(23)391 『Silver Eternity』

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足音が誰もいない回廊に反響する。
辺りは何の気配も感じられず、自らの呼吸音すら意識できるほどに静まり返っていた。

時折、ジュンジュンはその左肩にかかるボストンバッグをずりあげる。
バッグが肩にくい込んで痛い。邪魔な荷物だ。
だが、放り投げるわけにもいかなかった。
この中には替えの服と非常食が詰まっている。
楽にしたいからといって、今この荷物を捨てることはできない。


「・・・・・・お」

突然、代わり映えのしない退屈な光景が色を変える。
回廊の先に扉が現れたのだ。
ジュンジュンは迷わず駆けて、その扉を開ける。


扉の向こうは薄暗かった。
ホールと呼ぶには小さくて、ルームと呼ぶにはやや大きい。
“なんとかの間”、とでも呼ぶのがぴったりの空間。

それにしても。


「・・・さムい」

さっきまでいた場所と比べて、ここでは明らかに気温が下がっている。
吐く息が白くなり、刺すような冷気が体を包んだ。

冷房の効きすぎではないか。スイッチはどこだろう。
ジュンジュンは周囲を見渡す。
すると。

「ア?」

奇妙な何かが目に入った。
近くに行って調べてみたい衝動に駆られる。

罠かもしれない。

湧き起こる警戒心。
      • それをほんの少し上回る、好奇心。
ジュンジュンはソレに近づいた。
そして目を疑う。思わず手を伸ばす。指先が痛くなる。

まるで何かの展覧会のようだった。
いくつか並べられた縦長のガラスケース。
それぞれのケースの中には白いオブジェが一つずつ。
弱々しい照明に照らされてそれらが妖しく浮かび上がる。
オブジェはその目を閉じていた。
いや、オブジェなどといって自分をごまかすのはやめろ。本当はソレがなんなのか、わかっているくせに。

ソレの正体は、四角い氷の中に閉じ込められた人間だった。


「・・・・・・美しいだろう?」

突然、背後から聞き慣れない声。
この“間”の主に違いない。
素早く荷物を放り投げ、体を反転して戦闘態勢をとった。
立っていたのは、黒衣を纏い不敵な笑みをたたえた一人の女。

「美しいだろう。永遠を待つ卵たちだ」

女は同じ台詞をゆっくりと繰り返す。
陶酔しきったそのねっとりした声が・・・たまらなく不愉快だった。

「オマエ誰だ?この人たちドウした?なんデこんなことする?」
「あのさ、質問多すぎ。一つずつにしてくんない?」
「む」
「ま、いいや。気分いいから答えてやるよ」

この女はどうも気まぐれな性格のようだ。
ころころと態度を変えるので、ついていくのに苦労する。

「私が誰かって?私は私だ、他の誰でもない。しかし、人は私を魔女と呼ぶ」
「意味わカんない」
「あと、こいつらは死んじゃいない。氷漬けになって仮死状態を保っているだけだ。
      • コールドスリープ、だっけ?まあそんな感じ」

女は、なおも続けた。


「永遠を前に命は儚い。人の命などたった数十年で朽ち果てる。そう、所詮そこまでが
人の限界。愛した者と永遠を共にするなど人の身には不可能なことだ。・・・・・・だから、
私は人を超える。人を超えて魔女となり、愛した人と共に生きるため、永遠を可能にして
みせる。私に与えられた、この“凍結の力”で!」

拳をつくり、女は高々とそう宣言した。
演説、といってもいいかもしれない。
聴衆でもいれば歓声が沸きあがっているところだろう。
しかし、この場の観客はジュンジュン一人。
歓声はおろか、拍手の一つすら起こらなかった。

「・・・何か、言うことはあるか?」
「ナイよ。言うこと何もナイ。でも・・・・・・気に入らナイ!」

次に拳をつくったのは、ジュンジュンのほうだった。
ただし、その拳は突き上げるためでなく敵にくらわすためのもの。
二人の間合いが、一気に縮まる。

「そーゆーのは一人デやれ!他の人巻き込むナ!」

ジュンジュンが、拳を繰り出す。

「言ったろ?愛した人と共に生きたいって。こいつらもその一部なんだよ。いつかその日が来たら
こいつらにも、氷漬けなんて仮初めじゃない真の永遠を与えてやるんだ」

顔が歪む。
ジュンジュンの顔だけが、痛みで歪む。

「ぐぁ!?」


一方で女は涼しい顔をしている。
当然だ。なんのダメージも受けていないのだから。

「言い忘れてたけど、ここは透明な氷の壁を張り巡らせてミラーハウスみたいにしてある。
進むときは注意しろよ」

女がにやにやと口角を上げる。
先に言え、と悪態をつきそうになるのを我慢し、頭の中で今の女の言葉を反芻する。

ミラーハウス。
ということは、さっき自分は壁を殴ってしまったのか。痛いわけだ。
では、どうすればこっちの攻撃が相手に届く?
高橋愛なら、こんな壁は瞬間移動で通り抜けるだろう。
銭琳なら、こんな壁は燃やし尽くしてしまうだろう。
しかし、李純にはそれができない。
そういった意味では、自分がこの場に来てしまったのは運がなかったと言える。

選べる道は二つに一つ。
手探りで抜け道を探すか、強行突破。
だったら。

「ハアッ!!」

獣化によって己の破壊力を極限まで高め、壁を壊す。
選んだ道は強行突破。
そのほうが自分らしい。


「そうだよそれそれ!それが見たかった!」

嬉々とした声があがる。
見れば、女は手を叩いて喜んでいた。
緊張感のかけらもない腑抜けた面。
闘いの最中にそんな顔をするなんて。
不快指数が頂点に達する。

壁など気にせず、全速力で突き進む。
割れて降り注ぐ破片は気にしない。
目指すは黒衣の女の懐、ただ一点。
最後の一歩で跳びかかり、あと一伸びで前足が届く。
はずだった。

突然、体に奇妙な重量感。
体が重い。落下する。
限りなく敵に近づけたというのに。
その不愉快な笑みが、徐々に遠ざかってしまう。

大熊猫の姿のまま、ジュンジュンは大の字になって床に沈みこんだ。


「私のコレクションは人ばかりだからな。ここらでパンダでも加えて、彩りを添えるとしよう」


思い通りに体が動かせない。
いったい何が起こったというのか。
冷ややかな笑い声を聞きながら、状況を整理しようと必死に頭を働かす。

体が急激に冷えていくのがわかった。
それも周囲の温度が下がっているというような間接的な理由ではなく、もっと直接的に。
そう。
体のところどころに厚い氷が張っているのだ。
突然体が重くなったのも、これのせいに違いない。
しかもその氷は、体全体を侵食しようと自主的に成長を続けている。

「ゼロから氷を作り出すより今ある氷を成長させるほうが楽なんだよ。おまえもさ、
かかったかけらを振り払う余裕くらいあってもよかったかもな」

氷壁を突き破った際に降り注いだかけらが、女の力によって大きくなったらしい。
避ける隙を与えないための素早い攻撃がかえって仇になった。
ジュンジュンは唇を噛みしめる。
この状況では、それくらいのことしかできなかった。


寒い冷たい痛い、寒い冷たい痛い、寒い冷たい痛い―――
身体の表面の氷がその範囲を広げるにつれて、思考の凍結も始まっていく。
それはつまり、“抵抗”という意思を奪われることに等しい。
さっき見た人々も、氷漬けにされるときはこんな感じだったのだろうか。
こんな風に、自身のすべてを失っていく思いだったのだろうか。


いやだ。


失いたくない。体も心も能力も思い出も、何一つ。

体がないと、バナナが食べられない。
心がないと、楽しいことがわからない。
能力がないと、大切な人たちを守れない。
思い出がないと――この先みんなと笑い合えない!



「ウゥー・・・・・・・・・ヤアッ!!」
「は?・・・ちょ、えっ?・・・うわ!?」

突如として氷の破片が女のほう目掛けて飛んでくる。
ほんの一瞬前まではジュンジュンの体を覆っていた氷だ。
その破片がひび割れて、今や四方八方に飛び散っている。



飛び散っているのはそのかけらだけではない。
張り巡らされた氷壁や人々を閉じ込めていた氷も同じようにひび割れ、細かい破片となって飛んでいる。

一種の賭けだった。

獣化に使っていたエネルギーのすべてを念動力に上乗せして、一気に放つ。
同時行使とも違う、フルパワーによる能力の開放。
できるかどうかは未知数だった。
失敗すれば自我を失っていたかもしれないし、体が粉々に吹き飛んでいたかもしれない。
でも、粉々に吹き飛んだのは氷のほうだった。

見れば、この空間にあった氷のほとんどが砕け散っているのがわかる。
原型を留めているものを探すほうが難しい。
これだけの衝撃でよく建物が壊れなかったな、と感心するくらいだ。

閉じ込められていた人たちはどうだろう。
暗がりで見た感じだとひどい外傷はないが、身動ぎする気配もない。
すでに息はないのか、それとも心の“凍結”がまだ融けていないのか。
確認する気には、なれなかった。

そして。


「・・・おまえ、ゼロから氷作ルの大変て言ってた。壁作ル暇もなかたか」

黒衣の女はその場に倒れていた。
息はあるが意識はない。
いくつかの氷塊の直撃にあったのだろう。
しかも、至近距離であの力をくらったのだ。
生きているだけで充分奇跡的だった。

今のうちにとどめを刺すか。
体は立っているだけで精一杯なほどガタガタだが、
鋭利な破片を探してこの女の喉に突き刺すくらいはできる。
でも。

「かわいソなヒト・・・」

できなかった。
勝者としての余裕からなのか、それとも本当に彼女に同情してしまったからなのかはわからない。
ただ、彼女を哀れに思うこの気持ちだけは確かだった。
永遠に固執するあまり人の心を見失ってしまった彼女を、とても寂しいと思った。


考えながら、闘いの前に放り投げた荷物を見つけて手をかける。
どうなっているかと心配したが、幸いなことに被害は最小限で済んだようだった。
服の何枚かは破片が刺さったりして穴が開いているが、無傷のものもある。
そして何より大事な黄色い非常食も、バッグの中心に配置したおかげで無事だった。



永遠なんて、きっとこの世にはないだろう。

形あるものは、どんなに強固なものでもいずれ消えていく。
形ないものは、脆くて弱いからもっと早くに消えていく。
人と人との結びつきだって、例外じゃない。

だから、このまま9人で過ごす時間が永遠に続けばいいと思う反面

―――いつまでも9人一緒ではいられない

いつかは9人が離れ離れになるときが来ることも覚悟していた。

自分も琳も、いずれは祖国に帰らなくてはいけなくなるだろう。
仲間の誰かが夢や目標を見つけて旅立つ日だって遠くないかもしれない。
幸せな時間は、永遠には続かないのだ。


そこまで考えて、ふと我に返る。
そして、両頬を両手でバチンと叩いた。

このまま感傷に浸っていたら、やがて訪れる未来が今日訪れることになりかねない。
早く態勢を整えなければ。



服を着て、体力回復のためにと非常食に手を伸ばす。

そういえば仲間たちはどうなっただろう。順調に先へ進んでいるだろうか。
仲間たちの顔を思い浮かべたその時。
バッグの中の違和感に気がついた。
黄色いゾーンに、何か白っぽいものが混じっている。

手に取ってみると、それは封筒であることがわかった。
こんなものいれた覚えないのに。
訝りながらも、とりあえず封を開いて中身を見る。

「・・・え」

中身は、一枚の写真だった。
9人全員が写っている。
確か、以前みんなで遊びに行ったときに撮ったものだ。
この写真を見た道重さゆみと久住小春が、「写りが悪いから撮り直したい」と騒いでいたのを覚えている。

なんでこんなものが。
首を傾げながら写真を裏返すと、見慣れた筆跡がそこにあった。

“あとでみんなの写りがいい写真をとり直そう!!”
“ジュンジュンへ  バナナの食べすぎに注意!”


それは、リーダーからのメッセージ。


いつの間に紛れ込ませたのか、とか。
他の仲間はどんなコメントなんだろう、とか。
戦いを終えたあとの約束ってなんだか縁起が悪くないか、とか。

言いたいことがたくさんあった。
だけど言葉にならず、また伝える相手もそばにおらず、
溢れ出した感情は自身の頬を濡らすことしかできなかった。


永遠なんて、きっとこの世にはないだろう。

そう思っていた。
だけど今ならわかる。信じられる。

細くて弱い糸を、切れないように強く強く結びつけるみたいに
人と人との結びつきが、絆と呼べるくらいに強くなったら
どんなに遠く離れていても、違う方向を向いていても
その結びつきは、永遠に消えたりしないのだと。




この先で、共に永遠を生きる人たちが待っている。
ジュンジュンは氷の残骸の中を歩き始めた。

銀色に輝く氷の破片が、やたらと綺麗に見えた。





















最終更新:2012年12月02日 07:05