「ジュンジュン特製パンダ鍋だ」
「パンダ鍋?」
「そうだ私のスペシャルダゾ、食え」

パンダ鍋なんて聞いたことがない。オリジナルの料理なのだろう。

「安心しろ、パンダの肉は入ってないから」
「当たり前でしょうがもう」

蓋を開けると、表面に大根おろしが敷き詰められ、そこに黒ゴマがところどころに盛り付けてあり、
それが丁度パンダの顔のようになっている。
“みぞれ鍋の変形版”といった感じの見た目だ。

「あーおいしそうじゃないジュンジュン」
「当たり前だ」

そう言いつつもちょっと照れたような表情をしている。

「まあ、冬は寒いカラな。これを食ってせいぜい温まれ」
「ありがとう。ところで具は何が入ってるの?」

ジュンジュンは笑顔で言った。

「決まってるだろう。全部バナナだ」
「ふ、ふうん…」
「嘘だよ。突っ込みもサエなくなってるな、具材は普通だよ、白菜にネギに鶏肉、まあそんなとこだな」
「もう、好きで突っ込んでるんじゃないんだからね」


ジュンジュンはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、具を器によそって里沙に渡す。
一口、口に運んでみた。大根おろしとゴマが絶妙なバランスと味付けで調和している。
失礼な話だが、里沙にとってかなり意外だった。

「あ、おいしいよジュンジュン」
「この料理はな、日本に来て覚えたんだ」
「へえ…」
「私も食うゾ」

二人で鍋をつついた。コトコトと、鍋が煮えている。
特にとりとめのない話をしながらゆったりと時間が流れていく。

「なあニーガキ」
「何?」
「ゲンキ出たか?」
「うん、ありがとう」
「…色々事情があるんだろうけど、あんまり一人で抱え込むなよ」
「え?」
「苦しい時はスグ私達に言え」
「うん…ごめんね心配かけて」
「心配なんかしていない。ニーガキは強いからな。でも、無理はしちゃいけない」
「――」
「ありのままがイチバンいいんだ、人間も、バナナも」

ふと、ジュンジュンは遠くを見つめるような目をした。
その横顔は普段の彼女とは少し違って、とても大人びたものに見える。
大人?


「あ、ジュンジュン…」
「何だ」
「誕生日…」

時計を見ると午前三時をとっくに過ぎている。

「ごめん…もう過ぎちゃったね…私うっかりしてて」

我ながら酷いと思った。
ジュンジュンの獣化状態の戦闘力や持続時間などの諸々のデータは把握しているくせに、
肝心な事をすっかり失念してしまっていた。
こんなことで仲間だって顔をしていていいのだろうか。
共に過ごした日々は所詮偽りのものでしかなかったのか。

「ごめんね、ダメな奴だよね私は」

情けなさがこみ上げてきて、不意に涙がこぼれる。
ジュンジュンはそっと里沙に語りかけた。その声が優しい。

「ニーガキ、私が日本に来た理由は知っているな?」
「え?うん…」

復讐である。
獣化能力を持つジュンジュンの一族は、
その力を我が物にしようとしたダークネスとたたかい、敗れ、幼いジュンジュンを残し全滅した。
一族の無念を晴らすため、ジュンジュンは日本にやって来たのだ。

「ダークネスの奴らを皆殺しにしてやるつもりだった」

その“奴ら”に自分も入っているなんて、口が裂けても言えない。


「でもな、ニーガキ。私は変わったよ」
「え?」
「ミンナに出会って、変わった。復讐は心を曇らせるだけだって教わったよ」
「ジュンジュン…」
「私のたたかいは復讐のためにあるんじゃない。正義のため、大事な人のためにあるんだ。
 そう思えばこそ頑張れる、胸が高鳴る」

そこまで言って、ジュンジュンはじっと里沙を見つめた。

「ニーガキ、オマエが何を抱えているか、どんな事情がオマエを苦しめているか、今は聞かないでおくよ」
「――」
「でも、オマエもミンナに出会って変わったんだろう?」
「うん…」
「いつかきっと、答えは出る。その時が来るまで私はオマエのそばにいるよ」
「ありがとう…ジュンジュン」

そう言って里沙はジュンジュンの肩にことり、と寄り添った。
ぬくもりが、じんわりと心地いい。


「ちょっとだけ…甘えさせてね…」
「まあタカハシ達には黙っといてやるよ」
「もう」
「オマエや私だけじゃない、ミンナ毎日少しずつ変わっていくんだ。人も、バナナも」
「バナナも?」
「毎日ちょっとずつ生まれ変わっていくんだ。その一日、一日を大事にすればいい。
誕生日なんてただの節目だよ。気にするな」
「優しいねえ、ジュンジュンは」
「――でもな、誕生日おめでとうって言われるとやっぱり嬉しいものだ」

里沙はジュンジュンに向き直って、ぺこり、と頭を下げた。

「ジュンジュン、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ニーガキ」

顔を上げるとそこには照れくさそうな微笑をうかべている21歳のジュンジュンがいた。

夜明けはそう遠くはない。きっと、もうすぐだ。





















最終更新:2012年12月01日 21:03