(23)651 『BLUE PROMISES 番外編 -Darkness has BLUE-』

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自分のベッドでのんびりくつろいでいた昼下がり。
急に騒がしくなった部屋の外。ふざけんな。イラッとする。

「…んだよ、ったく」

ドアを開けると下級兵がどたばたと走り回っている。
何かめんどくさそうなことがあったんだろうなぁと、
他人事のように思って、いやたぶん実際他人事なんだからと、無視してベッドに戻った。

『緊急!緊急!』
『集合しろ! 広場へ集まれ!』
『遅れるな! 指令を下す! 警戒態勢だ!』

…っるせーよ!
下っ端が人サマをドタバタに巻き込むんじゃねーよ。
こっちは、昨日遅くまで寝てないっつーの。

だいたい下っ端が幹部サマの部屋の前通るんじゃねーよ。
お前らが通る通路ってのは別にあるだろうが。
もうちょい、幹部サマを敬え―――

ドンドンドン!

『ミティ様! ミティ様! お開けください!』
『緊急の指令の発令です! ご出席ください!』

げっ。何か来やがった。
カンベンしてくれよ、こんな騒動巻き込まれるのはゴメンだ。
お前たちだけで何とかしてくれよ。ミキはそんな性分じゃないんだよ。

ミキは部屋の窓を開けて、晴れた外へと飛び出した。


地上では混乱しまくりの下っ端が行き場を求めて右往左往してる。
アイツらほんとアホだよ。
あんなゴチャゴチャした群衆の中なんてやってられないっつーの。

だいたい緊急時にあんなにドタバタと集まって、何か指令聞かされて、
あの様子で冷静に対応できるワケないじゃん。
わーわーぎゃーぎゃーと集団でやるのなんて、ミキやっぱり得意じゃない。

こうやって、ひとりで空を飛んでる方が気楽だし。
気の向いた時にあちらさんにちょっかい出しに行って様子を探ってくる。
正直、組織の方針とは違っちゃうけど、部隊率いてリゾナンターに当たるとかめんどくさい。
ってか、まず組織率いるのがめんどくさくね?


地上でどっとわき上がる声。どうやらやっと指令が発表されたみたいだった。

 ―――監視対象者、新垣里沙の脱走。
 ダークネスからの離脱、リゾナンターへの完全な転換を確認。
 脱走者逮捕および処刑のため、精兵による出撃を決行。
 指揮を執る幹部、動員する精兵の選定、決行は本日中―――


「へー、ガキんちょが脱走、ねぇ…」

とはいえ、別に驚きもしなかった。
そんなことは時間の問題だろうと思っていた。
どう考えたってヌルい監視しかしていなかったくせに、
いざ脱走したとなって大騒ぎするとか。

そんなに大事なお客様なら、もっと丁重におもてなししなきゃダメじゃね?
相変わらずこの組織は、どこかボケてるとしか思えない。


勢いだけは一人前の下っ端兵士の集団は、
脱走者の名前が明らかになった瞬間こそどよめきが起きたけど、
処刑の意向が伝えられると同時に雄叫びを上げて士気を高めていた。

正直、ウルサイ。ヤカマシイ。落ち着けよ。

いっちょ、根性入れ直してやろっかな。何か気にくわない。
お前らみたいなのがどうにかすればあの相手に勝てるって思ってるのがムカツク。
どいつもこいつも身の程知らずもいいとこだ。

どうせお前らが寄ってたかってかかっていって勝てるような、
そんな甘っちょろい組織じゃねーんだよね。あちらさんも。
相手、誰だと思ってんの?
お前らより相当強いよ? つーか、ゼッタイ勝てないよ?

ミキたちみたいな幹部クラスならまだ余裕で戦えるけど、
そこらの隊長クラスじゃ、あっという間に光の彼方に消えちゃうよ?
あ、それともカンタンに操られて発狂しちゃうかもよ?


「ま、せいぜいガンバレってことだ」

ミキは、まだ地上で吠えている下っ端どもと、
この下っ端を率いるであろうかわいそうな幹部に向けて呟いた。

空が青くてなんかムカついて、進むスピードを少し上げた。



 * * * * *

「は?」
「と、ダークネス様のお達しですので…」
「もう一回言ってみろ」
「いや、ですから…」

ぐるりと空を飛んで帰ってきたミキを部屋の前で待っていたのは、
ダークネス様の伝言を伝えに来ていた、ダークネス様の側近。

「…新垣里沙処刑の指揮を、ミティ様にお任せすると…」
「はぁ?」

なぜか側近はますます怯えて一歩下がる。
あ、スイマセンね、この不機嫌な顔はいつものことですから。

「…ありえねー」

その仕事があり得ないんじゃない。
あのアホ下っ端どもをどうにかしなきゃいけないことが、頭痛い。

ミキは思わずこめかみの辺りをおさえていた。
ガキんちょの処刑くらい、ある程度簡単にできるだろう。
ただ、それはミキが好きなように動いて、が条件。

「それ、幹部、決定?」
「はい、命令書も実はこちらに…」

側近がもったいぶって取りだしたのは、
確かにミキを今回の指揮官に命じている文書。

そんなもんが出されてる以上、さすがに出動しなきゃいけない。


「ちなみに、動員する部隊は」
「第2部隊です」
「だいにっ…」

…よりにもよって一番筋肉バカの集団じゃねーの。
そんなヤツらじゃこのミティ様についてこれねーっつーの。

「それはムリ」
「いや、しかし…」
「動員するのは構わないけど、ミキそいつらのこと置いてくから」
「はぁ…」
「じゃないと、ミキ、この仕事お断りだから」
「いや、しかしミティ様…」
「ヤツら勝手について来りゃいいよ。ミキは空飛んで先行くし」
「これも決まってしまったこt…」
「あぁもうウルサイなっ!」

バカ正直な側近にいい加減うんざりして、
ミキは右腕を振りかざして、花瓶に刺さっていた花を氷漬けにした。

「お前もこうなりたいのか? あ?」
「あ、いえ、その…」
「じゃ、よろしく。ミキひとりで行くからね」
「は、はい、失礼し…」

言い終わるか終わらないかのうちに、逃げるようにして側近は帰った。
ミキは氷漬けの花を人差し指で弾く。
パリン、と乾いた音を立てて、花は跡形もなく砕け散った。


「マジありえねー…」

こういう仕事って、それこそ粛清人のキショいヤツの仕事じゃないの?
犯罪者を処罰するのがお得意な仕事でしょ?
何でミキなんかに回ってくるんだか。

この組織、対応もヌルいけど考えることもヌルいんだよマッタク。
粛清人の亜弥ちゃんと、マイペースなGと、銀翼の天使組ませたこともあったかな。
そんなことしたら上手く回ってくワケないじゃん。
内部でバチバチしてるに決まってんじゃん。
そこにキショいの入れたってどうにかなるはずないじゃん。
トップが考えてることは、やっぱどこかおかしい。


とはいえ、リゾナンターにちょっかいを出す程度だったミキの動きも、
今回はかなり本気でかかって、一気に仕留めて行かなきゃいけなくなる。
いつものように、お遊び気分で相手に向かってはいけない。


ガキんちょを、処刑するのがミキの仕事。


そう考えると、ミキですら自然と気合いが入る。

目を閉じて考える。
考えられるあらゆるパターンのヤツらの動きをイメージして、
自分の最大の攻撃チャンスを描き出していく。

闇色の氷で、串刺しにしてみせる瞬間を。


ミキの思考が、深く深くなった時だった。

「ミキちゃんっ!!!!!!!」

勢いよくドアの開く音ともに、大声で名前を呼ばれて目を開く。
声のした方には、息を切らせてミキを見つめている白衣の科学者。

「…なに、こん…」
「今日出た指令の…担当が…ミキちゃん、て、ホントなの…?」

ミキが何かを言うより前に走り寄ってきて、息も絶え絶えになりながら問いかけてくる。
その目は、とにかく必死だった。何かに怯えているようにも見えた。
実際、ミキの両肩をつかんだ手が小刻みに震えている。
じっとその目を見ていると、涙が浮かんでいた。


いったい、何?


正直、ダークネスにやってきてからしばらく経つけど、
いつだって冷静沈着なDr.マルシェがこんなに取り乱してる姿なんて、初めて見たかもしれない。

今日出された指令。新垣里沙の処刑指令。
それと、こうも怯えるマルシェをつなぐモノって、一体なに?

…ってか、そんなのは考えるまでもなくすぐに結びつく。
ガキんちょ。マルシェ。脱走。処刑。
そこに、今ではなく、昔を当てはめれば、答えなんて自ずと出てくる。


「…ガキんちょを殺してくるのは、ミキの役目だよ」

だから、まっすぐに言ってやった。
当然、マルシェの表情は一気に青ざめていった。

「それとも、ガキんちょが死んだら何か問題あんの?
 もう、取るようなデータだってないんでしょ?
 スパイ活動中のデータは記録済み、こっちへの帰還後は最終チェックとその後は処刑。
 それが元々のあいつの運命でしょ? それがちょっと早まるだけじゃん」
「やめて…ミキちゃん…」

ガタガタと身体まで震わせて、マルシェはその場に膝をついて頭を抱える。

「…マルシェさんともあろうお方が、裏切り者の脱走を手助けですか?」

なんだよ。裏切り者が2人もいるなんてどれだけメデタい組織なんだよ。
マルシェはゆっくりとミキの顔を見上げる。
青ざめた顔は涙でぐちゃぐちゃだ。

「…別に、ミキはアンタをどうこうしようとか思ってもないけど」

少し開いた窓から入り込んだ風が、ミキの髪を、そしてマルシェの白衣を跳ね上げる。

「これは、“指令”ですので。
 ダークネスの幹部として、これは守らなくてはなりませんから」
「やっ、ミキちゃ…っ!!!」

ローブの裾を引かれて歩き出そうとした足が止まる。
あのマルシェが、こんなにも必死な姿。それを冷たく見下ろす、ミキ。


「ミキちゃん…、ガキさんを、ガキさんに、何か、ないの…?」
「…はぁ?」

彼女の問いかけは、あまりにも漠然としていてまったくその意味が読めなかった。

「いくら、今、敵同士だといっても、あんなに一緒に―――」
「それが何だっつーの」

何? 敵の命乞い?
そんなお涙頂戴の話なんて聞きたくもない。

「だって! 処刑なんて…殺しちゃうなんて、そんな、あんまりだよ…!」
「…ガキんちょは殺されるに十分な理由がある」
「そんなの、組織としてでしょ…?
 ミキちゃんに、ミキちゃんの中にはガキさんの思い出はないの…?」
「そんな思い出なんて、とっくに捨てたし」
「お願いだから、見逃してあげて…助けてあげて―――」

「問答無用」

ミキはローブにすがるマルシェを振り払って窓を開けた。
無様に床に伏せる格好になったマルシェ。
いったい、何がここまで彼女をそうさせる?
いや、きっと、そんなこと知ったところで得られるモノなんて何もない。

「…このことは他の誰にも報告はしないでおくよ。
 だから、今回のことは、もう諦めな」

ミキの名を呼ぶ叫び声が聞こえた。けど、それにはもう耳を貸さない。
ミキにはミキの役目がある。私情は挟まないし、挟む必要もない。



けど、ミキは気づいていなかった。


マルシェがミキのことを、「ミキちゃん」と呼び続けていたことに。
すっかり、「ミティ」と呼ばれることに慣れていたというのに。


そして、もうひとつ。


マルシェのことを、「紺ちゃん」と、昔の呼び名で呼ぼうとしていたことに。



 * * * * *

辺りはすっかり夜になっていた。
ミキはあのまま自分の部屋に帰る気にもなれず、ずっと空を飛び回っていた。

空高いところにある三日月。
空には他には小さな星しか見えないくせに、あの月だけは爛々と輝いている。
それが、なぜか憎たらしい。
その存在を見せつけているようで、憎い。

それなのにあまりにも美しくて、目が離せない。


あと少ししたら、ミキは敵地へと奇襲をかけに行く。
真夜中に。
ヤツらがいろんなことに備えていつでも警戒しているような戦士だとしても、
街も静まった夜中ならば、その意識も少しは薄れるだろう。

実際、昔の自分がそうだった。
警戒レベルがゼロになるわけじゃない。けど、100のままでいるわけでもない。
そんな時間帯は、やっぱり真夜中だった。
黒のローブで敵の目にも入りづらいだろう。その分、やりやすい。

…昔?
なに、ミキ、何でそんなこと思い出したんだろ。


「魔女さんでも月なんて見るんスか」

不意に近くから聞こえた声。返事はしない。
どうせあの目障りな金髪がニヤニヤしてるだけだ。

せっかくひとりで考えてた時間を壊されたのがあまりにも癪に障ったから、
思いっきりそいつの顔を睨み付けるようにして振り返ってやった。
案の定、隣に滑り込んできた大剣を提げた戦士は、こちらの顔を見てにやついていた。

「…そう怒ることないじゃないスか」
「月を見てて何が悪いっつーの」
「や、悪いとかじゃなくって」

単純に疑問に思っただけ、と彼女は続けた。

面白くない。

だいたい、アンタはいつまでどっちつかずの態度取ってんだよ。
ここはダークネス。アンタは明らかにリゾナンター寄り。
アンタの力が強すぎるからこうしてこっちで飼い殺してるけど。
いい加減どうにかしろよ。正直、メーワクなんだよ。

冷たい夜空に浮かぶ涼しい表情の月。
今のミキにはないモノばっかり持っているようで、尊いじゃないか。

「青い空なんて、ダークネスに、特にミキになんて似合わないんだよ。
 真っ黒なローブで全てを隠すように、夜の闇が全てを覆う、その方がミキに合う」

金髪はその髪に月光を柔らかく反射させていた。
それが、妙に目に眩しい。


「で、指令の実行、行くんスか」
「今から行ってくる。
 ってか、いいタイミングでアンタが来たからまだ行けないだけ」
「ありゃ、そらしっつれいしました」

わざとおどけてみせるこの態度が、今はものすごく気にくわない。

「あたしにそういう指令なんて来ることはないでしょうけど、
 どちみちそういうのが来たところで自分の性に合わないんで」

自分の部屋から見守らせてもらいます、と金髪は言った。
マルシェとは違って妙に落ち着いた様子だ。
お前だって、あいつが殺されたとしたら悲しむこともあるだろうが。


「…じゃ、ミティ様、ご武運を。―――それから」

金髪は大きな剣を背中で揺らしながら、空中でミキに正対した。

「青空だってけっこういいもんスよ。今度、見てみてください。
 あと、夜空で輝く月みたいに、ミティ様の中にも“光”ってあるんスよ。
 きっと、気づいていない、見ようとしてないだけで」
「なっ…」

唐突な言葉にミキは言葉を失う。
気づいた時には、金髪はもうこの場にはいなかった。

…何が青空だ。何が光だ。そんなもの、昔にミキは捨てたんだ。
どいつもこいつも、なんで余計なことばっかり言いやがる。

ミキは、むしゃくしゃする想いを胸にしながら敵地に目を向けた。



 * * * * *

上空から見下ろす喫茶店には、この時間には相応しくなく灯りがついていた。
ということは、ヤツらの拠点「リゾナント」に、ガキんちょは無事に戻ったということだろう。
夜遅くまで、一体どんな話をしているのやら。
とっとと寝静まってくれてた方が、こっちとしては都合もいいっつーのに。

冷たい風が肌を撫でる。
自分の魔力がその冷気に反応して疼くのがわかった。
今か今かと、その時を待つ。そのために最善の手段を頭に描きながら。

せっかく愛すべき場所に戻ったところで、本当に運のない女よ。
スパイとして育てられ、敵組織へ送り込まれて調査を命じられ、
けれどその組織に魅入られ、あげく寝返ってみせるとはね。
捕らわれ逃げ出して舞い戻ったところだが、今度はこのミティ様が命ごと奪ってやる。


いきなり乗り込んでいって血祭りに上げてやろうか。
それとも店の周りを凍らせて、逃げ道なくしてじわじわ追い込んでやろうか。
どちらも名案だ。
怯え、恐れるヤツらの顔を見ることが出来るだろう。

けど、せっかくここまで来たんだ。
一瞬でカタ付けて帰るのももったいない。

氷に囲まれて凍えるがいい。
永遠に溶けることなき絶望の柱の中で、苦しむがいい。

ミキは、右手にありったけの魔力を注ぎ込んだ。
周囲の温度が急激に下がって、風を切る音も強くなる。

十分な力を溜め込んだ右手を見て、―――ミキは絶句した。


「…なっ、なに、コレは…」

掲げた右手に集まった魔力は、三日月の光を透かして蒼色に輝いていた。

「ど、どうしてこんなことがッ…!」

蒼い氷塊。
それは、昔のミキの、必殺の能力で―――


―――フラッシュバックするのは、意志に反して昔の記憶ばかり。


 蒼い氷の槍が彼女たちを救っていた
 絶体絶命のピンチで、蒼い氷柱が相手を封じることもあった

 『美貴ちゃん!後ろ任せたで!』

 『ガキんちょあいつの動き止めといて!』

 『愛ちゃん、ミキティ、攻撃はヨロシクね!』

 手を取り合って戦った、あの日の“仲間”たち―――


「今さら…、昔が、昔が、何だって言うんだ…」

氷の蒼は月の明かりを受けて、より深く蒼く輝く。
ミキは、とっくの昔にその蒼き心なんて捨てたはずなのに。
今は闇に魅入られ、闇色の氷で相手を苦しめる。
それが、ダークネスの魔女・ミティ。それなのに…


 『ミキちゃん!』
   『処刑なんて』
           『ガキさんを』
  『助けてあげて』

      『見逃してあげて』
 『お願いだから』

           『だって、元々は』
    『一緒に過ごした仲間じゃない』

 『ねぇ、ミキちゃん―――!』

目を閉じればさっきのマルシェの声がリフレインする。
あの金髪が言い残した、闇の中にある光ってこれだったのか?
あいつが、いったいミキの何を知っていたって言うんだ?

「…ちく…しょ……」

捨てたはずの記憶は、こんな肝心な時に頭の裏の方から這い出してきた。
ありえない。もう、ミキには闇しかないはずなんだ。
光にあこがれて光を求め、光に挑んで光に敗れたミキには、闇だけしか残っていないはずなんだ。

フラッシュバックしたもう一つの記憶。

それは、ミキがリゾナンターを離れるその日の朝だった。
誰にも言わずに離れたのに、ガキんちょは何かを悟ったのか、
わざわざミキを追いかけてきて、語りかけてきた。
味方としては、二度と会うことはないだろうと告げたミキに、
自分だってダークネスのスパイであることなんて延々と隠し通しておいたくせに、
あいつは微笑んで、こう言ったんだった―――





『ミキティと一緒に戦えて、ホント、楽しかったよ―――』





「う、う、うわああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

ミキはその手に集まった魔力を一気に解放した。
氷同士がぶつかり合い、ミシミシと軋んだ音を立てながら空を駆ける。

月へ。
…ミキはその手を、月へとかざしていた。

標的に届くことのない氷塊たちは空中でゆっくりと消えていく。
そこに、うっすらと蒼い影を残しながら。


「どうして……」

ミキはぼんやりと虚空を見つめていた。
リゾナンターを仕留める千載一遇のチャンスだったのに。
まさか…まさか、自分がこんなことになるなんて、思ってもいなかった。

「ミキは…アイツらに…何の想いが…」

わからない。
何度考えても、わからない。
マルシェのことをさんざん言っておきながら、自分はいったいどんなザマなのかと…


ミキはよろよろと、その場を後にした。

三日月が、悲しいくらいにまばゆく輝いていた。



 * * * * *

「ミティ様からこちらにいらっしゃるなんてめずらしーじゃないスか」
「…頼みがあって来た」
「へぇ?」

ミキは施設に戻ると、真っ先に金髪の部屋を訪れた。
そこには、なぜかマルシェも一緒にいた。
金髪は片方の眉を上げて面白そうにミキの顔を覗き込む。
マルシェはそれを見て、何か複雑そうに表情を変えたのがわかった。

「ミティ様からの頼みって、なんなんでしょーか」

金髪はゆっくりと立ち上がって、ミキの前にゆらりと歩み出た。
覚悟は、もう決めてある。


「斬ってくれ」

 任務を放棄して逃げてきた哀れなこの魔女を、お前の手で斬ってくれ。
 亡骸はどこへでも捨てておいてくれていい。


そう言うと、それまでヘラヘラしていた金髪はすっと表情を変えて、
背中の長剣を鞘から静かに抜き取ると、ミキの正面で構えた。

「…承知しました、お望みの通りに」

金髪は、静かに答えた。


金髪に刃先を向けられ、ミキは目を閉じた。

「吉澤さ…、やめてっ…、ミキちゃん…!!!!」

マルシェ、いや、紺ちゃんが泣き叫ぶ声が耳に届く。

紺ちゃん、あんたはこんなミキにいつも優しくしてくれてたね。
ミキもあんたのことは絶対に憎めなかった。
でも、なんかミキの変なプライドが邪魔してて、ここじゃうまく話もできなかった。
昔ほどかわいがってあげられなかったのは心残りだよ。
でも、早く弁当くらい、1人で決められるようになれよ。

金髪…、いや、よっちゃん。
まさか、あんたにこんな最期を見せるなんて思ってなかった。
何でも話せた親友。何でも分かち合えた戦友。
ダークネスに降り幹部になった自分と、
ダークネスに捕らわれながらも光を捨てなかったあんたと、
その違いがいつの間にかお互いの立場を崩して、壊して、
昔みたいにじゃれ合うこともできなかったけど、
今、この役目を頼んで、改めて気づかされた。
心のどこかで、ずっとずっとずっと頼りにしてたんだと…。


そして…
リゾナンターたち。
アイツらのせいで、いや、アイツらのおかげで、
きっと、ミキは今、忘れ去っていた正義のために死を迎えようとしている。

ミキの中に蒼き正義のカケラが残っていたのだとしたら、
きっとそれは、本当の蒼き正義を壊さないための正義なのかもしれない。


タッ、と短い音を床に残して、長剣の戦士は動いたようだった。

覚悟は決めたくせに、身体がこわばる。


鋭い刃先が空気と触れ合う音が、ミキの耳に微かに届いた。

そして、剣が空中を舞う音。


風が駆け抜けて、意識を手放す。

これで、終わりだと。

思い残すことなく、ミキは、魔女・ミティとして、ここで果てられると。

そう思った。





…思った? あれ?



長剣が鞘に吸い込まれる静かな音を聞いて、恐る恐る目を開いた。

辺りの様子は、さっき目を閉じる前と何ら変わりがない。
何これ? ミキ、もう死後の世界に来ちゃってる?
その割には空気とかえらいリアルなんだけど?
身体透けてないし、足もあるし…、って、これ…?

「…ミティ様は、理由はどうあれまだ死んじゃいけないんじゃないっスかねぇ」

見事なまでに黒いローブは切り裂かれ、痛みを感じない程度に皮膚に傷もついていた。
一見、激しい戦いを繰り広げた後のように。
ミキは、まだ生きている。ボロボロに姿を変えて、どうやら生きている。

金髪を揺らしながら、よっちゃんは振り返った。
そしてこの2年間、聞くことの出来なかった口調でまくし立ててきた。

「ってかさぁミキティ、アンタ別にリゾナンターに殺意は持ってないんだろ?
 確かにあのメンバーは、お互いがお互いをライバルとして認めている。
 そんなライバルを越えた関係に憧れてただけなんだろ?
 ミキティはリゾナンターを愛しきれないことに負けただけなんじゃねーの?
 ライバルに勝てない自分から逃げ出したかっただけなんじゃねーの?」

出会ってきたリゾナンターの顔が一瞬で頭に浮かんでは消え、ミキはぐっと拳を握りしめた。
言葉が出ない。悔しいけど、たぶん図星だった。
自覚なんてしてなかったけど、きっと、よっちゃんの言うとおりなんだ。

崩れた仲は、ミキに対してよっちゃんに敬語を使わせていた。
ダークネスの中で歪んだ上下関係が生まれていても、
よっちゃんは、対等な目線の親友のまま、的確にミキの心の中を見抜いていた。


「ダークネスの魔女であることも大事だけど、
 ミキティがミキティであることももっと大事だと思うんだけどな」
「う、うるさいっ!
 お前なんかに…なにがわかるっ!!!!」

プライドをズタズタにされて、ミキは部屋を飛び出した。
きっとそのプライドは、ミキがずっと目をそらしてきた部分で、
ずばり声に出して指摘されると、それはとんでもなくどうしようもないことだった。

ミキがミキでいること。そんなの、当たり前だ。
でも、ミティはダークネスの魔女。誰もが恐れる闇を纏う魔女。
誰よりも気高く、強く、美しく、そうあるべきだと思ってきた。

でも、そんな必要はどこにもなかったのかもしれない。


自分の部屋に戻ると、ミキはベッドに突っ伏した。

このままダークネスの幹部として、生き続けてもいいのだろうか?
それとも自ら命を絶って、逃げた罪を償わなければいけないだろうか?

窓の外にはまだ三日月があった。
さっきよりはだいぶ傾いているけど。光はまだ、失われない。

「闇の中に輝く光…、か」

よっちゃんの言葉が思い出される。
あの時は何を言ってやがると思ったのに、まったく、どうしてこんな…。


ミキは、ひとつの決心を胸に立ち上がった。



「…リゾナンターは、あまりにも強大な組織でした。
 おそらく、私ひとりでなく隊員を引き連れたとしても、
 今のままでは、結果は同じだったでしょう―――」

ミキは、そう報告した。
血だらけの右足を引きずりながら。

ダークネス様はそんな芝居に気づいていたのか、ただ見逃しているだけなのか、
何も言わずにその報告を聞いていた。

でも、その報告もたぶん、そこまで嘘じゃない。
きっと今のミキが飛び込んでいったところで、リゾナンターに勝てた気はしない。
心が、もう負けていたから。
あんな心理状態で、9人がそろって士気の上がる彼女ら相手に、勝算はない。

ただ何も得るモノもなく逃げ出して、なお無傷であることは恥ずかしかった。
だから自分への戒めのために、右足を魔力で打ち抜いた。
まだ、蒼い色の氷で。蒼き正義の色で。


蒼に傷つけられた足は、ひどく痛んだ。
朦朧とする意識の中で、これはミキが負わなきゃいけない罰であり試練だと思ってた。
この痛みを乗り越えれば、きっとミキをひとつ強くするのだろうと信じて…。

いろんな顔が思い浮かぶ。
なぜだろう。今日はずっと、こいつらの顔ばっかり頭の中で見てきた。
忘れていたようで忘れていなかった…、蒼き戦士たち。
ミキは、まだ、やっぱり、心の、どこか、で……

通路に血溜まりを作りながらやっとの思いで自分の部屋に戻り、
…ドアをくぐったところで、もう、意識が途絶えていた―――。



 * * * * *

 『あーし、美貴ちゃんにこんな力使いたくないんやで?』

 愛ちゃんがミキに向けて、手のひらをかざしていた。
 でも、攻撃を仕掛けてくる様子はない。
 ミキは本気だった。愛ちゃんにその気がなくても、ミキは攻撃するつもりでいた。

 勝てると思っていた。圧倒的な力の差があると思っていた。
 名実ともにトップであることが、ミキをさらに強くするんだと。

 『ミキは愛ちゃんに勝って、リゾナンターで一番の戦士になるっ…!』

 ミキはありったけの力で、氷の槍を愛ちゃんに浴びせた。
 小さな身体に次々に降り注ぐ刃物は、あっという間に彼女の姿を氷の中に閉じ込めていた。

 味方を傷つけられない優しさは、時に脆さを生み出して人を弱くさせる。
 その弱さを打ち破れない限り、戦士は、前に進むことなんてできない。
 …ミキは、そう考えていた。

 『…この、わからずやああああああああっ!!!!!!』

 鼓膜を揺るがすような叫び声が上がり、
 同時に生まれた光の束は、瞬く間にミキの氷を彼方へと消し去っていく。
 まばゆい光を背負って現れた愛ちゃんは、
 怒りとか、憎しみとか、あらゆる感情をその表情ににじませながら、
 悲しげな視線と、光に包まれた右手をミキに向けた。

 『…美貴ちゃん、アンタはリゾナンター失格や』


 頬に熱い痛みを感じる。そっと触れると血がにじんでいた。
 まさか、いつの間に、その光で…?

 『…この光は、光の力は、誰かを傷つけるためのモンやない…。
  大切な人を守り、助ける力なんやってあーしは信じとる』

 愛ちゃんは一歩一歩、ミキに近づいてくる。
 その瞬間、ミキは光の力の前に屈したと、この人には勝てないとハッキリと認識した。

 『リゾナンターも同じや。
  支え合いながら成長して、弱いところを補い合って強くなるんやと思っとる。
  …決して、自分勝手な想いで、人のことを傷つけたりなんてせん!』

 愛ちゃんが叫ぶとミキの足元が白く光り、次の瞬間には地面に大きな穴を開けていた。

 『…もう、「リゾナント」に戻ってこんでや…』

 彼女はその場から姿を消し、そこにはミキと瓦礫だけが残った。

 …ミキは、高橋愛に、光の力に勝つことができなかった。
 ただ、彼女に負けたくないという純粋だった想いは、
 少しずつ歪んで、越えられない壁を見せつけられてねじれた想いに変わった。

 自分がリゾナンターであることは、どうでも良くなっていた。
 高橋愛に勝ちたいと、そればかりが頭を支配していた。

 蒼が嫌いになった。蒼い戦士たちが嫌いになった。
 気ままに動くことを好むミキには、元々共鳴なんて邪魔だったんだと、そう思うようになった。

 全て、自分にそう言い聞かせるように―――
 蒼の色なんて、何もなかったことにするために―――



 * * * * *

「……ん……?」

目が覚めると、そこは相変わらずミキの部屋だった。
部屋にたどり着いた記憶はある。その先の記憶はない。
けど、ミキは今確かにベッドの上で、規則正しい向きで横になっている。

「…夢…?」

妙に懐かしい夢を見たような気がする。
懐かしくて、でも苦しくて切ない記憶。
ミキがリゾナンターを離れ、ダークネスに落ちるまでの過去。

ミキは、力だけで愛ちゃんを越えようと思っていた。
今のリゾナンターは、どうやらそうじゃないらしい。
力だけじゃなくて、揺るがない絆と想いと共鳴があって初めて、拳を交わせるらしい。

そんなようなことを、いつか紺ちゃんに聞かされたのを思い出した。
彼女なりの研究の成果だって言ってたかな。
きっと、そこには自分の体験も含まれているんだろう。

そう考えると紺ちゃんがあんなにも必死になってミキを止めたのもわかる気がする。
ダークネスの幹部になって、共鳴なんて力こそなくなってしまったとはいっても、
大切な絆ってのがきっと、残っていたんだろう。

そしてミキにも、ほんのわずかだけど残っていたからこそ…、
リゾナンターを殺すことなんてできなかった、と。


「…わっかんねーなー…」

いくら頭でいろんなことを考えていても、
自分の本当に本当の本音なんて、意外と身体の奥底に埋まってるのかもしれない。

それが何のきっかけで顔を出すのかなんて、わかんないもの。

寝返りをうったミキの目に留まったのはあの時手渡された指令書。
それで思い出した。
ミキ、自分の足を撃ち抜いたんじゃなかったっけ?

はっとして触れてみた右足には、痛みはまったく残っていなかった。
ベッドから抜け出して見てみると、包帯こそ巻かれていたけど、傷は残っていない。

立ち上がってみて、机の上に小さな手紙も置かれていたことに気づいた。
開けてみると、そこには懐かしい丸っこい文字。

 “ミキちゃんのバカ!
  ムチャなんてしないでよ!
  ミキちゃんが死んじゃったら困るんだからね!
  …でも、ワガママなお願い聞いてくれてありがとう。
  そのケガは、ミキちゃんが目を覚ます頃には治るように、
  私がちょっとおまじないをかけておきました。 Asami.Kon”

…ミキはこんなにも紺ちゃんに心配されてたのかと、ちょっと驚いた。
これもどこかに残ってた、蒼の絆と絆の生み出した何かなのかな。

そういえば、紺ちゃんに「ミキちゃん」なんて呼ばれてから何かが変わっていった。
たかが呼び方ひとつなのに、こんなにも人の心を揺さぶってしまうのか。


「…なんか、なんだかなぁ…」

それにしても、とミキは苦笑いするしかなかった。

共鳴することを忘れ、孤独であることに誇りさえ感じながら生きてきた。
正義なんてカッコイイ言葉は捨てて、邪悪な感情のままに生きようとしてきた。
なのに、やっぱりミキはどこか、そうはできないところがあるらしい。

「蒼き正義に共鳴せよ…、か」

ミキがまだリゾナンターだった頃、口にしていた言葉。
この言葉ひとつで、メンバーもひとつになれる。
自分のお守りのように繰り返してきたフレーズは、
今、ミキの中の何かを壊さないように、静かに守ってくれたみたいだ。

「もう、仲間ってわけじゃないけどね…」

ダークネスの幹部として、リゾナンターは倒さねばならない相手。
ミキにとっては、越えなければいけない相手。
ヤツらを越える前に、ヤツらに死なれても困るしこっちが死んでも困る。

指令を理由に殺すとか、意表を突いて殺すとか、そんな半端な動機はやめよう。
その時は、殺るか殺られるか。
ダークネスの魔女・ミティとしての威厳を胸に覚悟を決めて、
ミキはミキとして、正々堂々と手合わせしてみたい。その方がいい。
その方が、勝ったって負けたってきっと気分がいい。

ミキのプライドのひとつは、よっちゃんにボロボロにされた。それは、それでいい。
ミキのプライドのもうひとつは、悔しいけど蒼き正義に守られたんだ。


窓から見えた空は、雲ひとつなく晴れていた。
朝の太陽がミキの顔を照らす。

どこまでも続く青空に未来を託したこともあった。
今はその青さが過去を連想させるようで、もう見るのも嫌だって思ったりしてた。

「…くっそー、眩しいな」

太陽の光が、ミキの何かを照らしたような気がする。
まだまだ、ミキにはやらなきゃいけないことがたくさんある。
光に導かれようとしてるなんて、ミキも、まだまだ甘っちょろいな。


「…待ってやがれ、青空め」


真新しい黒のローブに着替えて、青空へと飛び出す。
何か、ミキ、ちょっとやる気出てきたみたい。

光も、蒼も、闇も、黒も、全てをミキの力に変えて。
いつか必ず、リゾナンターを越えてやる。


待ってやがれ、蒼き戦士たちよ。



―――『BLUE PROMISES 番外編 -Darkness has BLUE-』 Fin.





















最終更新:2012年12月02日 07:20